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第146話 兵士たちの帰還

8月18日(土)晴れ


「おはようアゾート、もう朝よ」


 目を開けるとネオンが俺の顔を覗き込んでいる。


「おはようネオン。・・・痛てて、身体中が痛い」


 俺はベッドから起き上がって自分の身体を確認してみると、あちこちに包帯が巻かれて手当てをした後があった。


 そういえば昨日はサルファーと決闘をして、そのあとダリウスが決闘に乱入してきて・・・あれ? 決闘っていったいどうなったんだろう。何も覚えていない。


 まさか・・・俺は、負けたのか。



 俺が突然焦り出したのを見たネオンが、俺に顔を近付けて呆れるようにため息をついた。


「昨日の事を何も覚えていないんだ。アゾートは本当にしょうがない人だな」


「そうなんだネオン。ダリウスが乱入してきたところまでは覚えているんだが、その後のことは何も覚えていなくて」


「はぁぁぁ・・・。お父様は乱入したんじゃなくて、アゾートとサルファーの決闘を止めに入っただけだよ」


「止めに入っただけ?」


「そうよ。あのまま続けてたら、サルファーの命が危なかったから、ダーシュの判断で決闘を終わりにしようとしただけ。アゾートの勝ちということで」


「そ、そうだったのか。・・・しまった、そうとは知らずに俺はダリウスにいきなり斬りかかってしまった。だとすれば、決闘の結果はどうなるんだ」


「・・・あきれた。本当に何も覚えてないのね」


「すまん。何があったのか教えてくれないか」


「あの後、アゾートとお父様が戦い始めて、決闘がさらにエスカレートしていったの。剣の戦いからやがて魔法戦に突入して、エクスプロージョンの撃ち合いになって、」


「それはさすがにないだろ。いくら記憶がないからって、城の前庭でそんなセレーネみたいなことを俺がするわけがないじゃないか。俺をからかうのはやめてくれよ」


「・・・ウソじゃないよ。それで、二人を止めに入ったお義父様も戦いに巻き込まれて収拾がつかなくなり、私たち女性陣がバリアーを展開して、爆発が外に漏れないように必死に守るのが精一杯だったの」


「本当の事なのか? ・・・なんかすまん。そ、それで結局どうなったの」


「3人が相討ちで共倒れになった」


「・・・・・」


「2人とももう起きて食事を済ませたみたいだから、あとで謝りに行ってね」


 それだけ言うと、ネオンは部屋から出ていった。





 ダリウスが泊まっている客間を訪れると、父上とサルファーも部屋の中にいた。3人を前にするとアウェイ感が強すぎて、謝罪の言葉が中々言い出せない。


 俺が入り口に立ち止まって戸惑っていると、父上が話を切り出してくれた。


「アゾート、お前強くなったな。ダリウスと2人がかりでやっと、暴走するお前を止めることができたぞ」


「俺は暴走してたのか?」


「なんだ、何も覚えてないのか。確かにあの時のお前は目が赤くなって、完全にキレていたからな」


「目が赤く・・・。みんなに迷惑かけたみたいで悪かったよ。・・・それで決闘の結果はどうなったんだ」


「ダリウス、お前からアゾートに言ってやれ」


「お、おう・・・仕方ないな」




 ダリウスはどこか言いにくそうな様子で、姿勢を少し正して改めて言った。


「・・・アゾートよ。フェルーム一族の掟に基づき、お前をフェルーム家の次期当主にする」


「・・・え?」


「フェルーム家は代々、最強火力バカが当主に就任するルールだ。お前は何も覚えてないようだが、昨日の決闘で現当主のワシよりも、ロエルよりも一番強力な魔力を発揮した。だから、お前に当主の座を譲ろうと思う」


