第147話 バンスの最後(閲覧注意)
過度な残虐表現はないと思うのですが、苦手な方もいらっしゃると思いますので、読み飛ばして頂ければと思います。
結論はタイトル通りですので、ストーリー的にはこれを読まなくても大丈夫だと思いますし、必要に応じて、今後補足を入れていきます。
次回は楽しい回を予定していますので、ぜひご期待ください。
領都ソルレートの外、重犯罪者専用の公開処刑場の中央に8本の十字架が立てられた。その十字架にはトリステン男爵とその腹心たちが磔になっている。
「頼む・・・俺を殺さないでくれ」
周りを何千ものトリステン領民に取り囲まれて、トリステン男爵が命乞いをする。だが、そんな男爵の言葉に耳を貸そうとするものは、ただの一人も存在しない。
「ひぃーーっ」
「痛い、やめてくれ」
「死にたくない・・・助けてくれ」
トリステン男爵とともに処刑される7名の腹心たちは男爵のような少女趣味ではなかったが、奴隷女性に対して特に残忍な行為を行っていたため、やはり領民の怒りを買っていた。
「お前たちが奴隷にされた女性たちにした仕打ちはこんなものではなかったはずだ。彼女たちはもっと絶望的な苦しみや悲しみの中で息絶えていった。彼女たちの無念のその万分の一でも味わった後に死ね」
トリステンの領民たちは、この8人に対して復讐を望む者全てに、命を奪うこと以外のいかなる行為も行うことを許可した。
彼らへの復讐者は、殺される前に救いだされた女性たちや、殺されてしまった女性たちの遺族や元恋人など様々であった。
彼女たちの心と身体の傷が癒えることは生涯ないのだろうが、だからといって、せっかく与えられた復讐の機会を逃すことはない。
彼女たちはナイフを手に、自分達がされたのと同様のことを、あるいは親兄弟たちは殺された娘に代わってその無念をはらすために、この8人の男たちに仕返しをしていった。
一人が復讐をとげる度に、刑の執行官や冒険者ギルドから派遣された魔術師がキュアをかけて、男爵たち8人を治療する。キュアで致命傷や重篤な傷を応急措置して死なないようにした上で、痛みの残るその身体に次の復讐者がナイフを突き立てる。
刑の執行当初は罵声を吐き、恨み節を連ねた男爵たちだったが、痛め付けられてはヒールで回復させられ、また痛め付けられるという終わることのない苦痛の連鎖に、そして、自分の命が絶えるまで決してこの苦しみから解放されないという絶望感に、あっという間に抵抗する気力を失っていった。
「俺が悪かった。頼むからもう許してくれ」
「お前に殺された少女たちも、きっと同じことをお前に言ったよな。その時お前はどうしたんだ。許してあげたのか? よく思い出してみろよ!」
「・・・奴隷だから何をしてもいいと思ってたんだ。俺が悪かった! こんな絶望的な気持ちになるなんて、知らなかったんだ。もう我慢できない、頼むから助けてくれ・・・」
「お前は処刑されてるんだ。助けるわけがないだろう」
「だったらもう、さっさと殺してくれ・・・キュアをかけるのだけはもうやめてくれ」
「ダメだ、お前に復讐したいやつはまだたくさん残っている。全員に復讐の機会を与えるまで、お前に死なれては困るの。おい回復師、特大のキュアを男爵にかけてやれ」
【光属性回復魔法・キュア】
「やめろー! もう俺を回復させないでくれ!」
「全員の復讐が終わったらキュアをかけるのをやめてやる。その後は野鳥についばまれながら、ゆっくりと死ね」
「なんで・・・なんでこんなことに。俺は貴族なんだぞ。たかが奴隷を殺しただけでなんでこんな目に」
「たかが奴隷・・・反省の色はなしか。しかしお前は幸運だったな男爵。お前には復讐者が一番多いから、この8人の中では一番長生きができるぞ。そして他の7人が野鳥に食い殺されていく様子をじっくり見学した後に、自分がどういう風に死ぬのか、心の準備をしっかりと整えられるんだ」
「あああ・・・ああ」
この公開処刑場には、バンス議長以下革命政府の幹部たちも連れてこられ、見学をさせられていた。
刑の執行官がバンスたちに語りかける。
「メルクリウス男爵は、王国法では罪に問えないトリステン男爵たちの行為を処罰するため、わざわざ「外国」であるソルレートまで連行し、ナタリー次期当主が保有する男爵たちの処刑の権利を、トリステン領の領民たちに譲り渡したのだ」
