第143話 ソルレートの支配者
ソルレート城の大会議室に各騎士団の代表が一堂に会し、今後のソルレート領の扱いについて話し合ういわゆる戦後処理が始まる。
大会議室の中央にテーブルを大きく四角に並べ直し、各陣営ごとに集まって着席した。
まず今回の戦争の発端であるシュトレイマン派連合軍からは5名。パッカール子爵、ウッドブリッジ子爵、ゴードン子爵、フェラルド子爵家次期当主、そして追加でウェストランド子爵家令嬢・パーラだ。この5名が会議場の右側を占める。
その反対側の左側を占めるのがメルクリウス軍だ。メルクリウス騎士団長のロエル、フェルーム子爵・ダリウス、トリステン男爵家次期当主・ナタリー、ポアソン騎士爵家次期当主・マール、そしてバートリー家を代表してカインの5名である。
またそれ以外の勢力として、マーキュリー伯爵家次期当主のダーシュ、ベルモール子爵、ロレッチオ男爵の3名がテーブルの手前正面に座る。
そして上座に座るのがこの俺、メルクリウス男爵である。俺から見て右、メルクリウス軍側にはフリュが、反対の隣、シュトレイマン派連合軍側にはクロリーネが着席している。
この席順にさっそく文句を言うものが現れた。シュトレイマン派のゴードン子爵である。
「・・・なぜ上座にメルクリウス男爵が座っているのか。その座席を直ちに姫様に譲り、お前はメルクリウス軍側の座席に移動するがよい」
しかしその発言を聞いた瞬間、クロリーネが激怒した。
「ゴードン子爵、お黙りなさい!」
突然怒鳴りつけられたゴードン子爵は目を白黒し、
「しかし姫様を差し置いて、男爵の分際で上座に着席するのを黙って見ているわけには・・・」
「ゴードン子爵、座席はこれでいいのです。そもそもわたくしはアゾート先輩のためにシュトレイマン派連合軍として戦っていたのですから」
「この男のために戦ったって、まさか姫様と男爵はそのような関係・・・ということなのでしょうか」
「関係!? な、な、何を言っているのですかゴードン子爵! わたくしと先輩がそのようなハレンチな関係になるわけがありませんっ! ・・・残念ながら」
「いえ何もハレンチなことを想像しているのではなく、ご婚約されたのかと聞いただけですが」
「こ、婚約ですか・・・。それはこの場の話し合いとは関係のないことなので申し上げられません」
「わかりました。ただ姫様がこの男爵を見る時の目が少しうっとりとしてましたので、もしやそうではないかと気になった次第。違うのなら私の勘違いでございました」
「・・・・・」
会議室全体に流れる気まずい雰囲気。
だがそれを打ち消すようにフリュが立ち上がり、周りを睥睨しながら発言した。
「この中に、アゾート様のお立場に対して異議のある者は、今すぐ起立してご発言なさい!」
シュトレイマン派の貴族たちを、氷のような冷たく視線で射抜く。久しぶりに見た、フリュの悪役令嬢モードだ。
「ぐっ!」
口元が扇子で覆い隠された氷の女王に、反論できるものは誰もいなかった。
「アゾート様のお立場についてシュトレイマン派の皆様からは特に意見がないようですが、アウレウス派、中立派からは何か反論はございますか」
「中立派からは意見ありません」
ベルモール子爵がそう答えると、
「アウレウス派はもとより、姫様とアゾートの首班を支持するものです」
ダーシュがきっぱりと告げた。当然メルクリウス軍のメンバーに異論をはさむものは誰もいない。
「それでは、満場一致でこの会議の議長はアゾート様が務めることといたします」
フリュの進行により、単なる座席の話がいつのまにか俺の議長就任にすり替わっていた。
恐ろしい子である。
メインテーブルから少し離れた場所に傍聴席が用意されている。そこには、不満でほっぺたを大きく膨らませたセレーネが隣に座るネオンに文句を言っていた。
「どうして私はあっちのメインテーブルに座れないの? マールでも座っているのに」
「・・・最近のセレン姉様って、やたらマールを気にしてるよね。ライバルか何かなの?」
「だって、マールばっかりずるいじゃない。ナルティン戦では完全に主役だったし、せっかく私がアゾートと二人きりでソルレート領に潜入してたのに、途中から合流してきておいしい所を全部持って行ったのよ」
「あの潜入作戦でおいしい所なんて、あったっけ? セレン姉様たちって、スラム街を巡回していただけでしょ」
「ネオンは知らないと思うけど、スラム街にボランティア活動に行った時、貧民のみんなが私たちのことをなんて言ってたと思う? マールは「聖女様~」ってみんなに崇め奉られていたのに、私なんか「水瓶様」よ。もはや人間ですらなかったわ」
「ぷっ!」
「ネオンひどい! 私のことを笑ったわね」
「いや、ごめんごめん。でもよかったじゃないセレン姉様。「火力バカ」とは正反対の水の称号をついに手に入れたのね」
「それはそうなんだけど、私も聖女様って呼ばれたかったのよ。リンちゃんからも嫁にするなら私よりマールの方がいいって言われるし、もうなんでもいいからとにかくマールに勝ちたいの」
「マールを完全にライバル視しているセレン姉様の気持ちは分かったけど、フェルーム家当主であるお父様が居るから、次期当主のセレン姉様は座れないよね」
「もうっ! この作戦って私たちが頑張ってやってきたのに、途中から参加してきただけのポッと出のお父様がしゃしゃり出てくるなんて、本当に許せない」
