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第169話 メルクリウス公爵家の創設

 俺がせりなに求婚した夜から1か月後、ラルフが国王に即位しアージェント王国が建国された。


 王城も建設の途上で即位式もできる状態ではなかったが、王国の統治は待ったなしで必要だったため、俺たちは国の統治機構を急ピッチで整えた。


 まず最初に国の官僚機構を整えて王国法の制定を進めた。それと同時に各種行政機関を次々に設立し、王を頂点とした支配体制を作りあげた。この官僚機構の実務を担う担当官として、領地貴族とは別にその官職に応じて爵位を与える宮廷貴族制度を新たに設けた。


 さらに従来の領地貴族制度も統一的なルールを導入し、地縁血縁や歴史的な経緯で決まっていた貴族間の主従制度を解体し、領地を一度シャッフルした上で、広大な支配エリアを持つ伯爵以上の上級貴族、直轄領の規模としては伯爵と同レベルの領地を支配する子爵・男爵の中級貴族、そして街単位を領有する下級貴族である騎士爵の3階層の支配体制を確立した。


 かつてのヨーロッパや近世以降の日本の歴史を参考に、やがて中央集権制度に至るであろうシステム化された封建制度の誕生である。





 そして建国から1年後の王国歴2年、新王都の外郭と中核にそびえるアージェント城が仮落成し、その城の大広間でアージェント王国を支える新貴族たちが全て勢揃いした。


 シリウス教国からも総大司教猊下を招き、これからラルフの即位式と全ての貴族への叙爵が大々的に行われる。


 この世界もそうだが、王位につく際には神の御名においてその正統性を認められる必要があり、ラルフもその慣習に従いシリウス神に誓いを立てる形で、総大司教猊下の立ち合いのもと戴冠が行われた。


 そして正式に王位についたラルフから、今度は貴族たちへ爵位を与える叙勲式が行われる。その一番最初に俺の名前が呼ばれて公爵位を授与された。


 メルクリウス家が筆頭公爵家となったのだ。


 さらにその後にクリプトン公爵家、バートリー辺境伯家と続き、その後侯爵家以下男爵家に至るまで、延々と式典は続いた。


 式典の一番最後に、シリウス教総大司教猊下から、勇者パーティーでその実力を見せつけたクレア・ハウスホーファを長年空位であった大聖女として抜擢することがサプライズ発表されて、みんなをあっと驚かせた。





「うわあぁん! 安里くーん、大聖女になんかなりたくないよ~!」


「何を言ってるんですかクレアさん。シリウス教国のトップですよ。全世界の宗教の指導者なんですよ。もっと胸を張ってください」


「嫌だよ。だって大聖女になったら、お嫁に行けないじゃない。安里くんはいいの? 私と結婚できなくなるよ」


「いや俺はせりなと婚約をしたから、もともとクレアさんとは結婚できません」


「安里くんは公爵だよ。セシルだって嫁が早くも3人に増えていたし、安里くんは筆頭公爵なんだから少なくとも4人ぐらいは娶ろうよ」


「セシルと嫁の数で競う気は毛頭ありません」


「そうよっ! 悠斗さんは「私だけ」と結婚するんだから、クレアはとっととシリウス教国に帰ってよ」


「うわあぁん! 三十路の喪女なのにこれでさらに結婚が遠退いた~っ! この世に神さまなんて存在しないよ!」


「とてもシリウス教のトップとは思えないほどの暴言だな!」


「そうだシリウス神め、子々孫々まで呪ってやる!」


「ダメだ、こいつ・・・」





 そしてさらにその一年後、俺とせりなの結婚式が行われた。


 せりなはこの一年間、公爵夫人としてのマナーを徹底的に叩き込まれてげっそりとしていたが、せりなの侍女になった娘がマナーの先生になってからは、みるみる上達していった。どうやら二人は気が合うらしかった。


