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第159話 Type-メルクリウス

 たくさん泣いて少し落ち着いた観月さんは、これまでのことを話し始めた。


 交通事故にあって意識を失い、気がついたらこの奇妙な場所でにいて、自分が被験体になっていたこと。


 毎日の人体実験がとても苦しく辛かったこと。


 被験体が一人ずつ連れて行かれて、誰も帰ってこなかったことが、とても怖かったこと。


 そして突然俺が現れたこと。


 実はうれしかったけど、それよりも自分の姿を見られるのがとても恥ずかしかったこと。




 観月さんは2週間ほど前からここに住んでいて、毎日魔法の訓練をしたり、魔導炉に魔力を送り込む仕事をしているそうだ。


「え、魔法?」


「そうよ。私は魔法が使えるようになったのよ。いい、見ててね」


 そういって観月さんは部屋の窓を大きく開け放ち、外に向かって魔法の呪文を唱えた。


  【●×・・&$@・△・・・・ガ#!◇】


 すると彼女が前につきだした右手の杖の先に炎が発生し、外の空き地へと飛んでいった。


 なんだこれは?


 彼女が出現させた炎は、外の空き地に植えてあった木を丸ごと包み込み、見る見るうちに木を炎上させてしまった。


「今のが魔法?」


「ねっ、すごいでしょ!」



 確かに幻でもなんでもなく、今のは実際に炎が発生して植物を燃焼させた。


 まるで火炎放射器のようだったが、彼女はそんな特殊な機材を使わずに、無から炎を生じさせていた。


 これは一体・・・。


 俺が混乱した頭で彼女を見ていると、少し得意そうな顔で、


「安里先輩も私と同じように、これから魔法の訓練をすると思います。魔法は私の方が先輩だから、教えてあげますね」


 そう彼女がにっこり微笑むと、突然部屋の扉がバンと開き、例の白衣の研究員が2人押し入ってきた。


 そして、



『またこいつかっ!』


『お前いい加減に、やたらと魔法を撃ちまくるのをやめろ! 見ろ、木が燃えているじゃないか』


『お前は魔力が強いからおおめに見ていたが、そろそろ俺たちの我慢も限界だ! もう部屋でおとなしくしているんだ!』


 そして観月さんは二人に両脇を抱えられ、部屋から引きずり出されてしまった。




 突然に色んな事が起こって俺はまだ少し混乱していたが、観月さんも無事生きていて元気そうだったことが何よりもうれしかった。


 後はここを脱出するだけだが、状況が何もわからないし、魔法についても興味があったため、しばらくは大人しく様子をみることにした。






 次の日から俺は白衣の研究員たちに伴われて、魔法の訓練を開始した。


 この世界には本当に魔法があるらしく、魔法発動のイメージ、正しい詠唱、そして魔法陣に身体の一部を触れさせておくことで、魔法が発動する。


 周りには様々な容姿の人たちがおり、俺と一緒に魔法の訓練を受けていた。彼らも全て、俺と同じもとは被験体だったそうだ。




 青や赤、緑とカラフルな髪色や目を持つ彼ら被験体たちは、それぞれ得意な属性が異なるらしい。


 属性。


 この世界の魔法は7つの属性からなり、すなわち火、水、風、土、雷、光、闇だ。


 そして俺は火属性が得意なType-メルクリウスと呼ばれる被験体だった。




「安里先輩も私と同じType-メルクリウスだったんですね。お揃いですね」


「そうだね。どうやら観月さんのその髪と目の色はType-メルクリウスの特徴なんだな。みんなを見ていると、女性は髪の毛や目の色にはっきりとした特徴があるけど、男性にはあまり特徴が出ていないね」


「髪色はそうですが、目の色で少し違いがわかりますよ。先輩の目は赤ですし」


「俺の目は赤いのか・・・そういえばここに来てから鏡を見ていないので自分の顔がどうなのかよく分からないな」


「私も自分の顔がどうなったのか、ちゃんと見せてもらってないのですが、先輩の顔はすっきりしててかっこいいと思います。でも、私は前の方がよかったかな」


「前って、被験体のあの無表情のやつか?」


「違いますっ! 大学の先輩のです」


「大学・・・え、それって?」


「あ・・・も、もういいでしょ。その話はおしまい。それよりも早く魔法の練習をしましょう。私と同じタイプだから色々と教えてあげられます。覚悟しておいてくださいね!」



「ああ、よろしく頼むよ、鬼教官」






 そうして俺がここに入れられて魔法の訓練をするようになってから半年以上が経過した。


 botとのリンクは完全に切れていて俺は大学病院へ戻る術を失い、ずっとこの世界ダイブしたままだ。


 もはやダイブというよりは、こちらの新しい身体に転移してしまったといった方がいいのだろう。


 そしてここで暮らしてみて、わかったことがいくつかある。


 まず俺たちがいるこの場所は、巨大な地下空洞をそのまま街にしたところで、地上に魔力を供給するための巨大なプラント施設がある。


 街の真ん中にある塔から魔力が地上へと送られて、地上の人たちはその魔力で動く魔術具を使って、便利な生活を送っているようだ。


 ここの人間たちは代を重ねるごとにどんどん魔力を失っているようで、魔法文明を維持するために魔導炉という魔力を生み出す装置を使って、不足する魔力を地上に送っている。それでも足りない分を俺たち被験体が体内で魔力を生成して、魔導炉に送り込んでいた。


 俺達は貴重な魔力の発生源として、白衣の研究員たちから好意的に扱われていた。そして俺達のような被験体が増えれば、一部は地上に上がって、普通の国民の中で暮らしてもらう予定らしい。


 この世界の人間と交配させるつもりか?





