第174話 プロローグ
ここから第2部です
引き続きお付き合い頂ければ幸いです
明日から新学期。
俺はここ王都の貴族街にある「アージェント騎士学園」に転校する。
今日は入寮のための引っ越しだが、基本的な家具は全て揃っているため、持っていくものは教科書類や制服などの衣服、それからセレーネからもらった便利な軍用魔術具の数々だ。
そして今回俺と一緒に転校するのは、正妻となったフリュオリーネ・メルクリウス伯爵夫人、メルクリウス伯爵家令嬢として入学することになったネオン・メルクリウス、そしてこの二人の取巻き令嬢として一緒についてきたマール・ポアソン男爵とユーリ・ベッセル子爵家令嬢の合計4人だ。
俺の護衛騎士も一人選んで連れてきてもいいと言われたが、俺にはアウレウス派中級貴族2年生の友達が一人もいないため、連れてくることができなかった。どうしても必要ということになれば、アウレウス伯爵に誰か紹介してもらえばいいだろう。
そんな俺たちは今、アウレウス伯爵邸で5人だけで朝食を食べている。
メルクリウス軍関係者は既に全員領地へ帰還しており、アージェント騎士学園に転校する俺たちだけが引き続きここに残った。そしてユーリが急遽ここに呼ばれて、俺たちと一緒に転校のための準備を行っていたのだ。
「しかし、ユーリはよく急な転校を受け入れたな」
俺は朝食を食べながら改めてユーリに問いかけた。
「それはまあ突然の話にびっくりしたけど、元々私は騎士としての戦闘訓練には興味がなかったのに、お父様からボロンブラーク校を勧められて入学しただけだったから、あの学校には別に執着はないの」
「親から勧められた?」
「ええ。私は魔力が強いし、姉のサーシャや婚約者のアレンも通っているから、ボロンブラーク校の方がいいだろうって。でも戦闘なんか私の趣味じゃないし、アージェント騎士学園への転校の話が出た時は、正直うれしかったのよ」
「そうか、無理やり命じられたのなら申し訳ないと思っていたが、アージェント校にもともと興味があったのなら心配する必要もなかったな。でも婚約者のアレンと離れ離れになって大丈夫なのか。遠距離恋愛ということになってしまうが」
「別に政略結婚の相手だし、いつも近くにいる必要も特に感じないわ。だいたいアゾートの感覚がおかしいのよ。いつも教室の中でフリュオリーネ様とイチャイチャしていて、とても見ていられなかったわ」
「そ、そんなにはイチャイチャしていなかったはずだが」
「どこがよ! 教室で指輪をプレゼントしたり、修学旅行ではずっと腕を組んで歩いていたり、見てるこっちが恥ずかしかったんですけれど。それなのにマールまで婚約者にして、アゾートあなた頭がおかしいんじゃないの」
「・・・面目ございません」
「そんなことよりも驚いたのは、ネオンが女子生徒だったことよ。よく今まで男子生徒のフリを続けられたわね。私、ほんとに感心したわ」
「ふっふーん、どう私の演技力、相当のものでしょ」
「完全に騙された。というかそのスタイルでよく男子生徒の制服が着れたわね。どうやったの?」
「それは教えられない。乙女の秘密よ」
「あっそ。それじゃあ、みんなにネオンが女の子だったってことばらしちゃうわよ」
「もう構わないよ。私の目的はアゾートと結婚して、ずっとアゾートと一緒に暮らすことだったから、すでにその目的は達成したの。それにアージェント騎士学園では実質アゾートと同じ部屋だから、もう男子生徒のフリをする必要もなくなったし」
「・・・あなた、どうしてそこまでアゾートなんかに執着しているの。正直怖いわ」
「そこは強い信念って言い換えてほしいわね。これでようやく喪女卒業&安里くんゲットなんだから」
「・・・?」
「ま、まあいいじゃないか、その話はそれぐらいで。それよりもマールとユーリはどっちの取巻き令嬢になるんだ」
「私がフリュオリーネ様で、マールがネオンということになっているけど、どうせこのメンバーで固まって動くことになるから、厳密な区別は必要ないと思うわよ」
「ふーん。マールはネオンなんかの取り巻き令嬢でいいのか?」
「私は別にどっちでもいい。でも、ユーリがネオンの取巻き令嬢というのはちょっと変だから、私でいいんじゃないかな」
「確かにユーリとネオンの組合せは違和感があるな。ていうか、ネオンが伯爵家令嬢ってというところが、そもそもツッコミどころしかないんだよ」
そんな話をしていると部屋にフリュの母上が入ってきた。フリュそっくりの氷の女王様の登場だ。俺たちに簡単に挨拶をした後、心配そうな表情でフリュに話しかけた。
「フリュオリーネ、あなた本当にアージェント騎士学園なんかに転校して大丈夫なの? あなたはアウレウス家から一度追放されたという汚点を持つのですよ」
「ご心配いただきありがとう存じます、お母様。でもわたくしなら大丈夫です。他人が何を言ってきても平気なのはお母様もご存じのはず」
「・・・それでもあなたは結局、王家に嫁ぐことができなかったし、ライバル令嬢からは軽く見られることになるわよ」
「昔のわたくしなら少しは気にしていたかも知れませんが、今はむしろメルクリウス伯爵夫人であることが誇らしいしのです。これ以外の人生など考えることができません」
「・・・どうしてあの人もあなたも、そこまで領地貴族にこだわるのですか。わたくしには到底理解できません」
