第17話 クラス対抗総力戦(1)
バトル展開です。
もう一話続きます。
不当に言い渡された魔法訓練棟使用禁止の取り下げを求め、上級クラスと騎士クラスBによるクラス対抗総力戦が、これから始まる。
グラウンドに準備された試合場に、俺たちは整列した。
上級クラス20名と騎士クラス26名。
当事者である1年生を除き、観客はいない。学園としても外聞があまり良くないため、関係者以外を締め出したのだ。
さて総力戦とは。
魔法団体戦はあくまで魔法による戦いを評価し、騎士は護衛の役割にとどまるのがルール。
一方、総力戦は魔法も騎士も攻撃に積極的に参加できる、いわゆる何でもありの戦いである。
魔力に劣る騎士クラスにとっては魔法団体戦より総力戦の方が有難いのだが、なぜ上級クラスは相手の有利である総力戦をわざわざ指定してきたのか。
本件の首謀者の一人、ハーディン・スキュー男爵家次期当主は、ニヤニヤしながら一歩前に出て俺たちに向かって命令した。
「お前たち、主君に対し無礼である。直ちにこの試合を辞退し、各騎士家当主から正式な謝罪を申し入れよ!」
ハーディンの言葉により、騎士クラスの生徒が次々に膝をついて頭を垂れた。
「アゾート、すまんがそういうことだ」
クラスメイトの一人ニック・ガートンは、ハーディンの取り巻きの一人として、入学初日の襲撃にも加わっていた。
ニックからは一応の謝罪は受けたのだが、ニック側の事情もありクラスの中ではお互いにあまり接触しないようにしてきた。
上級クラスの生徒と主従関係にあるのは、ハーディンとニックだけではない。
膝をついて恭順の意を示しているクラスメイトはざっと全部で7名。男子生徒で残っているのは、俺とダン、ネオンそれにモテない同盟のうちリーダー格?の3名のみか。
騎士クラスの戦力が減って19名になった。
これが騎士クラスの現実なのだ。
「おまえたちのただ一つの頼みの綱である騎士戦力でも負けるのだから、騎士クラスは剣術訓練棟も使用する必要もなくなるな。む・だ・だ・か・ら。クックック」
自分たちが勝つこと前提で、おれたちにいかに無様に負けさせようかという魂胆。
なるほど、そのための総力戦か。
しかし男子生徒が7名減ったということは、女子生徒は・・・。
「君たちは辞退しなくてもいいの?」
ネオンがファンクラブのみんなにたずねた。
「私たちは大丈夫ですわ」
「いつかは嫁ぐ身ですし、あの者たちへの忠誠心など特にございません」
「むしろネオン様への忠誠心をここでお見せできるかと」
「そして私を娶って下さいまし。(ポッ)」
「抜け駆けはズルいですわ!」
・・・お、おう。平常運転だな。
この殺伐とした空気の中、女子たちがキャッキャウフフと楽しそうにしている姿は見ていて心が和む。
だがネオンはこれで本当に大丈夫なのだろうか。
俺はネオンが女だとバレた時のことを想像し、胃のあたりがキリキリしてきたが、ネオンは平然としている。どんな強心臓の持ち主なんだ。
「フン、そんな戦力にもならない女子が何人残ろうと関係ないわ」
戦力にもならない女子?
「騎士クラスなんて一発魔法を打てば怯えおののき、身の程を知ることになるでしょう」
俺たちの戦力を把握していないのか?
「マトモに戦えそうなのは、あそこのデカイやつぐらいじゃないか」
さっきの闘技大会みてなかったのか?
