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第13話 2年前の内戦が俺たちの関係を複雑にした

シリアス回


ここから物語は動き出します。

「駆け落ち?」


 セレーネが何を言っているのか理解できず、俺は驚いてセレーネを見つめた。


「私はもうどうしていいのかわからない...これ以上は無理。私を守ってアゾート...」


 赤い大きな瞳から涙があふれ出して、セレーネはその涙を隠すように、アゾートの胸にそっと顔を埋めた。


 セレーネの小さな肩が震えていた。


 小さな嗚咽と鼻をすする音が、胸元に押し付けられた白銀の長い髪の下から聞こえる。


 俺はセレーネが落ち着くまで肩にそっと手をやり、彼女が崩れ落ちないように抱きしめることしかできなかった。




 虫の声がリンリンと鳴く。


 さわさわと風にそよぐ草の香りも、もうすぐ夏がやってくることを伝えてくる。


 静かな時間が過ぎ、少し気持ちが落ち着いたのか、セレーネがぽつりぽつりと話し出した。




 騎士学園3年生で生徒会長のサルファー・ボロンブラーク。


 俺たち騎士爵フェルーム家が使えるボロンブラーク伯爵家の長男で次期当主。



 そのサルファーがセレーネに求婚したのだ。



 フェルーム家の当主でセレーネの父ダリウスは、セレーネを次期当主として定め、既に対外的に公表している。サルファーもそれを承知している。


 騎士爵家の娘が伯爵家に嫁ぐ場合、正妻になることはできず側室か妾の立場となる。


 ただの一族の娘ならそれでいい。しかしフェルーム家の次期当主と定められた者が側室や妾になることは、一族全体の名誉にも関わることであり、下手をすれば主従関係を断絶することにもなりかねない。



 セレーネをサルファーに嫁がせることはできない。



 当主ダリウスはその申し出を断り、代わりに妹のネオンをサルファーの側室としてあてがうことを提案したのだが、サルファーは首を縦に振らなかった。


 フェルーム家は、ボロンブラーク伯爵家の古くからの直臣として忠誠を誓った特別な関係であり、むげに断ることもできず、今後どうするか両家の間で水面下の調整が続いていたところ、思わぬところからこの問題が学園に飛び火した。



 サルファーにはすでに婚約者がいた。


 王家の外戚にも連なる名門貴族アウレウス公爵家分家のアウレウス伯爵令嬢フリュオリーネである。


 フリュオリーネはサルファーに嫁ぐため王都からこのボロンブラーク学園に進学し、現在上級クラスの2年に在籍している。


 そんな中でのサルファーのセレーネへの求婚の話を知り、フリュオリーネは王都から連れてきた侍女(男爵家や騎士爵家の令嬢)とともに、セレーネへの意趣返しを始めたらしい。


 サルファーがセレーネに求婚したことはもちろん公にはなっておらず、フリュオリーネも自ら口に出すことはない。


 結果として、他の学生たちはフリュオリーネが突然理由もなくセレーネに攻撃を始めたように見え、フリュオリーネに目をつけられたくない生徒たちは、保身のためセレーネから距離を取り始めた。


