第126話 潜入ソルレート市街地
8月1日(火)晴れ
3日目、近くの町へ移動した俺たちは、そこで再び乗合馬車に乗って領都ソルレートに向かう。ずっと続いていた貧しい田園風景も終わり、馬車でなだらかな山地を抜ける。これで一気に領都ソルレートの近くまでやってきた。
夜になり、乗合馬車は町に到着した。これから野営地を探すのも面倒になった俺たちは、仕方なく町の宿屋に泊る。今回は宿代を言い値で払わずしっかり値切って金持ちに見られないように注意したが、結局また襲われた。
どうやら、金持ちに見えるかどうかだけではなく、セレーネを連れていることがならず者たちに狙われてしまう理由のようだ。
ならず者を撃退して、また交代で寝ずの番をした俺たちは、朝再び乗合馬車に乗り込み、やっと領都ソルレートに到着した。
パッカール領を出発して4日目のことである。
「やっと着いたね、アゾ・・・ニトロ。これからどうするの?」
「これからしばらくはこのソルレートに滞在することになるので、まずは安全な宿を探して、そこを拠点に今日は街の中を探索してみよう」
「うわあ、楽しみ! ならず者が襲ってくる宿屋はもうイヤだから、いいところが見つかるといいわね」
「ここは大きな街だから、冒険者ギルドに行っておすすめの宿を聞いてみよう」
ソルレートギルドは領都の城門を入って少し北に進んだ繁華街の中心にあった。さすが領都だけあって、これまでに見てきた町と比べて少しは活気に満ちていた。だが道端には、浮浪者の姿も目立っている。
俺たちはギルドの中に入り、手早く登録を済ませた後、さっそく受付嬢におすすめの宿屋を聞いてみた。
「ニトロさんとセレンさんになら、少し値段は高いですがいい宿をおすすめできますよ。私の両親が経営している「ロンの宿」です。ここから宿までの地図に私のサインを書いておきますから、受付に渡してもらえると少しサービスしてくれると思います」
「わあ、ありがとうございます。さっそく行ってみますね!」
セレーネが受付嬢にそういってギルドを出ようとすると、入り口付近にたむろっていた冒険者たちの集団がニヤニヤしながら話しかけてきた。昼間から酒臭い息をした10人ほどのオッサンたちだ。そいつらが俺たちに近付いて来て、
「おい兄ちゃん。その魔術師のネーちゃんをここに置いて、お前はとっとと出ていきな」
「イッヒッヒ。ネーちゃんは俺たちが可愛がってやるよ」
「お前みたいなガキに女はまだ早いんだよ。ママのおっぱいでもしゃぶってろ!」
オッサンたち10人をボコボコにして路地裏に投げ捨てた後、さっそく受付嬢が紹介してくれた「ロンの宿」に行ってみた。ギルドからはわりと近かった。
ロンの宿に入ると中は飲み屋が併設されており、昼間から客で賑わっていた。そのカウンターに立つ10歳位の少女が元気に声をかけてくれた。中年のヤリ手ババアじゃなくて少しホッとする。
「いらっしゃいませ。お客様はお食事ですか? それともお泊まりですか?」
「ギルドの受付で紹介してもらいました。泊まりたいんだけど、部屋空いてますか?」
俺は受付嬢からもらったサイン入りの地図を少女に渡した。
「お姉ちゃんからの紹介だから、少しサービスしときますね。自己紹介が遅れましたが私はこの「ロンの宿」の娘のリンです、よろしく。ところでお兄ちゃんたちは夫婦?」
「えっ! 私たちって夫婦に見えるの?」
セレーネは嬉しそうに少女に聞いた。
「うん、夫婦にしか見えないよ。だってさっきから二人ずっと手をつないでるし、新婚さんだよね」
はっ、無意識のうちに俺とセレーネは手をつないでいた。
「もう、アゾ・・・ニトロのバカ。すぐ私と手をつなぎたがるんだから、恥ずかしいでしょ」
「いや、これはさっき冒険者に絡まれた時、セレンから手をつないで来たんじゃないか、わたし恐かった~って。でも結局全員をボコボコにしたのは、セレンだけどね」
「だって本当に恐かったのよ。それともアゾ・・・ニトロは、また私が酔っ払いに狙われても平気なの?」
「アゾニトロって、俺たちもう4日も経つんだから、そろそろお互いの名前にも慣れようよ」
「ごめんなさい。でもまだお互いの呼び方に慣れなくて。・・・まだ少し恥ずかしいのよ」
「セレン・・・」
「はいはい、もういい加減にしてください、新婚4日目のお二人さん。イチャつくなら部屋の中でお願いします。それからここは飲み屋も併設してるので、さっきからお客さんたちがお二人を見て「あほくさ~」って顔で白けてますよ。営業妨害ですので、とっとと部屋を借りちゃってください」
「「は、はい・・・じゃあ部屋をお借りします」」
リンちゃんに案内されて飲み屋の奥の階段を二階に上がると、廊下の両側に個室が並んでいる。俺たちはその廊下の突き当り、一番奥の一室に案内される。
部屋の真ん中には大きなベットが一つあり、大きな枕が2つ並んでいる。部屋全体が少しピンクっぽくて、どこか甘いムードが流れている。
「それでは、新婚さん。ごゆっくりお楽しみください。それから、下の飲み屋まで聞こえちゃうので、あまり大きな声を出さないようにシてくださいね」
そう言ってリンちゃんが部屋から出ていった。
「「・・・・・」」
気まずい。実に気まずい。
部屋の真ん中には大きなベッド。
それを見てセレーネは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。
リンちゃんが余計なことをいうから、俺たちは完全に意識してしまったじゃないか。
このどえらい空気をどうしてくれるんだよ!
