第152話 アゾートの秘密
一日中ビーチで遊んだ俺たちだが、夜もビーチを訪れるため、水着は着替えずに軽く上着を羽織って、浜辺に面したテラスに夕食を食べに行った。すると、
「おかえりなさい、アゾニトロさん」
「え、リンちゃん? どうしてここにいるの?」
「アゾート、リンちゃんは私が連れて来たの」
「マールが?」
「うん、実は昨日、ロンの宿に挨拶に行ったら、徴兵されていたリンちゃんのお兄さんたちが全員無事に帰ってきてたの」
「本当か! リンちゃん、良かったな!」
「うん! アゾニトロさんのおかげだって、お父さんも喜んでたよ」
「それでリンちゃんはもう、宿を手伝わなくてもよくなって、どこかに遊びに行きたそうにしてたから、ここに連れてきたのよ」
「マールさんのご実家にお客さんがたくさん来るって言うから、私がお手伝いできると思ったの」
「そうそう。リンちゃんなら、宿の飲み屋で接客に慣れてるし、海で遊ぶことを条件に少しの間うちを手伝ってもらうことにしたのよ」
「なるほど、リンちゃんなら俺達もよく知ってるし、間違いはないな」
「そういうことなので、よろしくねアゾニトロさん」
そんな俺たちの会話を後ろで聞いていたナタリーさんが、
「アゾート君、この女の子は知り合いなのか?」
「ええ、この子は・・・」
「初めまして、きれいなお姉さん。私はリン、将来はアゾニトロ男爵の妾にしてもらうの。よろしくね」
「め、め、妾っ!」
妾という言葉にナタリーさんが強く反応した。
「アゾート君! まさか、このいたいけな少女に手を出してしまったのか!」
ゴゴゴゴと背後から効果音が聞こえてきそうなナタリーさんの形相に、俺は慌てて全否定した。
「そんなトリステン男爵みたいな少女趣味なんか、俺には全くありませんよ!」
ギロリッ!
「・・・本当だろうな?」
ゴゴゴゴゴゴ
「ほ、本当ですって! ノーロリータ、ノータッチ。小学生は最高ではありませんっ!」
「・・・本当に信用してもいいのだろうか」
「信用して、信用して! 俺は子供よりも大人の女性の方が好みなんです。そう、ナタリーさんのように、頼れるお姉さまがタイプなんです!」
俺が新たに開眼しつつあった女教師フェチとしての発言だったが、それを聞いた瞬間、ナタリーさんの動きがピタリと止まった。
そして壊れたロボットのようにガクガクしながら、
「わ、わ、私のことが好きなのか・・・アゾート君。ど、ど、どうしたらいいの、私? あわわわわわ」
さっきまでの怒りのオーラが完全に消えさり、顔を真っ赤にしたナタリーさんが、目を渦巻き模様にさせて、慌ててどこかへ走り去ってしまった。
「ナタリーさんがどこかへ行ってしまった・・・」
「アゾートっ! 何よ今の。なんでナタリーさんに誤解を招く発言をしたのよ!」
気がつくと、隣でセレーネが激怒している。
「痛てえっ!」
そして、反対側の隣にいたネオンが、俺の足を全力で踏み抜いている。
「違うんだ! ロリコンを全否定しようとして、その反対の大人の女性を強調するあまり、つい」
「ついじゃないでしょ! ナタリーさんが本気にしたらどうするつもりなのよ・・・それともアゾート? まさかあなた、ナタリーさんもこのハーレムに入れようとしてるんじゃないでしょうね」
「は、は、ハーレムなんて人聞きの悪い。それにそんなこと欠片も思ってません、セレーネ様っ!」
「どうだか! アゾートはここが異世界だからって、やりたい放題なのよ。私は日本人の感覚が残ってるんだから、我慢にも限界があることをよく覚えておいてよねっ!」
「日本! そうだネオン。夕食を食べ終わったら、みんなに日本の事を話そうと思うんだ。お前も一緒に来てくれ」
「そうか・・・そうだよね。みんなにはちゃんと知っておいてもらった方がいいね。わかった、私も一緒に行くよ」
夜のプライベートビーチに、俺達5人並んで座る。波が静かに打ち寄せる砂浜で、月の明かりに照らされながら、俺は自分の前世を語り始めた。
あまりに突拍子のない話の内容に、最初は混乱しながら聞いていたフリュとマールだったが、普段の俺の行動と前世の日本の話が次第に結びついていき、納得の色を濃くしていった。
「前から日本の事はアゾートから少しだけ聞いていたけど、あまりよく理解できてなかったの。でもそういうことだったんだ。今まで私に教えてくれた事って、みんな日本の知識だったんだね。すごいよね、その日本って国は」
「ええ、わたくしも驚きです。その日本という国はこのアージェント王国はおろか、ブロマイン帝国よりもはるかに進んだ技術力を持っているのですね」
「そうなんだ。日本という国がある地球の歴史と比較したら、ブロマイン帝国とはおよそ400~800年程度、この王国とも600~1000年以上、科学技術の進歩に差があると思う」
