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第161話 エメラルド王国

「お母様、そろそろ交代の時間よ」


「リーズ、ありがとう。じゃあ私は部屋で休むわね」


 それだけ言うと、お母様は自室へと戻っていった。




 お兄様とセレン姉様が倒れてからもう3日がたった。


 意識が回復する徴候すら見せない2人を私たちは手分けして看病していたが、ネオン姉様だけが夜付きっきりでお兄様の看病をしていたため、寝不足と過労で倒れてしまった。


 ネオン姉様は普段は冷静なのにお兄様のこととなると暴走するし、そうなると誰の言うことも聞かなくなる。しょうがないネオン姉様である。







 そこは暗い闇の中だった。


 魔法開発用端末の画面だけが光を発し、それ以外は何もない暗闇。


「ここはどこだ・・・。見たところ地面の下、洞窟か何かか・・・そうだ、観月さん!」


 俺は彼女を探すため立ち上がろうとすると、俺の上にかぶさっていた何かやわらかいものが動き出した。


「安里・・・先輩?」


「観月さん、無事だったか。よかった」


 俺の上に覆いかぶさっていたのは観月さんだった。


「・・・えっち」


「え?」


「先輩、今変なところ触ったでしょ」


「ご、ごめん!」


「でも先輩だから、許してあげます」


「あ、ありがとう・・・それよりも観月さん、どこか怪我はないか」


「ん~・・・どこも痛くないから大丈夫かな・・・それよりもここはどこですか?」


「わからない・・・ちょっと待ってて、今調べるから」


 俺はライトニングを発動し、周りの様子を調べた。俺達がいるこの場所は岩盤が半球状にくりぬかれたドームになっていて、地面はあの格納庫の床で、端末以外にもペレットに入った無人の被験体など、実証実験のための器材がそのままの状態で並んでいた。


「どうやらどこかの地下にまるごと転移しちゃったみたいだな。しかしこれはまずい。ここの酸素がなくなる前に早く脱出しないと」


「もし良ければ、私がエクスプロージョンを撃って、岩盤を破壊してもいいですけど」


「それは最後の手段だ。それよりも土属性魔法ウォールを使って、地上までトンネルを掘り進めて行こう」


「はい、安里先輩」


 俺達は交代でトンネルを掘り進む。通常の逆の使い方で、自分達の目の前の土を別の場所に隆起させて取り除く、時間のかかる地道な作業だった。


 土魔法は俺達の属性外なので、魔力を余分に必要とするし、Type-ランドンの加茂野さんみたいにはうまく使えないのだ。


 途中で土から酸素を分離することを思いつき、窒息すする心配はなくなったが、ウォールに元素を抽出させられる機能を付与してくれたどこかの研究者には、感謝の言葉もなかった。




 そうしてようやく地上へ脱出することに成功した。


 俺たちがトンネルから出てきたのは林の中のようだった。警戒しつつまばらに生えた木々の間を歩いていくと、やがて林の外に抜け出した。


「ここは農村みたいだな。農地の先の方に小さな街が見えるよ」


「ほんとだ。でも、のどかですね」


「そうだな。ぱっと見た感じここは日本ではなさそうだし、ジオエルビムとも違うみたいだ。まばらに建っている石造りの建物から考えて、文明レベルはかなり低く中世ヨーロッパっぽいな」


「ここって、ジオエルビム地下空洞の上ですか?」


「いや違う。俺は何度か地表に出たことはあったが、そこもかなり文明が進んだ感じだった」


「すると私たちは、ジオエルビムではない別の国まで遠く飛ばされたんですかね」


「だと思う。あれだけの魔力が全て転移魔法に集中すれば、俺たちはかなりの距離を飛ばされたと考えていいだろう。だとすればここは、ジオエルビムの支配の及ばない未開の地の可能性も・・・。一応奴らがいるかも知れないから、注意して進もう」


「はい」





 俺達は国防軍の基地へ帰還するため、ジオエルビムに向かうことにした。だがここがどこかすら分からなかったため、まずはあの小さな街で情報収集を行うことにした。少なくとも地図は手に入れたい。


 ただ二人とも国防軍の制服を着用していたため、このままでは目立ちすぎる。まずは現地の服の確保が急務だった。


 さてどうしたものかと考えていると、まだ昼間だったため近くの農家はみんな農作業のため耕作地に出て働いていた。


 留守にしている家も多く、俺達は悪いと思いながらもそのうちの一軒に侵入して、男物と女物の服を一着ずつ拝借した。


 そして農民に変装した俺達は、そのままこの先の小さな街へと入っていった。




 街は壁に囲まれているが、入り口に門番はいない。俺達が街に入ろうとしても、誰に止められることもなく、すんなりと中に入ることができた。周りの人たちからも、特に変な目で見られる様子もない。変装はうまくいったようだ。


 街の中は石造りの二、三階建ての建物が建ち並び、街の中心に向かって道路が伸びている。そこを人々が行き交い、道路の両側の軒を連ねた露天では、店の商人が客の呼び込みに精を出していた。


