第151話 鈍感ヒロイン
引き続き水着回ですが、アホ回ではありません
リーズサイドのエピソードをお楽しみ下さい
そのころリーズは、少し後悔していた。
リーズはマールの仲介でカインと浜辺で過ごすことになり、大人っぽい黒のビキニで勝負に出ていた。
1年生上級クラスには美少女が多いが、クロリーネを筆頭にお子様体型の女子が多く、その中で自分が一番スタイルがいいことをリーズは自覚していたのだ。
(これでカイン様も私のことを意識してくれるかも。少なくともカレン様よりは、私の方がスタイルがいいもん)
だが、リーズの水着姿を見たカインには、一応はほめてもらったものの、リーズが想定していたよりもあまりにあっさりした表現に、今一つ手ごたえを感じられずにいた。
(今日だけは、お兄様のキモさの半分でもカイン様にあればよかったのにな)
それでも気を取り直したリーズは、真夏のプライベートビーチという最高のシチュエーションを活かすため、カインの隣に座って二人浜辺で会話を始めたのだ。
しばらく時間が過ぎてカインとの会話が途切れたリーズは、ふと、ビーチを見渡してみた。ビーチは多くの人でにぎわっているが、リーズが親しくしている人はあまりいない。
リーズの家族や親せきを除くと、女子はネオン親衛隊とパーラ、アネットだけで、自分が気軽に話せる女子が誰もいなかった。
あとは、ダンやダーシュなど2年男子やアントニオ、二コラなどの3年男子、サルファーは無視して、サー少佐にベルモール子爵、ロレッチオ男爵、パッカール子爵と、ビーチにいるのはオッサンばかりだった。
(私もみんなと一緒に、秘密のプライベートビーチに行けばよかったな。みんな今頃は、女子同士でキャッキャウフフと砂浜で遊んでいるに違いない。マール先輩もセレン姉様もクロリーネ様も、きっと私のことなんか忘れて楽しんでいるのよ・・・ちょっと寂しい)
愛をとるか友情をとるか。今一つ盛り上がらないカイン様との会話に、今回は選択を間違えてしまったのではないかと不安になってしまう。
だけど私は気を取り直して、もう一度隣に座っているカイン様に話しかけた。こうなったらとことん愛に賭けるしかないわ。
「カイン様、ここは騒々しいので二人だけで話せる場所に移動しませんか?」
「もうたくさん話をしたと思うけど、まだ何か話があるのかい?」
「それは・・・」
会話が途切れることを何よりも恐れるボッチ体質の私は、事前に大量のネタを準備してきたのだが、どれも不発で全く笑いが取れず、ついにはネタが底を尽きてしまったのだ。
だから隣にいるカイン様は、少し前からただぼーっと海の方を眺めているだけだった。
まずい、まずい、まずい。
よ~し、こうなったら、話を盛り上げるためにお兄様の恥ずかしい話を解禁するしかなさそうね。
「リーズ」
私がとっておきのネタを話し出そうとしたその時、突然ダーシュが話しかけてきた。
「なんですか、ダーシュ先輩」
「カインばかりじゃなく、俺にも君と話をする時間をくれないか」
「え? 私なんかと話を? なんで?」
「カイン、悪いけど俺と場所を変わってくれないか」
「いいぞ。ダーシュここに座れよ、俺はあの島まで遠泳でもしてくるから」
そう言うとカイン様は海に走っていき、代わりにダーシュが隣に座った。
え、どういうこと? いま何が起こってるの?