 現在ここにいる被験体は全部で10人。


 様々なタイプが揃っているが、Type-メルクリウスは俺と観月さんの2人だけ。


 他も全て日本人で、俺以外は例の再生医療を受けて症例タイプBを発症した患者たち。


 ただし、自分が患者であることを認識している者は少なく、最後の記憶が交通事故にあったり、突然激しい頭痛に見舞われて気を失って、気がついたら例の人体実験を受けていたという認識だった。


 観月さんもその一人だ。あの交通事故の記憶が最後で、自分が脳の再生治療を受けていたことを知らなかったらしい。


「私たちはこれからどうなるんですかね。このまま一生ここで魔力の供給をして暮らすのか、それとも地上に連れていかれるのかな」


「どちらにしても、彼らから見れば俺たちは家畜であり、膨大な魔力を生み出す発電所みたいなものだから、生かさず殺さずこのままなんだろうな」


「・・・でも、殺されることはないよね」


「たぶんな。彼らはかなり友好的で、支障のない範囲で俺達を自由に行動させてくれるし、なるべく快適に暮らせるように配慮もしてくれている。ここに来て半年たつけど、俺たちのような成功例が少なく、きっと貴重な存在だからだろう」


「そうよね。私たちを殺してしまうのはもったいないからね・・・それでね、安里先輩」


「どうしたの?」


「私は先輩が一緒にいてくれるのなら、一生このままでも・・・別にいいかなって」


「え?」


 その時、プラント施設で大きな爆発音がした。





 魔法の訓練が中断され、研究員達が慌ててプラントの方に戻っていく。


「何かあったのかしら」


「なんだろう。爆発があったのは、以前俺達が人体実験されていたエリアだと思う。そこで何か事故があったんじゃないかな」


 この日はそのまま魔法の訓練が中止となり、俺達は自分の部屋へと戻され、勝手に外に出ないよう見張りを付けられた。


 次の日からも、俺達の魔法の訓練はこれまでのような屋外ではなく、厳重な監視のもと地下格納庫で行われるようになった。そして、これまでのような自由もなくなり、勝手に部屋を出ることが許されなくなった。




 そんな日常に変化が起きてからさらに数ヶ月が過ぎた頃、今度は俺達の居住区内で爆発が発生した。


 その時俺は自室のベッドで眠りについていた。だが突然扉が激しく開き、外からあの同じ顔の被験体たちが多数侵入し、俺を部屋の外へと連れ出した。


 そして被験体の1人が俺の前で敬礼した。




「我々は日本国国防軍サイバー戦部隊です。ジオエルビムによる拉致被害者の救出作戦にご協力下さい」


「日本の国防軍!? そうか先生達がやっていた救援隊の編成って、botで国防軍をこの世界に送り込むことだったのか」


「すると君が安里君か、無事だったんだな。現在我が国はジオエルビムと戦争状態にあり、我々は敵国に捕らえられた邦人救助を目的に編成された特殊部隊だ」


「戦争状態!・・・日本がこの世界と戦争を・・・」


「説明は後だ。今すぐ脱出の準備を」


 こうして俺は、観月さんや他の被験体たちとともに国防軍に保護され、国防軍が占領して陣地を築いている大型ゲートと呼ばれる施設へと向かった。





 この大型ゲートは地下空洞と地上とを結ぶ中継基地であり、ここを日本が占領したのは、地上からの敵の増援を阻止するとともに、地下空洞内の戦力を孤立させるためだそうだ。


 大型ゲートの一階は巨大な格納庫になっていて、エイのような形のグライダーや、クレーン車のような自動車など、大型の魔術具がずらりと並んでいる。


 そんな格納庫内では多数の披験体たちが慌ただしく動き回っており、拉致被害者保護のための作戦行動をとっている。どこから持ってきたのか、全員国防軍の制服を着用しており、実に奇妙な光景だった。


