第133話 ボルグ中佐の真実
ボルグ中佐が口にした「絵本」という言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「なんだ、その絵本というのは」
中佐は自分が無意識に独り言を言っていたことに気づき、はっとしてこちらを見た。
「いやただの独り言だよ。子供のころ読んだ絵本にお前によく似たやつが出てきて、名前も同じメルクリウスだったなと」
「その話!」
「・・・やはり知っていたか」
「ああ、読んだことはないが、王都では俺がメルクリウスという名前だと知られると、陰でコソコソとよく笑われたからな。王都の子供が読む絵本にそういうのがあることは、嫌でも気づいてしまったさ」
「お前、読んだことがないのか・・・」
「くっ、バカにしやがって。どうせ俺はその絵本を読んだことのない田舎者だ。だが俺の平常心を奪うために言っているのなら無駄なことだ。俺はAAA団からもっとひどい罵声を浴び続けながら、騎士学園に毎日通っている。すでにメルクリウスのネタごときでは動じない、鋼のメンタルを手に入れたのだ」
ボルグ中佐がこのネタを使ってくるとは予想外だったが、まさか帝国にもその絵本があったとは・・・。だがあえて強キャラ感を演出し、ボルグ中佐の精神攻撃を封じた。
(何を言っているんだコイツ、何が鋼のメンタルだ。コイツは俺がバカにしたのと勘違いして、虚勢を張っているのだろうが、そういうところはまだまだ子供だな。だがコイツ、あの絵本の内容を知らないと言った。だとすると、メルクリウス姓の由来はやはり絵本ではなく、かつてのメルクリウス公爵家とみて間違いないだろう)
「そうか。さすがに絵本では、お前に動揺は与えられなかったようだな。仕方がない、そろそろ本気を見せてやろう。お前にこの魔法が防げるかな」
会話をしている間にボルグはバリアーを張り直し、再び次の魔法の詠唱を始めた。帝国式の呪文のため、魔法発動の直前まで何の魔法を準備しているのかわからないところが戦いにくい。
「ネオン、次はどうする?」
ボルグ中佐に聞こえないよう、小声でネオンに確認する。
「エレクトロンバーストを使いたいけど、中佐はかなり俊敏なので普通に打っても魔方陣の外に逃げられてしまうかも。足止めのために、先にナトリウム爆発を使いたい」
「だな。だとすればセレーネの協力が必要だ。俺がセレーネと一時的に交代するからネオンがウォールを頼む」
「了解」
セレーネと交代し、俺は二人の男と対峙した。火属性魔法が使えないこの状況でも、セレーネは二人相手に互角に戦っていたらしい。二人ともダメージを負っていて、息が少し上がっている。
そんな二人に、俺は超高速で斬りかかっていった。
中佐ほどではないが、この二人もかなりの魔力保有者だ。バリアーが強固すぎる。だが、俺の攻撃が全く効いてないわけでもなさそうだ。
セレーネが水魔法を放つまでの間、ひたすら全力で打ちまくって、ここを死守する。
その時突然、背後で銃声が聞こえた。
振り返ると、マールが相手の女性に発砲したところだった。さらにもう一発。相手の女性は腕と足から血を流しており、これ以上の戦闘継続は難しそうだった。
マールが勝ったようだ。
俺は安心して男二人に目を移すと、彼らは信じられない物を見たような目で、マールとその女性の戦いの結末を見ていた。マールが使用した小銃の威力を目の当たりにして、ショックを受けたのだろう。
帝国軍に対しての使用はこれで2度目。ダゴン平原でも帝国に対し小銃を使用したため、この兵器の存在は帝国でも知られることとなるだろう。
同じものをすぐに作れるとは思えないが、相手は軍事国家のブロマイン帝国。発想は単純なので似た兵器が出現することは想定しておこう。
