第137話 公開討論会
8月15日(火)晴れ
デモが始まって3日目。ソルレート城周辺はデモ隊によって埋め尽くされ、議会のあるシティーホールや議員たちのオフィス兼住居になっている大店舗は、既に領民たちの手に落ちていた。
領都内にある政府の食料庫は全て破壊され、中の食糧は外に持ち出された。そしてデモ隊が集う広場で野党議員やレジスタンスたちが炊き出しをし、デモの参加者たちに振る舞われていたのだ。
みんな楽しそうに飲み食いし、完全にお祭り騒ぎになっている。職業も住む場所も違う様々な人たちが、一つの目的に向かって団結している。その連帯感が、みんなの気持ちを明るくしているのだろう。
そんなデモ隊の様子を城の執務室から覗いていた革命政府議長のバンスは、養成所同期である重要閣僚たちと今後の対応方針で揉めていた。
「バンス議長、デモが始まってもう3日。治安維持部隊からは大量の離反者を出し、領民を取り締まるどころか、そのデモに加わっている者もいる始末だ。残った部隊員も、今は城内に引きこもって、領民の侵入に目を光らせるので精一杯。これからどうするつもりなんだ」
「そもそも治安維持は内務局長のお前の仕事だろうが。何でも俺に聞くんじゃない。少しは自分で考えろ」
「なんだと! こんな状況になったのは全て議長のお前の責任だろうが。奴隷法を改正して領民を奴隷にしまくるから、領民を怒らせたんだよ。そんなことをしたらどうなるか、少し考えればわかるだろ、バカが!」
「なんだと? お前だって奴隷売買でいい思いをしただろうが。それに養成所の首席に向かってバカとは何だ。常に俺より成績が下だったクセに」
「やっと今わかったよ。お前は勉強しか能のない、ただの役立たずだってことをな。統治者としては完全に無能。首から上についているそれは、脳ミソが足りない不細工な顔の貧相な飾りだよ」
「き、貴様・・・!」
「お前たち二人ともケンカをやめろ。とにかくこの状況をなんとかする方法を考えろ」
「ちっ、何か考えがあるのか、税務局長」
「・・・まあ無いこともない。デモ隊は対話を要求してきている。まずは向こうのリーダーと話し合ってみるのはどうだろうか」
「話し合いだと。そんなことをして奴らの前にのこのこ出ていったら、捕まるかその場で殺されてしまうだろうが」
「その危険性はあるが、このままの状態で城に引きこもっていても、何の解決にもならないぞ。城の中にある蓄えはもともと少ない上に、治安維持部隊の残りが全て城内に入ってきている。彼らの分を含めると、食料はもってあと4日」
「だったら、治安維持部隊を外に放り出せ」
「お前はバカか。そんなことをしたら、俺達の唯一の実力部隊を完全に手放すことになる」
「その時は領民軍を使えばいいではないか。総員30000の大部隊だ。俺はその最高司令官だぞ」
「はあぁぁ・・・。治安維持部隊が簡単に切り捨てられる様子を見た彼らが、お前に従うと思うか。お前って、他人は自分の都合の言いように動く道具だと思っているようだから、そのあたりが全く理解できていない。だから内務局長にバカと言われるんだ」
「税務局長・・・貴様まで、俺のことをバカにするのか! 領民軍の最高司令官は革命政府議長だと法律で定められているんだ。そこに人間の感情など存在しない。あるのは法令の権利と義務のみだ!」
「おい、少し頭を冷やせ! 今はそんな下らない法律論を語っている場合じゃないだろ。とにかく今のまま時間が経過すれば、不利なのは俺達。外のデモ隊は俺達よりも食料が潤沢にある。時間は彼らに味方しているんだ」
「・・・しかし、彼らのスローガンを見ろよ。話し合いをしたとして、応じられる余地などないではないか。どうせ話し合いは決裂して、戦いになるだけだろうが」
