第171話 これからのこと
3人の思出で話も一段落ついた頃、セレーネがふと呟いた。
「そういえばさっきからネオンが見当たらないわね」
するとフリュは思い出したように、
「ネオンさんは、お二人の看病疲れで眠ってますよ。昼はセリナ様、夜はアゾート様につきっきりでしたから。これからネオンさんの様子を見に行きましょうか」
「うーん・・・やめとくわ。ネオンは強い子だから私たちがお見舞いなんかしなくても、きっと大丈夫よ。それよりも私はこの3人でもっとお話がしていたい」
「相変わらずセレーネはネオンに冷たいな。二人だけの姉妹なんだから、もっとネオンに優しくしてやれよ。あいつ、いい奴だぞ」
「だってあの子の顔を見ているだけで、なんか憎たらしくなるんだもん・・・でも、私ってなんでネオンのことをそう思うんだろう」
「小さい頃から二人ともあまり仲が良くなかったからな、何かケンカでもしたのか?」
「それがよく覚えてないのよ。物心ついたときから、なぜかネオンを天敵のように感じて・・・まさか」
「どうしたんだ、何か思い出したのか」
「ひょっとして、あの子も転生者じゃないの?」
「転生者・・・誰の?」
その時突然、扉が「バンっ」と音をたてて開き、ネオンが怒りながら入ってきた。
「ひどいよみんな! 私の所にもちゃんとお見舞いに来てよ!」
「あら、おはようネオン。随分と元気そうね。これからあなたの所へお見舞いに行こうって、ちょうど今話をしていたところなのよ」
「それはウソね。実は扉の外でみんなの話を聞いていたから。私のことは放っておいて、3人だけで話をしたいって言ってたよね、せりなっち」
「せりなっちって・・・あなたクレアねっ!」
「ふっふっふ、その通り。この大聖女クレア様もこっちに来てあげたから、これからは仲良くやりましょうよ、せりなっち」
「ネオン、お前クレアだったのか。いつ記憶が戻ったんだ?」
「ついさっきよ。それよりも、私だけ除け者にして3人で楽しそうに話していてズルい。私も仲間に入れてよ」
「それはもちろんいいけど、クレアお前はどうやってメルクリウス一族の子孫に転生できたんだ。お前全然関係ないじゃないか」
「ふっふーん、この大聖女クレア様にかかれば、何でも出来ちゃうのよ、すごいでしょ。と言ってもこれにはちゃんと理由があるんだけど、聞きたい?」
「聞きたい、是非聞きたい」
「リーインカーネイションをかける際に、少し細工をしていたの。最初にせりなっちを転生させた時に、魂の一部を私のと交換しておいたのよ」
「え? そんなことができるのか」
「ええ。今のせりなっちの魂は、私の魂で補完されているから大丈夫よ」
「えぇっ?! じゃあ・・・私の中にはクレアが混じってるってこと」
「そうよ、光栄でしょ」
「い、嫌あぁぁぁっ!」
「・・・そんなに嫌がることないじゃない、失礼ね」
「でも、だからお前たちは姉妹として生まれ変わったのか。なんか納得した」
「そしてあなたたち二人にも転生時にせりなっちの魂を少しずつ混ぜておいたの。同じ時代に転生しますようにってね」
「そうか・・・この時代でみんなに会えたのは偶然ではなく、クレアがそうしてくれた結果だったのか」
「そうよ、感謝しなさい」
「もちろんだよ! ありがとうクレア」
「ありがとうございます、クレア様」
「ふんっ、仕方がないわね。クレアにしてはよくやった方だから、今回だけは感謝してあげるわ」
「相変わらず素直じゃないよね、せりなっちは」
「しかしクレアもよく転生してきたな。何か理由でもあるのか?」
「そんなの決まってるじゃない、安里くんの嫁になるためよ。でもこれでやっと喪女卒業ね、ウシシ」
「・・・そうか、俺はネオンと婚約してたからな」
「あっ、婚約破棄はもう絶対に認めないからね」
「・・・そんなことはしないけど、そうするとクレアって今何歳なんだ。女医で30年、大聖女で少なくとも60年、シリウス教の幹部として余分に25年過ごしているし、今のネオンとしての人生が17年・・・お前130歳を超えているじゃないか」
「・・・そこは気にしないで。私はネオン17歳。それでいいでしょ」
「・・・まあいいか、それを言えばここにいるみんなも、かなりの年齢になってしまうからな。考えるのはもうやめよう」