「くさっ! すごい匂いですね」


「そ、そうだな・・・道が馬糞だらけだ。露天の前に糞が放置されていても、誰もそれを気にせずに食料品を買いこんでいる」


「中世のヨーロッパって、こんな風に衛生状態がとても悪かったらしくて、家の窓から平気で自分達のうんちを捨てていたらしいの」


「それは知らなかったよ。観月さん詳しいね」


「大学の西洋史の授業で先生が言っていたけど、まさか実体験ができると思わなかった。おえぇっ」


「とにかく、観月さんはうんちを踏まないように気をつけて。俺は上から落とし物が降ってこないか警戒しながら歩くから」


「はい、それじゃ私が誘導するので、手を貸してください」


「え?」


「だって上ばかり見てたら、下がよく見えないでしょ」


 観月さんはそう言って、俺の手を握って前を歩き始めた。俺たちはうんちを避けながら、右に左にくねくねと歩いていく。


「・・・私たち初めて手をつなぎましたね」


「あ・・・そう言えば、そうだね」


「初めての記念日ですね・・・でもその思い出が道のうんちとセットなのが少し残念ですけど」


「ご、ごめん! 俺がうんちよけ係になるから交代しよう」


「ふふっ・・・ありがとうございます」


 俺と観月さんがポジションチェンジする。


「街の人たちが私たちのことを見てますね。手をつないでるから、ちょっと恥ずかしいですけど」


「本当だ。すごく注目され始めてきたね」


「私たちが、その、か、カップルに見えるからかな」


「・・・たぶん、うんちを異常に警戒してるから」


「・・・で、ですよね」


 俺達は街の注目を浴びながら、うんちに最大限の警戒を払いつつお互いの手をしっかりと握り、なんとか街の中心部までやってきた。





 街の中心部にあるこの建物。


 ジオエルビムでもそうだったが、俺たちにはこの世界の言葉や文字が理解できる。そしてこの建物の看板には「冒険者ギルド」と書かれていた。


「安里先輩! 冒険者ギルドですよ。お父さんの部屋の本によると、冒険の最初はここで冒険者登録をするのがお約束なんですよ」


「俺もかなりの本を読んで勉強したけど、全く観月さんの言う通りだ。早速入ってみよう」



 中に入ると酒とたばこのにおいが鼻をつく。ギルドの中には飲み屋が併設されていて、昼間から冒険者が飲んだくれていた。見たところガラが悪そうな荒くれ者ばかりである。俺は彼らと目を合わさないように、受付嬢の方に向かった。


 受付嬢は俺達を見つけると笑顔で話しかけてきた。


「こんにちは、二人とも初めて見る顔ね。我が冒険者ギルドへようこそ・・・って、そこのお姉さん、あなた貴族じゃないですかっ!」


 受付嬢の声に反応した冒険者たちが俺たちの存在に気が付き、ガタガタと席を立ってこちらに向かってきた。


「おいそこの女! 貴族のくせによくも冒険者ギルドに顔を出せたな」


「こいつらぬけぬけと・・・どうやらここで俺たちに殺されたいようだな」


「この男もよく見たら貴族じゃないか」


 全員が憎しみのこもった顔で俺たちを睨みつける。しかしどうなってるんだ。なぜ俺たちが貴族と呼ばれ、そしてこんなに敵視されている。


「ま、待ってくれ。俺たちは貴族ではない。遠い国からきた旅人だ。ちょっと話を聞いてくれ!」


「黙れ! お前はここで殴り殺して、女は・・・そうだな、イヒヒヒ」


 こいつら全く話が通じない。それに観月さんのことをいかがわしい目で見やがって。


「安里先輩。この冒険者、私が倒しましょうか」


「いや、俺がやろう。こいつらからは魔力が感じられない。ジオエルビムの兵士みたいな強い魔法耐性がなさそうだから、やりすぎると簡単に死んでしまう。そんなこと観月さんにはさせられないよ」


「わかりました。でも危険だと判断したら、私も参戦しますね」





 戦いはあっけなく終わった。


 俺は無属性魔法の魔法防御シールドという空間力場を展開してそれを相手にぶつけることで、ギルド内にいたであろう冒険者たちをことごとく一撃で戦闘不能にしていった。


 最初は息巻いていた荒くれものたちも、仲間たちがなすすべなくやられていくのを目の当たりにし、次々に戦意を喪失していった。


 騒ぎの発端となったギルドの受付嬢も、あまりに一方的な蹂躙に、顔面蒼白になってカウンターの奥でガタガタと震えていた。


 やがて騒ぎもおさまり、数十人が床に倒れている以外はみんなギルドから逃げ出してしまった。ただ最後に一人だけその場に残った男が、俺達に近づいて話しかけてきた。




「お前たち、その魔力で本当に貴族じゃないのか?」


 その男は20代前半ぐらいで、身長が2メートル近くある大男だ。筋肉がかなり発達しており、背中に大剣を背負い腰にも剣やナイフ、手には盾を持っていた。


 先ほどの冒険者たちとは違い職業軍人のような印象だったが、敵意は感じられなかった。



「ああ、俺達は遠い国から来たため、まだこの国のことをよくわかってないんだ。もし良ければ、俺達にこの国のことを教えてくれないか。そもそもこの国には貴族がいるのか?」