「そんなにもですか。でもアゾート様の考えた魔法は、どれもこの国の人間では考えつかないものばかりですし、ジオエルビムの遺物を自在に使いこなすご様子は、この時代の人間とはとても思えないものでした。だとすると、アゾート様と同じことができるネオンさんも、やはり日本からこられたのですか?」
「私は違うよ。子供の頃からずっとアゾートにつきっきりで勉強を教えてもらってたから、アゾートと同じことができるようになったんだ」
「ネオンは俺よりも計算が速いし、日本に生まれていたら俺よりもずっと成績が良かったかも知れないな」
「この世界に生まれても、勉強すればネオンみたいになれるんだ・・・でも私には無理かな」
「私は小さい頃からずっとアゾートと一緒に勉強ばかりしてたからこうなったけど、セレン姉様は日本人のくせに全く勉強ができないの。だからマールは心配しなくていいのよ」
「ネオン! 私は文系だから数学や理科ができないだけで、英語と国語は得意なんだから!」
「それ、どっちもアージェント王国では役に立たないものばかりね」
「うるさい! あとで丸焼きにしてあげるから、覚悟しなさい!」
「そう言えばセレーネさんもアゾートと同じ日本人なのよね。二人は向こうでも知り合いだったの?」
「ううん、こっちの世界に来て初めて知り合ったのよ。そもそも私たちは生まれた時代が違うし」
「え? 同じ日本でも、違う時代から来たの?」
「アゾートが西暦2020年で私は西暦2050年。30年私の方が未来から来たのよ、えっへん」
「ふーん。でもアゾートに比べて30年分の知識の差があるはずなのに、あまり役に立ってないよね」
「マール! あなたもネオンと一緒に丸焼きにしてあげる!」
「やめろよセレーネ。ネオンは構わないけど、マールはかわいそうだから、丸焼きは勘弁してやれ」
「アゾート! 私だってかわいそうだよ。セレン姉様のエクスプロージョンを食らうのは、私だって嫌なんだよ」
「だったら、もう姉妹ゲンカは止めろよ」
「そう言えばアゾート様。王都の男子の間で流行っていた絵本のことは、ご存知ありませんか?」
「絵本! メルクリウスという名前の主人公が出てくるというあれだろ。どうも中二病の匂いがするから、ダーシュたちにも聞くに聞けなくて、ずっとモヤモヤしてたんだ。ひょっとしてフリュは読んだことあるのか?」
「わたくしは読んだことがないのですが、子供の頃に親戚の男の子が自慢していたのを少し覚えています。その主人公が王国よりもはるかに文明の進んだ異世界からの転生者で、魔法の呪文の真の意味が理解できて発音も完璧なため、それを利用した高速詠唱が可能な少年なのです。アゾート様とそっくりではないですか」
「・・・なんだそれ。そっくりどころか、俺のことじゃないか。なんでそれが王国の絵本なんかに?」
「アゾート・・・気味が悪いわねその絵本。転生だけならともかく、魔法の呪文の真の意味を知っているってところ」
「ああ。その絵本は明らかに、この世界の魔法の真実を知っているものが書いたものだ」
「魔法の真実・・・アゾート様、それはいったい?」
「日本にはもうひとつ秘密があって、この世界の、いやアージェント王国で使用される魔法の呪文は、実は日本語なんだよ」
「魔法の呪文が日本語・・・すると、アゾート様の転生前の世界ではルーンで会話をしているのですか?」
「ルーンで会話?」
【ねえアゾート、実際に日本語を話してあげた方がわかりやすいと思うけど】
「セレーネさんの今の言葉っ! やっぱりルーンでしゃべっている。いったいどうして?」
「今のが日本語なのよ」
「あっ、思い出した。キュアが変な日本語だってアゾート言ってたっけ」
「・・・そうだな。マールの魔法はちょっと例にならないので、火属性初級魔法ファイアーで説明するよ。この魔法の呪文はこうだ」
【地の底より召還されし炎龍よ。暗黒の闇を照らし出す熱き溶岩流を母に持ち、1万年の時を経て育まれしその煉獄の業火をもって、この世の全てを焼き尽くせ】
「アゾート様の詠唱は、いつ聞いても発音が美しいですね」
「ま、まあ、これは日本語だから、そこをほめられても恥ずかしいだけだよ・・・。そして、この呪文をこの世界の言葉に直すとこうだ。文系のセレーネ頼む」
「ええ、大体こんな感じね。地の底より召還されし炎龍よ。暗黒の闇を照らし出す熱き溶岩流を母に持ち、1万年の時を経て育まれしその煉獄の業火をもって、この世の全てを焼き尽くせ」
「ファイアーのルーンって、そんな意味だったのですね。・・・信じられないわ」
「火属性魔法の呪文って、光属性と違ってちゃんとした意味を持ってるのね。でも何か恐い言葉よね」
「そうなんだ。でもこれで王都に行った時にやることができた。その絵本を入手して実際に読んでみよう」