第139話 アゾニトロさんがここの領主になるの?
ソルレート城門が開き、中から治安維持部隊が投降してきた。どうやら、革命政府幹部が全員、秘密の通路からこの領都を脱出してしまったらしい。
代わりに俺たちデモ隊が、主のいなくなった城の前庭に入城する。デモ隊の表情はみな明るく、自分たちの手で革命政府を打倒した達成感に浸っていた。
前庭に立ち並ぶそんなデモ隊に向かって、俺は勝利宣言をした。
「俺たちは勝利した!」
「「「うおーーーーーっ!」」」
前庭に入ることのできたのはデモ隊の一部で、大半はまだ外の広場にいる。それでも、みんなの歓声は領都全体を多い尽くすかのように大きかった。
「これで圧政者はいなくなり、奴隷狩りに怯える日々も終わりを告げた」
スラム街の貧民たちから大歓声が起きる。
「しかし奴隷として連れ去られたみんなの家族はまだ戻ってきていない。俺はアージェント王国内に散っていったみんなの大切な家族を、できる限り取り戻すことを約束しよう」
貧民達の期待の目が俺に集まる。
「実はブロマイン帝国に売られる予定だった500人近くの奴隷は既に保護している。彼らはもうすぐみんなの元に帰ってくるだろう」
「うおーーーーーっ!」
「ニトロ! ニトロ! ニトロ!」
再び巻き起こった大歓声がいつまでも続く。
「だが喜ぶのはまだ少し早い。なぜなら俺たちの戦いはまだ終わっていないからだ。この領都の外にはソルレート領民軍30000の兵力が健在。そしてバンス議長が領民軍を率いて再び俺たちに襲いかかってくるかもしれない」
熱狂がおさまり、みんなの表情に不安が陰る。
「でも安心してくれ。外では俺の仲間たちが今も領民軍と戦っている。必ず領民軍を打ち破り、この領都には絶対に攻め込ませない」
再び歓声で沸く城内だが、不安の表情を浮かべる者も少なくない。
「俺の息子が徴兵されて、領民軍として戦っている。ニトロ男爵の軍隊と戦って戦死してしまうのではないか、不安だ」
「・・・戦争だからその可能性も否定できないし、これまでの戦いで、もうなくなってしまった兵士もいることだろう。だが俺たちメルクリウス軍は、なるべく戦死者が出ないようなやり方で戦っている。領民軍の心をへし折るような戦い方だ。だからなるべく早く降伏させ、多くの領民兵をみんなの元に帰せるよう頑張っているんだ」
「俺たちのためにそこまで・・・」
息子を戦場に送り出した家族たちが目に涙を浮かべながら、無事の生還を祈るように俺を見ている。
「だからあとは俺たちメルクリウス軍に任せてほしい。みんなは今から日常に戻って、街の再建に努めてくれ。それから、領民軍にはこのデモの事を知られないように情報封鎖をしてある。みんなにもそれに協力してほしい」
8月16日(水)雨
デモ隊を解散させたり、ソルレート城を占拠したりと事後処理にバタバタしているうちに1日が経過していた。
外は雨もいよいよ本降りになり、俺はレジスタンスや野党議員たち街の有力者とともにソルレート城の食堂に詰めて、今後の方針についての打ち合わせをしていた。
しばらくすると、そこにロンの宿のリンちゃんが冒険者ギルドの受付嬢さんたちとともにやってきて、たくさんの料理を運んできてくれた。
「ありがとうリンちゃん。腹が減ってたので助かったよ」
「お父さんからの差し入れだよ。もとはアゾニトロさんが運んで来た食材だけどね・・・それよりもアゾニトロさんって貴族だったんだね。全然そうは見えなかったよ」
「だろ。俺は変装が得意だから」
「うん、だってその全身皮装備は、美人の奥さんをもらって調子に乗っている痛い新人冒険者にしか見えなかったし」
「痛い新人冒険者って・・・」
「ニトロ、私みたいな美人の奥さんをもらったからって、調子に乗っちゃダメだからねっ」
セレーネがドヤ顔で俺にマウントをかけてくる。
「でもねセレンさん、アゾニトロさんが貴族でよかったね。だってセレンさんってすごい美人だけど、家事ができないポンコツさんだから。平民の男だったら、まず嫁に貰わないと思うし」
「うっ・・・」
セレーネにクリティカルヒットが入った。
