第173話 エピローグ
「えーっ! 騎士学園を転校する!?」
俺の突然の話にメルクリウス家の一同はビックリした。
「ああ、今回のソルレート攻略の中で存在が明らかになった、ボルグ中佐が構築したという王国内上級貴族のネットワーク。それを探り出すために、俺は王都アージェントに乗り込むことにした。そのための転校だ」
セレーネが悲しそうな顔で俺に、
「せっかく正式な婚約者に戻れて、これから残りの学園生活を楽しみにしてたのに、いきなり遠距離恋愛なんて。みんなもそれで寂しくないの?」
セレーネが他の婚約者たちに目を向けると、フリュがそっと目を背けた。
「あーっ! 今の目のそらし方・・・まさかフリュさんも王都についていく気じゃ」
「・・・あの、申し訳ありません。わたくしはアゾート様のパートナーとして、上級貴族のマナーや社交界のサポートを仰せつかっております」
「ズルいっ! じゃあ私も転校する」
「いや、セレーネは生徒会長だからダメだよ」
「えーっ! ネオン、あなたも何とかいいなさい!」
「私もアゾートに付いていくことになってるから、別に何も言うことはないよ」
「なんでっ! なんでネオンまでっ!」
「私は諜報機関ガルドルージュの司令官よ。私が王都に行かなくてどうするのよ」
「マール~、ズルいよね、この人たち」
マールは苦笑いをしながら、
「ごめんなさい・・・私はフリュオリーネさんの取り巻き男爵令嬢として、転校が決まってるんです」
「うそ・・・じゃあ、婚約者の中で私一人だけ取り残されることになるの?」
「すまんセレーネ・・・。でも俺はソルレート・・・じゃなかった、メルクリウス伯爵支配エリアの立て直しもしなくちゃいけないから、週末は必ず領地にもどってくるよ。その時に会えるから」
「・・・王都は遠いよ。転移陣の魔力は大丈夫?」
「俺もかなり魔力が上がったから、王都ぐらいならどうということはないよ」
「・・・わかった。じゃあ週末は必ず帰ってきてね」
「約束するよ。それから、あとで少し話がある。アウレウス邸の庭園で待ってるよ」
「うん」
「それから、メルクリウス伯爵支配エリアの今後の体制について、俺の考えを発表する。まず旧ソルレート領は名前を改めて「ディオーネ領」とし、俺とセレーネが共同で統治する」
「その名前って!」
俺は、セレーネに黙っているように目配せをした。セレーネも黙ってこくこくうなずくと、フリュは目にそっとハンカチをあてて遠い過去を思い、ネオンはニシシと笑っていた。
だがダリウスや他のみんなは、なぜディオーネという名前になったのか理由もわからず、不思議そうにしている。
「アゾート、お前なんで領地に月の名前なんか付けるんだ。セレーネとの語呂合わせでもするつもりか?」
「名前はこれでいいんだよ。ダリウスのネーミングセンスへのリスペクトだと思ってくれ。それで伯爵支配エリア全体の領都だが、これは引き続きメルクリウス領の城下町プロメテウスとし、俺とフリュが共同で統治する。ここは王都への玄関口でもある商都メルクリウスも抱え、経済力がずば抜けているからだ。そして領地の運営は引き続き、俺の両親にお願いする」
「おう、任せておけ」
「それから、ディオーネ領はボロボロで立て直しには相当の困難が伴う。だが俺はまだ学生だから領地運営に専念することはできないし、王都での学園生活もある。だから、ここの運営はダリウスにお願いしたい」
「ワシがか?」
「ああ、メルクリウス一族の中で最も実力があるし、何よりセレーネの父親だから、俺も安心して任せられる。どうかな?」
「お、おう。お前がそこまで言うなら、やってやってもいいが、フェルーム領はどうするんだ」
「ここは領地運営が軌道に乗ってるし、メルクリウス伯爵支配エリアの食糧庫として役割は明確だ。いずれは新フェルーム子爵に任せるとして、今はダリウスが兼任でも問題ないと思う」
「まあ、そういうことなら、俺がついでに面倒見といてやるよ」
「それからポアソン領は俺とマールが共同で統治し、領地運営はポアソン家にお願いする。いいよなマール」
「うん。その方針でうちの家族はもう動いてるよ」
「ありがとう。それから、ベルモール子爵、ロレッチオ男爵、トリステン男爵はこれまで通りの領地運営を続けてほしい」
「「「わかりました」」」
そこまで話したところでセレーネが、
「ネオンは領地を持たないの? フェルーム領を任せればいいじゃない」
「あいつがそんなもの欲しがると思うか?」
「・・・確かにネオンは領地運営なんか絶対にやらないわね。じゃあどうするの?」
「どうもしない。ネオンは自分のやりたいように、自由にさせておくさ」
「まあ、ネオンの中身はあのクレアだから、放って置いたほうがいいわよね」
「安心していいよ、せりなっち。私は常にアゾートの側にいて、面倒を見ておいてあげる。なんたって私は女医だから」
「くっ・・・本当に憎たらしいわね、この子。ネオンとクレアでいつもの2倍腹が立つわ」
昼食が終わり、私の部屋にクロリーネ様が訪ねてきた。
「クロリーネ様久しぶり。まだ王都にいらしたのですか」
「リーズ様、ごきげんよう。そのアゾート先輩のことで少し噂を耳にしたので、アウレウス邸にお邪魔させていただきました」
「噂って何ですか?」
「アゾート先輩が王都のアージェント学園に転校なさるというのは、本当のことでしょうか」
