第15話 剣術実技トーナメント1日目
ついに中間テストの日が来た。
昨日の上級クラスとの一件で何かが吹っ切れた俺は、クラス対抗戦に対するモチベーションがこれ以上ないほど高まっている。
ただし、上級クラスとの戦いの前に、ちゃんとテストを受けなければならない。
ここは戦場ではない。学園なのだ。
さてこの中間テスト、全5日間の日程だが、俺たち1年生は3日間で終わるスケジュールになっている。
初日は各科目の筆記試験、2日目と3日目は剣術実技の実力を判定する闘技大会。
そしてこの3日目の闘技大会終了後に、上級クラスとのクラス対抗戦が予定されている。
なお、1年生の中間テストは3日目で終了するが、4日目には2年生の魔法実技の団体戦トーナメントが開催される。
これは上級クラスの闘技大会なのだが、その前日に行われる騎士クラスの魔法団体戦の優勝者が特別に参加できることになっているのだ。
2年生騎士クラスの優勝候補はセレーネであり、順調に行けば、セレーネとフリュオリーネの1戦が期待されている。
2年生最強決定戦と目されており、学園全体が注目するカードだ。
絶対に見逃せない。
1日目の筆記試験が始まった。
魔法概論や王国社会など1日目で全ての科目の試験が行われる。
筆記試験については、控え目に言って自信がある。
俺は前世では大学受験も乗り切っており、勉強慣れしている。
バッチリ対策もした。
それに俺には絶対に負けられない理由がある。
ネオンだ。
子供の頃から勉強を教えていたネオンにだけは、あいつの先生としての立場上、どうしても負けられないのだ。
「テストやっと終わったー。で、どうだった?」
「山が外れた。まずいかも」
クラスメイトたちが解放感に満ちた顔で、友人と試験のできについて語り合っている。そんな中、さっきからダンがやたらソワソワしている。
「アゾート、そろそろ掲示板の方に行こうぜ」
「そうだな」
明日の闘技大会の組み合わせがそろそろ発表になるはずだ。
ダンは闘技大会が楽しみでしょうがないらしく、俺たちを急かしつつ掲示板の方へ速足で向かった。
この闘技大会は1年生剣術実技個人戦であり、騎士クラス全78名を対象に1対1の模擬戦を行い、順位をつける。
この闘技大会で上位30位になったものは、剣術実技の上位コースに、それ以外は下位コースに入れ替えが行われる。
したがって、トーナメント制だが負けたもの同士でも模擬戦により優劣をつける必要があるため、試合数は膨大になる。そのため大会は明日、明後日の2日かけて実施される。
なお2年生以上は、槍術・斧術・弓術などに分かれた闘技大会、魔法実技の団体戦が行われ、闘技大会だけで全4日間の日程が組まれている。
闘技大会が2日間で終わる俺たち1年生は、後半2日間に開催される上級生の闘技大会を自由に見学することができる。セレーネとフリュオリーネの1戦もある。
とても楽しみだ。
さて、掲示板に張り出されたトーナメント表を確認しよう。
初戦は原則、剣術実技の上位コースと下位コースの対戦が組まれ、その勝者グループのトーナメント、敗者グループのトーナメント、3位決定戦や5~8位以下の順位戦が組まれている。
順当に勝ち上がれば、カインとダンは決勝まで当たらない。
アゾートとカイン、ネオンとダンは準決勝でそれぞれぶつかる。
マールも3戦目でネオンと当たる可能性がある。
「カインとダンはどちらも優勝候補なので、最後まで当たらないように組まれたのだろう。俺とネオンはベスト16位グループなので、準決勝でダンたちと当たるのは妥当な組み合わせだな。マールは初戦勝てるかがポイントか」
「ダンジョン攻略でマールはかなり実力がついてきたと思う。それに上級クラスとのクラス対抗戦もあるし、かなり気合いの入った訓練ができていた。30位以内に入れば俺たちと同じ上位コースに入れるし、がんばれよ」
「そんなこと言うと緊張しちゃうでしょ」
「アゾートとネオンもかなり強くなったと思う。俺たちも油断するとやられるぞ、なぁカイン」
「わかってるさ。それよりも楽しみなのが、アゾートとネオンは一体どちらが強いのかだ」
「確かに。この2人ってなんでも実力が同じなんだよね」
「この闘技大会でついに優劣がはっきりするのか。楽しみだな」
ダンたちの会話を聞いて、ネオンの闘志に火が付いたのを俺は見逃さなかった。
俺もコイツにだけは絶対に負けたくない。