・・・でも呆気に取られていても仕方がない。早く何か話さないと。
「えーと・・・初めまして?」
「今さら初めましてというのも変だけど、確かに二人だけで話すのはこれが初めてだよな」
「ええ、そうだと思います。それで私に話とは?」
「いや具体的に何かあるわけではなく、ただ君と仲良くなりたかっただけなんだ」
「仲良くって・・・えええっ?! わた、私と!?」
「そうだけど、ダメか?」
「いえ、ダメってわけじゃないですけど、なんで私なんかと?」
「私なんかって・・・君は自分にどれだけ人気があるのか、気付いていないのか?」
「・・・全然・・・え? 私って人気があるんですか? このボッチ体質の私が?」
「ボッチ体質って・・・くっくっくっ」
「やった、今日初めてウケた! なるほどダーシュ様には自虐ネタが受けるのか。メモっとこ」
私が芸人としてのプライドを取り戻していると、ダーシュが急に話題を変えてきた。
「リーズ、俺にまだ婚約者がいないことは知っているか?」
「はい、お友達の令嬢からうかがっています」
「そうか。ところで俺は伯爵家の次期当主だから、婚約者には一つの条件があるんだ。何か分かるか?」
「あ、クイズですか?」
「く、クイズ? ぷふっ! ・・・リーズ、君は面白いな」
「う、ウケた! 私もやればできるじゃない」
「いや、笑ってごめん。でもこれはクイズじゃなくて、真面目な話なんだ」
「真面目な話だったんですね、ごめんなさい」
「いや謝らなくてもいい・・・それでその条件なんだけど、まず魔力が高いことだ。できれば子爵級以上で伯爵級に近いほどうれしい。さらにアウレウス派の令嬢なら最高だ」
「魔力が子爵級以上! それはまた随分と厳しい条件ですね。そんな令嬢は真っ先に婚約が決まっていくはず。しかもアウレウス派となると、うーん」
「・・・・・」
「・・・・・」
「リーズ、君だよ」
「・・・私?」
「そうだ。少なくともボロンブラーク騎士学園の女子生徒でまだ婚約者の決まっていない高魔力保有者は、クロリーネ、カレン、リーズ・・・君だよ。そして君はアウレウス派でもある」
「はっ、確かにっ! 言われて見れば、私はアウレウス派の令嬢でした。・・・ダーシュ様はひょっとしてこの私を婚約者に考えていらっしゃるのですか?」
「そうだ。そして君を婚約者にしようと狙っているライバルも多い」
「私を婚約者にしようとするライバル? そんなの一人もいませんけれど・・・」
「君はアゾートに似て、超鈍感だな」
「お、お、お、お兄様と一緒にしないでくださいっ! あんなちょいキモ兄様なんかとっ!」
「わ、悪い。具体的にいうと君のクラスメイトだよ、つまりリーズ親衛隊だ」
「私の親衛隊・・・え、みんな私のことを婚約者にしたいと思ってたの?」
「君は女子生徒なのに、ずいぶん恋愛音痴なんだな。アゾートの恋愛脳を半分わけてもらうといいよ」
「え~お兄様の恋愛脳かぁ・・・おぇぇっ」
「話を戻すと、親衛隊のリーダーであるアイル・バーナム伯爵家令息が現時点で最強のライバルだ」
「あのアイルが?」
「ああ。俺の父上がバーナム伯爵とたまに会食をするんだが、アイルが君を嫁にしたいとバーナム伯爵に言ったらしい。バーナム伯爵も乗り気で、メルクリウス家に正式に話をする前に、アウレウス伯爵とうちの父上に仁義を切ろうとしたそうなんだが、うちの父上も君を僕の婚約者にと考えていたようで、今水面下で調整をしているところなんだ」
「ウソ・・・そんなに話が進んでいたなんて。でもダメよそんなこと!」
「ダメとは?」
「だって、私のお友達の令嬢がダーシュ先輩やアイルのことを狙っているのに、そこに私がどちらかの婚約者になってしまったら、せっかくできた貴重なお友達がいなくなってしまうもの」
「・・・そんな友人の恋愛事情を俺に暴露してはダメじゃないのか」
「はっ、しまった!」
「まあいい。ところで一つ教えてほしいのだが、なぜ君はカインと仲良くなろうとしているんだ? 彼は中立派のフィッシャー辺境伯家じゃないか。派閥も違うのに何か理由でもあるのか?」