「ああ、その話ね。本当よ」
「・・・ガーン」
クロリーネ様がショックで床に膝をついてがっくりしている。
「あのー、クロリーネ様? そんなにガッカリされなくても、お兄様は週末には必ず領地に戻って来られますわ」
「え、そうなのですか?」
「ええ、メルクリウス伯爵支配エリアをこれから立ち上げなければならない身。のんびりと学生生活を送れる身分ではございませんから」
「そ、そうですよね。王都に行ったきりなんてことありませんわよね」
「そのとおり。それに婚約者に復帰した生徒会長のセレン姉様も置いて行かれるのですから、毎週帰ってくるのは当然です」
「そ、そうですよね。セレーネ会長もここに残るのですし、他の婚約者様たちもいることだし」
「・・・・・」
「どうしたのですかリーズ様、そのような気まずい顔をなされて・・・まさか」
「・・・フリュ様はじめ他の皆様は、まとめて王都に転校される予定です」
「・・・ガーン」
「ちょ、ちょっとクロリーネ様。ガッカリしすぎですって!」
そしてクロリーネ様は何かブツブツと独り言をいいながら、アウレウス邸を後にしていきました。
大丈夫かな・・・。
その夜、俺は待ち合わせ場所でセレーネと合流し、アウレウス邸の庭園を散歩した。
セレーネと二人きりで会うのは決まって夜、双子月セレーネとディオーネが美しい月夜の夜だ。
「安里先輩とこうして月を見ることは何回もあったけど、私の娘の名前がディオーネだったって知ると、同じ月でもどこか違って見えるから不思議よね」
「そうだな。そういえば観月さんはどうしてあの赤い月がセレーネっていう名前なのか知ってる?」
「あっ! そう言えばあの月の名前ってアポロンだったよね。どうしてこの時代ではセレーネって名前になってるの?」
「ふっふっふ、それはだね・・・」
「ゴクリッ・・・」
「昔むかし偉い公爵が、最愛の妻の瞳にそっくりだからという理由で、月の名前をアポロンから彼女の名前に変えてしまった、という言い伝えがあるんだよ」
「うそ・・安里先輩が月の名前を変えちゃったんだ」
「そうだ。あの赤い月は月の女神セレーネつまり観月せりな、君であるべきだと俺は思ったんだ。ほらごらん、赤い月と青い月が仲良く手をつないでいるように見えるだろ」
「本当だ。いつもとなり同士で仲良くしてるよね」
「遥か昔から遠い未来まで、永遠とも言える時間をあの双子月は一緒に暮らしてるんだ。そう、あれは君と娘のディオーネなんだ」
「ディオーネ・・・」
「470年前はお互いに会話を交わすこともできなかった母と娘だから、せめて空の上ではずっと仲良くしていてほしい。俺はそう願って、月の名前を変えたんだ」
「・・・ありがとう、先輩」
「それから、君が欲しがっていた指輪。どうか受け取ってほしい」
「私のために作ってくれたのね! 何の指輪?」
「これは火属性と水属性の複合魔法、相転移ドライブという新魔法を使える指輪だよ」
「相転移ドライブ! 何かの必殺技みたいね」
「そうか? 一番基本的な使い方は水を熱して水蒸気を発生させる。やかんでお湯を沸かすイメージだ」
「やかん・・前言撤回。あんまり強そうじゃないし、ロマンティックでもないよね」
「ま、まあ、やかんはちょっと例が悪かったけど、応用がきく魔法だと思うのでいろいろ試してほしい」
「例えば?」
「その魔法で作った水蒸気で風車を回して穀物を脱穀するとか、蒸気機関の動力になって車両を動かすとか」
「・・・・・」
「ダメかな?」
「・・・プッ!」
「観月さん?」
「全然ロマンティックじゃないけど、先輩らしくて素敵です。指輪ありがとう」
「じゃあ、つけてあげるから手を貸して」
「はい」
俺はセレーネの左手薬指に、そっと指輪をつけた。
セレーネはその指輪を空にかざし、月明かりを反射させて嬉しそうに眺めていた。
「私、今わかったことがあるの」
「何だい?」
「アゾートって子供の頃から新しい魔法や魔術具を作るのが得意だったでしょ。なのにネオンは今でも自分1人ではそれができない。二人とも同じような知識を持っているのになんでかなってずっと思ってたけど、今考えれば当たり前のことだったのよね」
「当たり前?」
「アゾートは安里先輩で、Subjects Runes 計画の研究者の1人でしょ。その時の知識や経験がちゃんと転生後の自分に残っていたのよ」
「俺はこの能力を転生特典か何かだと思ってたけど、観月さんの言う通りだな。ちゃんと理由があったんだ。そしてこの世界の魔法の呪文がなぜ日本語なのか。それは日本の技術の粋を集めた国産魔法Subjects Runesだったからだ」
俺は自分の手にはめている超高速知覚解放の指輪を見つめながら、古代魔法文明を巡る冒険の日々と、ジオエルビムでの研究生活に思いを馳せた。
私の趣味全開の物語をここまで読んでいただき誠にありがとうございました。
これで第一部完です。
この先は、王都の騎士学園への転校や、もしかするとブロマイン帝国への進軍になるかもわかりませんが・・・
実は話をまだ何も考えていませんでした(汗)
毎日更新の記録はここで途絶えてしまいますが(たぶん誰も気にしてないと思いますけど)、
第2部第1章アージェント騎士学園の転校生(仮)のネタが思いついたら、また連載を再開させていただきます。
本作を見捨てることなく、是非ご期待下さい。
くまひこ