認めたくはないが、ネオンは俺のライバルなのだ。
中間テスト2日目(闘技大会1日目)、学園は朝から熱気に包まれていた。
グラウンドでは2年生騎士クラスの魔法団体戦トーナメントが開催される。優勝者は、明後日からの上級クラスによるトーナメントに参加することができるが、現時点ではセレーネの一強であり優勝は確実視されているのだ。
一方、剣術訓練棟では1年生の剣術実技個人戦が行われる。
騎士クラスは、試合用コート6面全てを使い、トーナメント戦を消化していく。
上級クラスは20名と人数が少ないため、こことは別の訓練施設でトーナメントが行われる。
なお剣術は騎士クラスの方が人数が多くレベルも高いため、上級クラスの結果に関わらず騎士クラスの優勝者が学園最強とされる。
さて、トーナメント中は自分の出番が来るまで自由に観戦していいため、俺は同じB組のクラスメイトの応援をすることにした。
明日の上級クラスとの対抗戦を控え、メンバーの剣術の実力がどれだけ上がったか、確認しておきたかった。総合戦なので魔法だけでなく剣術の実力も勝敗を左右するのだ。
そして目の前のコートには、ネオンファンクラブの女子生徒と、C組の男子生徒が対戦している。
男子生徒は俺と同じ上位コースだが、それほど強くはない印象だ。
たが女子生徒から見れば、明らかに格上。
彼を相手にどこまで善戦できるかで、彼女の実力が推し量れるだろう。
女子生徒が勝った。
うそだろ!?
男子生徒は一応上位コースであり、騎士クラス全体から見ても決して弱くはない。
しかしモチベーションが全く違うというか、終始女子生徒の気迫に圧倒され、ただただ連打を浴び続けた挙げ句、自分は有効打を与えることすらできず、あえなく判定負けを喫した。
「・・・・・」
その後もネオンファンクラブのメンバーたちの快進撃は続き、上位コースに大金星を上げる娘もいれば、負けてもかなりの善戦をする娘ばかりだった。
・・・普通に戦力として見込めるレベルなのでは。
嬉しい誤算に喜んでいるうちに、いよいよマールの試合が始まった。
下位コースのマールの相手は上位コースの男子生徒。あのハーディンの取り巻きの一人だ。
相手が相手だけに、ここで勝つと勢いがつきそうだ。
マールの成長次第ではいい試合になると思うが、入学当時の実力差を考えれば、なかなか厳しいものがある。
はたして試合開始のコールと同時に、男子生徒が先に仕掛けた。
男子生徒の連撃を、だがマールは難なくかわし切る。
「完全に見えているな」
有効打を全く与えられない状態に焦りを感じたのか、男子生徒に力任せの振りが目立ってきた。
手数が増えたが、それらも全てよけきるマール。
マールはまだ攻撃すらしていない。
男子生徒のスタミナが徐々に切れ、いよいよ腰の入っていない手振りのような剣筋が増えてきた。
そしてバランスを崩して前につんのめった男子生徒をさらりとかわし、背後からたった1撃のみを加え見事勝利した。
「勝った!」
圧勝である。俺は思わずガッツポーズをした。
ネオンファンクラブを始め試合を観戦していたクラスメイトたちからの熱い歓声が、訓練棟に響きわたった。
一方、下位コースが上位コースに勝つという大番狂わせがB組の女子生徒を中心に続いており、観戦者からは「またかよ」とどよめきが起こった。
負けた男子生徒も信じられないという表情で、悔しさに顔をゆがめていた。
俺は歓声とどよめきを聞きながら、入学初日にハーディンたちに襲撃された時のことを思い出していた。
あの時のマールは、木の後ろに隠れれてダンのためにキュアを打つことしかできなかった。
そんなマールが、あの時の襲撃者の一人である男子生徒相手に、一対一で圧勝するまでに成長した。
俺は心の中に何か熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
さらに試合はどんどん進んでいき、コートには次の試合に臨む生徒たちに順次入れ替わっていく。
ついに優勝候補カインの登場だ。
相手は下位コースの男子生徒。
カインは1撃で相手の模擬剣を払い飛ばしてあっけなく勝負がついた。
・・・実力差がありすぎて、全く面白くなかった。
別のコートではネオンが試合を開始した。
ファンクラブの女子が大きな歓声を上げたので、ネオンの試合が始まったことはすぐにわかるのだ。
しかしこの試合も実力差がありすぎて、全く見どころなく終了した。
