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第135話 一斉蜂起

8月13日(光)晴れ


 フリュオリーネはメルクリウス軍幹部を前に、本作戦の最終確認をしていた。


「間もなく0700をもって、ソルレート領への進軍を開始いたします。ここからの戦いは、初級属性魔法とバリアーの使用のみとし、大規模魔法攻撃は使用せずに領都まで侵攻いたします。また、途中ソルレート領民軍の一部がサボタージュを決行しておりますので、彼らは無視して進軍を続けてください」


「任せとけって。エクスプロージョンを使わなくたってメルクリウス騎士団が強いところを、フリュちゃんにしっかりと見せてやるぜ」


「よろしくお願いいたします、お義父様。それでは前衛をメルクリウス騎士団とバートリー騎士団、中段をトリステン騎士団と騎士爵連合、後方をトリステン領民軍、トリステン領防衛に必要な最低限の守備隊を残し、12000の兵力をもって領都ソルレートへ侵攻いたします」


 するとナタリーがフリュオリーネの前で騎士の礼をとり、


「フリュオリーネ様、私たちにも進軍の機会を与えて下さってありがとうございます。トリステン領民を代表してこのナタリーが、メルクリウス軍の皆様に感謝申し上げたい」


「トリステン領民はソルレート革命政府の蛮行による被害者、共に戦うのは当然です。それに敵の全兵力は前線に展開中の領民軍25000に、領都守備隊5000。それに城下町内の治安維持部隊5000を合わせた総勢35000です。数では向こうが勝るため、トリステン騎士団と領民軍の参戦は、我々にとっても心強い限りです。・・・それでは時間です。これより全軍、領都ソルレートへ向けて進軍開始!」






 同時刻、シュトレイマン派連合軍のクロリーネや、経験を積むためにマーキュリー騎士団を臨時で率いることになったダーシュが進軍開始の号令をかけている頃、ベルモール領では湖に数多くの艦艇が並び、出撃の時を待っていた。


 大型の艦艇3隻に小型の巡視艇が20隻。平時には湖を通過する商船や漁船を守るため、盗賊どもに対抗するための戦力だが、今回はこれをソルレート侵攻に使用する。


 ベルモール艦隊だ。


 大型の艦艇には、メルクリウス領から持ち込んだ大砲が1門ずつ配備されている。大型艦と言えども湖で使用する艦艇のため、海洋で運用する軍艦に比べて小さく、メルクリウス艦隊のように艦の側面に大砲をつけると発射時の反動に耐えられない。そのため、大砲は艦頭に設置した。


 この大砲を運用するために、マミー率いるメルクリウス砲兵隊3名が各艦に1名ずつ乗り込む。また、接近戦や白兵戦の際の護衛のために、大型艦には2名ずつネオン親衛隊が乗り組んだ。


 ネオン親衛隊は前からマミーに気に入られていたが、一緒に行動するうちにいつの間にかすっかりメルクリウス砲兵隊の一員に組み込まれていた。彼女たちの卒業後の就職先は、このままメルクリウス砲兵隊になってしまうのだろう。




 そしてベルモール艦隊と同様の艦隊をロレッチオ騎士団も用意しており、こちらはセレーネとネオンの母親であるエリーネ率いるフェルーム砲兵隊と、やはりネオン親衛隊が乗り込む。


 またこの両艦隊には多数の騎士が乗船しており、ガレー船の漕ぎ手として働く他、強襲揚陸部隊として湖から直接ソルレート領に上陸して橋頭保を築くのだ。


 陸のベルモール騎士団、ロレッチオ騎士団の進軍に呼応して、マミーとエリーネが湖より進軍する。


 1番艦の甲板でマミーが号令をかける。


「ベルモール艦隊、発進せよ!」






 間もなく0700。


 俺は城下町北のスラム街入り口に立ち、目の前にはスラム街の住人たちが勢ぞろいしている。俺の背後には、俺がギルドに発注したクエスト「ソルレート革命政府の打倒」を受注した冒険者たちがズラリと並んでいる。


