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第163話 ラルフの魔法

 街の広場の真ん中で、30人の騎士たちとラルフ、セシルの二人が対峙する。そしてその周りを街の住人たちが遠巻きにして様子を見ている。


 街の住人の全員がラルフを応援しているようで、ラルフが悪徳貴族相手に暴れまわっていることは、みんなに知れ渡っているようだ。


 同時に相手の騎士たちがどこかの悪徳貴族家の騎士団で、街の住人にとっても敵だと認識されているらしい。




 ラルフが詠唱を開始すると、それを見た騎士たちが一斉にラルフとセシルに襲い掛かった。


 セシルがその攻撃を防いでいる間に、ラルフが魔法の詠唱を続ける。なるほど、そういう役割分担でこの二人は戦うのか。


 セシルの剣に魔力のオーラが充満し、破壊力が格段に増す。さながら魔剣士というところか。




 だが魔法担当のラルフの、その詠唱を聞いていて、俺は自分の耳を疑った。


「なんだあれは・・・ラルフが使用しているのって、ひょっとして日本製の魔法じゃないのか・・・」


「本当だ。発音が変だったから最初気が付かなかったけど、あの呪文は確かに日本語だ。安里先輩、これってどういうこと!?」


「分からない。国防軍は地上戦を始めてまだそんなに時間が経ってないし、ジオエルビム側に魔法が漏洩するような事態にもなっていない。仮に漏洩していたとしても、こんなどこかもわからないような辺境の地で日本製魔法が使用される可能性はゼロだ。ありえない!」


「でもラルフは実際に使用してるわよ。あれは闇属性上級魔法・ワームホール。騎士団をまとめてどこかに転移させるつもりよ」


 そして観月さんの言う通り、ラルフの身体から膨大な魔力の奔流がほとばしると、巨大な魔法陣の出現とともに暗黒の球体が発生して騎士たちを全て飲み込んでいく。


 阿鼻叫喚の騎士たちと拍手喝さいの街の住民たち。だが俺の頭は完全に混乱し、その喧騒がどこか遠くの出来事のように感じられた。




 戦いが終わってラルフとセシルが涼しい顔でこちらに戻ってきた。


「あいつらは僕たちをしつこく狙っていた悪徳貴族の騎士団だったんだ。と言っても僕の実家だけどな。親族のよしみでこれまでは見逃してやってたのに、僕を本気で殺そうとしてきたから返り討ちにしてやった。・・・って、そんな不思議なものを見るような目でどうした」


 ラルフが怪訝な目で俺を見ていると、セシルがすかさず、


「たぶんこいつらラルフの闇魔法を見て驚いたんだろう。あれほどの強力な魔法はまずお目にかかれないだろうからな」


「なんだそういうことか。闇魔法はアージェント家が最も得意とする魔法だから、驚くのも当然だな」


 ラルフとセシルが笑ってるが、俺は今の言葉でさらなる衝撃を受けた。


「今、なんて言った。アージェント家だと・・・」


「ああ、そうだ。僕はエメラルド王国アージェント侯爵家の三男だったが、この通り今は親に勘当されてその家門は名乗っていない。そういう意味ではこのセシルもクリプトン伯爵家の出だが、僕と同じく親に勘当された身だ」


「く、クリプトンだとっ!」


「安里先輩、これどういうこと! アージェントとクリプトンって、もう偶然とは思えない」


 狼狽する俺たちにラルフは、


「まあ、アージェント家とクリプトン家の名前を聞いて狼狽する気持ちは分かるが、僕たちはあんな悪徳貴族どもとは違うから、安心してくれていい」




 俺は混乱する頭の中で、ある一つの仮説を立てた。


「なあラルフ、さっきの闇魔法はいつ教わった」


「そうだな、うちは侯爵家で教育が厳しかったから、5歳の洗礼式のあとすぐに魔法の訓練が開始された。そしてさっきの魔法はワームホールって言うんだが、たしか8歳ごろに習ったかな」


