第145話 サルファーvsアゾート
戦後処理を話し合うための全体会議が終わり、俺はこのソルレート領を直接領有するとともに、ベルモール領、ロレッチオ領そしてトリステン領をその支配エリアとして組み込むことで決着がついた。
この内容でアウレウス伯爵を通して王家に打診し、王家の承認が得られれば秋の叙勲式をもって正式に発効することになる。
また、セレーネとの婚約もダリウスが了承したため、結婚の暁にはフェルーム領もその支配下に置かれることとなり、最終的に完成するであろうメルクリウス伯爵支配エリアは、ナルティン領も含めて一気に王国最大級の面積を持つこととなる。
この会議中シュトレイマン派がことあるごとに俺の主張に難色を示してきたのも、このメルクリウス伯爵エリアの誕生で、派閥バランスが大きく崩れる可能性を秘めていたからだ。しかし、このソルレート侵攻作戦では、俺とメルクリウス軍の功績が他の貴族家に比べて明らかに突出しており、渋々ではあるがこれを認めざるを得なかった。
結果、満場一致で決定されたこの決定に、しかし納得できないものが一人だけいた。傍聴席に座っていたサルファーだ。
「ちょっと待てよ、アゾート」
「・・・サルファーか」
「セレーネとお前との婚約、僕は認めない」
「だからなんだ」
「僕と決闘しろ」
「決闘だと?」
「そうだ。貴族の名誉をかけて僕はお前に決闘を申し込む。これでもしお前が勝てば、その時は僕も潔くセレーネのことは忘れる。だがお前が負ければ、セレーネを僕に譲れ」
「お前はアホか。それだと俺がその決闘を受けるメリットが全くない」
「・・・たしかにお前にメリットなどない。だが僕の気持ちに整理がつかないままだと、僕たちの間がギクシャクして気持ちが悪いだろう。同じアウレウス派でしかも領地が隣同士なのに、これを放置しておくのは良くないと思う」
「それはそうだが」
「なあ聞いてくれアゾート、これは真面目な話だ。僕は3年前の内戦でセレーネに一目惚れをした。フリュオリーネという婚約者がありながら、セレーネのことがどうしても忘れられず、ずっと悩み続けていたんだ」
「・・・それで」
「セレーネのことを忘れようと努力もしたが、無理だった。フリュオリーネを捨ててでもセレーネを手に入れようとして、思わぬ内戦まで引き起こしてしまった。そこまでした僕がセレーネを手に入れられなかったらどうなる? このままでは僕には何も残らない。だから最後にチャンスをくれないか」
「サルファー・・・」
「これが横恋慕なのは承知しているし、セレーネの気持ちがお前にしか向いていないことも知っている。だけど僕がセレーネを愛する気持ちは本物なんだ。もし僕と一緒になってくれれば、一生をかけてでもセレーネを僕に振り向かせてみせる!」
いつもはAAA団のリーダーとして、俺の邪魔ばかりしてきたサルファーだが、こんな真剣な顔はここしばらく見たことがない。それだけ、セレーネを思う気持ちが本物だということだ。
恋愛脳だなんだと日頃からフェルーム一族のみんなに散々バカにされているサルファーだが、俺にだけはサルファーの気持ちがよくわかる。
「・・・わかったよ。サルファー、お前の決闘の申し込みを受けてやる」
俺はサルファーの気持ちにケリを着けてやるため、決闘に応じることにした。
しかし、
「アゾート! 私は嫌よ、そんな決闘。もしアゾートが負けたらどうするのよ」
セレーネが不安そうな顔で俺を見つめている。
だが、
「心配するなセレーネ。俺がセレーネのための戦いで、万に一つも負けるはずがない。俺を信じて黙って見ていてくれ」
「アゾートずるい。そんな言い方をされたら、ダメって言えないじゃない・・・バカ」
俺がサルファーとの決闘を決意すると、ダーシュが俺に歩み寄ってきた。
「決闘の立会人は俺が引き受けるよ。同じアウレウス派の次期伯爵家当主として、俺が間に入るのが一番いいと思うんだ」
「・・・そうか。そうだな、ダーシュ助かるよ」
「そして、これは派閥内の争い。戦争ではないから、命の奪い合いは絶対に禁止だ。危険だと思えばそこで決闘を止めて、勝敗は俺が判断する。2人ともそれでいいな」
「「わかった、それで構わない」」
「そう言うことなら、ワシも立会人をやってやるよ」
「ダリウス?」
「自分の娘を賭けた戦いだ、それぐらいやらせてくれよ。それに、ワシは一応サルファーの後見人でもあるし、この二人の戦闘を止めるにはダーシュの戦闘力では足りないかも知れないからな」
「そうですね。サルファーもアゾートもどちらも十分に伯爵級の魔力がありますので、そうして頂けると助かります」
「よっしゃ! そうと決まればすぐ外に出るぞ。善は急げだ、早く決闘をやろうぜ! ロエル、お前の息子の決闘だ、一緒に来い」
「こんな面白い話、お前に言われなくても行くに決まってるだろ。くーっ、ワシも戦いたい」
俺とサルファーの決闘なのに、なぜか父上とダリウスが一番張りきっている。まさかこの2人、途中で参戦してくる気じゃないだろうな
ソルレート城の前庭に出た俺とサルファーは、ダーシュの立ち合いのもと、これから貴族の決闘を行う。
魔法が飛んでこないように安全な場所まで下がった領民たちは、俺たちの戦いが一人の女性を賭けた貴族の決闘だと知ると、興味津々の目で観戦を始めた。
「メルクリウス男爵、この色男~」
「ニトロ! ニトロ! ニトロ!」
「そっちの兄ちゃんも頑張れよ~」
ダーシュの合図により、決闘が開始された。俺は領民たちの圧倒的な声援を受けて、サルファーに突撃する。
剣にバリアーをまとわせて、魔力を物理攻撃力へと変換。
「俺の剣撃を食らえ、サルファー!」
ドゴーーッ!
