第134話 決戦前夜
8月12日(雷)晴れ
ボルグ中佐がワームホールで逃げ出す間際に言った一言が、あれから俺の頭を占めていた。
帝国人であるボルグ中佐がクリプトンという名前で、アージェント王国の過去の王族の末裔だったとは驚きだが、現在の王国にもクリプトン侯爵家というのがある。
帝国特殊作戦部隊が王国内に構築したネットワークにこのクリプトン家が関与している可能性も考えられるが、そもそも両者にどんな関係があるのか、正直よくわからない。
メルクリウス家の件もあり、俺は王国の歴史自体に疑念を持っているため、今の知識だけで考えても答えの出る問題ではない。だから、いったんその事は忘れて、ソルレート侵攻に専念することにする。
後でアウレウス伯爵に、ゆっくりと話を聞こう。もう王国のタブーだとか、そんな言い訳は聞きたくない。
さて、そのボルグ中佐との戦いから今日で2日たったが、ソルレートから手を引くと言った言葉どおり、あれからボルグたちは俺たちの前に姿を見せていない。
念のためガルドルージュの諜報網を使って探してみたが、あの時いた4人の誰も見つけることはできなかった。おそらくその部下を含め帝国兵は全員、本当にソルレート領からいなくなってしまったようだ。
そうすると革命政府に残っているのは、ボルグたちに養成された政府の幹部たちのみであり、ソルレート侵攻において帝国軍という未知の戦力を警戒する必要は、最早なくなった。
であれば、一日でもはやくソルレート領を制圧し、圧政に苦しんでいる領民たちを解放してあげるだけだ。予定より早くなったが、ソルレート侵攻の最終段階の開始だ。
俺は早速、ロンの宿に関係者を全員集めた。俺がソルレートへの潜伏を開始して約2週間。革命政府打倒のために手を組んだ街の有力者たち。
反革命政府・レジスタンス、極右政党シリウス原理主義同盟そして極左政党・シリウス労働者革新連合といったゴリゴリの活動家やプロ市民のみなさんの他、東西南北4つの貧民街の代表者、冒険者ギルドを始めとする各ギルド長、近隣町村の長老たち、総勢40名だ。
ロンの宿の飲み屋は満席となり、決起集会を前に一同静かに興奮していた。俺はネオンにこっそりと話しかける。
「おいネオン、お前よく極右と極左の両方を一緒に連れてこれたよな。コイツら仲悪いんじゃないのか?」
「極右はもともと旧教徒で私に忠誠を誓ってるから連れてくるのは簡単だったんだけど、極左を従わせるのは本当に大変だったよ」
「今さらっと恐ろしい話が聞こえたけど、そっちはまあいいや。極左の方をどうやったのか、俺に教えろよ」
「知りたい?」
「メッチャ知りたい!」
「もう、仕方がないな。アゾートの頼みだから、特別に教えてあげる。まず最初に私は、極左・革新連合のリーダーが潜伏するアジトを見つけ出したの。そしてソルレート革命政府打倒闘争を呼び掛ける檄文を送ったんだ」
「お前ならアジトを見つけることぐらい簡単だと思うけど、闘争を呼びかける檄文なんか書いたのか!」
「うん、そして理論武装した私はアジトに乗り込み、反政府・暴力革命の正当性を証明した論文を手に、そのリーダーに議論を吹っ掛けた」
「理論武装! 暴力革命! 論文!」
「そしてリーダーを完全論破した私は、彼にこれまでの闘争に関する総括を求め、スラム街の住人たちとの連帯、すなわちプロレタリア大同盟への参加を決定させたのよ」
「総括! プロレタリア! わかったもういい。恐いよネオン。そんなこと俺には無理だ、負け負け!」
「やった! 私の勝ちだから、今度二人だけでデートしようね」
時間になったので、ネオンに若干ドン引きしながらも、俺は飲み屋のカウンターの前に立ち、40名の代表者たちに向かって呼び掛けた。