「それはやって見なければわからん。今のところ彼らの要求は公開討論会の開催だけなんだ。それ以外は一切求めてきていない。後は彼らを信用できるかどうかだが、現状の俺たちは、僅かなチャンスに足掻くしかない。決断しろバンス!」
「くっ・・・くそっ、わかった。彼らとの話し合いには応じよう。それで相手のリーダーは誰なんだ」
「ニトロだ」
「ニトロ・・・そいつは何者だ」
「よくわからんが、冒険者らしい」
「ぼ、ぼ、冒険者?!・・・そんな頭の悪そうなヤツがこのデモのリーダーなのか。養成所首席の俺が、何で冒険者なんかと話をしないといけないんだよ」
「仕方がないだろ、向こうが議長と話し合いたいと言っているし、お前がその議長なんだから。それに相手がバカならうまく丸め込んで、俺たちが有利な条件で今回の幕引きができるかも知れないぞ」
「・・・そうだな。では、話し合いに応じるとして、安全のために場所は城内の前庭で、治安維持部隊を周囲に配置。デモ隊の参加者は人数制限をしろ」
「わかった。その条件でいいか、デモ隊と交渉してみる」
デモ隊との対話の要求を飲んだバンス議長は、俺たちをソルレート城内の前庭に招き入れて、公開討論会が行われることになった。
前庭の周囲には治安維持部隊を配置した厳戒態勢の中で、庭の真ん中に用意された2つの椅子に俺とバンスが向かい合って座り、一対一での討論を行う。
そしてデモ隊から選抜された200名の領民たちが、俺たちの討論を見届ける。
俺の向かいに座った革命政府の最高責任者のバンス議長は、20代後半の神経質そうなやせた青年だった。そのバンスは俺の顔を見て、侮蔑混じりのあからさまな怒りの表情を見せていた。
「こいつ、ただのガキではないか! こんなガキがデモ隊のリーダーなどと、ふざけるのもいい加減にしろ!」
声を荒げるバンスに対し、討論会に参加者していた野党議員の一人が、バンスをたしなめる。
「バンス議長・・・いや、革命政府議会が凍結された今、議長と呼ぶのも変か。それではバンス革命政府最高責任者どの、これは別にふざけてなんかいない。ここにいるニトロどのは、このデモ隊を率いる真のリーダー。れっきとした革命闘士だ。この私が保証しますので、黙って席について彼との討論を始めてください」
「きっ・・・貴様は極左政党・シリウス労働者革新連合の議員か。いいだろう、貴様に免じて話をしてやろう」
ドッカと椅子に腰かけたバンスは、俺に先に話すよう促した。
俺はバンスの顔を真正面に見据えて、端的な言葉で問いかけた。
「回りくどい会話は苦手なので、本論から入らせていただきます。まずは最初の質問ですが、この領地の為政者としてお答え頂きたい。領民を奴隷にして売却することで富を得る。そんな統治によって、このソルレートをどんな領地にしたいと思っていたのですか」
その質問に対しバンスは、バカな子供を諭すように答えた。
「お前は子供だから議論の仕方から教えて上げよう。議論をする際にはまず言葉の定義をしなければならない。今回の場合は「領民」だ。お前は領民と一言で言うが、その中身は千差万別。領地の繁栄に資する者もいれば、ただのお荷物のような者もいる。これらを一括りに語るのはそもそも暴論。まずは領民の定義から始めよう」
「バンスさんの今の発言からは、領地のために役に立つか立たないかで領民を差別をする、という風に聞こえますが違いますか」
「お前の言い方は実に大雑把だが、まあ間違ってはいないな。領地の繁栄を目的とすれば、領地を繁栄させ得る能力のあるものを領民と定義し、それ以外の者は、領民のために何らかの奉仕を行う者として位置付ける。そうすれば領民がより能力を発揮して領地のために尽くし、足手まといの存在であった奉仕者も結果的に領地のために役に立つ」
「つまり領地繁栄のためには、役に立たない領民は奴隷にしていいという考え方ですか」
「話をよく聞けよ! 役に立たない者は領民ではなく奉仕者だとたった今定義したばかりなのに、お前は何を聞いていたんだ。本当に頭が悪いな。今後そいつらのことを領民と呼ぶな。・・・だから冒険者風情なんかと話をするのは嫌だったんだよ」