 その娘はラルフの従兄妹で、およそほとんどが処刑された旧アージェント家の数少ない生き残りだった。


「いいのかラルフ、お前の従兄妹ならアージェント王家の一族。それをせりなの侍女なんかに」


「旧アージェント家は侯爵家で彼女はその分家。現アージェント王国の筆頭公爵家夫人の侍女ともなれば、これぐらいの家格は最低限でも必要だ。気にせずに使ってやってくれ」


「そ、そうなのか。それではありがたく世話になるよ。それにせりなも、この国で初めての親友ができて、とても喜んでいるよ」


「それは良かったな。おっと話はここまでだ。そろそろお前たちの結婚式だ。行くぞ」





 王国歴3年、俺達の結婚式は盛大に執り行われた。


 アージェント王国初代国王のラルフとセシル・クリプトン公爵による挨拶は、よりにもよって勇者パーティ時代の俺とせりなのポンコツラブコメの話だった。


 挨拶の間中、せりなが顔を真っ赤にして話を否定していたが、あの二人は容赦なく恥ずかしいエピソードを次々と暴露していき、会場の爆笑を誘っていた。


 会場が大盛り上がりの後、デイン・バートリーの剣舞が神にささげられ、そして正式にシリウス教国の大聖女に就任したクレア・ハウスホーファの立ち会いのもと、彼女が聖書の祝福の言葉を読み上げる前で、俺とせりなは永遠の愛を誓う口づけを交わした。


 多大なる祝福と拍手喝采を浴びる俺たちに対して、涙目になってギリギリと歯ぎしりをして悔しがる大聖女クレア。


 こいつがトップになって、シリウス教は本当に大丈夫なのか心配だ。


 そんなクレアにアカンベーをするせりな。それでさらにクレアが顔を真っ赤にして怒りだす。


 クレアが気の毒だから、もう傷口に塩を塗るような真似は止めてあげてくれ。




 結婚式も終わり、俺たちは生活の舞台を王都アージェントからメルクリウス領に移した。


 そして領地に戻ってしばらくたち、新生活も軌道に乗ったある日、せりなが妊娠した。


 俺はこの瞬間たしかに幸せの絶頂にあり、この先の人生には輝ける未来しかないことを、全く疑っていなかった。






 せりなのお腹がしだいに大きくなり、そろそろつわりも落ち着いてくるはずが、せりなはどこか体調のすぐれない日が続いた。


「せりな、大丈夫か。またクレアに診察に来てもらおうか。あいつ女医だし」


「そうね。でもクレアも私の体調不良の原因がわからないみたいだし、それにシリウス教国は遠いから無理して呼ばなくてもいいよ」


「いや、せりなの体調のことが心配だ。念のためクレアには連絡をしておくよ」


 しかしせりなの体調は日を追うごとに悪化し、ついにはベッドから起き上がれなくなって、侍女が付きっきりで看病する生活が続いた。


 そんな状態の中で、ついに出産の日を迎えた。





「クレア、本当にせりなの身体は出産に耐えられるのか」


「・・・もう破水しちゃったし、こればっかりはせりなっち次第なのよ。私も全力でサポートするから、安里くんも元気を出してね」


「わかった・・・頼む、クレア」



 俺は出産の役には立たないため、少し離れた椅子に座ってせりなの無事を祈り続けていた。しかし、よほどの難産のか、何時間にもわたってせりなの苦しそうな声が部屋に響き渡った。


