第144話 セレーネを巡る攻防
ソルレートの支配権をメルクリウス男爵が獲得することで一致した会議は、今度は各騎士団の報奨や戦後補償に話題が移った。ソルレート領民軍からの侵略を受けた隣接領地が、補償を要求しているからだ。
パッカール家に対しては、ソルレート領の一部割譲を行うことで戦後賠償とし、共に戦ったそれ以外のシュトレイマン派貴族家は、自領に直接の被害がなく派遣した騎士団の損害のみであるため、基本的に自己責任であり今回の議論から切り離した。あとはシュトレイマン派の中で勝手に決めてほしい。
中立派のベルモール・ロレッチオ家に対しても、パッカール家同様に、その被害に応じて領地の割譲が行われることとなった。
なお、トリステン家とマーキュリー家とは戦争状態にならなかったので賠償の対象ではないが、マーキュリー家に対しては、アウレウス派閥から報奨がでることが決まっている。
バートリー家にはメルクリウス家から報奨を出すことを提案したが、あくまでも忠義からの共闘だからと、カインに報奨受取りを断られた。
最後に、旧革命政府への処罰については、ソルレートの新たな統治者であるメルクリウス家に一任された。
「本日の会議は以上でございますが、この場を借りて各貴族家からの表明がございます」
フリュがそう言うと、ベルモール子爵とロレッチオ男爵がすっと立ち上がり俺の方にやってきた。
「我がベルモール家は、昨年のソルレート管理戦争でのソルレート伯爵の爵位喪失に伴い、新たな主君を決めぬままシュトレイマン派から離脱した。今回の戦争では、メルクリウス家から多大なる支援を受け、またその戦いぶりには驚嘆と尊敬の念を感じずにはいられなかった。ゆえにメルクリウス男爵がこのソルレートで伯爵位を獲得した暁には、その臣下に加わりたいと思います」
「ロレッチオ家も同様。その際には、ぜひ臣下の末席に加えて頂きたい」
そう言って二人が臣下の礼をとった。
しかし、その様子を見たダリウスが驚きで立ち上がった。
「アゾート! これはどういうことだ。お前が伯爵位を取るなんて、ワシは話を聞いていないぞ。ロエル、お前は聞いていたのか?」
父上はめんどくさそうに、俺にダリウスを説得するよう促した。
「まあ、ダリウスには何も説明してなかったからな。うるさいから」
「うるさいって、ワシが反対するとでも思ったのか」
「まあそうだな」
「なぜだ」
「・・・そもそも俺が伯爵位を目指したのは、セレーネとの関係をもとに戻したかったからだ。ダリウスはそれに反対だっただろ」
「セレーネだと。なぜ伯爵位とセレーネが関係するんだ」
「俺が伯爵権限でセレーネを妻にするためには、フェルーム家がボロンブラーク伯爵家の家臣のままでは難しい。それに伯爵位を得るにはメルクリウス家は規模が小さすぎるため、フェルーム家から分家を譲ってもらう必要もあった。それなら、いっそ俺がフェルーム家を手に入れればいいと考えた」
「貴様・・・ワシを、フェルーム家を裏切ったのか」
「裏切ったつもりはない。なあダリウス、メルクリウス家とフェルーム家を統合し伯爵位を獲得しないか」
「家門の統合・・・ってフェルーム家を乗っ取るってことだろうが。ソルレートを支配した今、メルクリウス家の方がフェルーム家より立場が上。このタイミングでその提案をするとは、謀りやがったなアゾート!」
「ダリウスが頑固だから、セレーネを手に入れるには実力行使しかなかったんだよ。仕方がないだろ!」
「お前どうしてそこまでセレーネのことを」
「何度も言っているだろう。俺はセレーネのことが好きだからだ!」
ダリウスと話しているうちに俺はつい熱くなってしまい、いつものダリウスの執務室にいるような感じで、セレーネを巡る言い争いをしてしまった。
しかしここは戦後処理を決めるために各貴族家が集まった重要な会議の場であり、しかもベルモール・ロレッチオ家の大事な意思表明の途中。そんな時に、つい俺はセレーネへの気持ちを表明してしまった。