こいつら自分たちが勝つことを疑わず、俺たちのことなんか知ろうともしなかったんだな。
上級クラスがここまで傲慢だったとは。
情報収集は戦いの基本。
上級クラスの情報を収集し、いろんな状況に対応できるようにみんなで入念に準備してきたのだ。
もちろん、クラスメイトから出場辞退者が出ることも、俺は当初から織り込んでいた。ニック・ガートンがクラスにいる時点で容易に想像がつく。むしろ女子生徒が全員残ったことの方が想定外だ。
最も頼もしいファンクラブが全員戦力として残ったのは、当初の作戦から大きな上方修正と言える。
俺はネオンに耳打ちした。
「ここまで酷いとは思わなかったな。王道の作戦Aだ。作戦指揮はお前に任せるよ、ネオン」
「うん私に任せて。アゾートも相手がバカだからって油断なんかしないでね」
「安心しろ。今回は相手の心が折れるまで徹底的にやっておくつもりだ。見てな」
「・・・・・」
どれだけ煽っても怯まない俺たちを見て、ハーディンは苛立ちを隠せなかった。
「先生、早く試合開始の合図を」
生徒たちがそれぞれの自陣エリアに集結し、自分たちのポジションで試合開始の合図を待つ。
各陣地の中央にはそのチームのエースとなる魔導騎士が立ち、その前を護衛騎士が守る。
俺たちのエースポジションの立つのは、マールだ。
立ち会いの教師は、シュミット先生とシャウプ先生の二人。
シュミット先生がゆっくりと右手を上げて試合開始を宣言した。
「それでは試合開始!」
さて事前に情報収集しておいた上級クラスの主要メンバーだが、属性数と魔力の高い順次に並べると次の通りだ。
3 ダーシュ・マーキュリー(土、風、水 伯爵)
3 アレン・バーナム(光、火、風 伯爵)
2 ユーリ・ベッセル(〇 水、風 子爵)
2 アネット・マーロー(× 火、闇 子爵)
2 パーラ・ウェストランド(× 光、土 子爵)
2 ハーディン・スキュー(× 水、土 男爵)
1 マーサ・グラント(× 水 男爵令嬢)
1 ザッシュ・オマー(× 火 男爵令息)
他 1属性6名、無属性6名
さすが上級クラス。うちとは比べ物にならないほどの魔力保有者数と属性数。
情報源は1年生上級クラス所属、ユーリ・ベッセル子爵家令嬢。ダンジョン部サーシャ先輩の妹だ。
上級クラスも一枚岩ではない。
ユーリはサーシャから俺たちのことを聞いており、情報収集に協力してくれていたのだ。
さてこの情報をベースに考えれば、上級クラスに正面から魔力戦を挑んでも、俺とネオン、マールの3人では魔力が全然足りない。
そこで複数パターンの作戦を考えていたのだが、今回は作戦A。
高位の魔力保有者に対して物理攻撃で戦うという単純な力押しだ。
その主力をネオンとファンクラブが担い、俺は男子生徒を引き連れてハーディンやフリュオリーネの取り巻きどもを始末する。
ネオンの指示が飛ぶ。
「カーラとアン、エミリーの3人は前方、ローラとミミー、メアリーは右サイド、ケイト、シェリー、サーラは左サイド、僕を中心に10人で密集陣形で突撃する」
「「はい!」」
「ノーラ、セシル、ナンシーの3人はエースの護衛」
「「はい!」」
「マールはエース。パルスレーザーであいつら全員、なぎ払え!」
「うん!」
「男子全員、アゾートと突撃準備」
「「おう!」」
「アゾート。まずは『一番派手なご挨拶』を一発お願い」
俺は返事の代わりに詠唱で答えた。
【焼き尽くせ 無限の炎を 万物をことごとく爆砕せよ】エクスプロージョン
未だ詠唱を始めたばかりの上級クラスの生徒たちの頭上に、突如現れた巨大な魔方陣。
その中心から滴り落ちる白く輝く光点が生徒たちの真ん中に到達した瞬間に、魔方陣ごと全てかき消えた。学園の魔力防御シールドが発動したのだ。
その代償に、各人が受けたであろうダメージ分のスタン攻撃が、学園のシステムから上級クラスの生徒たちに容赦なく降り注いだ。
「ぐぎゃーー!」
「ヒーーー!」
「いたっ痛い!」
声を上げられる生徒はまだ意識があるだけまし。
魔力の弱い生徒は自らの魔法防御力を遥かに超える破壊力に蹂躙され、瞬時に意識が刈り取られてしまっていた。苦しまずに済んだだけましという考え方もあるが。
アゾートが放った火属性上級魔法・爆裂魔法エクスプロージョンにより、開始早々瞬時に、上級クラスの生徒の実に12名が戦闘不能となった。
「残るは8名! ダン、ランドルフ、ヘンリー、トマソン! 目標はハーディンとフリュオリーネの取り巻きどもだ! やつらを血祭りに上げろ、突撃!」
「「おう!」」
俺は突撃しながら思った。
この作戦俺は捨て石だ。そのための開幕エクスプロージョン。
俺の魔力ではセレーネほどの破壊力もでないし、魔力の大半をこれで使ってしまったわけだが、これでいい。
なぜなら俺にはネオンがいるからだ。
俺と全く同じ能力を持つ、俺の分身。
全幅の信頼がおける一番のパートナーだ。
ネオンがいるから、後のことを全て任せて戦える。
頼んだぞ、ネオン。
上級クラスのエース、ダーシュ・マーキュリー伯爵家次期当主は、自分の目の前で何が起こったのかを理解できなかった。
「とっさの魔法防御シールドが間に合って、ダメージは少なくて済んだが、何なんだ今の魔法は」
隣にいたアレン・バーナム伯爵家令息は、ユーリ・ベッセル子爵令嬢に確認した。