 なるほど、俺が初めてこの世界に来たときに目覚めた最初の部屋、そこにあった大量の披験体にbotを介して国防軍の兵士たちがダイブしてきたのだ。


 しかしあの披験体の身体で、しかもこの短期間でよくここを拠点にするまでに至ったんだもんだ。俺が初めてbotでダイブしてからまだ1年弱なのに、さすがは国防軍だ。




 俺が感心してみていると、披験体の一人が俺の方に歩いてきた。


「安里! お前無事だったんだな」


 みんな同じ顔なので、誰なのかよくわからない。


「済みません、失礼ですがどちらさまで」


「お前の指導教官だよ」


「え、ちっち?」


「その名前で呼ぶな。先生と呼べ」


「その反応、本物の先生だ」


「試すなバカモノ。まあいい、よく無事だったな。といっても日本でのお前はもう死んでいるんだがな」


「やはり俺は死んだんですか」


「ああ、お前が観月せりなさんの死亡を確認してから約二週間後だ。奴らのオペを受けたら、失敗はもちろん成功しても日本にある肉体は死を迎えるようだな」


「オペ・・・」


「奴らの科学技術は進んでいる。我々とは技術の系統が異なるようで、魔導工学という分野がある。お前たちは魔導工学によるなんらかのオペを受けたんだ」


「そうだ。ここには魔法があって、俺は彼らに魔力を供給する家畜のような存在でした」


「ほう興味深い話だ。あとでじっくり聞くとして、まず先にこちらの状況を説明する」


「ええ、お願いします」




「今の私や国防軍の兵士が憑依しているこの肉体、ジオエルビムの奴らは披験体と呼んでいるが、奴らは披験体の脳と日本で脳の再生医療を受けている患者の脳とを例の揺らぎを介して接続し、患者を披験体へ転移させる魔導技術を持っている」


「それが症例タイプBの正体」


「そうだ。彼らはそこで得た披験体をさらに選別し、大量の魔力を体内で生成可能な人造人間を作り出している」


「俺は人造人間にされたのか・・・」


「ほぼ人間と同じ遺伝子組成だから、魔力に特化した強化人間といった方がいいかな。奴らはどちらも披験体と呼んでいるが、我々は両者を区別するために、君たち強化人間の方をSubjectsと呼んでいる」


「強化人間・・・Subjects。それで先生、俺達の身体はもとに戻るのですか」


「もう戻らない。日本の君たちの身体はすでに火葬されていて存在しないからだ。それに、私たちのような披験体の肉体に戻ることに、何の意味もないだろう?」


「・・・そうですか。では俺達は日本にどのようにして帰還するのですか?」


「Subjectsになる前の拉致被害者たちは、元の肉体がまだ生きているので、botを介して帰還させることができる。だが君たちSubjectsを帰還させる方法は、今のところない」


「では我々を救出したのは何故ですか」


「君たちは日本国内においては肉体的に死んでいるが、人格はこうして残っていて敵国内に肉体がある。だから法的にはまだ日本国籍を有する国民であり、邦人保護の対象なのだ。それに現在、君たちを日本に帰還させる方法を研究中だ」


「そうですか、それはよかった」




「そして政府は、君たちが日本に帰還するまでの間は国防軍の一員として、奴らと戦ってもらいたいそうだ。どうする?」


「そうだ、日本はここと戦争しているんだった。どうして戦争なんか始めちゃったんですか?」


「君たち拉致被害者を救出するためだよ。国防軍がこのジオエルビムに乗り込んでプラント施設に攻撃を加えたことで戦端が開かれ、目下奴らとの間では継続的な交戦状態にある」


「そういえばジオエルビムって何ですか?」


「奴らのプラント施設の名前だよ。彼らの国名が不明なので便宜上そう呼んでいる」


「ここ、そんな名前だったんだ」


「しかし最後にアメリカと戦って以来100年以上戦争がなかった日本が、憲法改正後、正式に国防軍が編成されて初めて戦う相手が、まさか異世界の魔法文明ジオエルビムとはな」


「・・・憲法改正時には、誰も予想しなかった事態でしょうね」


「ああ。だが自衛隊のままだと、法的に君たちの救出活動は不可能だった」


「それ社会で習いました。確か軍法とネガティブリストの話でしたよね」


「そうだ。そして新たに導入されたサイバー戦の特殊部隊が、陸海空軍に先んじてまさかの先陣を切ることになるとはな」


「それも想定外ですよね」


「想定外で言えば、我々の研究も再生医療用のはずだったのに、いつしかbotの量産技術と異世界への軍隊の輸送に代わり、症例タイプBの治療は医療行為から拉致被害者救出のための軍事行動に変わってしまった」


「もう訳がわからないですね」


「全部、君が最初に引き起こしたことが発端だが、君にとって大切な話はここからだ」


「まだあるんですか」




「我々日本がこのジオエルビムで奴らの魔法に対抗するために、我々も独自の魔法を開発する」


「独自の魔法! そんなことができるんですか」


「できる。奴らの魔導技術を解明してそれを越える、20世紀の日本の得意技だよ。現在、日本の主だった研究機関では、政府の予算をふんだんに使って魔法研究に取り組んでいるところだ。もちろん私の研究室のメインテーマにも、呪文や魔法陣を一新した新魔法の開発が加わった。つまりMade in Japanの魔法だよ。お前もD1なんだから研究を手伝え」


「魔法の開発・・・この俺が!」


「人類初、日本の頭脳を結集した産学官共同の魔法開発プロジェクト。Subjects Runes 計画だ」

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