 そんな彼らに向かって、俺は声を張り上げた。


「今から街の中心部、ソルレート城に向けてデモ行進を開始する。治安維持部隊が攻撃をしてくるかも知れないから、弱い者を内側で守れるように隊列を組もう。冒険者の野郎共は弱い領民たちをしっかり守れ。よし、みんな出発だ!」


「「「おーーっ!」」」




 デモ隊のみんなは意気揚々と行進を開始した。俺はその先頭に立ってデモ隊を率いる。


「シュプレヒコール! 革命政府はソルレート領から出ていけ! 奴隷にした家族を返せ! 食糧をよこせ!」


「おーっ! 革命政府はソルレート領から出ていけ! 奴隷にした家族を返せ! 食糧をよこせ!」


 俺たちデモ隊は、声を張り上げながらソルレート城に向けてひたすら歩く。他の貧民街からも今頃セレーネ達が同様にデモ行進を始めているころだろう。


 俺はデモ隊の一番先頭で、「革命政府にNOを!」のスローガンが書かれた巨大なプラカードを高々と掲げて歩き続けた。





 ソルレート城にある議長の執務室には、午前中から政府幹部たちが殺到していた。


「バンス議長、領都のあちらこちらで一斉にデモ隊が現れた。この城を目指して行進しているようだが、あれはいったい何なのだ」


「それはこちらが聞きたい。誰か状況を把握しているの者はいないか。そうだ、治安維持部隊の司令官、いるなら状況を報告しろ」


「私ならここにいる。全部隊を出動させて領都の鎮圧に当たり始めたのだが、デモ隊の数が多すぎて正直手がまわらん。わかっているだけで東西南北全ての貧民街の住人、市街地の一般の領民、推計で10万人を超える規模の民衆が一斉に蜂起した。この数、まだまだ増えるだろう」


「10万・・・なぜそんなことが突然・・・」


 そこへ秘書官が執務室へ飛び込んできた。


「議長、至急シティーホールの革命政府議会に来てください。野党から緊急動議が提出されました」


「緊急動議だと? すぐ行く」






 シティーホールにある革命政府議会にはすでにほとんどの議員が到着しており、バンスは議長席に着席すると議会の開会を宣言した。


 そして議員席の一番右側に座っていた5名の議員が、開会宣言が終わるのと同時に立ち上がり、緊急動議を提出した。


「革命政府不信任案をここに提出する。全閣僚の解任及び解散総選挙の実施を要求する」


 それを聞いたバンスは、薄ら笑いをしながら議員たちに答えた。


「キミたちは極右政党シリウス原理主義同盟ではないか。たった5名の政党には、革命政府不信任案を提出する資格はない。したがって緊急動議は議題として認められず、今日の議会はこれで終了だ」


 勝ち誇った表情のバンスに対し、今度は議員席の一番左側に座っていた5名の議員も起立した。


「我々も革命政府不信任案を提出する。これで定数要件の10名に達するので、議題として成立した。議事を進めてもらおうか、議長どの!」


「キミたちは極左政党・シリウス労働者革新連合! なぜ極右と極左が手を組んでいるのだ」


「ふん、俺たちが誰と手を組もうが、お前には関係がないことだ。それよりも本不信任案の提出理由の書かれた資料を全議員のお手元に用意した。原理主義同盟さん、資料の説明を頼む」


「わかった。本議案提出の主な理由はバンス率いる革命政府与党が行った不正な奴隷売買。それで得た利益の私的着服と、奴隷法改正案の早期可決のために行った最大野党党首への利益供与だ。証拠はすでに揃っており、お手元の資料にまとめてある」