「彼がこの前話していたアゾート・フェルームか」
「そう。お姉様の部活の後輩の天才魔導師ですわ」
「お前たちは彼のことを知っていたのか」
「あなた、彼のことも知らないで戦っているんですの?」
「ハーディンからは、あんな強力な魔法を使えるやつが騎士クラスにいるなんて聞いてない」
「知らなかったか、事実に目を背けていたか。あいつは自分が信じたいものしか認めない、プライドが服を来たような貴族らしい貴族だからな」
「全くどいつもこいつも。ベラ先生まで全然情報収集できてなかったのでは」
「彼はね。セレーネの親族よ」
「セレーネ・フェルーム! フェルーム騎士爵家には、あんな化け物が他にもまだいたのか。一体どうなっているんだ」
会場に大歓声が響く中、ベラ・シャウプは口惜しさと羞恥心に打ち震えていた。
「騎士クラスのくせに生意気な。上級魔法を使うなんて、身の程知らずめ」
シュミットは、そんなシャウプの言葉にため息をついた。
「魔力の才能に身の程など関係ありませんよ、シャウプ先生」
シャウプは顔を真っ赤にして、試合場のアゾートを睨みつけていた。
スタン状態から回復したハーディンは、一撃で死屍累々の山を築いたアゾートとその魔力に驚愕していた。
「バカな、バカな、バカな!」
なぜこんなことになった。
魔力も人数も全て勝っていた我々が、開幕早々何もできずにたった一発の魔法で。
魔法発動の速さもわけがわからない。なんでそんなことができるんだ。
しかもエクスプロージョンだと。
騎士クラスのくせになぜ上級魔法が撃てる。
ふざけるな。
男爵家次期当主の俺でも上級魔法は使えないのに、なんで騎士爵家のしかも分家のあいつなんかが。
これはなにかの間違いだ。きっとズルをしているんだ。
セレーネだ。あいつがどこかに隠れて撃ちやがったんだ。
きっと、そうに違いない。
「ハーディン!覚悟しろ!」
ハーディンを捉えたアゾートが、模擬剣を力いっぱい叩きつける。
「うわっ」
ハーディンは剣で防いだものの、完全に力負けし後ろに弾き飛ばされた。
「まて、お前何か反則しただろう。この試合は無効だ」
アゾートは無言でハーディンを打つ。
「ぐわっ、待て試合は無効だと言っている」
アゾートはハーディンの言葉を一切無視し、彼の魔法防御を超える打撃力で、ひたすらに剣を振り続けた。
こいつには中途半端な勝ち方ではいけない。
いずれ俺たちの前に立ちはだかり、セレーネや俺の仲間たちに害を及ぼすだろう。
古い貴族的思考の体現者。こいつとは今後も決して相容れることはないだろう。
「やめてくれ。俺が悪かった、許してくれ。降参だ」
気が付けば既にハーディンの手に剣はなく、一方的に俺に殴打されているのみだった。
そろそろ終わりにするか。
次の一撃で戦闘不能というギリギリのタイミングで剣を下ろした俺は、ホッとした表情のハーディンめがけて、至近距離から魔法を放った。
【煉獄の業火をもって 焼き尽くせ】ファイアー
ファイアーの呪文で判明している全てのフレーズを使用して、ゼロ距離の至近から放たれたファイアー。
初級魔法とは思えない巨大な魔方陣が、「ズズズズ」と不気味に響く重低音だけを残して消失し、代わりに発生した膨大なスタン攻撃がハーディンの全身を貫いた。
学園の安全システムにより、ハーディンが死ぬことはない。
だが、剣の物理攻撃によりほとんどリタイア寸前の状態で、桁違いのスタン攻撃を受ければ、おそらく数日間は目が覚めることがないほどのダメージが残るはずだ。
それだけの苦痛と恐怖を与えない限り、こいつは何度でも立ちはだかってくるだろう。
これでおとなしくなってくれればいいのだがな。
振り向くと、ダンとモテない同盟の3人がマーサとザッシュの2人を打ちのめしていた。
2人とも完全に戦意を喪失している。
コイツらはフリュオリーネの取り巻きどもだ。セレーネに手を出せないようにここで徹底的に叩く。
「この前はセレーネによくもあんな酷い言葉を浴びせかけてくれたな」
「ひーっ!」
「二度とあんな口がきけないよう、お前たちにはそこのハーディンと同じ目にあって、その体に刻み込んでもらう」
「い、嫌だ。あんなふうになりたくない。助けてくれ」
「フリュオリーネ様に言われてやっただけで私は悪くありません。もう二度としません」
「お前たちの言葉は信用できない。死ぬほど痛い目にあって、自分の浅はかさを後悔しろ」
「ひーっ!」
完全に腰を抜かしながらも何とかこの場を逃げようとする2人が、それぞれ別の方向に離れていく。
「全員至急この場から離れネオンに合流。ユーリ以外の残りの4人を始末しろ!」
ダンとモテない同盟がネオンの方に向かったのを見て、俺は詠唱を始めた。
これで俺の魔力が完全に尽きる。あとは任せた、ネオン。
【煉獄の業火をもって 焼き尽くせ 無限の炎を】フレアー
火属性中級魔法・範囲攻撃魔法フレアーが放たれ、その代償の強烈なスタン攻撃を受けたフリュオリーネの取り巻き二人は、瞬時に意識を刈り取られて完全にリタイアした。
俺は魔力も体力も使い果たし、地面に座り込んでしまった。
これでしばらくは動けないだろう。
俺は魔力の自然回復を待ちつつ、ネオンのもと一丸となって戦うクラスメイトたちの姿を、遠くながめていた。