「それは失礼いたしました。・・・それでは関連してもう一つ質問をさせてください。仮にバンスさんのご両親、あるいはお子様が体を壊して働けなくなり、領地の繁栄にマイナスになったとしましょう。その時、バンスさんは領地のために奴隷として家族を差し出しますか? 家族はもういなくなってしまうのですよ」
「愚問だな。俺の家族であれば、潔く領地のためにその身を投げ出すであろうし、家族が売れた代金も当然領地に差し出すであろう」
「・・・バンスさん自身が役に立たなくなれば、やはり自らの身を奴隷として領地に差し出しますか」
「もちろんそうするだろうな。ただし、まともな為政者が領地を統治している場合に限る。例えばソルレート伯爵のような無能な統治者のために身をささげるなどごめん被る。そうだな、俺のような優れた統治者になら、喜んでその身を差し出すであろう」
「ですが、バンスさんが優れた統治者だと、どうやって証明するんですか。万人にわかるようにしないと、誰も安心してその身を奴隷として差し出すことができないですよね」
「それは実に簡単なことだ。まず俺は革命を成功させてソルレート伯爵を追放し、領民から選挙で選ばれた与党の党首だからだ。民意によって既に証明されている」
「なるほど、民意ですか。・・・確かに半年前ならそうだったかも知れませんが、もし今選挙をやればどうなりますか? 果たしてバンスさんはもう一度選挙に勝てますか?」
「そ、それは・・・今は領地が混乱しているから、領民が正しい判断ができない状態にある。選挙民は雰囲気に流され易く、目先の損得ばかりを気にして大所高所からの冷静な判断ができないのだ。つまり選挙はタイミングも影響するのだよ。お前はガキだから、そんなことわかるわけないけどな」
「今のバンスさんの話を言い換えると、今選挙をやればバンスさんは負けるし、半年前はソルレート伯爵を追放したばかりで領民が熱狂していたため、領民が正しい判断ができない状態で選挙で選ばれたということになりますね。その理解であってますか」
「それは仮定に仮定を重ねた暴論だ。論じるに値しない」
「いやこれは仮定ではなく、バンスさんの発言をただ言い直しただけなんですが・・・はあ、実に頭の悪い大人だなお前は」
「なんだと、貴様! ガキのくせになんだその言葉遣いは! それに言うに事欠いて俺の事を頭の悪い大人だと言いやがったな!」
「ああ、言ったさ。だってお前、議会を凍結したんだろ。お前の唯一の正統性を証明できる民主主義を、自ら全否定したんだよ。完全な自殺行為なのにそのことにすら気が付いていないなんて」
「お前のようなガキに民主主義の何がわかる。民主主義とはただの人気投票。議会には大した能力もないのに選ばれたゴミのような議員がたくさんいるんだよ。それこそ弁のたつ二枚目ならどんな小悪党でも当選する。だから議会を凍結したって、なんの問題もない。なぜなら、俺が立法権を行使すればもっと素晴らしい法律がたくさん生まれるからだ」
「やっと本音がでたな。つまりお前は民主主義などどうでもよくて、独裁者になりたいだけなんだ・・・話を戻すと、俺はバンスさんが優秀な統治者であることをどうやって証明するのかを質問した。これに対して、唯一の根拠であった民主主義を自ら否定した今、お前が優秀である根拠は何もなくなってしまった。さて改めて質問です。バンスさんは何を根拠に自分が優秀な統治者だと思っていたのですか」
「何を根拠にって、それは・・・そんなことここでいう必要はない」
「だったら、優秀でもなんでもないバンスさんのために、領民は奴隷になる必要なんて一切ないですよね」
「このガキ・・・お前との討論はもう終わりだ。こんなバカなガキと話を続けても時間の無駄」