「お父様と同じ考えなのかはわかりませんが、わたくしはこう考えます。王族も宮廷貴族も自分たちでは領地運営をまともに行っておらず、実質的には領地貴族からの税金で生かされているだけなのです。最後に物を言うのは自分で権力基盤を持っている領地貴族、その中でも広大な支配エリアを持つ領地伯爵が最も実力があると、わたくしは考えております」
「それは王家の権威に頼らないと言っているに等しいのよ」
「ええそのように申し上げております。特にこのアゾート様は実力でヴェニアル領、ソルレート領、トリステン領、ナルティン領を攻め落として伯爵になられたお方。アージェント王国の王権とは無関係にその力を発揮できる稀有な存在であり、王家の権威など最初から必要としていないでしょう」
「そのような発言、学園では絶対にしてはなりませんよ!」
それだけ言うと、フリュの母上は怒って部屋を出ていってしまった。
「フリュ、ちょっと言い過ぎなんじゃないか。俺は別に王家なんかどうでもいいなんて思ってないぞ」
「お母様には、あれぐらいの言い方でちょうどいいのです。それに、わたくしに話しかけてきただけ、まだマシな方ですよ」
「話しかけてきただけマシ? と言うことは、フリュは母上とこれまで会話がなかったのか」
「はい、つい先日までわたくしとお母様の間には、全く会話がありませんでした」
「そう言えばこれまで俺は何度かアウレウス邸に来たことがあったけど、今回始めてフリュの母上とあったしな。でも何で?」
「お母様は元々アージェント王家の出で、アウレウス公爵家に降嫁してきたのです。まあアウレウス家も王族なので、他の伯爵家に嫁ぐのとは厳密には異なりますが、お母様はそれもあってアージェント家が絶対だと思っているのです」
「フリュの母上はアージェント王家の姫だったのか」
「はい。ですのでお父様がわたくしをサルファーの婚約者にしたこと自体、気に入らなかったのです。その上サルファーとフォスファーに立て続けに婚約破棄されて、アウレウス家を離縁されて平民となったことが、お母様のプライドをズタズタにしてしまったのです。お父様ともそれで大喧嘩になりました」
「あれはサルファー達が100%悪いが、フリュの母上から見れば、アウレウス伯爵が悪く見えてもおかしくないな」
「あの時は、お父様もさすがに動揺していましたが、アゾート様なら大丈夫と必死にお母様をなだめていたのがおかしかったですわ」
「伯爵が奥さんを必死になだめる姿なんて、全くイメージできないな」
「ふふっ、そうですよね。それでもお母様は、たかが中級貴族の嫁なんかって、ずっと不満を漏らしていましたから、アゾート様が伯爵になられてようやく機嫌が戻ってきたのですよ」
「・・・あれで機嫌がいい方なのか。まてよ、伯爵がフリュの入籍を急がせたのって、ひょっとしてフリュの母上の機嫌を取るためだったんじゃないか?」
「実はそうかも知れませんね」
「・・・なんか伯爵にはいつも手のひらの上で踊らされている気分になるが、誰に言われなくてもフリュは必ず娶るつもりだったから、別にかまわないか」
「ありがとうございます、あなた」
そう言ってフリュが席を立つと、俺の所に来て左腕をそっと抱きしめた。それを見たユーリが、
「もう! またあなた達2人は朝からイチャついて。これから毎日これを見せられるかと思うとうんざりするわね。ていうかフリュオリーネ様はいつの間にかアゾートのことを「あなた呼び」してるし、以前にも増して嫁って感じが強くなった気がするわね」
ユーリは知らないことだが、俺とフリュは前世では20年間も夫婦として過ごしてきたから、嫁って感じが出てしまっても仕方がないのだ。
「いつまでもここでしゃべっていてもしょうがない。そろそろ騎士学園に向かうとするか」
そういって俺が立ち上がると、フリュが左、ネオンが右、マールが背中にくっついてきた。それを見たユーリが呆れたように、
「それじゃあ全員がアゾートの取巻き令嬢みたいじゃないの。私も仲間みたいに思われるのは嫌だから、学園の中ではそれ絶対にやらないでちょうだいね」
午後、アウレウス伯爵への挨拶をすませると、俺たちは騎士学園に向かって出発した。荷物は執事たちが馬車に運び入れており、俺たちは手ぶらで馬車に乗るだけだ。だが、この制服だけはどうにかならないだろうか。マールは喜んでいるが。
「アゾート、それすごくかっこいいよ。制服がキラキラしてて黒いマントも着てるし、さすが上級貴族。なんか王子様みたいね」
「ほんとだ。その姿を見てるとせりなっちと結婚したばかりのころの安里くんを思い出すね」
「ネオンはもう黙ってろ! それよりみんなは制服がないんだな。それただのドレスじゃん。それでどうやって実技の授業を受けるんだ」
「あなた、アージェント騎士学園に実技の授業はございませんよ。ここは王国の官僚になるための学校なので、戦闘訓練は行われず、あるのは座学のみです」
「官僚・・・でも魔法の訓練ぐらいはするんだろ」
「呪文を覚えるのと、詠唱の練習をするだけです」
「・・・俺、もう全ての魔法の呪文を思い出したから、これ以上やることがないな」
「ええ、ですのであなたは学園の授業ではなく、社交の方だけ頑張ってくださいませ」
アージェント騎士学園はやはり、他の2つの騎士学園とは大きく異なるようだ。この前の騎士学園最強決定戦にアージェント校が呼ばれなかったのも頷けるな。
俺たちは馬車に乗り込むと15分ほどで騎士学園に到着した。貴族街の奥で各派閥のエリアの真ん中にそびえ立つ立派な建物。ここで明日から新学期を迎える。