「俺はこの集会を召集したリーダーのニトロだ。すでに顔見知りの人もいれば初めて見る顔もあるが、挨拶は省略する。さていよいよ明日、我々は決起する! 明朝0700、革命政府のいるソルレート城及び議会のあるシティーホールとその周辺の議員オフィスに向かって、一斉にデモ行進だ。ついでに政府が溜め込んでいる食糧を奪うため、政府の貯蔵施設も全て占領する。食糧は俺たちが美味しく頂こう」
「「「うおーーーーっ!」」」
俺の話にみんなが一斉に雄叫びをあげた。異様な興奮状態で飲み屋が騒然となる。そして少しおさまった頃合いで、俺は続きを話す。
「レジスタンスは各デモ隊に分散して随行し、治安維持部隊の暴力から領民を守ること。また、政府の貯蔵施設を襲撃する実力行使をお願いしたい」
「わかった、荒事は任せろ」
「極右、極左は議会工作だ。やり方はお任せするので、民主主義のルールで革命政府を追い込んでほしい」
「餅は餅屋だ、任せておけ」
「各町村の領民は、領都ではなく各町村の徴税官オフィスに向かい、徴税された穀物を返すようにシュプレヒコールをあげてくれ」
「「「任せておくのじゃ!」」」
「各ギルド長は会員に声をかけて、なるべく多くの領民を集めてデモに参加しましょう」
「「「全員集めてやるよ!」」」
各メンバーに指示をした後は、メルクリウス軍から転移陣で持ち込んだ食糧や酒をみんなに振る舞い、明日の成功の前祝いを楽しんでもらった。
「ニトロ! ニトロ! ニトロ!」
みんなは俺の名前を連呼しながら大騒ぎをし、腹一杯飲み食いした後、明日の準備のためにそれぞれ帰っていった。
革命政府議長のバンスはソルレート城のダイニングルームで最大野党の党首と晩餐を楽しんでいた。
「党首、奴隷法改正案へのご協力には感謝致します。ささやかですが、ご夕食をお楽しみください」
「贅の限りを尽くした素晴らしい料理だな。さすがは議長だ。配給が減らされた領民たちにはとても見せられませんな」
「いやいや、この程度の料理などたかが知れている。これからもっと大金が手に入るので、王国中から食材を買い集め、王公貴族でも真似できないような贅沢な料理を楽しんでやるつもりです」
「ほう、そんな大金が入るのなら、我々野党としては議会で与党を追及しないといけないですな」
「こんなことを話したのは、党首にも一枚かんでほしいという、お誘いなのですよ」
「それなら結構だ。で、どのような儲け話か、そろそろ教えていただきたい」
「トリステン男爵が好色家なのはご存知だと思いますが、男爵は特に少女に目がないらしく、わが領の奴隷少女を高値で買い取ってくれるそうなのです。貧民は繁殖力が高いから、スラム街で生かさず殺さず飼って置けば、どんどん勝手に子供が増える。その中から見てくれのいいのを拐って売り付けるだけ。元手がいらず丸儲けだよ」
「議長。さすがに繁殖力はひどい言い方では。家畜じゃあるまいし」
「いや失礼。だが我々のような優れた指導者の保護を受けなければ生きていけないようなお荷物の彼らは、繁殖力ぐらいしか我が領地のために役立てられないので、自然とそういう言い方になってしまうんですよ」
「なるほど。そういうことだったら農村のガキもおすすめだ。うちの支持層は都市部なので、農民は多少少なくなった方が選挙に都合がいいんだ。奴隷法の特定種族に農民を指定するなら、法案を支持してやってもいいぞ」
「農民はうちの支持層なのであまり無茶はできないが、納税の少ない貧農ならそれもいいかもしれませんね」
そこへ秘書官が部屋に入ってきた。
「議長、ご報告があります」
「何だ、今は食事中だぞ」
「それが早くお耳に入れておいた方がいい情報でしたので。実はトリステン男爵と連絡をつけようとしたところ、どうやら領地で反乱が発生し、男爵は地下に幽閉されてしまったようなのです」
「反乱だと? まさか・・・男爵は大丈夫なのか」
「まだ未確認情報なので、現在確認を進めています。ちょうど我が領民軍がトリステン領へ軍を進めておりますので、じきに情報が集まってくるかと思います」
「わかった。トリステン領については、引き続き頼む。それで報告は終わりか」