「貴族がいるのか、か。まるでお前たちの国には貴族がいないような口ぶりだが」


「そうだ。俺達の国ではもう100年以上も前に貴族制度が廃止され、てんの・・・皇帝の一族だけが存在している」


「皇帝だけで貴族がいない・・・そんな国聞いたことないが」


「それよりもここは何という国なんだ?」


「お前たちはそんなことも知らずにこの国に来たのか。ここはエメラルド王国だ」


「エメラルド王国・・・ジオエルビムではないのか」


「ジオエルビム? それがお前たちの国の名前か」


「いや違うが、ジオエルビムを知らないのか?」


「聞いたこともないな。どんな国だ?」


「そうだな。たしか、魔導技術が極度に発達していて、全国民が魔術具を使って便利な生活を楽しんでいる、魔法の国だそうだ」


「なんだそりゃ、ますます聞いたことがねえな」


 この男、本当にジオエルビムのことを知らないようだ。そうすると、俺達は相当遠くへと転移させられたみたいだ。まさか異なる大陸では・・・。


「ところでエメラルド王国はどういう国なんだ。貴族がかなり憎まれているようだが」


「どこの国もそうなんだが、特にこのエメラルド王国は貴族が平民を家畜のように扱っていてやりたい放題なんだ。それに耐えられなくなった平民が各地で反乱を起こしている」


「だから俺達は貴族と間違われて襲われたのか」


「そうだ。今の冒険者ギルドの主な仕事は、魔獣退治と貴族退治だからな。貴族は魔力を持っていて強いから、手練れの冒険者じゃないと対抗できないんだ」


「貴族が魔力を持っている?」


「そんなの常識だろ。魔力を持っていて強いから貴族なんじゃないか。さっき見た限りお前も相当な魔力を使ってたから、さぞや偉い大貴族様なんじゃないかと思ったんだが、違うのか?」


「だから俺達の国には貴族制度はない」


 どうも話がかみ合わないが、この国では魔力と貴族制度がリンクしているようだ。だがジオエルビムに拉致されていた時も、白衣の研究員たちは貴族制度の事など一言も話していなかったし、なんか変だな。




「安里先輩、私たちまだ自己紹介をしていないわよ」


 いきなり話し込んでしまい、まだ相手の名前すら聞いていなかった。


「私は観月せりな・・・、いえ、セリナ・ミヅキよ。よろしくね」


「セリナ・ミデュキ・・・発音が難しいな」


「ミツキならどう?」


「ミツキかそれなら大丈夫だ。そしてお前はアサート・センパイだな」


「ぷーっ!・・・センパイは名前じゃないですよ! 本当はハルト・アサトだけどアサートって名前がかっこいいから、アサート・メルクリウスというのはどう? 安里先輩」


「え? メルクリウスは苗字じゃないよ」


「私もType-メルクリウスだしセリナ・メルクリウスって名前はどうかな・・・」


「み、み、み、観月さん!?」


「あっ・・・」


 自分で言っておいて、観月さんは耳を真っ赤にしている。完全に観月さんの自爆だった。この気まずい雰囲気を消すために、この大男に話をふる。





「俺たちの話ばかりで、まだ名前も聞いてなかったな」


「おう、そうだったな。俺はデイン・バートリー。 見ての通りの戦士だ」


「戦士のデイン・バートリーか、よろしく。だがお前からは魔力を感じる。魔法も使うんだろう」


「隠していたのに鋭いやつだな。ああ、俺は魔法が使える」


「ということはお前は貴族なのか?」


「・・・バートリー男爵家の三男だ。貴族に嫌気が差して、今は流浪の身。賞金を稼ぎながら特に当てもなく旅をしている」


「それなら、もし良ければ俺達と一緒にジオエルビムを探さないか。俺達は、この国の知識が全くなくて困っていたんだ」


「その魔法の国を探すのか・・・なんか面白いそうだな。だが、俺を雇う金はあるのか」


「一銭もない」


「ぷっ! それだけ堂々と一文無しを宣言されると、逆に清々しいな。だが、気に入った。俺がお前たちについて行って、色々と教えてやるよ」


「ああ、よろしく頼む」


「それじゃあまずは、宿屋に泊まるための金を稼がなくちゃならんが、そのためにはクエストだ。おい、受付嬢の姉ちゃん。こいつらの登録をとっとと終わらせて、早く仕事を寄越しやがれ!」


「は、はいっ、ただいま!」




 こうして俺たちはデインを仲間に加えて、国防軍の基地へ帰還するための旅を始めることになった。

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