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第157話 初ダイブ

 俺達3人は、横浜みなとみらいにあるホテルのレストランで観月さんの誕生日会をしたあと、夜景を見るために車を走らせていた。


 助手席には観月さんが、後部座席には九条さんが座っている。


「今日は本当にありがとうございました」


「俺の方こそ、観月さんとまた食事ができてとても楽しかったよ。それに・・・」


「それに、何ですか安里先輩?」


「いや、その、クリスマスイブも一緒に過ごせて嬉しかった」


「私もです」


「そうか。でもクリスマスイブは普通恋人同士で過ごすものだと思うのだが、観月さんは俺と会ってくれた。それはつまり・・・」


「つまり?」


「観月さんは、今は誰とも付き合っていない可能性が高まった・・・と思うのだが、それで合っているだろうか」


「うーん、それはどうかな?」


「・・・そ、そうだよな。観月さんみたいな綺麗な子を男が放っておくわけがないからな。そうだ、うちの学部生が観月さんに連絡先を教えてもらったって自慢してたけど、彼とは・・・」


「ああ、彼に連絡先を教えたのは、安里先輩の連絡先を後で送るからって言われたからで、それなのにちっとも送ってくれなかったし、なんかしつこくデートに誘われたから、着信拒否してやりました」


「そうだったんだ! よかった~、そうか・・・観月さんのタイプは、あんな感じの男ではないんだな」


「ふふっ」


「な、なんか楽しそうだね、観月さん」


「ええ。安里先輩を見てるのが、すごく楽しいです」


「俺?」


 すると後部座席に座っていた九条さんが、


「やっぱりお邪魔虫は、電車で帰れば良かったかな」


 そういって、ニヤニヤと笑っていた。




 俺は観月さんのことがどうしようもなく好きだ。


 この子と疎遠になる未来を考えるだけで、とても胸が苦しくなる。


 だから恐い。


 告白して失敗する未来の自分が・・・だが、



「あの、観月さん!」


「は、はい」


「観月さんが帰省から戻ってきたら、また会ってもらえますか?」


「いいですよ。その時には京都のお土産を持ってきますね」




 やった、また会う約束ができた。


 その時には俺の気持ちを彼女に伝えてみよう。


 フラれる未来も恐いが、他の男に取られる未来はもっと恐い。


 友達からでもいい。今よりも少しだけ踏み込んだ関係になれれば、それで十分だ。


 だとすると、そのための発言原稿を冬休みを使って作成しておかなければならないな。




 俺がそんな事を考えていた時、対向車線を走っていたトラックが急に蛇行を始め、こちら側の車線に進入してきた。


「危ない!」


 自動ブレーキが作動し、俺もとっさにトラックを避けようと回避行動に出た。だが、トラックが横転して進路をふさいだ。


 俺達の乗った車は避けきれずにトラックと正面衝突し、そこで俺の意識は途絶えた。






 俺が目を覚ましたのはその3日後のことだった。


 見舞いに来ていた母親から、事故の様子を聞いた。トラックはシステムトラブルを起こしていた上に、ドライバーも居眠り運転だったらしくその場で逮捕され、運送会社にも捜査が入っているらしい。


 かなり大きな事故だったようで、俺達の他にも何台かの車が事故に巻き込まれ、死者も出たらしい。


 死者・・・。


「母さん! 俺と一緒に乗っていた友達はどうなったんだ?」


「・・・あなたのお友達は」


 言葉を濁す母さんの表情はとても沈痛で、俺は何が起きてしまったのか、すぐに察してしまった。


「悠斗・・・2人のうち後部座席に乗っていた子は無事だったんだけど、助手席の子はもう助からないって」


「助からない・・・じゃあまだ生きているの?」


「生きてはいるわ。ただ全身の損傷が激しくてもう回復の見込みはないらしいの。植物状態だそうよ」


「どこの病院にいるの? せめてお見舞いに」


「それはダメ。・・・先方のご家族が会わせてくれないのよ。私たちも先方のご両親に謝りに言ったんだけど、娘さんには今後も会わせられないって言われて。もちろんあなたの責任を問おうとしているわけではないそうだけど、私たちにはもう会いたくないって」


「そんな・・・」



 彼女にメッセージを送ってみたが、当然返信がなく、九条さんに送ったメッセージには、俺に入院先を教えないように観月さんの家族から言われたとだけ返信があった。


 そうして、彼女の状態もわからないまま、俺は退院した。






 4月、新学期に入り、俺はそのままドクターコースに進学した。といっても同じ研究室で同じ研究を続けているだけなのだが。


 俺は研究に没頭した。


 観月さんは今でも俺の心の中心を占めていて、まだ忘れられずにいる。だが彼女がまだ生きているのか、もう亡くなってしまったのかさえ俺にはわからない。


 俺はこの先、彼女の事を忘れて他の女性と恋をする日が訪れるのだろうか?