「そういうこと」
話が一段落したところでセレーネが、
「そう言えば、これから私たちはお互いをなんて呼べばいいのかしら。私はアゾートのことを安里先輩って呼んでもいい?」
「悠斗さんじゃなくて?」
「そうよ。今はまた結婚前に戻ったんだし、悠斗さん呼びは私たちがもう一度結婚したら、してあげるね」
「懐かしい呼び名だし、すごくしっくりくるな。じゃあ俺はセレーネのことを観月さんって呼べばいい?」
「・・・そう呼ばれると、なんかゾクゾクくるわね。じゃあ、ケースバイケースで2つの呼び名を使い分けることにしましょうか」
「ではわたくしも、ケースバイケースで名前を使い分けさせていただきますね、セリナ様」
「フリュさんは転生しても呼び名が同じで便利ね」
「確かに・・・俺が初めてフリュオリーネという名前をフリュって省略した時、すごくしっくりきたのは、前世の記憶が微かに残っていたからだったのかもな」
「きっとそうですね。それでわたくしのアゾート様の呼び方ですが・・・「あなた」と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんだよ。20年間もそう呼んでくれていたし、今さら他の呼び方もないしな」
「はい・・・あなた」
「あーっ! 今やっと納得ができた。フリュさんってアゾートの嫁って感じがすごく強かったけど、前世で20年も夫婦をしてきたんじゃ、当たり前よね」
「そういうことだったんだ! 私とフリュオリーネってどっちも同じアゾートの婚約者だったのに、私は誰からも嫁って呼ばれたことがなくて、フリュオリーネは誰からも常に嫁扱いだったからね。ズルいズルいとは思っていたけど、これで理由がわかった」
「それはネオンが男装してるからでは」
「それもあるかもだけど、ガルドルージュの諜報網を使って調べても、「フリュオリーネはアゾートの嫁」という情報が世間の一般常識みたいになってたのには驚いたものよ」
「そ、そこまで?! ・・・ところで俺はネオンのことを何て呼べばいいんだ。大聖女クレア様か?」
「ネオンでいいよ。なんたって私は花の17歳だし」
「ふーん、じゃ私はなるべくクレアって呼ぶことにするわね。自分がBBAであることを常に自覚なさい」
「ちっ、せりなっちめ」
「わたくしも、なるべくクレア様と呼ばせていただきます。恩人である大聖女クレア様のことを、呼び捨てになどできません」
「だってさ。俺はネオンっていう呼び方がなれてるから、そう呼ぶけどな」
「私はみんなの呼び方はちゃんと使い分けるね。今はアゾートのことは安里くんって呼ぶよ」
「わかった。それから教えてほしいんだが、どうして突然俺たちの記憶がもとに戻ったんだ?」
「リーインカーネイションは完全に別の人間として生まれ変わるので、前世の記憶は固く閉ざされているの。ただ脳に何か強い衝撃があるとその記憶を回復することがあって、今回はセレーネさんの記憶回復に全員が引っ張られた形で一度に回復したみたい」
「魂を一部シェアしているからかな」
「たぶんそうだと思う。私は今は聖女ではなくなったから、もうあの魔法の事を検証する方法はないんだけどね」
「それとなぜ俺は2020年から転生したと思い込んでいたんだ」
「記憶が不完全に甦ってただけだと思うけど、理由はわからないわ。その2020年って、安里くんの中で何か特別な時代だったんじゃない?」
「・・・観月さんとスムーズに会話ができるように、2020年頃までのラノベを集中して勉強した。というか、俺のラノベの知識って全部観月さんのせいで身に付いてしまったものだったのか!」
「てへぺろっ」
俺たちが取り戻した記憶は、他人から見ればあまりに荒唐無稽な話であり、とても信じてもらえるとは思えなかったため、この4人だけの秘密ということになった。
その後俺はフリュを伴ってアウレウス伯爵の執務室を訪れ、体調回復の報告と心配をかけたことを詫びて、改めて国王と公爵への面会を設定してもらうことにした。
「体調が回復して何よりだが、それよりも10日前に私の執務室で、婿殿が異世界からの転生者みたいな話をしていたな。そのことについて詳しく聞きたかったのだ」
ぎくっ!