 そして、





「おぎゃあ~!」


「生まれた! まあ、お母様に似た、かわいい女の子の赤ちゃんですよ!」


 侍女の声に俺はせりなのもとへと駆け寄った。


「せりな、よくやった。無事に女の子が産まれたよ」


「・・・・・。」


「せりな?」


 せりなが俺の言葉に何も答えてくれない。どうしたんだ・・・


 するとクレアがとても沈痛な表情で、


「安里くん・・・せりなっちはもう、助からない」


「・・・え? どういうこと?」


「もうすぐ、せりなっちの魂は神様のもとへ召されて行くの。大聖女の私だからわかる。せりなっちはもう・・・」


「ウソだっ! せりながこんなことで死ぬはずがない! 何故だ!」


「せりなっちの生命力・・・寿命が尽きたの」


「寿命って、まだこんなに若いじゃないか」


「たぶん、そのSubjectsの身体の寿命が普通の人間よりも短いんじゃないかな・・・」


「この身体の寿命・・・そんな」


「・・・安里くん。もう、せりなっちの身体は助けられないけれど、魂を助ける方法なら一つだけあるの」


「魂を助ける方法・・・それはどうするんだクレア! 早く教えてくれ!」


「ある聖属性魔法を使ってせりなっちを転生させる」


「転生・・・どこへ?」


「それはわからない。どこか未来の、せりなっちの魂にピッタリと当てはまる身体へ転生する」


「それはどんな身体なんだ・・・」


「例えば、せりなっちの娘や孫、あるいは遠い子孫かも知れないけれど、今のせりなっちとよく似た身体を持つ女の子が可能性が高いと思う」


「そんなあいまいな話だと、せりなはどこに転生するかわからないじゃないか。俺はもう二度とせりなに会うことができないのか」


「でもこのままだと魂が神に召されて、それこそ永遠に会えなくなる。あるいは安里くんが死んで天国で会えるかも知れないけど、それでいいの安里くん」


「・・・わかった。その魔法を使ってくれ」


「わかった。ただしこれは10年に一度しか使えない究極魔法で呪文も長いの。もう時間ががないからすぐに使うわね」


「頼む・・・やってくれ」


 クレアは長い呪文を唱え始め、せりなの魂がまさに天に召されるわずか直前に、その魔法は発動した。



 【聖属性究極魔法・リーインカーネイション】



 クレアの放った究極魔法リーインカーネイションは、せりなを柔らかい光で包み込み、せりなの魂をその身体から引き出して、次元の彼方へと連れ去っていった。





 そしてベッドには元気な赤ちゃんと、せりなの遺体が残された。






 それからの俺は、せりなを失った悲しみを忘れるために猛烈に働いた。メルクリウス公爵家を将来に渡って続くような大貴族へと育てるため、領地を広げて豊かにする。


 領地運営の傍らで、俺はアージェント王国自体の領土を広げるために積極的に外国に攻め込んだ。その苛烈な戦い方からアージェント王国の剣・メルクリウスの名を大陸中にとどろかせた。だが口さがない者たちからは、アージェント王国の魔王の異名で呼ばれることとなった。


 俺はメルクリウス家の独自のルールも定め、せりなが転生しやすくなるように血の拡散を防ぐことにした。


 まずType-メルクリウスの特徴を保つために、メルクリウス家は一族内の婚姻を最優先とし、次期当主は本家、分家に関わらずメルクリウス本来の容姿を保つ者の中で魔力が最も高いものとした。


 もちろん男女の区別なく、最強の者が当主だ。




 この絶対のルールに従うと俺の後継者はただひとりだけ。つまり俺とせりなの一人娘であるディオーネが次のメルクリウス公爵だ。


 俺たちの娘であるディオーネの名前は、この世界の双子月、ディオーネとアポロンから名付けた。そして赤い月アポロンはせりなの赤い目にそっくりだったので、俺はわがままを押し通して、アージェント王国内ではセレーネという名前に変えてもらった。


 誰がなんと言おうとも赤い月はせりな、君だよ。


 そして、君の隣にいつもいる青い月ディオーネは、俺たちの娘だ。


 俺の身体もいつ寿命が来るか分からないが、ディオーネが公爵家を継ぐまでは絶対に死ねない。




 そういえば、俺とせりながこの国に飛ばされた時にできた半径15メートルの地下空洞。あそこはデインの領都バートリーになる予定だ。


 だからあの地下空洞の管理はバートリー家に任せることになるが、俺はあそこにあった魔法開発用の端末やペレット、そして無人の被験体を保存するために様々な魔術具で保護をかけ、メルクリウス一族以外は入ることができないようにした。


 また、俺たちが飛ばされるきっかけになったあの暴走魔術具を暇さえあれば研究を続け、長い時間をかけて「タイムリーパー」という魔術具へと進化させた。かなり使用方法に制限があるが、およそ200年単位の時間の跳躍を可能としている。


