第164話 聖女クレア・ハウスホーファ
昨日の勇者に続き、今日は聖女編を2話投稿します
ぜひご期待下さい
ラルフとセシルに合流して5人になった俺たちパーティーで、悪徳貴族を片っ端から討伐する放浪の旅が始まった。
パーティーのリーダーはラルフ、サブリーダーはセシル。これに戦士デインを加えた3人で、パーティーの前衛を担当する。
ラルフは7つ全ての属性を持つ魔力保有者で「勇者」の呼ばれるタイプに分類されるらしい。通常は光と闇の属性を同時に持つことができないらしく、とても珍しい存在だそうだ。
セシルは勇者ではないが、5属性の魔力を持つ上に剣技が達人の域に達しており、やはり「魔剣士」と呼ばれるジョブについていた。
これまでたった2人で悪徳貴族に立ち向かってきただけあって、この2人の魔力と戦闘力は別格であった。
俺と観月さんの役割は、魔導士として後方から魔法を撃つ担当だ。観月さんは国防軍の実働部隊に所属していたので、本当は前衛でもよかったのだが、俺が光属性系の回復魔法を受け持つため、バランス的にこうなった。
「君たち2人とも火属性しかないのに、どうしてそんなに桁外れの魔力を持っているんだ。すべての属性魔法をなんの遜色もなく使えるなんて、実質的に勇者と変わらないじゃないか」
「俺たちから見れば、ラルフやセシルのように同時に複数の属性を持っていることの方が不思議なんだよ。今まで1人1属性が普通だと思っていた」
Subjectsたちは、1人1属性しか持っていない。
Type-アージェントの鈴木さんも闇属性だけだったのだが、ここにいるラルフは違う。
考えられることは、長い年月で混血が進んで闇属性としての力が弱まった反面、他属性の力を取り込んでいったことだ。
魔力と貴族制度がリンクしていることを考えると、Subjectsの子孫がやがて貴族となって一族の血筋を守りつつも、政略結婚などによって血の交流が進んでいったということだろう。
「このエメラルド王国と君たちの国では、魔力についてもいろいろと違うということだな」
そんな俺たち5人は、悪徳貴族に苦しめられている村人を見つけてはそれを助け、貴族どもを成敗していく水戸漫遊記のような旅を続けた。
気分次第に村人をいたぶる騎士や、重税を無理やり徴収する代官。そういった奴らを成敗して、村人から感謝されるのだ。
だが村人から見れば貴族の魔法は恐ろしいものなんだろうが、俺から見ればここの貴族が使う魔法は、ほとんど脅威にすらならなかった。
貴族は確かに魔力を持っている。しかし魔力が弱い上に詠唱の日本語が下手過ぎて、本来の魔法の性能が全く活かされていなかったのだ。
「俺たち研究者が必死で完成させたこの魔法は、そんなゴミじゃない。ちゃんと真面目に使え!」
敵ながら見てていらいらするほどだった。
ラルフもセシルも詠唱がイマイチだったので、旅の途中に正しい日本語を教え込んでやった。
ただこの二人の魔力は、他の貴族たちに比べて格段に強く、多少詠唱が下手でもそこそこの魔法の威力が出せていた。
そこにラルフとセシルの詠唱が改善されたことで、2人の魔法の威力が一回り以上強くなり、俺たち3人も仲間に加わって戦力が一気に充実したもんだから、ラルフの悪徳貴族の討伐ペースが格段に加速していった。
「なあアサート、俺の魔法も何とかしてくれよ」
「デインのは無属性魔法だから詠唱でなんとかできるものじゃないし、固有魔法というのも俺は詳しく知らないから、アドバイスのしようがないんだ。ただデインは今のままでも十分すぎるほど強いし、別にいいんじゃないか」
「そうか、お前がいうなら仕方がないか」
固有魔法。
ラルフ、セシルそしてデインの3人はそれぞれ固有魔法というものを持っている。
日本語の詠唱呪文が使われているためSubjects Runes計画で開発されたものだとは思うが、俺が全く知らないことから、俺がエメラルド王国に転移した後に開発されたものなのだろう。
呪文自体は日本語なので分かるのだが、魔法の発動原理が俺にはわからない。
いったいどんな魔法があるのだろうか。
そんな旅の途中のとある街での出来事だ。
街の教会のまわりに野次馬が集まっており、教会の入り口付近には、両手を縄で縛られて騎士たちに連行されようとしているシスターの姿があった。
シスターの顔は騎士たちに殴られた跡が痛々しく、そのあとを神父さんが追いすがっているが、すぐに騎士たちに取り囲まれて足蹴にされていた。
教会の中からは孤児たちもシスターや神父さんを助け出そうと飛び出してきたが、そんな子供達に対しても騎士たちは容赦なく殴りつけている。
「許せない!」
リーダーのラルフが教会に向かって猛然と走り出し、その後ろをセシルが「ヤレヤレ」といった表情で追いかける。さらにその後ろをデインが大剣を振り回して、ノシノシと歩いて行く。
また、いつもの勧善懲悪劇の開幕だ。
「安里先輩。今日は敵の数も多いし、私たちも参戦しますか?」
「いや、この程度の敵なら俺たちは別に戦わなくてもいいよ。放っておいてもあいつら3人で十分だと思うし、観月さんが出て行くと、騎士たちだけじゃなくて周りの野次馬も巻き込むような大魔法を放って危ないから。ここは場所も狭いし、俺たちは大人しく見ていようよ」
「もうっ、私のことを危険物みたいに言わないでくださいっ!」
「はいはい、我が軍の決戦兵器殿」
