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第127話 幕間(1)

 帝国アージェント方面軍特殊作戦部隊・ボルグ中佐の執務室に3人の隊長が集められ、補給部隊隊長のデルト中尉が報告を始めた。


「ゾイル大尉の部隊と共同で調査いたしましたが、中佐のお考えのとおり、メルクリウス軍が補給艦隊を撃沈したので、ほぼ間違いありません」


「やはりそうだったか」


「シャルタガール侯爵支配エリアの海岸に我が海軍の艦艇のものとみられる破片が漂着しており、その沖合にはフェルーム家の艦艇と合わせて6隻の軍艦が展開していた模様です。現在はそのうちの半数がバーレート港沖に展開し、港湾を行き来する艦船の臨検を開始しているとのこと」


「たったの6隻・・・それでどうやって我が輸送艦隊を撃沈したのか」


「それは依然不明です。乗組員が捕虜にでもなっていれば、いずれその時の様子が判明するかもしれませんが。それからこれは悪い報告です。シャルタガール領に展開していた私の配下の輸送部隊はほぼ全滅しておりました。これで帝国本国からの陸路の輸送ルートは、ナルティンのものとあわせてほぼ壊滅させられた結果となります。ご期待を裏切ってしまい、申し訳ありませんでした」


「・・・そうか。それでアージェント方面軍司令部ヘルツ中将とは連絡がとれたのか」


「現在連絡員を派遣しており、もう少し時間がかかります。ただ追加の補給物資が得られれば、今の状況に一息つけると思います。なおメルクリウス艦隊の実力がわからないため、今回は護衛艦ではなく戦艦を派遣してもらうよう、本国への要請もあわせて行いました」


「わかった。その補給物資の有無が我々の作戦の成否につながっている。補給がなければ、このソルレートでの作戦は継続不可能だ。次にゾイル、トリステン男爵領の内乱の状況はどうだ」


「はっ! 昨日トリステン男爵は捕獲され、ナタリー騎士団長が城を制圧しました。男爵に従っていた騎士団も武装解除され、全員地下牢に拘束されています」


「なんだと、もう片が付いたのか! ・・・あの男爵は弱すぎる。全く頼りにならなかったではないか」


「男爵が弱すぎるのではなく、メルクリウス軍が強すぎるという方が、この場合は適切です。奴らは強力な新兵器を持っていて、男爵側の騎士団がなすすべなく突破されていった結果とのことです」


「強力な新兵器だと・・・」


「それからトリステン城に押し寄せた領民8000は、いまだ城外に居座っていて、男爵の処刑を要求しています。近日中に公開処刑される見通しですが民衆の怒りは激しく、男爵の暴走の元凶であるソルレート革命政府にも怒りの矛先が向かっています」


「領民8000の集団か・・・それはまずいな」


「領民8000はともかく、トリステン城内の市街戦が終結してそちらの兵力が我々の方に向けられたため、戦線が一気に押し戻されて、ソルレート領内部にまで侵入されてしまいました。ただそこから積極的に攻めてくる様子はなく、バリケードを構築して長期戦の構えを見せています」


「長期戦・・・」


「それから気になることがひとつ。はっきりとは確認できていないのですが、敵軍の中にメルクリウス男爵の姿が見つかりません。全体の指揮をとっているのは、ヤツの嫁のフリュオリーネです」


「・・・ソルレート戦・ベゼル平原会戦の時も軍の全体指揮を取っていたのはヤツの嫁だったな。・・・嫌な予感がする。ヤツがソルレート戦でロレッチオ男爵を妨害した謎の部隊と仮定して、今回も同じように別動隊を指揮して裏でコソコソと何かを企んでいるとすれば。・・・俺達がやられて一番困ること」


 中佐がしばらく黙孝した後に出した結論は、


「・・・やつはこの領都ソルレートに潜伏している可能性がある。ゾイル、第二部隊には諜報員の余裕があるはずだ。市街地を捜索してメルクリウス男爵を探しだし、ヤツの動きを監視させろ。だが見つけても絶対に手を出すなよ。やつはかなりの戦闘力を持っているはずだ。外見に騙されて油断しないよう、部下に厳命せよ」