 今はとても考えられないが、少なくともこの先何年かは絶対に無理だと思う。それほど彼女の事が好きになってしまっていたのだ。




「安里、研究の進捗状況を発表してくれ」


 定例ミーティングで研究グループの先生や研究員たちが並ぶ中、今週の報告当番の俺がプレゼンを始める。俺の指導教官の教授が、恐い顔で報告を黙って聞いている。


「botを利用した解析結果は良好。やはり揺らぎの先に未知の脳領域が確認されました」


「ほう、例の症例の原因は解明されそうか」


「はい。実際に症状の原因を解明するのは医師に任せることになりますが、そのための手段としては有望だと思います。次の学会までには成果を報告できるよう、急いで取りまとめます」


「そうか。だが患者の脳機能に干渉している揺らぎの先に「未知の脳領域がある」ことはわかったが、「それが何なのか」はbotの解析を進めても依然わからないままだ。ここからどうするんだ。botに乗せるプローブAIを変えるのか?」


「それについてはAIでの観測ではなく、主観で観測しようかと」


「botに自分が乗り込むのか。医師が乗り込むためのアプリケーション実験はまだだいぶ先の話だ。現時点では無理だろう」


「いえ先生、患者にリンクするのではなく、単にタイプBと同じ症状を擬似的に体験するだけです。まさにその安全性を確認するために様々なタイプの人工知能を、疑似揺らぎの先に頻繁に送り込んで来ましたが、人工知能のここ1か月間の生還率は100%、一定の安全性は確認できています」


「100%・・・わかった。では臨床実験フェーズに移行するために、研究者会議と倫理委員会に説明にいく。お前はすぐにレポートを作成しろ」


「わかりました、先生」





 そして5月、実際の患者を使って、俺たちの医療機器のテストを行うことになった。


 場所は共同研究の相手先となる大学病院。この脳外科に臨床実験のための患者が登録されている。



 量子コンピューターテストベッド。



 政府の補正予算で構築された世界最大級の量子コンピューターと、それを利活用するための共同研究プロジェクト。


 このテストベッド上では、俺達医療分野だけでなく、物理や化学などの基礎研究から、金融、宇宙、ロボティクスなど、ありとあらゆるジャンルの研究テーマが相乗りしている。


 たしか人工知能を使ったラノベの執筆もテーマにはあったはずだ。観月さんが聞くと喜びそうだな。




 さてこのテストベッドには脳再生医療の患者も多数接続されていて、全国の大学病院により現在治療が行われている。俺達の共同研究相手も、そんな大学病院の一つだ。


 今回俺たちの実証実験は、この大学病院の医療装置を介して、実際の患者たちと同じようにテストベッドに接続して行う。


 接続されるのは人間ではなくbotと呼ばれる擬似的な脳の揺らぎを発生させるインターフェースと医療用人工知能プローブAIだ。


 これにより、被験者の脳(が転写された量子コンピューター領域)にプローブAIをリンクさせ、症例タイプBの検査に利用できる機器かどうかを実証するプロジェクトだ。


 ただし今日の実験はその前段階。


 脳の揺らぎの先に何があるのかを確かめるため、患者とはリンクせずに、タイプBの患者と同じ揺らぎを擬似的に発生させて、研究者が自分の五感で観測するのだ。





「安里、もう一度確認しておく。脳の再生医療によりこれまで回復見込みのなかった患者の回復率が大きく改善する一方で、ある特定の脳の揺らぎが発生した患者は、急速に症状が悪化する。今回はその症例の現れた10名が、この病院に集められている」


「発症後1時間以内に死亡するタイプAに対し、今回の被験者は最長数ヶ月間は生存しているタイプBの患者たちですね」


「そうだ。彼らも死亡率100%であることには変わりはないので、我々の治療法が余命数ヵ月の彼らを助けることはないだろうが、同様の症例を起こす未来の患者たちの貴重なサンプルとなってくれるはずだ」


「はい。そして今日の実験ではプローブAIの代わり自分自身をbotを介してこの患者と同じ医療機器でテストベッドにつなぐ。もちろん、どの患者ともリンクせずに単独でダイブを行い、まずはその揺らぎの正体を主観的に確認する」


「そうだ。それからこの端末からは、今回研究に協力してくれる被験者たちの状態が検索できる。個人情報保護のため患者の名前は厳秘だ。わかったな」


「はい」


 早速俺は端末から患者のリストを確認し、その名前を見て絶句した。




 観月せりな



 そこに彼女はいた。


 まだ生きていて、この病院で治療を受けている。だが、例の症状が出てしまっていた・・・。


 半年生存率ゼロの脳の揺らぎ、症例タイプB。


 その原因を解明しなければ、彼女は早晩命を失う。


 絶望的な状況。




 だが俺は、まさにその症例に立ち向かう研究者。


 俺の研究が成功すれば、ひょっとしたら彼女の治療に間に合うかもしれない。


 先生は今回の患者は間に合わないと言ったが、俺がこの手で助けられる可能性もゼロではないのだ。


 焦る気持ちを押さえつけ、俺は自分用のbotに向かってゆっくりと歩いて行った。






 自分の脳が量子コンピューターと接続された。


 ふわふわとした少し妙な感覚だが、違和感は感じられない。自我もしっかりと残っている。多くの患者は、こんな感覚で治療を受けているんだな。


 俺は感慨に耽りながらその時を待つ。


 さてもうすぐbotが起動し、俺の脳機能が転写したテストベッド領域内に、他の患者と同様の揺らぎが人工的に与えられる。それで、俺がどうなるのかを実地で観測する。


 そろそろだな。


 俺は自分の感覚がどう変化するのか覚えておかなければならない。ここには観測機器は何もなく、俺の主観のみが頼りだからだ。




 来た!