「理由と言われても、私は派閥とかあまり気にしたことがなくて、ただカイン様がかっこいいなって」
「・・・え?」
「かっこいいからですが」
「それだけなの?」
「はい」
「・・・そんな理由で君は、アルバハイム家をも巻き込んだフィッシャー辺境伯家のお家騒動のど真ん中に嫁いでいく気なのか」
「どういうことですか?」
「これは父上から聞いた話だが・・・ネオンは実は女だろ」
「どうしてそれをっ!」
「あはははは、リーズは分かりやすいな。それじゃ、ネオンが女だと認めているようなものじゃないか」
「くううっ・・・」
「それでカインがネオンと婚約しようとして結局うまくいかなかったらしいんだが、それがどうもアルバハイム伯爵家からの嫁たちがネオンをイビリ倒したことが原因らしい」
「ネオン姉様をイビリ倒した? そんなのあり得ません! あのお兄様でも不可能なことよ!」
「でもそれが原因で、辺境伯と次男のグループと、正妻と長男夫妻グループに分かれて、家族で大喧嘩をしているそうだ」
「ええええええ、なんですって?!」
「それに、フィッシャー騎士団との最強決定戦。あれって実は、セレーネを次男の嫁に取り込もうとする策略だったとの話もある」
「ええええええ、なんですって?!」
「とにかく、そんなパワーゲーム真っ只中のフィッシャー辺境伯家にメルクリウス一族である君が嫁に行ったら、どういう風に扱われるか考えたことがあるのか」
「うわあああ・・・想像しただけで、フィッシャー家には絶対に嫁ぎたくなくなってきましたね」
「だろ」
「だからといって、お友達の令嬢とのこともあるし、私は一体どうしたら・・・」
「もしリーズが俺とアイルを申し出を断った場合、別の伯爵家が君を取りに行くよ」
「別の伯爵家?」
「ほらあそこで君に手を振ってる男がいるだろ」
「あそこで手を振ってるのって、恋愛脳のアホのサルファーだけど?」
「そうサルファー・ボロンブラーク伯爵家次期当主。アウレウス派だ」
「げっ! サルファーだけは絶対に嫌よ。あんな恋愛バカ、お兄様より断然キモイ」
「だったら、俺にしときなよ。領地も隣同士だし、君はマーキュリー伯爵夫人になれる。一番条件がいいと思うよ」
「そ、そうね。サルファーに比べたら、ダーシュの方が100倍ましね。それじゃあ・・・」
「ちょっと待ったぁ!」
「誰だ!」
「僕はアゾート様からリーズたんを守るように命じられた、清純派アイドルマネージャー・二コラだ」
「貴様は二コラ二等兵!」
「リーズたん、君はこれからセレーネさんに代わって、ボロンブラーク騎士学園のトップアイドルになる人だ。だから、婚約者を焦って決める必要なんか一つもない。派閥の壁? そんなの無視無視。君には可能性があるんだ。お兄様を信じて僕と学園の頂点を目指そう」
「え・・・この私が学園の頂点に? このボッチ体質の私が・・・」
「その通り。ダーシュは確かに優良株だ。だが今飛びつく必要はない。じっくり考えてそれから答えを出せばいい。リーズたんにはその権利がある。だから、まずは学園のトップアイドルを目指してみよう」
「・・・そうね。私がトップアイドルになれば、お兄様だってもう私の事をボッチネタでバカにすることもできなくなるのよね。・・・し、仕方がないから、その作戦に乗ってあげるわ」
「二コラてめえ、なんで俺の邪魔をする!」
「僕はアゾート様の忠実な部下ですから、大切な妹君をただお守りしただけですよ。・・・それに勢いに任せて押し倒すより、じっくりと口説いた方が男としての格が上がると思いますが。違いますか、ダーシュさん?」
「くっ、二コラめ・・・だが全くお前の言う通りだ。わかった。俺は父親の力に頼らず、自分の実力でリーズのハートを射止めてみせる。これは宣戦布告。覚悟しておくんだなリーズ」
ダーシュがそう言って去って行く後ろ姿を、リーズはボーッと見つめていた。
「宣戦布告・・・」
それはリーズが生まれて初めて受けた告白だった。
次回はアゾートが転生の秘密を明かします
是非ご期待ください