シュトレイマン派貴族たちが呆然として俺の方をみている。メルクリウス軍もしかり。
そんな中、パーラだけが目を輝かせて俺とセレーネを交互に見ていた。パーラの恋愛脳が変な妄想を生み出しているようだ。
傍聴席に座っていた当の本人のセレーネは、顔を真っ赤にして恥ずかしがっており、ネオンはあきれ顔、サルファーは憤慨していた。
正面に座っていたダーシュが「ばーか」と小声でつぶやいたのが聞こえると、俺はまた公開告白をしてしまったことを自覚し、悶絶級の羞恥心が俺の心に襲い掛かってきた。
しかし、
「・・・お前はバカか?」
「なんだと?」
「セレーネのためにソルレートに侵攻するなんて、同じ理由で内戦を引き起こしたサルファーよりもひどい恋愛脳じゃないか。・・・お前、これからはサルファーのことを一切バカにできないぞ」
「うっ」
「お前のような恋愛バカは、フェルーム一族の面汚しだ! サルファー以下のクズ野郎め!」
「この俺が、サルファー以下のクズ・・・」
俺が屈辱にうちひしがれていると、サルファーが顔を真っ赤にして怒り出した。
「お前たち二人とも、いい加減にしろよ! 仮にもボロンブラーク伯爵家次期当主の僕を、よくもそこまでバカにしてくれたな。もう我慢の限界だ。表へ出ろ、叩きのめしてやる!」
「うるせぇ! お前は黙ってろサルファー。今はアゾートのやつと話をしてるんだ。お前の話はアゾートの後で聞いてやる」
「くっ、覚えていろよ・・・」
「それからアゾート、お前のような恋愛バカには大事なセレーネはやれん! それにセレーネには新しい婚約者がもう決まっている」
「何だと! ダリウスてめぇ、セレーネの婚約者を俺に内緒で勝手に決めるんじゃねえ!」
「アホか! 当主の俺が娘の婚約者を決めるのは当然だろ。何でお前の許しが必要なんだよ」
「とにかく俺は絶対に認めないぞ。ちなみにその婚約者がどこのどいつか、言ってみろ。今から血祭りに上げてきてやる」
「・・・お前の弟だよ」
「何、アルゴだと? アルゴとはもう婚約できないはず」
「アルゴではない。アルミンだ」
「アルミン・・・って、まだ5歳じゃねえか! 何言ってんだこのバカ」
「アルミンはこの前洗礼式を終えて、魔力も強いことがわかった。フェルーム家当主の配偶者としての要件は満たしている。何の問題もなかろう」
「問題だらけだよ! セレーネとの年齢差が酷すぎる。父上はこんな話を了承したのか!」
「いや、ワシも今初めて聞いた。ダリウスよ・・・ワシもさすがにそれはないと思うぞ」
「しかしロエル、フェルーム家存続のためにはこうするしかない。アルミンをうちにくれ」
「フェルーム家のしきたりか・・・お前がそこまでしきたりにこだわる理由がわからんが、アルミンが成人するまで、セレーネの結婚は早くても13年後。さすがにセレーネにとって厳しくないか」
傍聴席に座って話を黙って聞いていたセレーネが、あまりの話の酷さに思わず立ち上がった。
「もういい加減にして! 私の人生を何だと思ってるのよ。これ以上変な話をするなら、お父様との縁を切ってフェルーム家から出ていきます」
「縁を切る・・・そ、それだけはやめてくれ、セレーネ! お前がいなくなれば、フェルーム家の跡継ぎがいなくなる」
「ネオンにやらせればいいでしょ」
それを聞いたネオンは、セレーネの足を思い切り踏み抜いた。
「痛っ! 足を踏まないでよネオン。とにかくアゾートとのことを認めてくれないなら、私はフェルーム家を出ていって平民になります。そうすれば私もフリュさんと同じだし、アゾートと結婚できるでしょ」
「・・・え? そんな方法があったのか。だったら俺、何のためにソルレート侵攻なんか頑張ってたんだ」
「アゾート様・・・どうやらお父様にまんまと誘導されてしまったようです。わたくしがついていながらそのことに気がつけず、誠に申し訳ございませんでした」
「アウレウス伯爵・・・恐ろしい子」