 相談しようにも事情が事情だけに友人にも頼れない中、どうすることもできなくなったセレーネは、こうして俺に相談してきたのだ。




 ショックだった。


 サーシャが言っていたように、上級貴族は下級貴族同士の婚約を歯牙にもかけないといっていたが、まさか自分たちが仕える主君がこのような行動に出るとは思わなかった。


 それに、フリュオリーネという婚約者がありながら、同時期に同学年のセレーネに求婚する必要性が果たしてあるのだろうか。


 俺にはサルファーの行動が全く理解ができなかった。



 まだ俺が学園に入学する前、サルファーとはボロンブラーク領で発生した内戦の戦場で、直接顔を合わせたことがあった。


 その時の印象は、まだ少年ながらも的確な判断ができバランス感覚を持った人間であり、一軍を率いるリーダーであった。


 そんな男がどうしてこんな余計な問題を起こすのか。



 正直サルファーが何を考えているのかは分からない。

 だがセレーネが傷ついているのは確かであり、俺はセレーネを守るという誓いを果たすのみである。


 答えは最初から決まっていたのだ。



「わかった駆け落ちしよう。俺はどこまででもセレーネを守ってみせるよ」


 学園でやり残したことはたくさんあるし、仲良くなった友人や先輩たちとも別れなければいけない。


 なによりネオンとまさかこんな形で別れることになるとは、考えてもみなかった。


 フェルーム家の立場はどうなるのか。


 ボロンブラーク伯爵との関係とか、敵対派閥との関係は。家族は。騎士団のみんなは。考えれば様々なしがらみがあるが、それらを全て断ち切ることになる。


 迷惑はかけるだろう。


 きっとセレーネも同じことを考えて、ずっと一人で悩んでいたのかもしれない。


 それでも答えが出ず今日俺に相談してきたのだ。


 だったら俺にできることは、セレーネの悩みの半分を受け持つことだ。



 なぜなら騎士として、俺はそう誓ったのだから。




 俺の答えを聞いて、でもセレーネは静かに答えた。


「ありがとう。その答えを聞いて安心できた。本当に駆け落ちしたら大変なことになるのはわかってるから。アゾートがそばにいてくれれば大丈夫。私もう少し学園で頑張ってみるね」


 少し吹っ切れたのか、わずかにほほ笑んだセレーネがスッと立ち上がり、俺の手を引っ張り立ち上げさせた。


「遅くなったね。そろそろ帰ろっか」



 何が正しい選択なのか俺たちにはわからない。

 

 答えがわからないまま、すっかり暗くなった渓谷を2人肩を並べて家路につくのだった。




 セレーネを学生寮まで送り届けてから、俺も自分の寮に帰った。


 遅くなった俺を、ネオンが心配そうな顔で待っていた。


「おかえり。遅かったね」


 俺はネオンに「ただいま」と言うこともできず、ただ黙ってネオンが用意してくれていた風呂と食事にありつき、「ありがとう」の一言もいうことなく、早々と眠りについたのだった。





 その夜見た夢は、2年前の内戦でサルファーと共に戦った戦場での出来事だった。


 当時のボロンブラーク領では、次期当主候補を巡る対立から派閥間の内戦に発展していた。


 ボロンブラーク伯爵家の次期当主は、長男のサルファー・ボロンブラークに既に内定しており、学園卒業をもって正式に領主の座に就くことが決まっていた。


 しかし現・ボロンブラーク伯爵が突然病床に臥し領政が執行できなくなると、まだ子供であった長男サルファーを補佐する形でサラース子爵家が領政の実権を掌握。

 その派閥も主要ポストを独占した。


 片や主要ポストから外された対立派閥の貴族たちは、伯爵家次男フォスファーを次期当主候補として担ぎ出し、巻き返しを図った。


 このフォスファーという男、魔力では長男サルファーを凌駕していたものの、感情的で思慮が浅く領主としての適性が不足していると父親から判断され、早々に候補から外されていたのだった。


 当初は過半数を占めていたサルファー派だったが、ある男爵家とその家臣団が裏切りフォスファー派に移ったことと、派閥筆頭のサーラス子爵が謀略により失脚したことから力関係が逆転。

 フォスファー派筆頭のメレフ子爵がその代わりを埋める形で領政の実権を掌握した。


 自らの危機を悟ったサルファーは、即座に自派閥の騎士団を糾合し、子爵家を討つべく戦端を開いたのであった。



 この時、サルファーには必勝の算段があった。


 兵力数からサルファー派の劣勢と思われていた内戦だったが、サルファーの腹心であるフェルーム家が開発した新兵器が、数の劣勢を覆すことを確信していた。



 それは「大砲」を活用した戦術である。



 科学が発達しておらず、火薬もまだ発明されていないこの世界において、最も破壊力のある攻撃方法は上位魔法や固有魔法である。

 火属性魔法では、爆裂魔法エクスプロージョンがこれにあたる。


 しかし魔法発動にはいくつかの限界があり、例えば、術者の位置と魔法が発動する地点の距離が離れるほど、魔法の威力が小さくなるというものがある。


 つまりエクスプロージョンを遠方に放つほど、爆発力が弱まってしまうのだ。


 攻城戦で言えば、城壁を破壊するほどの爆発を発生させるためには、膨大な魔力を使用するか術者がある程度城壁に接近しなくてはならず、近接すると弓矢による攻撃を受けるリスクが高まるため、近づくにも限度がある。