盛り上がっているのは、ファンクラブだけだ。
そしていよいよ俺の試合の順番だ。
相手は下位コースの女子生徒。特に問題はない。
だが、先ほどのマールやファンクラブの女子生徒たちによる大金星の余韻からか、観戦者から妙に注目を浴びている気がする。
なんだこの空気は。
モテない同盟のみんなも応援に駆け付け、俺が負けるよう相手の女子生徒の応援をしている。
ひどい。
アウェイ感を肌にヒシヒシと感じながら、試合が始まった。
女子生徒は完全に受け身の構えだ。震えている。
え、これ俺から攻撃するの? えぇ・・・。
とりあえず正攻法で上段から剣を正面に打ち下ろす。
剣を受けた女子生徒は衝撃で後ろによろめいた。
よ、弱い。
いやこれが普通。うちのクラスの女子が強すぎるのだ。
早く終わらせるため、女生徒の持つ剣を払い落し、のど元に剣を突きつけ相手を降参させた。
まわりからは落胆のため息が聞こえた。
違う意味でなかなか厳しい試合であった。
ダンも順当に勝ちあがり、順調にトーナメントの2回戦にコマを進めたようだ。
1回戦で下位コースが金星を上げたのは5名。すべてB組の女子生徒である。2回戦の試合は、彼女たちと対戦する者以外は、すべて上位コース同士の組み合わせとなる。
俺の2回戦の相手も上位コースの男子生徒だったが、あっさりと勝負を決めると、ネオン、ダン、カインも次々に3回戦にコマを進めていった。
しかしマールの相手は、上位コースでも一けたランクに位置づけられる男子生徒だった。
俺とネオンがベスト16位グループなので、入学当初の実力は俺たちよりも上だ。
試合開始と同時に、マールが積極的に攻めていった。
しかしパワーのないマールの剣戟は、すべて軽々と受けきられる。
体勢を整えるためいったん後ろに下がろうとしたマールに対し、すかさず一気に詰め寄る男子生徒。
打ち込まれる剣はどれも重く、受けるごとに後ろに押されてよろめく。
「マールはよく耐えている方だよ」
「パワーで押し負けてはいるが、剣筋は完全に見えているね」
大方の予想に反してなかなか降参しないマールに周りの注目が集まり、善戦するマールを応援する声が増えていく。
勝負を決めきれない男子生徒は、マールへの応援の声もあり焦りのようなものを感じ始めていた。
「あの応援の中で女子相手に戦うのは、結構やりにくいもんだよ」
先ほどの自分の試合を思い出し、男子生徒の心情を解説する俺。
「あ、まずい」
マールのバランスが崩れ始め、男子生徒の有効打が増えていく。
相手が見えていてもスタミナが切れれば体がついていかなくなるのだ。
どんどん押し込まれたマールはコートの外まで押し出され、判定負けとなった。
しかし観客からは惜しみない拍手と歓声が巻き起こった。
「下位コースでしかも女子なのによく頑張った」
「身のこなしがすごい。上位コースに上がってきたら脅威になるよ」
負けたマールも全力でやり切った満足感と惜しみない声援に、顔をほころばせて喜んでいた。
ファンクラブのみんなも善戦むなしく、3回戦に勝ち上がれたものは誰もいなかった。
だがどの試合も見所が多く、もしかしてという期待感あふれるものばかりであった。
そしてベスト16がでそろった。
今日はベスト8まで決めるため、次の試合で終了。
優勝を目指した残りの3試合は、明日に持ち越す。
「次の見どころは、俺とネオンがベスト8に残れるかと、マールやファンクラブのみんなが順位確定戦で30位以内に入れるかだ」
俺とネオンは一けたランカーになれるかどうかの分水嶺。俺の次の相手はどちらかと言えば格下だが、ネオンの相手は先ほどマールと対戦した男子生徒だ。
一方、マールは先ほどの試合で負けたため17位~32位のグループだ。この中から31以下の二人は上位コースに上がることができない。
どこかで1勝すれば勝ち残れるはずだ。
第3試合は予想通りカインとダンは余裕で勝利し、俺も難なく勝ち上がることができた。
ネオンは苦戦を予想していたが、ふたを開けてみれば試合開始と同時に積極的に攻撃し、圧倒的な手数で相手を防戦一方にした上で、ライン際まで追いつめて速攻で倒してしまった。
マールは度重なる激戦にスタミナが残っていなかったことと、対戦相手がたまたま強かったこともあり、3回戦も残念ながら負けてしまった。
上位コース昇格は明日の3試合に持ち越しとなった。