「何をバカなことを・・・証拠などあるはずが」


 バンスは手元の資料にさっと目を通す。そこには、奴隷売買で得た利益の他、帝国からの軍事物資の私的着服や与党幹部、最大野党党首への裏金の流れが克明に記載されていた。




 ブルブルと手が震えているバンスに、議会の左右両サイドの議員たちがバンスたち閣僚の解任を突きつける。


「本不信任案に賛成する議員は、ご起立願いたい!」


 配布資料を見て憤りを感じた議員が次々と立ち上がる。だが過半数にはまだ遠く、議会の真ん中を占める与党の議員たちは全員座ったままだ。


 一方最大野党では、党員たちが集まって党首を吊し上げていた。周りを取り囲まれた党首が、議場の床で土下座している。


 最大野党の議員が徐々に立ち上がっていく。


 与党の議席数は45。過半数をとるために連立を組んでいる連立政党10名の動き次第では、不信任案が可決してしまう。




 バンスが極右・極左両党の日頃の反体制的行為を理由に、資料がでっち上げであることを主張しようとしたが、先に極右政党シリウス原理主義同盟の議員が、ダメ押しとも言える発言をした。


「現在、この領都では領民が一斉蜂起した反革命政府デモが発生している。現在10万人がこの議会のあるシティーホールやソルレート城を目指して行進を続けている。この数はまだまだ増える見込みであり、領都以外でも各町村の領民たちが徴税オフィスに向けて一斉蜂起した。この運動はすぐにソルレート領全体を巻き込むだろう!」


 その言葉に、デモの全容を知らなかった議員たちに衝撃が走る。


「そんなのデマだ! こんな奴らに耳を貸すな」


 バンスが必死に沈静化を図るが、今度は極左政党シリウス労働者革新連合の議員が畳み掛ける。


「全領民は、革命政府与党にノーを突きつけた。今この不信任案を可決すれば、確実に与党を打倒できる。逆に不信任案を通せなければ、我々野党も与党と同じ穴の狢として、領民の怒りの炎にこの身を焼かれることとなるだろう。さあ、心ある議員は今すぐご起立願いたい!」


 労働者革新連合のその言葉に、まだ判断を迷っていた最大野党の議員だけでなく、連立政党の10名の議員までもが、議案に賛成するために起立した。


 土下座をしたまま腰が抜けて立ち上がることができない最大野党党首を除く54名の議員の起立。100の議席の過半数が賛成したため、革命政府不信任案は可決することとなる。


 だがバンスとしては、不信任案の可決は絶対に避けなければならない事態だ。今ここで権力の座から降りれば、領都で一斉に蜂起した領民たちに処刑されるかもしれない。断頭台のつゆと消える未来は避けなければならないのだ。


 バンスは思った。確かに奴隷法改正で少し強引だったかも知れないが、今まではこれで上手くいっていたのだ。だが帝国からの物資の供給が滞ってから、突然全ての歯車が狂いだした。


 そもそもボルグ中佐はどこに行ってしまったのだ。




「議長、早く採決を! そして革命政府全閣僚の解任と総選挙を宣言してください」


 うろたえて何も発言しないバンス議長に詰め寄る野党議員たち。だが、追いつめられたバンスが次に発した言葉は、議員たちの予想するものとは大きく異なるものだった。


「革命政府議会は、この時点より永久に凍結する。議員はその職権を喪失し、本議会の立法権は議長に委ねられることとする。以上だ」


 民主主義を完全否定するバンスの宣言に、野党議員たちの怒りは爆発した。議場では与野党の議員同士での殴りあいのケンカが始まり、議会は文字通りの修羅場と化した。バンスも野党議員からボコボコに殴られながらも、SPの手によってなんとか議場から脱出することができた。