俺は再び男たちに剣をふるいながら、エレクトロンバーストの詠唱を続けた。
ボルグ中佐も小銃の威力を見て表情を変えてはいるが、やはり詠唱が途切れることはなかった。この辺りのメンタルの強さは敵ながら称賛に値するが、中佐は中上級魔法を発動しようとしていたようで、初級魔法を準備していたセレーネの詠唱が先に終った。
次の瞬間、ネオンの高速詠唱で土魔法ウォールが発動。中佐を中心に広範囲に地面からナトリウムを含むアルカリ金属が出現し地面を銀灰色に変化させた。その上からセレーネのウォータが発動し、あたり一面が水浸しになる。
すると急激な化学反応が発生し、広範囲の地面が一気に爆発する。
「ぐわあーーーっ!」
化学反応による白煙の中で叫ぶボルグ中佐に追い打ちをかけるため、俺は二人の男への攻撃を中断し、詠唱を続けたまま中佐の方に向けて走り出す。
セレーネは反対にこちらの方に向けて走り出し、俺たちはハイタッチをしてすれ違った。
次は俺のターンだ。
もうもうと煙が立つ真ん中で中佐は立ち往生しており、足止めは完全に成功している。そこに俺がようやく詠唱を完了した雷属性魔法を叩き込んだ。
【雷属性上級魔法・エレクトロンバースト】
身動きが取れない中佐を中心にエレクトロンバーストが発動した。化学反応の白煙が邪魔で目視での確認は困難だが、恐らく地面には魔法陣が浮かび上がり、地面から沸き立つ熱電子流が中佐の身体を包み込んでいるはずだ。電気スパークが水素を発火させ爆発が発生する。
「ぐわーーっ!」
中佐の叫び声が聞こえた。うまくいったようだ。
ボルグ中佐をしばらくこのままにしておき、俺とネオンはセレーネに加勢して男2人に攻撃を開始した。マールもすでに参戦していて、4人がかりで一気にかたをつけた。
この男二人の持つ強固なバリアーを、俺とネオンのバリアーブレイクで丸裸にしたところを、セレーネとマールが超高速で滅多打ちにする。
冒険者ギルドでゴリラ女と呼ばれたセレーネの攻撃は強烈で、魔法の杖の丸いところが男たちにヒットする度に血飛沫が飛ぶ。正直見ててエグい。マールも小銃の持ち手の部分で男の腹部に攻撃を加えた。
俺たちはぐったりとした3人の男女を集めて、手早くロープで手足を縛りあげて地面に転がした。貴重な帝国軍捕虜だ、あとで尋問して帝国の情報を吐かせたい。
そしてそろそろエレクトロンバーストの効果が切れるため、俺たちは再び中佐と対峙する。
ボルグ中佐は、バリアーを全力展開して魔法攻撃を緩和させつつ、自分に放たれた魔法について考えていた。
俺が放たれた魔法は、土魔法ウォールと水魔法ウォーターだった。どちらもありふれた初級魔法で、攻撃魔法としての殺傷力はきわめて低いものだ。
だが、結果として現れた魔法の効果は、いつ終わるともしれない爆発の連鎖。一体何が起きているのだ。
だがこれに似た現象を、俺は知っている。
帝国で最近開発された火薬というものだ。何種類かの鉱石の粉末を混ぜることで、このような爆発を発生させることができる。
軍の錬金術師たちがこれを軍用に利用できないか研究を始めたばかりなのだが、アージェント王国ではすでに実用化されていたというのか。
だが、王国とは長年戦争を続けていているが、フィッシャー辺境伯領でそのようなものが使用されたという報告は聞いたことがない。俺自身、王国で3年間も過ごしてきたが、やはりそんな話は聞いたことがない。
だが、この魔法により発生しているこの爆発は、火薬と同じものにしか見えない。
つまり、こいつらは俺たちが知らない高度な知識を使って、それを魔法に応用しているのだ。