「だから男爵たちが、このソルレート領で処刑されているのか」
「そうだ。メルクリウス男爵はトリステンの領民感情を重視し、王国では許されていない平民による貴族の処刑をこのような形で認めた。今目の前で行われているものがまさにそれであり、お前たち革命政府幹部にも同じ運命が待ち受けているだろう」
「ひーーっ!」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」
「頼む、なんでもするから、あんな酷いことをするのはやめてくれ」
必死に命乞いをするバンス以下政府幹部たちに、執行官は冷たくつき放す。
「お前たちの刑罰は、お前たちソルレート革命政府が作った刑法に基づき裁判官が公平に判決を下すだろう。王国では残虐な処刑は認められていないが、果たしてお前が作った法律ではどうなっていたかな?」
「・・・う、うわああ、嫌だ嫌だ。そうだ、メルクリウス男爵に弁解の機会を与えてくれ。俺はこの領地の元首なんだ。相応の待遇を受けるべきだ」
「・・・貴族であるトリステン男爵があのような仕打ちを受けているのに、平民のお前がそれ以上の待遇を受けられるとは思えないけどな。それにメルクリウス男爵は、領民の気持ちを優先される。自分が領民に対してこれまで行ってきた仕打ちを、もう一度よく思い出してみることだな」
「あああ・・・そんな」
8月19日(雷)雨
アゾートが構想したソルレート領の新たな統治機構。その先駆けとして、裁判員を交えた裁判がこれから執り行われることになった。
この初の裁判は、革命政府議長バンス以下幹部たちが被告となる、ソルレート革命戦争の戦犯を裁くものだった。そのため裁判員の希望者が殺到した。
そこで厳選な抽選の結果、スラム街の住人や虐げられてきた貧民たちが裁判員として入廷していった。その中にはレジスタンス等の活動家たちの姿も見える。
政府幹部たちに次々と重い判決が下される中、一番最後にバンスの裁判が開廷された。
裁判官が罪状を読み上げていく。
最大野党党首への買収工作や奴隷商人に対するピンはねはかわいいもの。バンスは奴隷法の制定により数多くの奴隷を生み出し、その売却益の一部を不当に得ることで私腹を肥やしていた。
次々と読み上げられる罪状に、裁判員たちも一般の傍聴者たちも怒りに身体を震えさせる。
裁判官と裁判員による審議の結果、議論の余地もなく全会一致で死刑が決まったのだが、裁判長は判決文を読み上げる前に、被告人に話しかけた。
「バンス。最後に申し開きがあれば、この場で一言だけ発言の機会を与える」
顔を真っ青にしたバンスが震えながら、
「わたくしはソルレート革命の功労者で、選挙で選ばれた領民の代表。わたくしの行為はすべて、領民との共同責任であり、わたくしだけが死刑にされるのは法的公平性にかける。それに領民を奴隷にはしたものの、わたくしが直接殺した人間は一人もいない。だから死刑だけは何卒止めていただきたい」
バンスの申し開きに、この場に参席した領民たちは一斉に激怒した。
「お前のせいでどれだけの領民が奴隷として売られていったと思ってるんだ。その中には、トリステン男爵の犠牲になったものや、遠くの地で息絶えた者も少なくないだろう」
「帝国軍の犬として、私たちを騙していたくせに!」
「お前が新たな奴隷を求めて近隣領地と起こした戦争のせいで、何人の若者がその若い血を散らしたことか」
「領民に重税を課して餓死させておいて、自分は私腹を肥やして贅沢三昧」
「お前のようなクズ野郎には死刑でも生ぬるい。自ら死を望むほどの拷問にかけるべきだ」
「静粛に! 発言の許可を得ていないものは、発言を控えるように」
裁判長は領民たちをいったん黙らせた上で、怒りに震える領民たちに語りかけた。
「改めて言うが、この法廷は王国法ではなく革命政府の法律に基づく裁判である。従って、残忍な処刑を禁止する王国法は適用されず、ここにいるバンス議長自らが作った素敵な処刑方法が適用されることになる」
その言葉を聞いて領民は安堵し、さらに顔色を青ざめさせたバンスが、裁判長に必死に命乞いをする。