「はっ!」





 3人が出ていった後、ボルグ中佐は革命政府議長のバンスを執務室に呼んだ。


「領地運営の状況はどうだ。何か問題が起きているようなことはないか」


「ボルグ中佐、議会工作の方は順調です。野党の奴らに配給率の引き上げを約束したら、次の議会では法案成立に賛成票を投じてくれることを約束してもらいました」


「そうか、それはよかった。だが実は困ったことになっていてな、帝国の輸送艦隊が消息を絶ってしまったんだよ。当分食料の供給が見込めないので、革命政府の備蓄でしばらく何とかして欲しい」


「そ、そんな・・・。備蓄は既に底を尽きかけており、領民への配給は帝国からの支援物資をあてにしてました。秋の収穫はまだ先なので、配給率を大幅にカットしないととても足りません」


「・・・では、農地からの税率を引き上げて、政府が穀物を税として確保するのはどうかな。農家にはまだ自分達用の穀物が備蓄されているはずだ。それを追加の税として徴収するのだよ」


「そんなことが許されるのですか?」


「これはシリウス教が教える隣人愛だ。都市部の餓えた領民を農地の領民が助ける。まさに神の教え。そしてこれこそが、新教徒による自立した理想国家ではないかね」


「全くその通りです。神の教えに従い、さっそく税率を引き上げる法案を議会に提出します」




「ところで、隣の領地、トリステン男爵領について何か情報を掴んでいるか?」


「いえ特段変わったことは聞いておりませんが、トリステン領がどうかしたのですか?」


「・・・そうか、いや何でもない。帝国への奴隷輸送の件で陸路輸送が心配だったから聞いてみただけだ。何もないのならそれでいい」


「そうだ、トリステン男爵と言えば、この間我々から女の奴隷を大量に購入して結構羽振りがいいのです。ヤツが金を持っているうちに上質の女奴隷を売りつけられるよう、奴隷法改正を急いでおります」


「・・・さすが養成所主席のバンス、国家運営にも経済感覚が必要だ。やはりこれからは破産したソルレートのような愚かな貴族に代わって、君たちのような優秀な若者が民衆を導かなくては、国家は成り立たないな」


「ボルグ中佐! 私を評価いただきありがとうございます。養成所の主席として恥ずかしくない働きをお見せいたします」


「そうだな、期待しているぞ。用はそれだけだ、もう下がっていい」


「はっ! また何かありましたらいつでもお呼びください」




 バンスが部屋を出ていった後、ボルグは一つため息をついた。


「バンスは今自分がどれだけ危機的な状況にあるのかを、まるで理解していないな。領地運営を彼に任せてみたが、やはり学問の秀才が為政者として優秀かと問われれば、必ずしもそうではないようだな。木を見て森を見ず、言われたことを鵜呑みにし、与えられた課題だけに取り組むバンスのような優等生タイプでは、平時はともかくメルクリウス男爵に攻め込まれているこの難局は乗り切れまい。・・・ソルレートの次の領地では、養成所のカリキュラムを少し変える必要があるな」






 四男ピエールに対する捜査と処分の関係で王都アージェントの裁判所を訪れていたシャルタガール侯爵は、その足で監察局に赴き、局長のアウレウス伯爵に面会を求めていた。


「シャルタガール侯爵が私に会いに来られるとは珍しい。今日はどういったご用件で」


「四男のピエールが関わっていたソルレート領革命政府の奴隷売買の件で、黒幕のあなたに文句の一つも言いに来たのだよ。メルクリウス男爵から話を聞いたときに、ソルレート侵攻のやり口があなたのものに似てたので、ピンと来たんだ。監察局が掴んだ情報を男爵に流して唆したのだろう?」


「その件については侯爵の思い違いでしょう。婿殿から色々話を聞かれたと思うが、あれは婿殿が自分で調べあげたもので私は何もしてませんよ。ブロマイン帝国が黒幕と聞いた時には、まさかと思ったぐらいですからね」


「・・・それではアウレウス伯爵が裏で男爵を動かしていたわけではないのか?」


「実はソルレート領へ侵攻するように唆したのは私なのですが、アドバイスしたのはそれだけで、それ以外は全て婿殿と娘のフリュオリーネ達が考えてやっていることなのですよ」