 ソルレート城への行進の途中、俺たちデモ隊の行く手を遮るように、治安維持部隊が俺たちの前に立ちはだかった。


「お前たちは直ちにデモを中止し、参加者は今すぐ貧民街に帰るように。そしてこのデモの首謀者は速やかに投降せよ。さもなくば攻撃を開始する」


 治安維持部隊の隊長がそう警告すると、数百名にも及ぶ隊員が一斉に剣を抜いた。いきなり実力行使に出るようだ。


 俺たちは当初の作戦通り、冒険者のオッサンたちやレジスタンス、そして腕に自信のある貧民が前に出て、隊員たちをにらみつける。


 だが数百名の治安維持部隊を前にすると、やはり一般の領民にとっては恐怖が勝る。さっきまでの勢いが嘘のように失われていき、領民たちの怯える表情もチラホラと見えてきた。


 ここをなんとか乗り切るんだ。




「全員、シュプレヒコール!」


 リーダーである俺の一言で、そんな空気を打ち砕く。



「革命政府はソルレート領から出ていけ! 奴隷にした家族を返せ! 食糧を俺たちによこせ!」



 革命政府には一人で立ち向かうのではない。領民全体が団結しているのだ。そのことをシュプレヒコールを通して確認し、連帯感を高めあうのだ。


 治安維持部隊の恐怖から解放された領民たちの間から、少しずつシュプレヒコールが聞こえ始める。



「革命政府はソルレート領から出ていけ! 奴隷にした家族を返せ! 食糧を俺たちによこせ!」



 徐々に大きくなっていくシュプレヒコールに、最初は余裕を持って構えていた治安維持部隊の隊員たちの表情にも、動揺の色が少しずつ見えてきた。


 そして領民たちの怒りの声も混じり始める。


「俺たちを殺したいなら、今すぐここで殺してみるがいい。だがな、俺たち領民は全て団結している。お前たちはいずれ誰かに復讐されるだろう。生き残るために領民の全てを殺し尽くすことが、お前たちにはできるのか」


「俺の家族を奴隷にして奪っていった革命政府のやつらは絶対に生かしてはおけない。どこかへ売り払われてしまった家族の無念をはらすため、やつら全員を必ず断頭台送りにしてやる」


「お前たちも断頭台に上る覚悟ができたなら、いつでも俺たちにかかってこい」


 デモ隊からは、これまでずっと虐げられて、人間としての尊厳を奪われ続けた貧民たちの、心の叫びが聞こえてきた。


 怒号とシュプレヒコールの大合唱に動揺を隠しきれない治安維持部隊。俺はそんな彼らをさらに追い込んでいく。




「領民の怒りは完全に爆発した! ソルレート全領民がついに立ち上がったのだ。もう革命政府の断頭台送りは免れないだろう。もし死にたくなければ、治安維持部隊は直ちに武装解除せよ!」


 当然、俺の言葉に簡単には応じられない治安維持部隊。動揺しつつも依然として剣を構えたままだ。




 俺はプラカードに魔力を込めてそんな敵のど真ん中に突撃し、プラカードを思いっきりブン回した。


「うおーーーーっ!」


 そしてそのプラカードに触れた隊員たちが、バリアー飛ばしの効果で次々と吹っ飛ばされて地面に転がっていく。


「ぐはあーーっ!」


 それを目の当たりにしたデモ隊からは、大歓声がこだました。


「ニトロ! ニトロ! ニトロ! ニトロ!」


 熱狂するスラム街の貧民たち。


 そして冒険者たちからも、


「おいおい、あの初心者剣士、メチャクチャ強いじゃないか。だれだよ、ゴリラ女の尻に敷かれた、ただのやさおとこって言ってたヤツは」


「それは、おめえだろ!」


「そうだっけ? でもあの初心者剣士でもプラカードであれだけ大活躍してるんだ。ベテラン冒険者の俺たちが負けるわけにはいかないな」


「だな、行くぞお前ら。全員あの兄ちゃんと一緒に、治安維持部隊の奴らを血祭りに上げるぞ。突撃!」


 冒険者たちが一斉に突撃し、その後をレジスタンスと屈強な貧民が後を追う。そして、後ろに控えた大多数のデモ隊からは、道端に転がっている石やゴミなどが、治安維持部隊に投げつけられた。


 辺りは大混乱に陥っていく。

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