この手の知識は、錬金術師たちが長年に渡り様々な物質を掛け合わせて、金を人工的に合成しようと研究してきた成果の集大成なのである。
そして今後も続けられるであろう錬金術師たちの研究の果てに得られる知識、はるか未来に発見されるはずの未知の現象を、彼らはこの現代で魔法に応用している。
先ほどの高速詠唱ファイアーや、このエレクトロンバーストにしてもそうだ。どうやったかは知らんが、どちらも魔力の大きさに釣り合わないほどの殺傷力をもっている。
俺の魔力でどうにかダメージを軽減できているが、こんなものをまともに食らえば、俺の部下たちではかなりの苦戦を強いられるだろう。
今日は情報収集が目的だったから、適当なところで戦闘を終了し、この領地から退散するつもりだったが、予定変更だ。
メルクリウス男爵とネオンの二人は極めて危険。
あの絵本とここまで酷似する不気味さは謎として残るが、もうそんなことはどうでもいい。帝国のためには、ここでこの二人を始末しておかなければならない。
エレクトロンバーストの効果が消えたことを確認し、俺はこの地獄のような爆発の連鎖の沼から、一歩一歩奴らに向けて歩き出した。
俺たちは、アルカリ沼から平然と歩いて出てくるボルグ中佐を見て衝撃を受けた。
ダメージは確かに受けているように見える。着ている服はボロボロになり、体中から血がにじみでている。だが悠然とこちらに向かって歩いてくる姿からは、ダメージなど微塵も感じられない。
「あいつは不死身か・・・」
火属性魔法を使えない俺たちにとっては、今考えられる最高の攻撃をしたのだ。にもかかわらず、相手を倒すどころか、戦意を喪失させることすらできていない。
本当にダメージは与えられていないのか。この攻撃を何回か繰り返せば、こいつを倒せるというのか。
俺はこの先の見えない戦いに、一つの決断を迫られた。
「仕方がない。火属性魔法を使用するか・・・」
奴隷として捕まっている領民を巻き添えにしてしまう危険性が高いが、ここで負けてしまっては元も子もない。俺たちにはセレーネの水魔法での消火活動が可能。彼らを見殺しにはしない。
俺が覚悟を決めたとき、それにマールが待ったをかけた。
「その前に私がやってみる」
そういうと、マールがボルグ中佐に向けて小銃を発射した。ボルグの強力な魔力によるバリアーが銃弾を減速させ、軌道が曲がる。それでも通過した銃弾が中佐の肩にヒットした。
「痛っ」
銃弾を受けたボルグが呻くが、銃弾は弾かれて地面にこぼれ落ちる。
「銃がきかない!」
マールが叫ぶ。一方、ボルグ中佐も地面に落ちた銃弾を拾い、顔に近づけて驚きを持って見つめた。
「銃というのか・・・これがデルト中尉を倒した武器。この金属の塊を高速で射出したのか。ボーガンの矢も防ぐ俺のバリアーを軽々と突破してくる物理攻撃力。信じられん」
ブツブツと自問自答しながら小銃の弾を見つめるボルグ。そのすきにマールが完成させた次の魔法が発射される。
【光属性固有魔法・パルスレーザー】
最高のバリアーと言われる護国の絶対防衛圏ですら防御不能の下剋上の鉄槌が、この世で最高速のスピードでボルグの手を打ち抜く。
「ぐわぁーーーっ!」
慌てて撃ったパルスレーザーだったため、ナルティンを仕留めたレーザーライフルによるものに比べて威力も小さく、照準も甘い。ボルグ中佐もとっさに避けたため、弱点の目をねらったつもりが、中佐がよけた手に当たってしまったのだ。
ボルグが激しい痛みで弾を落とし、撃ったマールを睨みつける。
「なんだその魔法は。お前の魔力では俺のバリアーは突破できないはず。一体何をした!」
マールは慌てて、再びパルスレーザーを唱えるが、その前にボルグ中佐がマールの前に立ちはだかり、力一杯剣を振り下ろす。
ガキーンッ!
