第170話 470年目の再会
「あ、お兄様が目を覚ました!」
俺はどこか聞きなれた声に導かれて瞼を徐々に開いた。この声は誰のものだったか・・・リーズ。そう俺の妹の声だ。
目を開けると、リーズが俺を覗き込んでいた。
俺はとても長い夢を見ていたようで、リーズの顔を見ながらまだ混乱している頭をゆっくりと整理していた。
「お兄様、大丈夫ですか? もう10日間も意識を失ってたんですよ」
「10日間・・・たったそれだけ?」
「たったって・・・10日間も意識を取り戻さなかったおかげで、みんながどれだけ心配したか、わかってますかお兄様!」
リーズがすごい剣幕で怒っている横で、俺は今確認すべきことを次第に思い出してきた。
「そうだセレーネはどこだ!」
俺はベッドから起き上がり、リーズにつかみかかった。
俺のあまりの剣幕にリーズがおびえながらも、
「セレン姉様も先ほどちょうど目を覚まして、まだベッドで横になってます。10日も何も食べてないので、急には立ち上がれないのです・・・って、え!」
突然「バン」と俺の部屋の扉が大きく開き、
「悠斗さんっ!」
セレーネが俺に飛びついてきた。
俺はセレーネをしっかりと受け止めたつもりだったが、身体の力が入らずセレーネに完全にベッドに押し倒された形になった。
この感じはいつものセレーネだったが、中身は確かにせりなだ。それだけはハッキリとわかった。
「せりな・・・よかった、また無事に会うことができた」
「はるとさ~ん・・・」
セレーネは俺の胸の中で泣いていた。
だがリーズは何が起こったのかわからず、ただ茫然とその様子を見つめていた。
「ねえ悠斗さん。私ってやっぱり死んじゃったの? そしてどうしてここの転生することになったの?」
「せりなのSubjectsの身体は出産時には寿命を迎えていて、せりなの魂が天に召される直前にクレアのかけてくれた魔法のおかげで、せりなは今のセレーネへと転生し、470年ぶりにこうして再会することができたんだ」
「・・・そうか、クレアのおかげで私は転生したのね。彼女には辛く当たってばかりだったから、なんか悪いことしちゃったね」
「そうだな。彼女はなんだかんだ言って、俺たちの大恩人だからな」
「じゃあこの際、私たちもシリウス教に入信してあげようか」
「それもいいな。きっとクレアも喜んで・・・くれるのかな? あいつ自身、シリウス教を全く信じていなかった気もするし」
「だよね・・・ふふっ、なんか懐かしいな。クレアって今ごろどうしてるんだろ」
「彼女は400年以上前に亡くなってるよ」
「そうだったわね・・・そういえば、私は無事に赤ちゃんを産めたの?」
「ああ! 元気な赤ちゃんが生まれたよ。君に似たかわいい女の子だ」
「そう! よかった・・・名前はなんてつけたの?」
「ディオーネだ」
「そう・・・ありがとう。ディオーネ・・・・素敵な名前ね」
「君に似てすごい美人に育ったよ」
「えっ! ディオーネはどんな大人に成長したの?」
「20歳になってラルフの息子と結婚して、それから公爵になったよ」
「えーーーっ! すごい。娘の結婚式かあ・・・出たかったな」
「すばらしい式だったよ。俺もさっき結婚式に出席したばかりで、その後ここに戻ってきた」
「え、結婚式に出たのズルい! 私も出たかった」
「・・・じゃあ、次の子供ができたら、その結婚式に出ればいいじゃないか。俺たちにはこれから十分すぎるほどの時間があるんだから」
「・・・うん、そうよね。ありがとう、悠斗さん」
「その、悠斗さんって、久しぶりに聞いて懐かしいな」
「じゃあ、安里先輩?」
「おーっ・・・涙が出てきそうだよ、観月さん」
「・・・っ! やるな安里三尉」
「おおっ! この観月三尉め」
「ふふふっ」
「はははっ」
俺たちは笑いながらも、目から涙があふれて止まらなかった。
「お兄様、セレン姉様、そろそろ話しかけてもいいですか?」
リーズに声をかけられて、俺はハッと気が付いた。リーズが見ている前で完全に二人だけの世界に入ってしまっていた。
「お、おう、すまなかった。それで話ってなんだ?」
「お兄様たちが倒れている間大変だったっていうお話です。予定していた国王や公爵との会談もキャンセルになったし、お兄様の看病をしていたフリュ様やネオン姉様も過労で倒れちゃうし、大変だったんですよ」
「え、フリュ?」
俺はその名前を聞いた時、完全に言葉を失った。
どういうことだ、フリュだと・・・。
俺はセレーネの顔を見た。
