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第156話 観月せりな

 私はお兄様の様子をみようと、寝室にお見舞いにいった。ベッドの脇にはフリュ様とお母様が座っていて、お兄様の看病をしていた。


「お兄様の様子はいかがですか?」


「リーズ来てくれたのね。でもアゾートはまだ気を失ったままよ。さっきまでマールちゃんが来ていて、アゾートにキュアをかけてくれてたけど、あとしばらく様子を見ないと何とも言えないって」


「マール先輩はどこに行ったの?」


「セレーネも同じような状態だから、ネオンと一緒に今はそっちにいるはずよ」








 俺は観月さんに連絡をとるのに、あれから3日を要してしまった。


 観月さんに絶対に嫌われないように、できるだけ爽やかで知的な印象を持ってもらえるよう、メッセージの表現に細心の注意を払ったからだ。


 書いては修正してまた書き直す。あるいはネットを検索してうまい表現を探しまくった。


 その挙げ句、ネットでは観月さんにふさわしい表現が見つからないと判断した俺は、小説家になるためのハウツー本を購入し、自分自身の表現力に磨きをかけることにした。



 そうして完成した日程調整のメッセージ。


 祈るような気持ちで観月さんに送信し、ついに打ち上げの日程が決まった。



 8月1日の午後5時に国分寺駅前集合。観月さんが住んでいる街だ。



「やった! これで観月さんと食事に行ける」


 俺は自宅のベッドにダイビングし、観月さんからのメッセージを何度も何度も読み返して喜びに耽った。






 国分寺は中央線で新宿から30分程度のところにある街で、駅ビルや周辺の商店街には多くの飲食店が立ち並らぶ。


 ただ駅から少し離れると閑静な住宅街になっており、隣の国立の方まで含めると大学や研究機関が複数立地する学園都市にもなっている。


 俺は少し早めに待ち合わせ場所に到着し、観月さんが来るのを待っていた。




「安里先輩、おまたせしました」


 少し駆け足でこちらにやってくる観月さんを見て、早速俺の心臓が仕事を開始した。


 夏らしく、薄手の淡色のワンピースを着た彼女が、可憐すぎる。


 整えられた長い黒髪が後ろにさらっと流れて、夏の国分寺駅前にさわやかな高原の風を運んでくれた。


 ひざ丈のスカートから伸びる白くて細い素足が、まだ明るい日差しを受けて、とても健康的に輝く。


 そんな可憐な観月さんだったが、走って来たからか少し呼吸が乱れていて、頬はうすく桃色に上気していた。



「こんにちは、観月さん。まだ待ち合わせ時間まで少しあるし、走って来なくてもよかったのに」


「そうなんですけど、待ち合わせ場所に安里先輩の姿が見えたのでつい・・・」


「そうか、気を使わせちゃったな・・・少し休憩してから、お店に入ろうか。居酒屋だけど女性が利用しやすいお洒落な店を予約しているんだ」


「ありがとうございます」





 今は学校が夏休みのため街に学生は少なく、まだ外が明るい時間帯なこともあり、居酒屋の店内は客もまばらだった。


 だがあと一時間もすれば、仕事を終えた会社員たちがやってくるだろう。実は以前、この近くにある研究所の人たちに、何度かこの店に連れてきてもらったことがあったのだ。


「観月さん、お酒は大丈夫なの?」


「私はまだ19ですので、ソフトドリンクにしておきます」


「わかった。でもここは料理がとても美味しいので、お酒が飲めなくても楽しめると思うよ。好きなものを頼むといい」


「ありがとうございます。ところで、バイトの子って私以外にもいたと思いますが、他の子も今日参加するんですか?」


「え・・・あ、ああ。他の子はもう大学のみんなが打ち上げをやったから、今日は観月さんだけなんだよ。みんなと一緒じゃなくて申し訳なかったな」


「い、いえそんな。それに、私は他の子とは面識もないし、一緒じゃなくても特に気になりませんから! (・・・そっか私だけなのか)」





 打ち上げを始めてすぐは緊張してうまく話せなかった俺だったが、観月さんは聞き上手で俺の話を楽しそうに何でも聞いてくれるので、会話もスムーズに進めることができた。


「安里先輩って、どんな研究をされてるんですか?」


 研究の話か!