俺は間一髪、マールとボルグの間に滑り込み、ボルグの剣を短剣で受け止めた。
「お前は邪魔だ、そこをどけメルクリウス男爵!」
「黙れ! マールには手を出すな」
「なんだお前、その女の騎士を気取っているのか!」
ボルグが全力で剣を打ち下ろす。
「グッ・・・だったら何だ!」
俺が全力で打ち返す。
「ウッ・・・お前もしょせん王国の騎士だな。女のために敵わぬ相手に挑むなど愚の骨頂」
「ああそうさ。女を守るためにどんな強敵にでも立ち向かう、俺はそんな王国騎士だ」
「なら、その女とともにあの世に送ってやる」
俺とボルグが全力で斬りあう。さらにセレーネとネオンも攻撃に加わったが、3人がかりでもボルグの防御力が強すぎて、なかなかダメージが蓄積されない。
強すぎる!
帝国の中佐ともなるとこれほどの魔力と強さを手に入れているのか。それともコイツが特別なのか。
だが、俺もこんなところでやられるわけにはいかない。ソルレート侵攻作戦をやっとここまで進められたのだ。あと少し、ここが正念場だ。
それにここで諦めたら、残されたみんなはどうなる。
ここにいるセレーネたちやメルクリウス軍をまとめているフリュとそこで戦うみんな、今回の作戦に加わってくれたダーシュ達マーキュリー家、ベルモール・ロレッチオ騎士団、シュトレイマン派連合軍。
それに、ここの領民はどうなる。
スラム街の貧民たち、ロンの宿のみんなや冒険者ギルドのオッサンたちを始め、この領地の領民たち。
このまま革命政府を野放しにしていいはずがない。
そして、王国を内部から破壊するために潜入してきたこいつらを、このまま自由にさせていいはずがない。
こいつは今ここで、俺が倒す!
「うおおおおおおっ!」
覚悟を決めた俺は、剣に魔力をさらに集中させて、ボルグに打ち込む。
打って、打って、打って、打って、打って、打って、打って、打って、打って
バギャッ! ゴスッ! メギャッ! ゴキッ! ドカッ! ベキッ!
俺は一心不乱に、ボルグに剣を叩きつけていた。
ボルグ中佐は戦慄していた。
剣を叩きつけてくる男爵の魔力が、どんどん増大しているのを感じたからだ。
(何なんだコイツ、なぜ急激に魔力が上昇したのだ。そんなことあるはずがないのに、俺のバリアーを超えてヤツの刃が俺に届く)
ボルグ中佐はバリアーを最大にするが、アゾートの攻撃にバリアーが通じなくなってきた。
(それになんだコイツの目は・・・こんな赤い目をしていたか? なんて気味の悪い赤だ。まるで深淵の紅蓮地獄の炎のようだ)
一撃ずつ魔力が増大していくアゾートの攻撃は、ついにボルグの魔力を超えて、ボルグの腕を貫いた。
「グハッ!」
さらに連打するアゾートの攻撃に耐えかねたボルグは、自身の魔力を総動員して物理バリアーをアゾートに飛ばした。
【無属性魔法・バリアーとばし】
バリアーの衝撃で後方へ大きく飛ばされたアゾートたち4人。それを確認したボルグは、縛り付けられて気絶しているネストたち3人を抱えて、闇魔法ワームホールを唱えた。
闇の空間がボルグ中佐の背後に出現する。
「今回は俺の負けだよ、メルクリウス男爵。俺たちはソルレート領から手を引かせてもらう」
「待て、ボルグ!」
「だが次に会う時は俺が勝つ。こんな宣言をするなんて、俺もすっかり王国の騎士になった気分だな。そうだ、再戦の誓いのついでに、お前には俺のもう一つの名前を教えといてやろう」
「もう一つの名前・・・」
「俺の名はアッシュ・クリプトン。このアージェント王国の王家の末裔だ。ではさらばだ」