「・・・信じられん。そもそもピエールやナルティンの件をあれだけ調べあげるには、組織的な諜報機関の力が必要だ。学生だけでは絶対に不可能。アウレウス伯爵の諜報網を使って調べさせたのではないのか」


「あれは私も掴んでいなかった情報だよ。私も詳しくは教えて貰えなかったが、婿殿は独自の諜報網を持っている。かなり強力で大人数の諜報組織を」


「そんなことが・・・。まだ他にも信じられないことがある。男爵がナルティン討伐を私のところに許可を求めに来てから実際に討伐するまで、あまりにも手際が良すぎる。私の領地を通過させた部隊が実は後詰めで、本隊をまさか海から投入してくるとは。しかも攻撃方法が常識外れ。見たこともないような新兵器を使って、たった2日でナルティンが討伐されてしまった。ナルティンを仕留めた兵器も未だ不明。これも彼らだけでやったというのか」


「その通りだよ。娘から報告があったが、侯爵には特別に教えてやろう。ナルティン城を攻略したのは大砲と小銃という婿殿が開発した新型の軍用魔術具だ。ナルティンを最後に仕留めたのも、やはり婿殿が開発した固有魔法・パルスレーザー。そして夜間のナルティン居城を爆撃したのは、フレイヤーと呼ばれる古代魔法文明の魔術具だ」


「新兵器の軍用魔術具に新たな固有魔法の開発。それを全部一人で行ったというのか! それに男爵が勲章を授与されたのが、確か古代魔法文明ジオエルビムと人類初飛行を成功させた魔術具フレイヤーの発見。しかしそれを使って空から爆撃するという発想が、もはや常軌を逸している。・・・天才なのか」


「面白い男だろ、婿殿は。彼が作った軍用魔術具や古代の遺物は、すでに我がアウレウス派閥が大量に押さえている。侯爵にはこの意味がわかりますな」


「・・・王国内のパワーバランスが崩れる。こんなことシュトレイマン派が黙っていないのでは」


「これはまだ公表されてませんが、ジルバリンク侯爵から私に相談があり、彼の娘がメルクリウス家に嫁に入ることで手を打った。この政略結婚によって男爵からシュトレイマン派へ何らかの利益供与がなされ、両派閥間の均衡は保たれるはずだ」


「いつの間にそんなことに! アウレウス派とシュトレイマン派が、男爵を通して水面下で手を握っていたとは。じゃあ我々中立派の立場はどうなる。・・・アウレウス伯爵、あなたは一体何を考えておられるのか」


「侯爵・・・ブロマイン帝国との戦いが始まってかなりの月日が経ちますな。その間我々は常に劣勢に立たされてきた。フィッシャー辺境伯家にも随分とご苦労をかけたと思う。だからそろそろ我々が辺境伯の代わりに王国防衛の役割を担ってあげようと思っている」


「それが男爵と何の関係があるのか?」


「まあまあ、話を聞いて欲しい。さて、帝国がどうして戦争が強いかお分かりか? 彼らは皇帝を頂点としたピラミッド型の指揮命令系統を持つ軍事組織を有しており、戦略や戦術の研究も我が王国とは比べ物にならないほど進んでいる。私は王国も帝国式の軍事組織を持つべきだと考えて、娘のフリュオリーネを始め、アウレウス家の有能な子弟にそのような教育を施してきた」


「そんなことを考えていたのか」


「ちょうどその時に、偶然ではあったが婿殿が現れて、フリュオリーネを嫁に欲しいと私に言ってきた」


「男爵からアウレウス派に接触があったのか。しかし、いきなりフリュオリーネを嫁にくれとアウレウス伯爵に要求するとは、見かけによらず豪胆な男だな」


「さよう。だが本当に面白いのは、男爵がメルクリウスの直系子孫だったことだ」


「あの絵本のメルクリウスか? ふざけた名前だと思っていたが、違うのか?」


「・・・我がアウレウス公爵家とシュトレイマン公爵家にのみ伝わるある事実がある。クリプトン王朝が滅びる際の密約で、今の王国史からいくつかの史実が意図的に消さたのだが、その一つにかつてこの王国にはもう一つの公爵家が存在したというものがある。それがメルクリウス公爵家」