「もし私が男だったら、セレンさんじゃなくてこっちのマールさんを選ぶかな」
「え、わたし?」
「マールさんの方が家事が得意そうだし、優しいし、その上美人さんだから」
「えへへっ、リンちゃんにプロポーズされちゃった。ニトロ・・・私のことをどうしたいのか、もう決めてしまってもいいのよ」
マールが恥ずかしそうに俺の方をチラチラ見てると、それに驚いたリンちゃんが、
「え、マールさんとアゾニトロさんって、そういう関係だったの?」
「・・・うん、実はそうなの。ニトロからはまだ正式に返事をもらってないんだけどね」
「そういえばソルレート伯爵も妾とかたくさんいたそうだし、ひょっとしてそういうの?」
「うーん、妾ではないと思うよ。それに一応わたしも貴族だし」
「え、マールさんも貴族なの? じゃあ、ひょっとしてこのポンコツ美人さんも?」
「そうよ、実は私も貴族でした。えっへん。でもポンコツって言うのはやめて。私だって少しは気にしてるんだから」
「アゾニトロさん、貴族ってお嫁さんをたくさん貰えるんだね」
「貴族が誰でもそういう訳じゃないけどね。俺は訳あってそうなれるように、ソルレート領の領主になろうと頑張っているんだよ」
「え!? アゾニトロさんがここの領主になるの?」
「俺が領主になるのって、リンちゃんはどう思う?」
「・・・アゾニトロさんが領主か。うん、それいいかもしれないね」
「え、本当にそう思う? 俺がここの領主になることに賛成してくれるの?」
「うん。私はまだ子供だからよくわからないけど、ソルレート伯爵や革命政府に比べたら、全然マシだと思うし、」
「思うし?」
「アゾニトロさんが領主なら、妾になるのも悪くないと思うの」
「め、妾っ! 俺の? いやいや、リンちゃんってまだ10歳じゃないか。そんなのまだ早すぎる!」
「平民は発育のいい娘なら12歳ぐらいで結婚しちゃうし、別に早くないと思うけど。アゾニトロさんなら妾にも優しくしてくれそうだし将来も安泰。今のうちに立候補しておくね!」
「ちょっと待ってくれよ、リンちゃん!」
「アゾ・・・ニトロ! 今「まだ早すぎる」って言ったわね。ということは、将来的にはリンちゃんを妾にする気があるってことなの?」
セレーネの目に赤い魔力が満ちてきた。
「違うセレン、誤解だ。言葉尻をとらえすぎだよ!」
「どうだか! 私というものがありながら、フリュさんやネオン、それにマールにまで手を出したクセに。異世界だからって、調子に乗るのはやめなさい!」
「え! アゾニトロさんってネオンさんにまで手を出してるの? ・・・そっか、男もいけるんだ」
「違う! それこそ誤解だ! 俺は男に手を出したりなんかしない。というか、まだ誰にも手を出してなんかいないよ!」
「そういえばそうでしたね。アゾニトロさんは、新婚部屋に泊まってもセレンさんに手を出せないヘタレでした」
「いやあれはヘタレではなく、貴族のルールがそうなっていて・・・」
「大丈夫ですよアゾニトロさん。私が妾になったら、いろいろ教えて上げます」
「教えるって・・・まさか、リンちゃんってひょっとして!」
「心配しなくても大丈夫ですよ。私はまだ清い身体のままですから。アゾニトロさんの妾になるまで、純潔はしっかり守っておきますからね」
「アゾートっ、一体なんの心配してるのよ! もう完全に頭に来た。ネオン、この男を燃やすから城の裏まで一緒に来なさい」
「もう仕方がないな、セレン姉様は。セレン姉様の怒りがおさまるまで、私もニトロと一緒に居てあげるよ」
口では俺を心配する風なことを言いながら、ネオンは悪い笑顔を俺に向けてきた。
「まて、セレン、ネオン! 俺は何も悪いことしてないじゃないか。頼むから城の裏で、俺を燃やすのはやめてくれ! マール、助けてくれ~」
マールが心配そうに見つめていたが、最強魔導騎士のセレーネの怒りは誰にも止められない。フリュ、お願い助けて~。
レジスタンスや野党議員が呆れ顔で見守る中、俺はセレーネとネオンに両脇を抱えられて、ソルレート城の裏に連行されていった。
今日はあともう一話公開します




