第16話 剣術実技トーナメント2日目
闘技大会二日目第一試合は準々決勝、俺vsカイン、ネオンvsダンを含め4試合が同時に開始された。
カインは騎士クラスで暫定1位の成績であり、俺の実力はカインにどの程度通用するのだろうか。
まずは様子見で軽く剣をあわせる。
「ぐっ」
重い。
軽く剣をあわせただけなのに、カインの剣は想像以上に重い。
まともに受けていてはダメだ。できるだけ回避して相手のミスを狙う作戦でいくか。
そう考えた瞬間、カインが真剣なまなざしを俺に向けて叫んだ。
「アゾート、知覚魔法を使え!!」
俺もネオンも闘技大会ではまだ一度も知覚魔法を使っていない。
純粋に自分の剣術だけで勝負してみたかったからだ。
しかし今カインと最初の一太刀を交わしたことで分かったことがある。
パワーと防御力が段違いなのである。
おそらく一撃食らえば致命傷を受け、こちらの攻撃が全く通らないだろう。絶対に勝てない。
「俺は全力のお前と戦いたいんだ」
そうだな。
俺もカインとは持てる力の全力を尽くして戦ってみたい。
ならば答えは決まっている!
【固有魔法・超高速知覚解放】
「そうこなくっちゃな。ならこちらも全力で勝負する。行くぞ!」
獰猛な笑みを浮かべたカインの剣を構え直す仕草が、スローモーションのようにゆっくりに見えてきた。
こちらから行くぞ!
俺は速攻でカインに連撃を繰り出した。が、これをすべて剣で防ぎ切られる。
打ち込む速度は明らかにこちらの方が速いのだが、打ち込むポイントがあらかじめ分かっているかのように、カインの防御行動が全く無駄のない最適ルートを描いているのだ。
そんなバカな!
今度はフェイントを入れつつ、高速の剣を叩き込んでやる。
カインの防御を動きをかき乱して隙を作る作戦だ。
しかし、俺のフェイントはことごとく見抜かれ、つられる様子すらない。
なんなんだ、コイツは。
今度はカインが攻撃を仕掛けてくる。
体の動き自体はスローモーションに見えるのに、繰り出される剣は恐ろしく速い。
コンマの差で辛うじてこれをかわす。
一体どうなっているんだ。
カインは体の軸がしっかりしていて、よく見ると綺麗な円を描く無駄のない体さばき。
そこから繰り出されるのは、体全体の円運動が滑らかに連動しその回転モーメントが余すところなく伝達された超高速の一太刀。
その剛剣の切っ先がいま、俺を襲う。必殺の剣。
背筋がゾッとした。
超高速の知覚により見えたからこそ分かってしまうカインの実力。
剣の達人技。
少なくとも長い修行の末にようやく到達しうる完成された技。
なんでこんなのが騎士学園の1年生にいるんだ。
それからは運に助けられながらも、俺はカインの猛攻撃をギリギリで凌いでいく。
が、回避するにも限界がある。
このままよけ続けても体力が消耗するだけで、全く勝ち目はない。ジリ貧なのだ。
受け身ではまるで勝てないことを悟った俺は、一か八か攻勢に転じる機会を作るため、僅かに生じたカインの防御の隙を見つけた。
いやこれは、わざと隙を見せるフェイントだ。
俺はカインの仕掛けた罠だと気付き、その部位への攻撃を逆にフェイントとして使って見せた。
俺は体を右にスライドさせつつ、ワンテンポ遅らせて、僅かに空いたカインの左脇を狙う。
(かかったな、アゾート)
カインはアゾートの動きを予想していたかのように攻撃を受けて見せた。
しまった。
最初の隙がフェイントだと気付いたまではよかったが、それを逆手にとろうと右側に跳ね動いた動作自体がカインに誘導されたものだった。
格闘センスが違う。
そこからカインの3連撃により防御姿勢が完全に崩され降参。