「では時間節約のために俺から答えを言ってあげよう。それはブロマイン帝国特殊作戦部隊のボルグ中佐の作ったソルレート革命政府幹部養成所の成績だ。そこで首席だったお前が、同期のメンバーとともに政党を設立し、帝国の後ろ楯のもとソルレート伯爵が不在の隙に革命を成功させた。選挙を通じて革命政府の議長に就任してからも、帝国の指導のもと、領民を奴隷にして帝国本土に売却したり、無理な徴兵をして周辺領地と戦争を繰り返した。お前が優れた統治者だと、笑わせるな。お前はアージェント王国を混乱させるために利用されただけの、ブロマイン帝国の操り人形だ!」
俺の発言は、討論を聞いていた200人のデモ隊代表者(レジスタンスや野党議員を除く)だけでなく、周りを警備していた治安維持部隊にも衝撃を与えた。この場にいる誰も、このソルレート領に帝国兵が潜んでいたことを一切知らなかったのだ。ボルグ中佐たちの存在を知っていたのは、政府幹部の一部と、領民軍の中枢のみ。だが俺が暴露したこの瞬間に、誰しもが知る公然の事実となったのだ。
城の前庭全体が不穏な空気に包まれる。
それに慌てたのはバンスだ。
「何をバカなことを言ってるんだお前は。おいみんな! こんなガキの妄想をまともに聞くんじゃない。こいつの言っていることは全てデタラメだ。貴様、証拠でもあるのか!」
「証拠か・・・ああ、山ほどあるな。お前が帝国に売り渡した奴隷たち、実は俺が救いだして保護しているんだよ。そして、帝国への奴隷売却に荷担したピエール侯爵家令息は、俺が捕まえて全て自供させた。あ、そうそう、お前が頼っていたナルティンとトリステンだったかな、ふたりの元クズ貴族。あいつらはもう始末したよ」
「何だと・・・お前は一体何者なんだ」
「ニトロだ」
「・・・ただの冒険者ではないだろう」
「お前、自分は優秀だって自信満々に公言してるけど、かなり頭が悪いな。ここまで言って俺が誰だかまだわからないなんて。それでよくボルグ中佐の養成所の首席になれたな」
「何だと・・・くそっ! いいからお前が何者か早く教えろ」
「仕方がないから答えを教えてやるよ。俺はメルクリウス男爵だ」
「メルクリウス・・・男爵だと。お前が・・・ソルレート伯爵を管理戦争で打ち破った、あの男爵? ウソだ! ウソに決まっている!」
「信じないならそれでもいいさ。さて、ようやく公開討論会の最初のテーマが終わったな。長くなったので、早く次のテーマに移りたいと思うのだが、ここからが本番だ」
俺がそう言いかけた時、背後のデモ隊が大騒ぎを始めた。
「ニトロの強さは半端じゃないと思っていたが、こいつやはり貴族だったんだ。おかしいと思ったぜ」
「そうか、あれが貴族が使う魔法なんだ」
「治安維持部隊が全く歯が立たなかったし、これですべて理解できた」
デモ隊の参加者たちが俺を見て、納得の表情を浮かべると、
「お前って、メルクリウス男爵だったのか! いつも俺たちのスラム街に来ていろいろ助けてくれて、とても貴族には見えなかったよ」
「ああ、ソルレート伯爵と同じ貴族だとはとても思えねえな。広場での炊き出し、めちゃくちゃうまかったぜ!」
「ただのゴリラ女のヒモかと思ってたけど、まさかの貴族に、おじさんたちびっくりだよ!」
「ニトロ! ニトロ! ニトロ!」
「ニトロ男爵、このバンスという帝国の犬を倒してくれ!」
「民主主義の理解者、革命闘志、我らが同士ニトロ男爵!」
「俺たちのリーダー、ニトロ男爵! おーーーっ!」
「バンスを倒せ! 革命政府を倒せ! メルクリウス男爵万歳!」
俺への声援はデモ隊だけでなく、治安維持部隊からも聞こえだした。
ソルレート城前庭にいる全ての民衆は、治安維持部隊を含めてもはや誰もバンスを支持していない。この前庭では俺への声援で埋め尽くされた。
敗北を悟ったバンスは、椅子から立ち上がると逃げるようにソルレート城内に駆け込んで行った。