 いや落ち着け、調子に乗るな俺。


 この前みたいに15分間も一方的に話してしまっては、俺は嫌われてしまう。


 しかも相手は女の子だ。研究内容にはあまり踏み込まず、概要のみ端的で分かりやすい説明に努めるべきだろう。


 よしっ!


「俺は量子コンピューターの医療分野への応用を研究してるんだ」


「医療ですか」


「そう、再生医療分野だ」


「再生医療?」


「ここ数十年間の研究により、多くの臓器への適用が可能になった再生医療だが、ついに最も困難な臓器へ適用するためのブレイクスルー技術が登場した」


「最も困難な臓器って?」


「脳だ。脳は特殊な臓器で、無数の神経細胞が複雑に繋がったネットワークなんだ。だから単純に細胞を再生させるだけではダメで、脳の状態保持が課題とされていた」


「そうなんですね」


「そこで登場したのが量子コンピューター。激しい損傷を受けた脳の機能の一部を量子コンピューター上に避難させ、神経ネットワークの状態を保持しつつ、脳の再生にフィードバックさせる革新技術の開発に成功し、すでに臨床実験が行われている」


「それって脳とコンピューターをつなげちゃうってことですか」


「・・・す、すごく簡単には言えばそうだな」


「すごい! それでどんなことができるんですか?」


 突然観月さんの目が輝き始めたが、そんなに楽しい研究に聞こえるのだろうか?


「脳死の境界にあるような重症患者の回復率が大きく上昇した」


「・・・そ、そうなんですね。へえすごい」


 あれ? 観月さんのテンションが下がった。


 今の会話のどこかにまずいところがあったはずだ! すぐに俺の今の発言を検証しないと。どこだ・・・・脳死という言葉が不気味だったのか?


 俺が会話の改善点を必死に検証していると、


「安里さんの研究で、例えばゲームの中に入れたりしないんですか」


「ゲーム?」


「ええ。お父さんが貸してくれた本にあったのですが、リアルなVRMMORPGみたいに使えたりするのかなと思って」


「それだったら商用のゲーム機でできると思うけど。観月さんってゲームやるんだ」


「いえ、ゲームはやらないんですけど、そういう物語を読むのが好きなんです。なんとかギアをつけてデスゲームをやる物語とか」


「あ、それ知ってる。俺も子供のころに読んだことがある。だったら、こんな小説は知ってるかな?」





「今日はありがとうございました。・・・また連絡をとらせていただいてもいいですか、安里先輩」


「もちろんだよ。俺もメッセージを入れる。・・・それから夜道は危険だから、家の近くまで送るよ」


「いいえ大丈夫ですよ。ここからは歩いてすぐだし、この辺りは治安もいいので平気です」


「そ、そ、そうだよな。逆に俺がついて行くと、まるで観月さんの家が知りたくて言ったみたいだし」


「ふふっ、そうだったんですか、安里先輩?」


「ち、ち、ち、違う、誤解だ」


「ウソですよ・・・じゃあ、家の近くまで送ってもらおうかな」


「お、おう! でも決して観月さんの家が知りたいから送って行くわけじゃないから。本当だぞ」


「そういうことにしておきます」






 それからの俺は、メッセージアプリで観月さんとやり取りをするのが日課となった。


 観月さんはマンガやライトノベルにとても詳しく、そういった話題になることが多い。


 どうやら、観月さんのお父さんが子供のころに買い集めた本が実家にあって、それを読んでいたらしい。


 俺も多少読んだことはあったが、観月さんの知識にはとてもかなわなかったため、2020年ごろまでの作品を集中して読んで勉強した。アニメ化されているものは、そちらも同時に確認していった。



 観月さんからのメッセージが来る時間は大体決まっていて、俺はそのメッセージを送られてくるのを待っている間、前回のメッセージを確認したり、今メッセージを書いてくれているであろう彼女の様子を想像したりして過ごす。