完敗だった。
「負けた負けた。カインには全く勝てる気がしないわ」
「当たり前だ。俺は魔法が使えないんだから、剣で負けてたら何にもならないじゃないか」
「そうは言ってももう少し勝負になるかと思ったのに」
「魔法ありならいい勝負になるかもな。しかし例の知覚魔法は本当にすごいな。俺の攻撃が全く当たる気がしなかったわ」
「逆だよ。超高速化して始めて、カインの本当の恐ろしさが理解できたよ」
「とりあえず、ネオンとダンの野郎の試合はどうなったかな」
試合を終えた俺達は、早々にコートから出ると、ダンとネオンの試合を観戦することにした。
試合はまだ続いていた。
二人がすごい勢いで剣を繰り出しているのだが、互いに回避するとこで空を切っている。
こちらも知覚魔法ありでやってやがる。戦闘民族かよ。
「なんだこの戦いは」
「速すぎる」
闘技大会1日目では見ることのなかった超高速の攻防戦。
ネオンとダンの戦いはまるで隣のコートの試合を倍速再生したようなもの。
観衆も完全に呆気にとられていた。
「例のやつを使うと、ここまで違うのか」
カインが呆れかえってため息をつく。
あれからダンも知覚魔法が少し使えるようになったのだが、こうして客観的にみるととんでもない速さだな。
「カインも使えたらよかったのに。そうなるともう化け物のような強さになるけどな」
「そうだな、実に残念だ」
そういって笑ったカインは、全然残念そうな顔をしていなかった。
カインと話しているうちにネオンの剣が宙に吹き飛ばされ、突然勝負が決した。
観客が状況に着いていけてず呆然としたまま、試合の済んだ二人が俺たちのほうにやってきた。
「もう少しやれると思ったが、負けた。パワーが違う」
「いやネオンのスピードはやはり半端なかったな」
「どっちも速すぎるわ。周りがドン引きしてたぞ」
「そういえばアゾートとカインはどっちが勝った」
「カインだよ。勝負にもならなかったわ」
「へー。じゃー僕とアゾートは5位争いで勝負だな」
そこへマールがこちらに走ってきた。
「勝ったよアゾート」
昨日の疲れが完全にとれたからか、二日目第一試合にしてマールは快勝。30位以内確保を確実にした。
「やったな!マール」
「えへへ」
マールが頭を差し出してきたので思わず頭をなぜたら、ネオンに足を踏み抜かれた。これ地味に痛いんだぞ。
ネオンファンクラブのみんなも、順調に勝っているようだ。
さて、準決勝には挑めなかったが、5~8位決定戦の初戦は何とか勝った俺とネオン。
次はいよいよ5位をかけて、俺とネオンの対戦だ。
絶対に負けられない戦いが今ここにある。
そのあとは本日のハイライト、最終試合のカインvsダンの決勝戦だ。
パワー型同士の戦いだが、ダンには超高速知覚解放によるスピードも加わった。
ほぼ互角の戦いになると予想され、期待のカードだ。
ネオンのやつをとっとと片付けて、決勝戦を観戦しなくては。
そんな考えが盛大なフラグとなってしまったのか、俺とネオンの戦いは開始から10分以上経ってもまだ勝負が着いていなかった。
ネオンのやつが潔く負けないからだ。
決勝も含めてすべての試合は終わっており、残すはこの試合のみ。
結果、全生徒が俺たちの試合を観戦していた。
「何なんだこいつら」
「動きが速すぎて全く追いつかない」
「俺、放課後に二人が模擬戦してるとこ見たことあるけど、あの時よりもさらに速くなってるわ」
互いに打ち出す高速の剣戟を紙一重でかわし続ける俺たち二人。
二人とも絶対に負けられないという強い気持ちが、集中力を高め、ついにゾーン状態にまで達してしまった。
見える、見えるぞネオンの動きが。次は右か!