俺の攻撃を受けたサルファーは、自分のバリアーごと後ろに飛ばされた。初めて俺の攻撃を食らったサルファーは、
「な、なんだ・・・このアゾートの剣の破壊力は!」
「・・・いやお前、ダゴン平原での帝国との戦場で、俺の戦いを見ていなかったのか。今さらこれに驚いてどうする」
だがサルファーは、不敵に笑うと剣を構え直して俺に言った。
「安心したよアゾート。これくらい戦ってもらえないと、僕も全力が出せないからな。行くぞ!」
そう言うとサルファーの全身から緑色の魔力が溢れ出した。次に青色、そして茶色と三色のオーラが一気に放出されると、サルファーの周りで渦を巻き、そして再びサルファーの中へと魔力が戻っていく。
こいつ本気だ。
初めて見るサルファーの本気モードに、俺は一瞬震えを感じた。これが武者震いか。
サルファーをなめてかかると、確実にやられる!
俺は剣を握り直すと、再びサルファーに向かって剣を叩き込んで行った。
俺はこの一年でかなり強くなった自信があったが、サルファーは俺の想像よりも遥かに強く、去年戦ったフォスファーよりも実力は上だった。
サルファーもこの一年間で魔力が増えたこともあるのだろうが、俺には理由がなんとなくわかっている。
たぶん俺と同じ。
セレーネへの気持ちが、俺たちを一段高みの戦いに引き上げているのだろう。
俺の高速移動にかろうじてついてくるサルファーは、俺の攻撃を巧みに受け流しながら、果敢に魔法を放ってくる。
土魔法ウォールで俺の足元を揺さぶっては、俺の高速移動を阻害し、俺の近接ファイアーをかわしきる。
おれもサルファーに固有魔法インプロージョンを打たせないように、断続的な攻撃により詠唱時間の余裕を与えない。
がっぷり四つの戦いに、観衆の興奮もエスカレートし、立会人であるはずの父上とダリウスも、家族のものたちに羽交い締めにされて、決闘に乱入しようとするのを阻止されていた。
何をやってるんだ、父上たちは・・・。
だが俺もこの決闘には負けるわけにはいかない。
ソルレート領を落とした挙げ句に、セレーネはサルファーに取られましたでは、本末転倒。
セレーネは誰にも渡さない!
「うおーーーーっ!」
俺はギアをもう一段階上げると、さらに速度を上げてサルファーに打ち込んでいった。魔力がからだ全体に満ちてくるのがわかる。その全てを剣に込め、全力でサルファーにぶつける。
打って、打って、打って、打ちまくれ!
アゾートとサルファーの戦いへの乱入の機会をうかがっていたダリウスたちは、そのアゾートの異変にすぐに気がついた。
「なんだあいつの目は! あんな気味の悪い赤い目、見たことがない。お前の息子はいったいどうなってるんだ、ロエル!」
「ワシもあいつのあんな目を見るのは初めてだ」
すると、ロエルを羽交い締めにしていたネオンが、
「お父様、お義父様、フィッシャー騎士学園での最強決定戦で、最強のバリアーである護国の絶対防衛圏を打ち破った頃から、アゾートはたまにああいう状態に変化するのよ」
「そうなのか、ネオン」
「ええ。あの状態のアゾートは、私よりも遥かに魔力が増大して、たぶんセレン姉様よりも魔力が強くなっているはず」
「セレーネよりも上・・・」
「どこまで増大するかわからないけど、このままだとサルファーの命が危ない。早く止めた方がいいよ」
「・・・どうするダーシュ。決闘はこれで終わりにするか」
「ええ、これ以上は危険です。決闘を終了とし、早くアゾートを止めましょう」
俺は手応えを感じていた。
サルファーは魔力切れなのだろう、俺の剣撃にバリアーが持たなくなってきた。あと数発当てれば俺の勝ちだ。
俺はさらに魔力を振り絞って、サルファーに向けて剣を振りかぶる。ところが、
「待てアゾート、もうやめろ!」
「やはり乱入してきたな、ダリウス! 結局最後に立ちふさがるのはお前だってことぐらい、俺は最初から想定済みだ。今日こそ決着を着けてやる、行くぞ!」
俺はサルファーのために練り上げた魔力を、ダリウスに向けて解き放った。
「ぐはあーーっ!」
俺の剣をまともに受けたダリウスが、後ろにふっ飛ばされて地面を転がる。だが直ぐに立ち上がると、全力で俺に向かってきた。
「フハハハハ! やってくれるじゃないかアゾート! ここからはワシも容赦しねえ。フェルーム一族の頂点であるこのワシの全力を見せてくれるわ」
「望むところだダリウス! ここでケリをつける」
俺はさらに魔力を増大させると、ダリウスに向かって猛然と斬りかかっていった。