「それじゃあ!」


「ああ、セレーネごとフェルーム家をくれてやる! これで伯爵にでもなんでもなりやがれ」


「ありがとう、ダリウス」





 ダリウスと俺のやり取りを聞いていた父上が、


「だが、そうすると今のメルクリウス領に、フェルーム領とソルレート領も加わり、一つの領地としてはメチャクチャバカでかくなるけど、こんなの本当に統治できるのかよ」


 心配そうに俺を見る父上に、俺は今後の領地の構想を説明した。


「全ては正式に伯爵位をとってからの話だけど、領地を再編成しようと思うんだ。シャルタガール侯爵との密約もあって、現時点での俺の領地は、メルクリウス領、ソルレート領、ナルティン領、そしてフェルーム領の4つになった。この内ソルレート領は経済が壊滅的だし、領民が新教徒だったり、民主化されてたりして統治が難しい。だから経済的に豊かなメルクリウス領をバックに俺が直接一体運営する。一方でナルティン領と、もらったばかりのフェルーム領は改めて独立させてもいいと思っている」


「ナルティン領はたしか」


「ああ、ポアソン男爵としてマールが統治する方向で、秋の叙勲を行ってもらおうと思う」


「フェルーム領はどうするんだ?」


「俺が欲しかったのはフェルーム一族、つまり人が欲しかっただけなんだ。領地と子爵の爵位は俺には必要ないので、改めて誰かに継いでもらいたい」


「そういえば伯爵になる要件がどうのと言っていたが、あれはどう言うことだ?」


「伯爵位を新たに受ける場合、広大な領地を運営する能力と家門の安定性を示すため、当主の資質以外にも一定程度の一族の人数が必要なんだ。今だと20名程度の魔力保有者が必要らしい。こんなの中級貴族の中でもかなり上位の貴族家しか、普通は無理だよ」


「うへぇ・・・そりゃ厳しいな。ただでさえ魔力保有者の出生率が下がっているのに、そんな中級貴族家はあまり聞かないな。ということは、シュトレイマン派連合軍の子爵家のやつらは相当な家門だったってことか。でも・・・あれ?」


「どうしたダリウス?」


「いや、フェルーム一族には強力な魔力保有者が40人もいるし、そこまでじゃなくても他の貴族家に比べて異常なほど魔力保有率が高い。一族のルールに従って、なるべく一族内での婚姻を行っていたからかもしれないが、それにしても多すぎるな」


「それは本来うちは騎士爵家ではなく、メルクリウス公爵家の子孫だからだよ」


「なるほど、そういやそうだったな。昔からワシが不思議に思っていた謎が、今になってやっと腑に落ちたわ」


「とにかくこれでメルクリウス家は伯爵家に昇進だ。そのあと、またフェルーム家を新たに創設すれば、元通りだよ」


「フェルーム家の取り扱いは理解した」






 ダリウスとの話が終わり、俺はサルファーの方を向いた。


「サルファー、セレーネは俺がもらうぞ」


「貴族の決闘の結果だ、諦めるよ」


「・・・随分と潔いな」


「まあ、セレーネの気持ちはわかっていたし、僕も彼女を諦めるきっかけが欲しかったのかもしれないな」


「そうか、まあセレーネのことは俺も絶対に譲ることはできないが、世の中には他にもいい娘がたくさんいるはずだ。次期伯爵家当主なんだから、普通に政略結婚してくれ」


「全く慰めにもならないような、いい加減なセリフだな。まあお前に言われなくても、僕は新しい恋を探しに学園に戻るよ」


「さ、サルファー・・・お前がそれを言うと、学園長が女子生徒に手を出すと、高らかに宣言しているようにも聞こえるな」


「しかし僕は卒業したばかりだから、年齢には問題ないと思うが」


「それはそうだな。良く考えたらお前の結婚相手の候補は、3つの騎士学園の在校生になるわけだから、確かに間違ってはいないな」


「・・・だけど、いい相手がまだ残っているかが問題だよ」


「魔力の強い娘ほど、相手が決まってそうだしな」


「できればボロンブラーク校で相手を探したいが、中級貴族以上で魔力が高く相手の決まっていない女子生徒となると、いったい誰が残るんだ。しかも、シュトレイマン派を外すとすれば、うーん・・・」


「まあ、じっくり選んでくれよ」


「ああそうするよ。・・・それから最後にひとつだけ僕に教えてくれ。お前はどうしてセレーネにそこまでこだわっているんだ」


「そんなのお前と同じで、セレーネを愛しているからだよ」


「いや、そんな理由とは別に、お前のこだわり方には何か特別なものを感じるんだよ」


「・・・よく見てるなサルファー。実は自分自身でも理由がよくわからないんだ。ただセレーネを見る度に、彼女を絶対に手放してはダメだと、心の奥底から声が聞こえてくるんだよ」