 

 まだ子供だったアゾートは、前世の知識を生かして大砲の研究を進めていた。


 鉄製の頑丈な筒と砲弾を用意し火薬の代わりに小さなエクスプロージョンを大砲内で発生させ、砲弾を飛ばすのである。


 砲弾に伝えられた爆発エネルギーは、空気抵抗により若干失われるものの、ほぼそのままの勢いで遠くの城壁にまで到達し、これを破壊する。


 また、魔法の作用点が術者と近接しているため、少ないMPでも強い爆発力が得られ、魔法の使用回数が格段に多くなる。


 アゾートが試行錯誤の末に完成させた大砲をフェルーム家は秘密裏に量産。


 サルファーはこの大砲を有するフェルーム騎士団を連合騎士団の主力部隊と位置付け戦術を構築した。


 アゾートもその開発者としてネオンと共に騎士団に随行し、子供ながらも内戦に参加したのである。




 大砲の運用を前提にした戦術がうまく機能し、数の劣勢を覆したサルファー派閥の連合騎士団は、開戦からわずか3か月にしてついにメレフ子爵家居城を取り囲むに至った。


 総指揮官として戦場に立つサルファーの号令のもと、フェルーム家が誇る大砲の砲列から轟音とともに砲弾が発射され、最後の攻城戦の幕が開かれた。



 ところでこのエクスプロージョンは火属性上級魔法であるため、使用できる術者は限られている。

 火属性魔法の家系であるフェルーム家の中でも当主や分家の術者の一部しか使用できない。


 そのため、当時14歳ながらも高い魔力の才能を誇るセレーネは、エクスプロージョンを使用できる貴重な戦力として戦列に加わっていた。



 メレフ子爵居城めがけて轟音とともに火を噴く大砲。


 白銀の髪をたなびかせながら、大砲を次々と発射させていく美少女。


 あまりにも戦場にそぐわない、そのコントラスト。危険で儚げなその美しさ。


 サルファーがセレーネに一目惚れしたことに気付いた者は、その戦場に誰もいなかった。





 城壁が崩され城内に突入するサルファー派の騎士団に、子爵家は早々に降伏した。


 子爵は自らの助命と引き換えに、サルファーへの恭順と次男フォスファーの領外追放、領政への関与を行わないことを許諾、自派閥の主要ポストの返上を約束した。


 この内戦での活躍により、フェルーム家にはフォスファー派の支配する領地の一部が与えられ、サルファーが正式に伯爵位についた際に男爵家への昇爵が約束された。





「アゾートおはよう」


 目を覚ますとネオンが覗き込むようにこちらを見ていた。


「おはようネオン」


「昨夜はずっと深刻な顔をして話しかける雰囲気じゃなかったけど、セレン姉様に何かあったの?」


 心配そうなネオンだったが、セレーネのことについてどう答えればいいのかわからない。


「そのうち話すよ。それより今日こそテスト勉強をやるぞ。お前にだけは負けたくないからな」


 そういってベッドから起き上がり、俺は制服に着替えた。




 教室に入るとすぐにモテない同盟に囲まれた。


「アゾートてめえ。俺たちの仲間だと思っていたのに」


「これは大変な裏切り行為でゴザる」


「この際あらいざらい秘密をいうのだ」


 一体どうしたんだこいつらは。

 対応に困っているとダンが事情を教えてくれた。


「セレーネがお前の婚約者だと知って、ショックを受けてるんだよコイツら」


「あ、それか」


 そういえば昨日教室にセレーネが現れて、二人で教室を出ていくところを見られたんだった。


「セレーネ様が婚約者なんて男の敵だ」


「ネオンの方がまだマシだ」


「有罪!極刑だー」


 男の敵と言われても俺にはどうしようもないし、コイツらは何だかんだ言って、セレーネのことを応援してくれているのだ。

 そう考えた俺は、モテない同盟の吊し上げを甘んじて受けるのだった。


 なおクラスの女子からは、俺がセレーネを離さないように強い応援を受けることとなる。


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[一言] セレーネが主人公のためとか言いながら糞貴族と結婚するとか言い出しそうで怖い 自分勝手な自己犠牲は大嫌いだ
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