ネオンのわずかな体重移動から次の攻撃を先読みする。
しかしそれはネオンも同じ。
俺の動きを完全に先読みした動きに、この膠着状態を打破するきっかけがつかめない。
いったいなん手先まで読めばコイツに勝てるか。
そろそろ時間切れで判定にしようかと教官が協議を始めたとき、試合が動いた。
俺が横一線に打ち込もうとして、ほんの一瞬だけ躊躇した。
すぐさま少し剣の軌道を変えたのだが、そのわずかな隙を見逃さず、ネオンの剣が俺を捉えて勝負がついた。
「ま、負けた」
両手と膝を床につけて項垂れる俺と、勝ったのになぜか真っ赤な顔のネオン。
突然の幕切れに一瞬シンと静まり返った訓練棟だったが、次の瞬間、会場は大歓声に包まれていた。
「すごい試合だった」
「実力伯仲とはまさにこの事だろう」
「判定でも勝負がつけられなかったのでは」
みんな口々に試合の感想を言い合って、あたりは興奮のるつぼと化した。
当の本人たち以外は。
「お疲れ様」
「見ごたえのあるすごい試合だったな」
みんなアゾートとネオンの奮闘を称えた。
「しかし最後の決着のシーンは予想外というか、いったい何が起こったんだ?」
カインが仕切りに首にひねり、何が勝負の決め手だったのか、誰も理解できないでいた。
この模擬戦には反則行為がいくつか定められており、急所攻撃もその一つ。
そう。俺があのまま剣を振り抜くとネオンの胸に攻撃が当たる可能性があった。
ネオンは男子生徒なので、審判から反則行為をとられることはない。
俺の頭はそれを織り込んだうえで、数手先まで読みきった完璧な攻撃コンボのはずだった。
しかし俺の体の方は、勝手にネオンを女子生徒と認識してしまい、とっさに剣を止めてしまったのだ。
ネオンを無意識にでも女子として認識してしまった自分を殺してやりたいし、これがネオンに負けた理由になるのが、あまりにも屈辱的。
絶対に言えるわけないし、認めたくもない。
同じく完全にゾーン状態に入っていたネオンも、アゾートの攻撃の数手先まで読みきっていた。
だから、自分の胸元を狙ってくる攻撃も当然のものとして読んではいたのだが、まさかあそこでアゾートが躊躇するなんて。
試合に勝った瞬間は、喜びよりも勝因が恥ずかしくて早くコートから立ち去りたかった。
でも今は、無意識にでもアゾートが自分を女性として扱ってくれたことが、とても嬉しかった。
アゾートのばか・・・。
「なんであそこで一瞬剣をとめたんだ。教えろよー」
ダンとカインに両側から肩を組まれて、それでも決して理由を話そうとしないアゾートを見て、ネオンはそっと自分の胸に手を当てて、頬を赤く染めていた。
剣術実技個人戦結果発表
1位 A組カイン
2位 B組ダン
5位 B組ネオン
6位 B組アゾート
22位 B組マール
ネオンファンクラブの4人も30位以内に入り、残りのB組のメンバーも下位コースの上位を占める結果となった。
さて、本来ならこれで今日のテストは終わりのはずだが、俺たちにとってはこれからが本番。
いよいよ、上級クラスとのクラス対抗戦総力戦だ。
シュミット先生から試合の準備ができたことを告げられ、俺たちはグラウンドに向かった。
その前にグラウンドを使用していた2年生騎士クラスの魔法団体戦は既に終了しており、予想通りセレーネが優勝したそうだ。圧勝だったらしい。
こうなったら是非、フリュオリーネに勝ってもらいたい。
そして上級クラスのヤツラに俺たちの実力を知らしめてほしい。
その前にまずは俺たちだ。俺たちの手で上級クラスの横暴を正すのだ。
これから行う上級クラスとのクラス対抗総力戦に、是が非でも勝たなければならない。
闘技大会を通じて、B組の実力が予想以上に伸びていることは確認できた。
特にネオンファンクラブの女子生徒たちは、確実に戦力になる。本当に嬉しい誤算だ。
モテない同盟たちも力はつけている。
カインがA組なので出られないのは残念だが、ダンがいるのは心強い。
マールに至っては、魔力攻撃だけでなく剣術まで期待できるオールラウンダーだ。
そして俺とネオンは、さっきの試合で完全に体が暖まった。
感覚も鋭敏な状態を維持できている。これ以上ない、完璧だ。
グラウンドには着くと、既に上級クラスのメンバーが揃っていた。
その横に控えている年配の女性が、ベラ・シャウプ。
魔法棟使用禁止を学園として受理してしまった元凶。
いかにも上位貴族らしい酷薄とした笑みを俺たちに向けている。
俺たちは上級クラスの前に立ち並び、正面をまっすぐ見据えて相手を睨みつける。
闘志をみなぎらせながら、開始の合図を静かに待つのだった。