「心の奥底から声が・・・」


「ああ。その声が何なのかはわからないが、俺には今度こそセレーネを幸せにする責任があるんだ」


「今度こそ?」


「ああ今度こそ・・・ってあれ? 俺はいったい何を言っているんだ」






 午後、俺はメルクリウス軍幹部を集めて、ソルレート領の統治に関する方針を発表した。


「ソルレート領は領民による革命で、今は民主主義体制になっている。これを再び王政に戻すのはかなり困難な作業だと思う」


 するとダリウスが話が良くわからないらしく、


「そんなの別に気にしなくても、普通に統治すればいいじゃないか。お前は領民のリーダーなんだし、人気だってあるだろう」


「今はいいけど、俺への支持がなくなれば、この領地はすぐに荒れるだろう。もともと貴族への不信感が根強いところに、新教に教化された領民が数多く存在し、民主主義まで導入されてしまったため、領民運動が起こしやすいんだよ」


「そもそも民主主義って何だ?」


「領民自らが領地を治める制度で、領地運営を行う自分達の代表者を選挙で決めるんだ」 


「なんだそりゃ、聞いたことがないぞ」


「アージェント王国にはそんな制度は存在しないけど、この大陸には昔いくつかそんな国があったんだよ。もう全部滅んだけど」


「アゾートお前やけに詳しいな。だけど、そんなものこの王国では認められないぞ」


「わかってるよ、だから領主はあくまで俺だ。領主を選挙では選ばないし王国法も適用する。ただし、一部だけど民主主義も残す」


「どういうことだ?」


「街を東西南北4つに区切って、街の代表者と議会の代表者を決める。そして、王国法の範囲内で独自のルール、つまり条例を定める権利を与える」


「アゾートそれって、地方自治体じゃない?」


「セレーネの言う通りだ。彼らはまだ民主主義の経験が少ない。だから勉強のために自治体を運営してもらう。4つにしたのは貧民街の数に合わせていて、お互いに切磋琢磨して貧民街を復興して欲しいからだ。年間予算は俺が交付金として渡す。その範囲内で工夫して予算編成を行い、魅力的な街作りを競わせる」


「なるほど面白そうね。じゃあ領民は自治体だけを任せて、領地運営全体には領民は関与できないってこと」


「いや内政担当、つまりメルクリウス領でいえば俺の母上のポジションは選挙で決めようと思う。ただし変な人が選ばれると困るので、採用するかどうかは俺が決めるけどね。同様に条例にも拒否権を持つようにする」