 8歳。ラルフは見た感じ20歳前後だから、今から10年以上前にこの魔法を習ったことになる。だがこのワームホールという魔法、俺たちが実証実験に成功したのはたった1か月ほど前だ。


 そして、アージェントとクリプトンという名前。


 それは俺たちと同じ強化人間Subjectsの型番。


 闇魔法を得意とするType-アージェントに、雷魔法を得意とするType-クリプトン。偶然と言うにはあまりに符合することが多すぎる。



「安里先輩・・・もしかして私たちは未来に飛ばされた?」


「やっぱり観月さんもそう思うか。だとしたら、俺たちはどのくらい未来に飛ばされたんだろうか」


「もし、Type-アージェントの鈴木さんとType-クリプトンの田中さんがこの世界で子孫を残したとして、ラルフたちには彼女たちの面影が髪と目の色以外全く残っていない。つまり子供や孫よりもかなり後の子孫かもしれないよね」


「それに他のSubjectsたちの特徴も混じっているので、混血も進んでいる。だとすると最低でも100年以上、下手したらもっと先の未来か・・・ということは俺たちはこのまま旅を続けても、もう国防軍の基地には戻れないってことか」


 なんとかジオエルビムとの戦場まで戻ることを目標にしていた俺たちは、国防軍基地までの空間座標はおろか時間座標までもがわからなくなってしまった。


 例の魔術具が時間移動をさせたことは分かったが、ではそれで戻れるかと言えば、答えは不可能。


 あの魔術具は現時点では制御不能な上、仮に制御できたとしても、過去のどの時間に戻ればいいのかすら見当がつかない。


 完全に詰んだ。




 突然目標を失い、これからどうしたらいいのか途方に暮れてしまった俺たちにラルフが、


「さっきからどうしたんだよ、2人だけでよくわからないことを話して。話を聞いていると、君たちはどこかに戻ろうとしていたようだけど、行き先を失ってしまったのか?」


「ああ・・・俺たちは今後どうしたらいいのか、よくわからなくなってしまったんだ」


「安里先輩・・・私たちどうなってしまうの?」


「観月さんすまない。今回ばかりはどうしていいのか、さすがに俺にもわからない」


「・・・事情はよく分からないが、もしよければ僕たちと一緒に来てくれないか。君たち3人は相当腕が立ちそうだし、仲間になってくれるなら大歓迎だよ」


 するとデインが豪快に笑いながら、


「俺はどちらでも構わないぞ。ジオエルビムに向かわないんだったら特にやることもないし、こいつらと一緒に貴族相手に暴れまわるのも悪くはないな。わはははは」


「どうします・・・安里先輩」




 突然、日本に帰還する希望が失われ、俺たちはこの中世ヨーロッパ風の世界に取り残されてしまった。


 不潔で野蛮なこのエメラルド王国で、俺たちは生きていくことになるのか。


 隣には不安そうな表情を浮かべる観月さんがいる。


 日本に帰れるものなら帰りたかったが・・・。




 だが、そもそもこのエメラルド王国に転移したのは、日本に帰還するための魔法実験に失敗したからであり、もともと日本に帰れる可能性などなかったのかもしれない。


 だとしたら時代は違うが、この世界で暮らすのが避けられない運命だっと考えれば、諦めはつく。


 それに隣には観月さんがいる。



 だったら、それでいいじゃないか。



「もし観月さんさえよければ、俺たちもラルフたちに付いて行って悪徳貴族を倒そう。そしてここを住みよい国にする。俺たちもここで生きていかないか」


「安里先輩・・・それって」


「どうせもともと日本に帰れるあてなんてなかったんだよ。だから鈴木さんも田中さんもこの世界に残って子孫を残したんだろう。きっと山田さんたちの子孫だってどこかにいるはず」


「先輩・・・」


「もう他に日本人は誰もいなくなったが、俺には観月さんがいる。君さえいてくれれば、俺はどこだって生きていけるよ」


「私もです・・・私も安里先輩さえそばにいてくれれば、どこで生きていくのも平気です。だからもう私から絶対に離れないでくださいね」




 こうして俺たちは、ここで生きることを決心した。

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