「ま、ま、待ってください裁判長! この領地はメルクリウス男爵に制圧されたことで、王国法は再び適用されているはず。なぜあのような革命政府の刑法を適用することになるのか」
「バンス・・・その、言い方だとまるで革命政府の法律がダメだと言っているようなものじゃないか」
「あれは貧民を中心とした領民たちを政府に従えさせるために作ったもので、私たちを政府幹部を処罰することは想定していなかったのだ」
「それはまた随分と領民をバカにした差別的な法律だな。お前はソルレートの王にでもなったつもりだったのか」
「いや、それはその・・・」
「それでは被告人からの申し開きは以上とする。これより判決を言い渡す」
「ちょっと待ってくれ、まだ言いたいことは何も言っていない。わたしの話を聞いてくれ」
「革命政府議長バンスを死刑とし、ソルレート革命政府刑法に基づき、最も量刑の重い凌遅刑に処する」
「嫌だーっ! それだけはやめてくれ、頼む!」
「これは私個人の発言だが、この処刑方法は偶然にもトリステン男爵と同じものである。せっかくなので、バンスと男爵の十字架を隣同士にしてあげよう」
「やめてくれっ!」
「それでは以上をもって、本裁判は閉廷とする」
頭から袋を被せられて、地下牢で完全に拘束されていたバンスは、近くに人の気配があるのを感じた。
「誰かそこに居るのか」
すると聞きなれた声が帰ってきた。秘書官だ。
「ふんバンスか。お前まだ処刑されてなかったのか」
「秘書官、お前・・・」
「バンス、貴様のせいで俺は奴隷として一生鉱山で働くことになった。こんなことなら、まだソルレート伯爵に薄給でコキ使われていた頃の方が幸せだったよ」
「秘書官、お前は死刑じゃないのか」
「俺はただお前の命令で働いていただけだからな。だが奴隷なんか死ぬまで自由が失われ、生きている楽しみなんか何もないんだ。断頭台で一瞬で死ねる方がまだましだよ」
「・・・そうだな」
「それより聞いたぞ、バンス。お前は凌遅刑だってな。聞いたときには大笑いしたぜ」
「なんだと、貴様・・・」
「養成所の首席様が、議長就任から半年で死刑なんて、転落人生にも限度があるだろ! どんだけお前は無能なんだよ」
「くっ!」
「お前のお仲間の税務局長は先に処刑場に向かったぞ、お前と同じ刑を受けにな、くっくっく」
「あいつもか・・・」
「だが内務局長は、死刑を免れたぞ」
「なぜだ! あいつだって、俺達と同じだろうが」
「お前たちの不正のネタを全て渡したことによる司法取引だそうだ。お前が死刑になる傍らで、内務局長は奴隷として鉱山で生きることが許されたようだ。友人に裏切られた、お前もざまあないな」
「・・・あの野郎。司法取引で自分だけ助かったのか、畜生ーっ!」
「それよりも軍幹部の多くは無罪放免だそうだ。有能な士官は、続々とメルクリウス軍に編入されているぞ」
「まさか? あいつらこそ、戦争で騎士団と直接対峙した戦争犯罪人ではないか」
「いや彼らは軍人としての職務を全うしただけで、帝国式の有能な指揮官には、逆にメルクリウス軍からのスカウトが来ているそうだ。ロック司令官もかなりの好待遇で迎え入れられるらしい」
「・・・そんなバカな」
「それに、革命政府の役人にも有能な者には声がかかっていて、お前と同じ幹部でも農政局長にはメルクリウス男爵からの引き抜きがあり、かなり降格はされたが引き続き任官されたらしい」
「農政局長ってあの真面目だけが取り柄ののろまじゃないか! それに役人なんてみんな俺よりも成績が下の者たちばかり・・・信じられない。きっと何かの間違いだ」
「お前はメルクリウス男爵からも無能の烙印を押されたようだな、いい様だよ首席様」
そこへ刑務官がバンスのもとへやってきた。
「おいバンス、今からお前の刑の執行だ。トリステン男爵の隣の十字架が空いたので、早速お前の終の棲家として使わせてやる」
「やめてくれ、頼むから俺を殺さないでくれ・・・」
「早く出ろ!」
「ひーーっ! 死にたくない、死にたくない!」
「お前にはトリステン男爵よりも復讐者が多いのだ。処刑場ではみんながお前の到着を待っている。時間が勿体無いから早く来い!」
「ひ、ひ、ひゃー、やめ、やめ、やめてくれーっ」
次回は、本章のエピローグです。
ご期待ください。