「つまり君主制という枠組みは変えずに、日本の地方自治制度とアメリカの大統領制を部分的に導入した、民主主義のお試し版ってことね」


「さすがセレーネ、そういうことだ。ついでに裁判所にも裁判員制度を導入して、平民の判断を判決に反映させる」


「領民も司法に参加させるわけね。私は賛成よ」


「ありがとう、セレーネ」


 途中から俺たちの会話をつまらなそうに聞いていたダリウスは、


「お前たちの会話は何一つわからんが、二人がそれでいいなら、ワシは特に意見はない。好きにすればいいさ」






 ソルレート領民軍が解体されて、一部志願兵はメルクリウス軍に編入されたが、それ以外の残りの兵士たちは家族のもとへ帰っていった。


 ここロンの宿でも、徴兵で戦地へ行った6人の息子達が、幸運にも全員無事に帰還することができた。


「ただいま、親父、リン」


 宿に戻った息子達を、ちょうど飲み屋で料理を配膳していた父親のロンと娘のリンが出迎えた。


「お前たち、全員無事だったんだな!」


「お帰りなさい、お兄ちゃんたち!」


 ロンが息子と肩を組んで喜びを確かめあうと、リンも兄たちに飛び付いてはしゃぎまわった。


 飲み屋も客が混み始めた時間帯で、客たちもリンと兄弟たちの再会に、大いに場が盛り上がった。


「アゾニトロさんの言ったとおり、騎士団が領民兵をできるだけ殺さずに戦ってくれたおかげで、お兄ちゃんたち全員無事に帰ってこれたんだね!」


「ああ、そうだな。ニトロは俺たち家族の恩人だよ」


 ロンがリンの頭を撫でながらうなずく。


「おいリン、そのアゾニトロさんって誰だ?」


「この宿に泊まっていたお客さんで、今度うちの領主になるメルクリウス男爵だよ」


「メルクリウス男爵って、ここに泊まってたのか!」


「そうよ。新婚さん部屋に奥さんと泊まってたんだけど、全然手が出せないヘタレなの。それなのに、他にも奥さんがいる女たらしなのよ。でも、すごくいい人だから私も妾にしてもらうように立候補しておいたけど」


「め、妾って、リンお前本気か? まだ10歳なのに、そんなことを考えるのは早すぎるぞ。俺たちが帰ってきたんだから、お前はしばらく子供らしく遊んでいろ」


「・・・それもそうね。すっかり宿の看板娘になったつもりでいたけど、この仕事はもともとお母さんの仕事だったから。でもこれからは、お兄ちゃんたちが宿の仕事をやってくれるんだよね」


「ああ、もちろんだとも!」


「・・・でもそうか、母さんか」


「ああ」


 さっきまで再会に喜んでいた兄弟たちが一斉に沈痛な表情になる。


 リンも母親の事を思いだし、その表情が曇る。


「お兄ちゃんたち・・・お母さんに無事の帰還を報告してきたら」


「ああ、そうだな。きっと、喜んでくれるはずだな」


「・・・あの母さんだからな。きっと喜んでくれると思うよ」


「お兄ちゃんたち、私がお母さんの所に案内してあげるね。ついてきて」


「ああ、頼む」






 リンと兄弟たちは、宿屋の地下室に下りていった。


「お母さんは、今ここにいるの。私は上で待ってるから、お兄ちゃんたちはゆっくり、お母さんに帰還の報告をしてきていいよ」


「・・・ああ、わかった。リンはもう行っていいぞ」






「・・・母さんただいま。俺たち兄弟6人無事に帰ってくることができたよ」


 兄弟たちは神妙な表情で、その地下室の扉へ向かって話しかけた。


 すると地下室の扉が勢いよく開き、一人の中年女性が中から出てきた。



「お前たち、6人全員無事に帰ってきたのか! もっとよく顔を見せておくれ」


 母親だった。


 母が兄弟たちに近付くと、嬉しそうにその顔を一人ずつ確認していく。


「・・・トン、ナン、シャー、ペイ、ハク、ハツ。みんな無事に帰ってきたんだね!」


「チュン母さん・・・」


 6人の兄弟たちは、母親が相変わらず元気過ぎる様子を見て、若干引き気味になった。


「やっとお前たち宿のスタッフが帰ってきてくれて、私もこの裏方の仕事から解放される。あ~あ、キツかった~」


 そう言うと、チュンがグリグリと肩を回した。




「あの母さんが裏方仕事なんて、以前からは想像もできませんね」


「そうだろ? だって、お前たちが全員いなくなって、残ったのが料理人のロンと子供のリンの2人だけだよ。二人とも宿の運営とか経理は全くできないから、全部私に押し付けられていたからね」


「そんなの、ランにやらせればいいじゃないですか」


「ランはダメだよ。ギルドの受付嬢というのは高給取りの美味し~い仕事なんだよ。宿なんか手伝わせてギルドをクビになったら、それこそ本末転倒さ」


「でも母さん、裏方仕事が大嫌いなのによく我慢できましたね」


「お前たちが帰ってくるまでの辛抱と思って、金のために我慢に我慢を重ねてきたのさ。だがそれも今日で終わり。お前達、明日から全員しっかり宿を手伝うんだよ!」


「えーっ、戦地から帰ってきたばかりなんだし、勘弁してくれよ~」


「ダメだダメだ、お前たちにはこれから馬車馬のように働いてもらうよ!」


「ひーっ」


「さて、明日からはまた私がロンの宿の看板娘だよ。リンなんかと違って、大人の色気で勝負さ。上客をどんどんゲットするわよ」


「大人というか、ただのやりてババアだよ・・・」


「はぁ? なんか言ったかい、トン!」


「いえ何でもありません、お母様っ!」

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