そういえばそんな話をしていたな。
あの時は、伯爵にありのまま隠さず話すつもりではいた。だが今は違う。
まさか俺が建国の勇者パーティーのメンバーであり、あのラノベの主人公も俺自身をモデルに書かれたものだったなんて想像もしていなかった。
ここまでくればさすがに荒唐無稽で信じてはくれないだろう。だが、ウソをついてもこの伯爵には見抜かれてしまうだろう。だから今はここまで・・・、
「ご推察の通り、俺は異世界からの転生者です。魔法の呪文・ルーンを日常会話として使用する魔法の国から来たため、あの物語の主人公と似たような力が発揮できます。ただ物語と違うのは、セレーネとネオンも同じ転生者であり、転生者が全部で3人いることです」
「婿殿はあの物語が実話で、自分も同じ能力を持っているというのだな・・・。ふっ、ふはははは!」
「アウレウス伯爵?」
「いや、他の者が言えば頭がおかしくなったと疑うところだが、婿殿が言えばそれが真実に聞こえるところが可笑しくてな・・・いや、笑ってすまなかったな。そうか、婿殿は魔法の国からの転生者か。ところで確認したい資料があるのならまだ他にも見せてやれるがいいのか?」
「いや今回は大変勉強になりました。おかげでアージェント王国がどのようにして建国されたのか、勇者パーティーのメンバーがどのような人物だったのかを、手に取るように知ることが出来ました」
「そ、そうなのか? あの資料だけでそこまで読み取れるとは、さすが婿殿は大した男だな」
「クスクス」
「何か可笑しなことでもあるのか、フリュオリーネ」
「いいえ、何でもございません。お父様」
「そうか? 変なフリュオリーネだな」
「伯爵。資料は十分なのですが、現在のクリプトン侯爵家についてだけ教えて頂けませんか」
「そういえばその話がまだだったな。よかろう。今のクリプトン侯爵家はいわゆる傀儡なのだよ。公式の歴史ではクリプトン王朝を打倒したのはアウレウス家とシュトレーマン家ということになっているが、実はクリプトン王家は神聖シリウス帝国に亡命してしまい、一族の命脈を絶つまでには至らなかったのだ」
「その血筋がボルグ中佐へとつながると」
「もし彼の言うことが真実だとすれば、ボルグ中佐は亡命したクリプトン王家の血筋。世が世なら彼がアージェント国王になっていたのかもしれないな」
「そういう未来も起こり得たのか・・・。それで傀儡というのはどういう意味ですか」
「国外に逃げたクリプトン家が再びこの王国に戻って王家を奪い返さないよう、こちらにもクリプトン家を置いて王位の正統性を認めさせない作戦だよ。一応、クリプトン家の分家筋を立てているので、血筋はしっかりしている。ただ王国の実権を握らせないように、アージェント家との婚姻は禁止とし、固有の騎士団を保有することも認められていない、非武装中立という家門だ」
「がんじがらめですね。それでよくクリプトン家から文句が出ないな」
「彼らが言うには、それほど悪い立場でもないらしい。軍事費がかからない分経済に金が回せるため、領地は栄えて文化も華やかだ。王家との婚姻を禁止されていることはすなわち王国の政治に責任をとらなくてもいいので、面倒事からは解放された上に王国から保護されている。だから、ボルグ中佐のたくらみが成功して今の王国が崩壊すると、一番困るのは今のクリプトン侯爵家なのだよ」
「た、たしかに、そんな状態なら絶対にボルグ中佐には加担しないな・・・」
「しかし、クリプトン侯爵家のことを気にしているということは、婿殿はアージェント騎士学園への転校を選ぶのか?」
「ええ、そうしようと思います。今のアージェント王国の貴族社会がどのようになっているのか、少し興味が出てきたもので」
「うむ、ではさっそく兄上との会談をセッティングしよう。もうすぐ新学期だから急がねばならないな。だが婿殿は少し雰囲気が変わったな」
「雰囲気ですか?」
「私の執務室で倒れる前は、上級貴族社会のマナーとか社交界にしり込みしていたように感じたが、今はそうでもない。むしろ貫禄すら感じられるのだが、どういう心境の変化があったのだ」
さすがアウレウス伯爵は鋭い。俺の態度の微妙な変化から何かを感じ取ったのだろう。俺がどう答えようか考えていると、
「お父様、アゾート様は建国の勇者パーティーの初代メルクリウス公爵がモデルになった絵本の主人公と同じ能力を持っていることがわかったのですよ。貫禄が出ても当然ではございませんか?」
「初代メルクリウス公爵か。あの主人公なら確かに、たかが騎士学園への転校ぐらい造作もないことだな。婿殿、期待しているぞ」
フリュは俺の耳元でささやいた。
(まさかここにいるアゾート様が本物の初代メルクリウス公爵だって、お父様が本当のことを知ったらどんな反応を示すのでしょうね)
そう言って、フリュは楽しそうに笑っていた。