「おい安里、アプリばかり見てないで研究しろよ!」


「お、おう悪い」


「お前は彼女がいたことがないから、女への免疫が無さすぎるんだ」


「ということは、お前は彼女がいたことあるのか?」


「ない」


「ないのか。じゃあ、お前に相談してもダメか」


「相談? こほん、付き合ったことはなくても、お前の相談ぐらいにはのってやれるぞ」


「・・・実は観月さんと直接会って話をしたいんだが、どうやって誘えばいいのかわからん」


「ちょっと待て。打ち上げをしてから3ヶ月も経ってるのに、まだどこにも遊びにいってないのか」


「いや彼女とは別に付き合ってる訳でもないし、彼女もきっと忙しいだろうから、俺なんかが誘っても迷惑かと思って・・・」


「大学生なんて別に忙しいわけじゃないし気にすることないよ。それよりお前がそんな調子だと、彼女を他の男にとられてしまうぞ。そうなる前に先に自分のものにしておかないと、あとできっと後悔するぞ」


「ほ、他の男に観月さんをとられる・・・嫌だ! それは絶対に嫌だ! ああ、俺はいったいどうすればいいんだ。・・・しまったっ。1日でも早くもう一度彼女に会っておかないと、もう俺のことなんか忘れられてしまうのではないか。あわわわわ」


「すまん・・・お前には言い方を間違えたらしい。お前の話を聞く限り、彼女は誰とでも付き合ったりするような軽い女の子じゃないさ。それよりも変に焦って、とんでもない奇行に走るのだけは止めてくれ」





 俺は勇気を出して観月さんを誘ってみると、なんと観月さんが俺と会ってくれることになった。


 彼女の好きな「ヤンパラ」というマンガのイベントがあるようで、後輩と見に行くところに飛び入り参加させてもらうことになったのだ。


 そして、その当日、


「彼女は私の高校の時の後輩の九条さんです」


「九条静香です。せりな先輩からは安里さんの話をよく聞いています。今日はよろしくお願いいたします」


「安里悠斗です。こういうイベント自体、参加するのは初めてなんだ。今日はよろしく」


 学会受付のバイトの日に泊まっていたのは九条さんの家だったそうだ。


 年下の彼氏の家じゃなくて、本当に良かった。





 イベントはアニメ声優のライブだった。この作品はヒロイン全員が様々なタイプのヤンデレで、今期最も熱いマンガ原作のアニメだそうだ。


 2020年代に集中して勉強していた俺は、この作品のことをほとんど知らなかった。家に帰ったら、早速アニメを見てみるか。


 ライブ会場では観月さんが大盛り上がりで、客席からノリノリで歌ってる。その横で、九条さんがこっそり俺に話しかけてきた。



「安里さん、せりな先輩の誕生日プレゼントは何を買いましたか? もしまだならアドバイスしますよ」


「誕生日プレゼント?」



「そっか、安里さんにはまだ自分の誕生日のことを教えてなかったんだ。どうしようかな・・・まあ、いいか。来月のクリスマスイブが、せりな先輩の誕生日ですよ」


「観月さんの誕生日・・・そんな大事なことを俺なんかに教えて大丈夫なのか?」


「・・・安里さんなら大丈夫だと思います。実は今日のイベントに安里さんを誘ったのは、安里さんがどんな人なのか私が確認するのが目的でもあったの。でもまあ・・・この人なら大丈夫かな」


「どういうこと?」


「ふふっ、それは私の口からは言えません。あ、もしせりな先輩と誕生日会をすることになったら教えてくださいね。私はその前日にでもお祝いをしておきますから。はいこれ、私の連絡先です」


「え、いや、それって、そんなことには、その」






 しかし奇跡は起こった。


 まさか12月24日のクリスマスイブに、俺は観月さんの誕生日を横浜のレストランで祝うことになったのだ。


 もちろんいきなり二人きりは無理だったので、九条さんも誘った3人でだが。


「わあ、安里先輩って車持ってたんですね」


「これはレンタカーだよ。横浜に行くなら電車よりもこの方がいいから。夜景スポットにも行けるしね」


「夜景スポットって、安里さんまさかクリスマスデート特集の記事を参考にして今日の予定を考えたんじゃ。・・・邪魔者は途中で消えましょうか?」


「何を言ってるんだよ、九条さん。3人で夜景を楽しもうよ」


「ぷっ・・・はいはい」


 こうして俺たち3人は、横浜へと車を走らせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 超おもしろい [一言] なるほどね 始まりはここだったんだ
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