「それは私もそう思うけど、あれでも一応フェルーム家の当主だし、こういう会議の場では各家門の決定権を持っている当主が出席する方がいいのよ。なんでも早く決まるから」
「ネオンはいつもそうやってわかった口を利くけど、お父様ってこのソルレート侵攻の真の意味を知らないのよ」
「ああ、そういえばそうだったわね。・・・これは荒れるかもね」
そんな姉妹の会話に割り込んできた男がいた。サルファーだ。
「キミたちの待遇よりも、僕の待遇を気にしてほしいよ。僕なんかボロンブラーク伯爵家次期当主だよ。その僕がなぜあの場に座らせてもらえず、こんな傍聴席にいるんだよ」
「「それは、あんたが全く仕事をしていないからでしょ! バカじゃないの」」
「うっ・・・二人声を合わせてそんなことを言うなよ」
「ボロンブラーク伯爵の体調も回復してきたし、私は本気で次期当主の見直しを進言するわ。あなたなんか、「フォスファーよりはマシ」という理由で次期当主に選ばれただけでしょ。分家の人たちの方があなたより優秀な人がたくさんいそうよね」
「待ってくれ、セレーネ! 君が僕と結婚してくれれば、ボロンブラーク伯爵家は安泰なんだよ。だから僕を見捨てないでくれ。愛してるよ」
「私、アゾートと結婚したいから、サルファーとは結婚できないわ」
「どうして僕じゃダメなんだよセレーネ! ・・・くそっ、アゾートのヤツめ。やはりやつを殺すしかないのか」
「「サルファー! もしアゾートに何かしたら、どうなるかわかっているでしょうね!」」
「また二人声を合わせて・・・まことに申し訳ありませんでした。発言には以後気を付けます」
「まず最初にこのソルレート領の支配権だが、メルクリウス男爵であるこの俺が頂きたい」
そう俺が発言すると、当然シュトレイマン派連合軍から反論が出た。先ほどのゴードン子爵だ。
「後から戦場にやってきてそれはないだろう。我々は半年間も戦ってきたのだ。我々がソルレート領を支配する権利がある」
「半年間も戦っていたのに功績が上げられなかったではないか。もし俺たちメルクリウス軍が来ていなければ、あなた方は早晩全滅させられていましたよ」
「そんなことはない。我々には姫様がいる。ここから十分挽回できたはずだ」
そんな俺とゴードン子爵の議論にクロリーネが割って入った。
「ゴードン子爵。先ほども言ったように、私がシュトレイマン派連合軍のリーダーをしていたのは、アゾート先輩に頼まれたからです。メルクリウス軍が参戦していなければ、今回の戦勝は無かったことをいい加減に理解なさい!」
「しかし姫様、それを認めればこの領地はアウレウス派の物になってしまいます」
「お父様は既に容認しています」
「えっ、ジルバリンク侯爵が?」
「ええ。お父様には今回のソルレート侵攻にあたり、事前に説明をしております。今回の戦功をみる限り、アゾート先輩がソルレート領を支配することにお父様は異論を挟まないでしょう」
「だとしても、メルクリウス軍で実際に指揮をとっていたのは男爵ではなく、そこのアウレウス家の姫ではないですか」
「アゾート先輩は戦場ではなく、この領都ソルレートに潜入して、領民たちを直接率いて革命政府を倒したのです。一番の戦功ではないでしょうか」
「まさか! そんなことが可能なのか」
「それに奴隷にされていた領民を救いだし、彼らがブロマイン帝国に拉致されるのを阻止しました」
「奴隷? 帝国? なんのことでしょうか」
「あなた方は半年間も戦っていて、そんなことも知らなかったのでしょう。アゾート先輩はソルレート革命政府の背後にブロマイン帝国特殊作戦部隊が存在していることに早くから気付き、今回の侵攻作戦を綿密に計画したのです」
「そんなことが・・・信じられない」
「ありがとうクロリーネ、続きは俺から説明する。俺はこのソルレート革命政府の黒幕・帝国軍ボルグ中佐の急所である帝国本土からの物資の流れを止めるために、フィッシャー辺境伯領ダゴン平原の最前線まで行って帝国の前線補給基地を叩き、帝国に荷担していたシャルタガール侯爵四男ピエールとナルティン子爵、それにトリステン男爵を排除した」
「・・・帝国の前線補給基地を叩いただと? それにシャルタガール侯爵家やナルティン子爵、トリステン男爵まで・・・」
パーラ以外のシュトレイマン派連合軍の面々が絶句しているところ、フリュが立ち上がってみんなに3階のバルコニーに移動するよう促した。
バルコニーに出た俺たちは、そこから前庭を見下ろす。前庭は領民に解放されていて、たくさんの人たちが俺たちの話し合いの結果を早く知りたくて、集まっていたのだ。
「シュトレイマン派のみなさま、ここにいる領民たちの様子をしっかりとご覧ください」
フリュがそう言うと、今度は領民たちに向けて大声で声をかけた。
「領民のみなさま、3階バルコニーをご覧ください。メルクリウス男爵が皆様にご挨拶がございます」
「えっ! フリュ、いきなりそんなこと言われても、挨拶なんて何も考えてないよ」
「大丈夫ですよ、アゾート様。バルコニーに立って、笑顔で手を振っていればいいのです」
「そ、そうか、じゃあ」
俺はバルコニーから顔を出し、笑顔でみんなに手を振った。すると俺に気がついた領民たちが一斉に歓声を上げた。
割れんばかりの拍手と大声援が前庭を覆い尽くし、そこにいる全員が笑顔でバルコニーに向かって手を振っていた。
領民たちの反応を見たシュトレイマン派連合軍のメンバーは、この瞬間、ソルレート領の新たな支配者が誰なのかをハッキリと理解した。