「急ぎの報告はそれだけですが、農民への追加徴税で成果が上がっております」
「ほう、聞こうか」
「徴兵の代わりに彼らに認めた備蓄食糧分を追加徴税した形になりましたので、かなりの抵抗を受けました。しかしシリウス教の教義を示せば、ほとんどの農民は大人しくなりました」
「さすがシリウス神の威光は素晴らしいな。それで最後まで徴税に抵抗した者には、どう対処したのだ」
「サルザリ村の例ですと、老人は公開処刑にして領民への見せしめとし、若い女や少女は奴隷商人に売り払いました。男も奴隷にして、こちらは政府直轄の鉱山に送る予定です」
「素晴らしい。反逆者も政府のために無駄なく利用しつくしていて、実に模範的な対応だ。担当した徴税官を表彰しておいてくれ。しかしソルレート領の奴隷対象者もだいぶ少なくなって来たので、他領への進行を加速しなければいけないな。どの領地がいいか?」
「狙い目としては、やはり騎士団の損耗率の激しいパッカール領ではないかと。領民感情としてもシュトレイマン派貴族への恨みを晴らす絶好の機会。士気も自然と上がりますから」
「わかった。では、パッカール領に大攻勢をかけるよう、軍司令部に命令せよ」
「かしこまりました」
領民軍の野営地では、農村部で一斉に始まった革命政府による追加徴税の噂が流れ、農村から徴兵に応じた若い兵士たちの間で、怒りが充満していた。
「おい聞いたか。サルザリ村の村長一家が、追加徴税に応じなかったせいで、村長夫婦が村人の前で惨殺されたそうだ。娘たちは全員奴隷商人に連れていかれ、若い男は政府に連行されて鉱山で死ぬまで労役を課せられるそうだ」
「なんだそれは! 酷すぎるじゃないか」
「俺たちのような農民の倅が従軍しているのは、穀物を余分に蓄えることを許されるためだったのに、追加徴税なんかされたら、その約束を反故にされたようなものだ。村長一家が断るのも当たり前。村人の手前、応じるわけにはいかなかったに違いない。・・・もう俺たちがここで戦う意味もなくなったよ」
兵士たちが鬱屈とした気分で話していると、一人の兵士が青ざめた顔で会話に割り込んできた。
「お前たち、俺の話を聞いてくれ。実は俺、そのサルザリ村の住人だったんだが、・・・俺はこの戦争が終わったら、その村長の娘と結婚する約束をしていたんだ」
「ほ、本当なのか、その話!」
「お、お前っ!」
「ちくしょう! 俺の愛する婚約者を奴隷なんかにしやがって・・・彼女はきっと今頃・・・くそっ! 革命政府のやつら許せねえ! 全員ぶっ殺してやる!」
「ああそうだな・・・もう俺たちも我慢の限界だ。俺も村に彼女を残してきている。いつお前と同じ目に会わされるかわからないのに、そんなことをするようなヤツのために、命をかけて戦争なんかできねえよ!」
「そうだ、そうだ、もう戦争なんかやめだ。俺たちは戦闘をボイコットする」
「よし、他のやつらにも声をかけて、一斉に戦闘を放棄するんだ。数が多ければ、上官も俺たちを処分できないはずだ」
兵士たちが密談する輪の中から、すっと一人抜け出した者がいた。ガルドルージュの隊員だ。彼らが人海戦術で、領民兵に噂を流して兵士の反乱を促していたことは、一切公式記録に残ることはなかった。
その日も夜が更けた頃、シュトレイマン派連合軍の司令部にフリュオリーネが姿を見せていた。
「クロリーネ様。明朝0700に進軍を開始致しますが、領民軍の一部でサボタージュが発生する見込みです。そこへの攻撃をさけつつ、通常攻撃のみで領都まで攻め込んでください」
「ということは、ガルドルージュの工作が間に合ったのですね。革命政府の実態を知れば、領民軍も戦う意味を失うはず。多くの一般兵に戦闘を放棄させることこそ、我々の望む展開です」
「そのとおりでございます、クロリーネ様。それでは明日、アゾート様のもとへと共に軍を進めましょう」
「承知いたしました、フリュオリーネ様」