セレーネの一言で一瞬しーんと静まり返り、微妙な空気になった会議室。
自分達はいったい何を聞かされているのか。ソルレート領の戦後処理の話はどこへ行ったのか。ベルモール子爵とロレッチオ男爵の意思表明はどうなってしまったのか。
出席者の頭の中に様々な思いが去来するが、それとはお構い無く、ロエルがダリウスに語りかける。この話はまだ続くらしい。
「もういいじゃないかダリウス。フェルーム家がなくなっても、俺たちフェルーム一族はメルクリウス家として存続するんだし、家門にこだわるのはもうやめにしないか」
「・・・それはそうなのだが、ワシはボロンブラーク伯爵との約束で、このアホのサルファーの面倒を見なければならない。だからアゾートの下につくことはできない」
「サルファーなんか、もうどうでもいいじゃないか」
「いや、フェルーム一族は代々の伯爵家への恩義もあるし、そういうわけにもいかないさ。だから、フェルーム家をメルクリウス家に統合することはできない」
「じゃあどうするんだ?」
「分家はくれてやる、適当に選んで持っていってくれ。それからセレーネもだ」
「セレーネがいなくなったら、次期当主はどうするんだよ」
「セレーネはフェルーム家のまま、アゾートと結婚させる。ポアソン家のマールと同じ扱いだよ。次期当主セレーネの配偶者としてアゾートを認めるよう、ワシがボロンブラーク伯爵を説得する」
「いや、それでは意味がないだろう。セレーネが後を継げばフェルーム家は自動的にボロンブラーク伯爵の臣下から外れて、お前も一緒にこっちに来るだけだ。だったら最初から、」
「その時には、俺がフェルーム家から独立して、またボロンブラーク伯爵家の騎士爵に戻るさ」
「そこまでして、伯爵への義理とフェルーム家の存続にこだわるのか・・・もうわかったよ、お前のやりたいようにやれ」
「すまないな、ロエル」
セレーネを巡る茶番劇がようやく終わり、話に全くついていけず呆然とこちらを見ていたシュトレイマン派の面々は、次の家門の発言に衝撃を受けた。
トリステン男爵家次期当主ナタリーだ。
「我がトリステン男爵家もメルクリウス男爵の臣下の列に加わりたく存じます」
「トリステン男爵家までアウレウス派に移籍するというのか!」
パッカール子爵は元ソルレート伯爵支配エリアの貴族たちが次々とシュトレイマン派からいなくなっていく現実に戸惑いを感じた。ナタリーもそんなパッカール子爵の不安そうな目に気がついたが、
「我がトリステン家は、シュトレイマン派連合軍から早々に離脱してしまった不義理があり誠に申し訳なく思っております。ただ、あの卑劣極まりないトリステン男爵討伐を手助け頂いたメルクリウス軍への恩義や、今の領民感情を考えれば、これが最善の策だと考えております。それに今ほどのメルクリウス男爵の男気に完全に魅せられました」
「男気? 今の茶番劇にそんなシーンあったか?」
「愛する女のためにソルレート侵攻を実行する一途な気持ちに感動しました。女を自分の欲望の道具にしか考えていないトリステン男爵とはまさに真逆。彼こそがこのナタリーの主君にふさわしい」
「・・・いや、ただの恋愛バカだと思うが、どうもさっきから見ているとパーラ殿もナタリー殿もこういう茶番劇が好みのようだな。とにかくナタリー殿の話はここでは決められん。我々はソルレート伯爵がいなくなってから、まだ主君が不在であるため、その件はシュトレイマン公爵にでも直接説明に行ってくれ」
「もちろんです。本日は皆様へのご報告まで。メルクリウス男爵、後日王都へ向かう際は、わたくしも同行いたしたく存じます」
「ああもちろんだとも、トリステン男爵家次期当主・ナタリー殿」
「ナタリーとお呼び捨てください、アゾート様」
臣下の礼をとりながら俺を見つめるナタリーの眼差しが、どこか熱く火照っているように俺は感じた。
今日はちょっと時間がなくて、文章が少し変かも
土日にゆっくり直します