セレーネもやはり表情を失っていた。そして、混乱していた記憶が再び鮮明になり、
「・・・やっと思い出した」
「せりな、行くぞ!」
「ええ、悠斗さん!」
俺はベッドから跳ね起きて、セレーネと二人フリュの部屋へと走って行った。
メイドが制止するのを振り切って俺たちはフリュの部屋に入り、ベッドで体を起こしたばかりのフリュに声をかけた。
「フリュ・・・君も来ていたのか」
するとフリュは涙を浮かべながら、
「はい、あなた。私もこちらへ来てしまいました」
彼女の前世の名前は、フリュ・アージェント。
アージェント王国初代国王ラルフ・アージェントの従兄妹にして、せりなの侍女。
そして20年間、俺に添い遂げてくれた大切な妻だった。
「フリュも記憶が戻ったんだな」
「はい、先ほど」
「子供たちは無事に成人できたのか」
「はい、一番下の子が成人して結婚したので、あとのことをディオーネさんに任せて、こちらに来ました」
「そうか、フリュには本当に苦労をかけた。・・・ありがとう」
「いえ、とんでもございません」
「そっか、私が死んだあとはフリュさんが悠斗さんと結婚したんだ」
「セリナ様・・・申し訳ございません」
「ううん、フリュさんならいいのよ。それに私の娘のディオーネを大切に育ててくれたんでしょ。感謝の言葉もないくらいよ」
「セリナ様・・・」
「でもフリュがこっちに来てくれて本当に良かった」
「・・・あなた」
「俺はフリュに申し訳ないことをしたと思ってたんだ。結果的にせりなを選んで君を捨てた形になっていたから」
「それは仕方のないことだと理解しています」
「だけど俺の気持ちが納得いかない。・・・君もこっちの世界に来てくれたんだ。これからはもう絶対に、君を離したりしないよ」
「っ! ・・・あなた」
「こほん! 二人の世界に入るのはやめてくれない? 一応私もここに居るんだからね」
「お、おう、そうだったな。でも、この3人がこの世界でまた一緒に暮らせるって、すごいことじゃないか」
「・・・そうよね。またフリュさんに会えたし、これからもずっと一緒なのね」
「セリナ様・・・またよろしくお願いしますね」
俺たちは3人で握手を交わした。
「それにしてもフリュはよくこの時代に転生できたな。しかもアウレウス公爵家って、どういうカラクリなんだ」
「おそらくですが、私たちの子どもか孫の誰かが王国歴50年にアウレウス公爵家を設立したのだと思います。それで私がアウレウス家に転生できる素地が作られたのかと」
「そうか、アウレウス家はメルクリウス家から分かれでできた公爵家だったんだ。するとシュトレイマン公爵家はクリプトン公爵家から?」
「ええ、それはハッキリしています。王国歴78年にシュトレイマン公爵家がクリプトン家から分かれて設立されました。ただ狭いアージェント王国ですので、メルクリウス家の血も混ざっているとは思いますが」
「そうか・・・そう考えると両公爵家が急に身近に感じられてきたな」
「ふふっ、それはそうですよ。だってあなたはアージェント王国を建国した元勲、初代メルクリウス公爵ですから」
「私はすぐに死んじゃったからあまり実感がわかないけど、悠斗さんって偉くなったんだね。それでフリュさん、娘のディオーネの話をもっと聞かせて」
「もちろんです。ディオーネはセリナ様に似て、それは美しく成長しました」
「そっか、そっか」
「性格もセリナ様そっくりで、本当はセリナ様の生まれ変わりではないかと噂が出るほどでした」
「え、そうなの?」
「はい。ハルト様にベッタリ甘えて、お父様のことが大好きな娘でした。ファザコンって言われてましたっけ」
「うわぁ・・・なんかめんどくさそうな娘だな」
「それから、楽しいことがあるとすぐにエクスプロージョンを放って、城の庭園を焼き払うお転婆でした」
「・・・・・」
「そうだったな。ディオーネのせいでうちの庭師の腕が上がって、庭師ギルドから研修の場として使わせてほしいと頼み込まれたこともあったぐらいだからな」
「・・・私の娘が迷惑をかけて、二人には申し訳なかったわね」
「・・・だがあのポンコツ娘も、結婚式で俺に言ってくれたんだ。20年間育ててくれてありがとう。公爵家のことは私に任せて、お父様はお母様の元へ旅立って下さいって・・・俺には出来すぎた、素晴らしい娘だったよ。ありがとう、せりな」
「・・・それはそうよ・・・なんたって、私たちの娘なんだから」
それから3人は泣き笑いしながら、前世の思い出話に花を咲かせたのだった。