ほっぺたをふくらませてスネる観月さんが可愛すぎる。俺が観月さんに見惚れているうちに、戦いは終わってシスターが無事助け出された。
「ほら観月さん。直ぐに終わっただろ」
「シスターの手錠が外せない!」
ラルフとセシルが必死にこじ開けようとするが、シスターの両腕は頑丈な手錠で厳重に固められていて、びくともしなかった。
普通はこんなか弱い女性にこれほど頑丈な手錠を使うことなどないはずだが、何か特別な理由があるのだろうか。
俺はシスターに経緯を聞いてみた。
「私はこの教会の孤児院で育ち、5歳の洗礼式の時に光属性と闇属性の両方を持つ「聖女」であることが判明したため、シリウス教国で教育を受けてきました。そして修行のため、シスターとして再びこの教会に戻ってきたのですが、ここの領主が私が聖女であることを知って、無理やり妾にされることになったのです」
「聖女を妾にだと・・・なんて不信心な輩だっ!」
ラルフが顔を真っ赤にして怒っていた。
「どうして不信心なんだ?」
俺がたずねるとラルフが怪訝な顔で、
「アサート、君はシリウス教徒じゃないのか?」
「違うし、そんな宗教は知らない」
「まさか、ウソだろ・・・」
ラルフの呆れた表情から、シリウス教がどうやらこの世界ではメジャーな宗教であることがわかった。
「俺は異国から来たから知らないだけだ。よかったら教えてくれ」
「そうだったな。「聖女」というのは僕の「勇者」と同様に光と闇という普通は同時に持つことのできない属性を併せ持つ特殊なタイプなんだ。そして特に選ばれた聖女はシリウス教国の中でも最も尊い「大聖女」という最高位に就くことができる。そんな聖女を妾にするだなんて、領主のクソ野郎!」
「なるほど、それは確かに不信心だな。でも魔法の観点だけで見れば「聖女」は2属性で「勇者」は7属性。勇者の方が属性の数も多く貴重だと思うが、ラルフの言い方だと聖女には何か特別な印象を受ける」
「それは私から説明します。自己紹介が遅れましたが、私はこの教会のシスターのクレア・ハウスホーファです」
「ハウスホーファ! その名前を名乗るということは、シリウス教国でも特に有望な聖女と認められた証っ!」
ラルフがイチイチうるさい。
「はい、私は将来の大聖女の候補生として、この教会で修業をしているのです・・・それよりも聖女と勇者の違いですが、聖女は聖属性魔法が使えるのです」
「聖属性魔法・・・そんな属性が存在するのか」
「はい。基本7属性とは別に光属性と闇属性を融合したその先にある、生命を司る属性です。これは勇者には使えません」
「初めて知った。聖属性魔法があったとは」
「アサート、お前は魔法のことなら何でもよく知っているが、さすがに聖属性魔法までは知らなかったか」
「もちろんだよセシル、俺はまだ学生の身だからな。だが今の話でわかった。ここの領主はクレアの魔法を警戒してこの手錠を付けさせたんだろう。これは魔力を封じる効果のある特殊な手錠だ」
「アサート、お前外せるのか?」
「ああ、ちょっと時間がかかるがたぶん大丈夫だ」
手錠が外れようやく縄から解かれたクレアは、俺たちを教会の中へと案内し、礼拝堂の椅子に腰を落ち着けた。そして神父さんも交えて、今回の騒動の経緯を話し始めた。
この教会は孤児院と修道院とを併せ持ち、数多くの孤児と修道女が共同生活を送る、大規模な施設だった。当然、シリウス教国からも相応の運営費が出ているのだが、昨今の貴族たちの蛮行により多くの平民たちの命が失われ、孤児の数も急増して孤児院への収容も間に合わなくなっていた。
それでも孤児たちを路上に放置することはできない神父さんは、無理して教会に保護していたためすぐに資金不足に陥ってしまい、当面の不足分を領主から借りることになった。
実はそれが領主の罠であり、膨れ上がった借金の代わりにクレアを身請けして、自分のものにしようとたくらんでいたのだ。
クレアは美少女でしかも強い魔力を持つ聖女。
自分の子供を産ませれば一族に強い魔力保有者を増やせたり、その子供を有力な貴族家との間の政略結婚に使うこともできる。
そう考えた領主はクレアをどうしても自分のものにしたくて仕方がなかったのだ。
「今すぐにその領主を討伐しよう!」
ラルフが真っすぐな目で、はっきりと宣言した。
「おいおいまたかよ。たまにはもっとクールに物事を運べないのかい」
セシルが「ヤレヤレ」とラルフをなだめる。
「俺は暴れられればなんでもいいぜ。わはははは」
デインが豪快に笑って、戦う気満々の態度を隠さない。
「今回は私も頑張るね。女の敵は許さないんだから」
観月さんもいつにも増して気合を入れている。仕方がないな・・・。
「それじゃあ、5人そろって殴りこんでみるか」
俺はこのメンバーのノリが嫌いではない。なんだかワクワクしてくるのだ。
「じゃあ、乗り込むか」
ラルフがそう言って立ち上がると、クレアは自分も同行すると言い出した。
「自分のことですし、私は回復魔法が使えるので邪魔にはならないと思います。6人で行きましょう」
「ようし! 聖女さまが仲間に加われば、もうどんな敵が来ても負ける気がしないな。よし今から突撃だ。みんな僕についてこい!」
そう言うと、ラルフは一目散に教会を出て行ってしまった。
あいつ、ちょっと猪突猛進すぎだろう。
続きはいつもの時間帯を予定してます