 ただし、この世界の事象復元力の影響で、タイムリーパーを使った過去への事象改変は打ち消されてしまうことがわかり、それを越えて事象改変を起こさせるために、メルクリウス一族限定の極めて厳しい条件を付与せざるを得なかった。


 ただタイムリーパーの研究をして分かったことがもうひとつあり、ジオエルビムと今、そして250年後と470年後の4時点は、日本のある時空から見ると並行世界として存在していたのだ。


 つまり、このタイムリーパーは厳密には時間跳躍魔法ではなく、日本のある時空を起点とした次元転移魔法ということだ。だから跳躍のできる時間軸は限定されるのだ。


 俺はこの魔術具タイムリーパーを、公爵家当主のみが知る最高機密として、代々引き継いでいくことと定めた。







 そしてせりなを失ってから20年の月日が流れた。





 今日は娘ディオーネの結婚式と公爵就任の式典が大々的に行われた。


 結婚相手は、ラルフの息子で第三王子のティオだ。


 この王子はラルフの息子の中でも魔力が強く本来は国王になってもおかしくなかったが、第一王子との兼ね合いからメルクリウス公爵家に婿入りすることとなった。そのため貴族たちからはディオーネではなくティオを公爵にすべきだとの声も上がったが、俺は断固として自分が作ったメルクリウス家のルールを押し通させてもらった。


 宮廷貴族たちからは反発もあったが、俺がひと睨みするとみんな震えあがって押し黙り、それ以降は誰も文句を言うものはいなくなったのだ。


 そして式典がつつがなく終了し、ディオーネ・メルクリウス公爵が誕生した。





 これでもう思い残すことは何もない・・・。





 俺はその夜、妻を部屋へと呼んだ。





 せりなを失った俺は、一人娘のディオーネを育てるため、せりなの侍女と結婚した。


 彼女はとても献身的に俺を支えてくれ、ディオーネをしっかりと育ててくれた。


 俺と彼女との間にも5人の子供たちに恵まれて、合わせて6人もの子供たちを彼女は育てて上げたのだ。


 もとはラルフの従兄妹でもあった彼女は、公爵夫人としても十分以上に働き、子育てだけでなく宮廷貴族へのにらみも効かせて、俺が戦争に行ったりバートリー領で魔術具の開発に出かけて留守にしている間も、俺の代わりにしっかりと家を切り盛りしてくれた。


 俺には過ぎた妻だった。


 だがそんな妻に、俺は今日別れを告げる。





「この20年間、君には本当に世話になった。感謝の言葉もない」


「あなた・・・やはり行ってしまわれるのですね」


「・・・ああ。君とここで別れてしまうのは本当に申し訳ないのだが、俺の寿命もいつまでもつかわからない。このポンコツなSubjectsの肉体が本当に憎い」


「・・・・承知いたしました。これからはわたくしがディオーネ夫妻を支えて、このメルクリウス公爵家を繁栄させて見せます。・・だからあなたは安心して、セリナ様のもとへと旅立ってください」


「・・・本当にすまないと思っている。それから君との間にできた5人に子供たちのこともよろしく頼む。みんな大切な、俺たちの子供たちだ・・・」


「もちろんですよ・・・あなた」


「・・・それじゃあクレア、頼む」


 邪魔にならないように部屋の物陰に隠れていたクレアが俺たちの前に出て来た。


「安里くんはまだ寿命が少し残っているけど・・・本当にいいんだね」


「・・・ああ頼む。やってくれ」


「わかった。じゃあ目をつむって、せりなっちのことを強く念じていてね」


「・・・せりな、今から君のもとへ行くよ」


 俺がそう念じると、クレアは魔法を唱えた始めた。 



 【聖属性究極魔法・リーインカーネイション】



 やわらかい光が俺を包み込み、そして目の前が真っ暗になった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 6章完お疲れ様でした。まだなぜアゾートが2020年の日本人の記憶持っているのか謎が残りましたね。 [一言] 魔法が強いのと統治者、政治家や官僚としての適正は別の話ですからラルフの国王は当然…
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