 視界が変化していく。ついにあの揺らぎの正体がわかるのだ。







 ・・・・・



 何だ?


 ここはどこだ?


 いや、それは変な日本語だ。俺は大学病院の中にいて、今はテストベッドに接続されている。


 はずだ。




 だが、ここはどこだ?


 白い天井の部屋だ。しかし大学病院の病室という訳ではなさそうだ。


 天井には照明器具がないのに明かりが灯り、みたこともないような円形の紋様が描かれている。


 実に気味の悪い模様だ。


 俺は起き上がり、周りを見渡す。



「おええっ!」



 俺の周りには同じ形状のカプセルが多数並んでおり、そこには一体ずつ人間が横たわっていた。


 みんな同じ顔をしており、微動だにしていない。


「し、死体安置所か何かなのか」


 とにかく不気味な光景であり、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。






 俺はカプセルから立ち上がり、部屋から外に出ようと壁の方に歩いていくと警報音が鳴り響き、白衣を着た研究者らしき者達が部屋に入ってきた。


『また新しい被験体がやってきたな』


 彼らの言葉は日本語ではない。だが、何故か理解できる。どうなってるんだ?


『どうせ、またいつものように一定時間が過ぎると突然動かなくなるんじゃないのか』


『かもしれん。だが、今回のこいつはいつものような単純な動きではなく、もっと複雑な反応を示している。今度こそちゃんとした被験体じゃないのか』


『わかった。では一応、ペレットに連れていくとしよう』




 俺は研究者達に部屋から連れ出され、彼らがペレットと呼んでいた部屋へと移された。


 部屋に入ると、さっきと同じようにちょうど人間が一人入れる大きさのカプセルがずらりと並んでいて、やはりそこには全く同じ顔の人間が一人ずつ入っていた。


『お前のペレットはこれだ』


 俺は研究員に誘導され、空いているペレットに入れられた。


 そして用がすんだ研究員はさっさと部屋から出ていってしまった。



 ・・・・・


 なんだったんだ、今のは?



 ペレットには特に拘束器具がついておらず、出入りが自由だ。俺はペレットから立ち上がり、他のペレットをのぞきこむ。


「あの、俺の言葉がわかりますか?」


 俺はペレットの中の人に声をかけた。


「ああ、お前は誰だ」


 中の人は表情一つ変えずにそう答えた。


 だが言葉が通じる。しかも日本語だ。


「俺は、大学で脳の再生医療の研究をしているものです。患者の脳の状態を調べるために、実際に揺らぎの中にダイブしてみたのですが、ここはどこですか?」


「・・・君は医者なのか?」


「医者ではありませんが、脳の再生医療で重大な症状が出ている患者さんを治すための医療機器を開発しているものです」


「もう誰でもいい。頼むから俺達を助けてくれ!」


 その会話を聞いていた他の人たちもペレットから続々と這い出してきて、俺の周りには集まってきた。





「皆さんは患者さんなんですか?」


「そうなのかも知れないが、実はハッキリとはわからないんだ。交通事故にあって意識を失ったあと、気がつくとなぜかこの場所にいて、最初は病院かと思ったが全然違った。何なんだよここは!」


 確かに事故で脳を損傷した患者は、自分がどこで何の治療を受けているのかわからないのだろう。


 だが彼の話でほぼ確定。


 ざっと見た感じこの場には30人前後の人がいるが、この中に臨床実験の被験者もいるはずだ。


「今から名前を呼ぶ人は手を挙げてください」


 俺は先ほど端末で確認したリストの名前を順番に読み上げた。


 手を挙げたのは30人中5人だ。


 やった!


 やはりここにいる人達は、症例タイプBの患者だ。


 あの重症症例の原因に一歩近づいた。




「さっき君が読み上げた名前だけど、もともと女性はこの部屋にはいないよ」


「そうみたいですね。みなさん同じ顔ですがどう見ても男性ですから。女性がどこにいるのかご存知ですか」


「場所はわからないが、検査を受けるときにすれ違うので、この近くにはいるんだろう」


 そうか。観月さんもこの近くにいるかも知れない! だが気になることもある。


「その検査とは、何をされるのですか?」


「何かの人体実験だ。いろんな注射を打たれて検査をされるんだ」


「そして、一人ずついなくなっていく」


「きっと俺たちは殺されるんだ!」


「だから頼む! 俺達をここから救い出してくれ!」




 無表情のまま目から涙を流す同じ顔の人間たちが、俺に殺到してすがり付いてきた。

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