「メルクリウス・・・公爵家?」


「さよう。あの248年政変で書物が大量に焼き捨てられ、当時の状況を調べることは最早できないが、その政変以前に王国を守護していたのは、王国の剣と呼ばれるメルクリウス公爵家と、王国の盾と呼ばれるバートリー辺境伯家だった。その頃のフィッシャー家はまだ、バートリー家に仕える臣下の一つでしかなかった」


「そ、そのような歴史が・・・」


「我が王国は度重なる政変で、過去の歴史が相当に歪められている。たった100年前のクリプトン王朝の滅亡に際してもそうだ。ひょっとしたら我々公爵家でも知らない、失われた真実があるのかも知れない」


「それで、アウレウス公爵家として何がしたいのだ」


「最初は婿殿を取り込んだことで、シュトレイマン派に対して優位に立とうと思っていただけだったのだが、古代魔法文明ジオエルビムの発見とその遺物を使いこなしていく婿殿を見ているうちに、私は考えを変えたのだ」


「考えを変えた・・・それはどういう」


「メルクリウス公爵家とバートリー辺境伯家の復活だよ。その手始めに婿殿には、まずは伯爵になってもらう。ソルレート領侵攻はそのための課題だったのだが、私の予想を超えて成果をあげているようだ。さすが私が見込んだ男だよ」


「・・・そんなことをして、アウレウス公爵家に何の得があるんだ」


「これは派閥争いという王国内の小さな話ではない。アージェント王国を本来の姿に戻し、この大陸で覇を唱えるブロマイン帝国との戦いに決着をつける」






 ネオンはガルドルージュの副官のミラージュを連れて、ソルレートギルドに到着した。ギルドの中に入ると、相変わらず冒険者達が昼間から酒を飲んでいる。いつも思うが、コイツらはちゃんと冒険をしているのだろうか。


 ギルドの登録を済ませて受付嬢におすすめの宿を聞く。ここにたどり着くまで、ならず者が襲ってくるぼったくり宿ばかりで、うんざりしていたのだ。


「あら、今日はよくおすすめの宿を聞かれるわね。少し料金が高いけど、ロンの宿がおすすめよ。地図を描いてあげるから少し待っててね」


「ひょっとして、僕と同じような髪と目をした美少女をつれた、パッとしない雰囲気の皮装備の剣士が、宿の事を聞きに来ました?」


「よくわかったわね。お知り合い?」


「家族です」


「まあそうなの。あの二人ずっと手を繋いでて、直視できないほどラブラブオーラがすごかったのよ。それで冒険者のみんながイライラして、さっきもちょっとした騒動があったばかりなのよ。二人を見つけたら注意しておいてね。イチャつくなら家の中でヤレってね」


「わかった、言っておくよ」


 あの二人は本当に何をやってるんだ。そんなに目立ってたら、潜入作戦にならないじゃないか。


 ・・・わたしとは、全然そんな雰囲気にならないのに、どうして他の女とばかりそうなるんだろ。


 アゾートのバカ!




 少しイライラしながら冒険者ギルドを出ようとすると、酔っ払った冒険者の集団に囲まれた。どうせまた隣の女を置いていけとかそんな話だろう。


 そう言えば昨日襲ってきたならず者から「俺は男もイケるタイプなので兄ちゃんもここに残ってもいいぞ」って、私を見ながらヨダレを垂らされたのにはドン引きしたな。


 そんなことを思い出していると、


「受付での話が聞こえんだけど、あの白い髪のネーチャンの家族なんだって。お前から言っといてくれよ、アイツら朝からイチャつき過ぎだって。特にあのネーチャンがひどすぎる」


「受付嬢にも言われたし注意しておくけど、どんな風にひどかったの?」


「もう聞いてくれよ。あのネーチャン、朝っぱらから初心者剣士の腕に抱きついて甘えてたかと思えば、ちょっとちょっかいをかけただけの冒険者を全員、ネーチャン一人でボコボコに殴って、裏路地に捨てちまうんだから。おっかねえのなんなのって、あれ本当に女かよ。ゴリラじゃねえのか? あの初心者剣士も、よくあんなおっかねえ女を嫁にしたよな」


 ギルドの冒険者全員が完全にビビりまくっている。あの二人どれだけ目立つつもりなんだろう。


 なんか頭が痛くなってきた。

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