・・・仕方ない、何か喋るか。
「「あのっ!」」
・・・かぶった。
「せ、セレーネからどうぞ」
「ううん、アゾートが先に話して」
「「・・・・・」」
ちょっとこの部屋の中にいるのはまずい。
変な気分になる。
「せ、セレーネ、少し外に出ないか?」
「そ、そ、その方が私もいいと思うの。早くこの部屋を出ましょう」
俺達は急いで部屋を出ると、リンちゃんに鍵を渡して少し外に出てくることを伝えた。
「いってらっしゃい、アゾニトロさん、セレンさん。夕飯までには帰ってきてね」
俺達は宿を出てホッと一息付いた。
浮浪者と酔っ払いがたむろしている街中の方が落ち着くなんて、あの部屋はとにかくまずいな。
よし、気を取り直して、今日は街の散策だ。まずはソルレート城から見学する。
城下町の中心に建てられたこの城は、伯爵家の居城らしく大きく立派な作りになっている。現在は革命政府が使用しており、一般人は立ち入り禁止だ。
帝国軍特殊作戦部隊もこの城の中に居るのだろうか。
城の城壁の外側をぐるりと一周するようにお堀があり、その回りは周回道路になっていて、城下町全体が城を中心に同心円を描くようにデザインされている。その居城の城門がある南側には道幅の広い道路が走っており、城下町の城門まで一直線につながっている。メインストリートだ。
城塞都市ヴェニアルや城下町ナルティンのような複雑な市街地を持つ城下町とは異なり、軍事的な防備は弱いが、貴族的な華やかさが感じられる街並みである。
だがそんな華やかな街並みを台無しにしているのが、街に溢れる浮浪者の群れだ。城から離れるほどその数が多くなり、浮浪者に近づくと夏の暑さも手伝って強烈な異臭が漂っている。
俺達は居城からメインストリートを南に下り、シティーホールの前に来た。ここではソルレート革命政府の議会が開かれており、選挙で選ばれた領民の代表が法律の制定や予算の審議を行っている。
アージェント王国から独立を宣言しているため、王国法は適用されず、ここ独自の法律が整備されているのだ。
居城やシティーホールにほど近いメインストリートの両サイドには立派な店舗が立ち並ぶ。だが今はどこも営業をしておらず、もぬけの殻だ。この立派な店舗の持ち主であった街の大商人たちは、もはや全員この領都にはいない。
大商人たちはどこへ行ったのか。
そう、彼らはソルレートからの亡命商人として、今は商都メルクリウスで新たな店舗を構えているのだ。
このもぬけの殻の店舗は、現在、革命政府の議員の先生たちのオフィス兼住居になっていて、店舗とシティーホールを行き来する議員たちは、小綺麗なスーツを来て裕福そうにしている。
その姿が、メインストリートに昼間から横たわる浮浪者との貧富の差を、より一層浮き彫りにしている。
メインストリートを西に外れると、やがて巨大な物流拠点が目に入る。かつてはこの倉庫を埋め尽くしたであろう様々な商品は、もう今はここにはない。
倉庫の扉は開け放たれて浮浪者たちの住みかになっている。かつての大店の倉庫街は、すっかり生活の匂いで溢れていた。
「ねえ、ニトロ。どこにいっても浮浪者だらけよね。この領地はこれでどうやって成り立っているのかしら」
「成り立ってなんかいないと思うよ。浮浪者が多いということは、それだけ仕事がないということだ。経済が完全に死んじゃってるんだよ」
「だったら、裕福そうな人たちはどこでお金を稼いでいるのかしらね」
「彼らの生活を支えているのはおそらく帝国からの補給物資だと思う。この街に来るまでの4日間でこの領地の状況を観察したけど、農地も荒れ果てていて食料生産力がかなり低下している。有力商人や職人たちの多くはみんなメルクリウス領に亡命したので、手工業製品を生産することもないし、他領からの商品を輸出入することもない。誰も富を産み出さないんだよ。だから裕福そうな人たちは、領地の外から富を得ているはずなんだ」
「それって、前世の社会の授業でならったわね。経済支援でなんとかしのいでいる最貧国の政府幹部が、なぜか裕福な暮らしをしているのと同じね。経済支援の一部を私的に着服し、さらにその一部を自分の部下に配分して、自分に取り入ってくるものだけを優遇する権力構造」
「そうだな。だから、革命政府を潰すには前世でいうところの経済支援を絶って権力構造を瓦解させる。そして大多数の民衆の力で権力者を打倒する。俺たちがやっているのはそういう作戦だが、はたして効果が出てくるのはいつごろかな」
俺達は一日かけて城下町を一周し、そろそろロンの宿へ帰ろうとした時、俺たち周りに浮浪者がワラワラと集まってきて、取り囲まれてしまった。
さっきまでの半分死んだような様子とはうって変わって、どの浮浪者も目つきが鋭い。
「お前らはこの街のものじゃないな。大人しく俺たちについてきてもらおうか」
そう言って、浮浪者がこん棒を手に握りしめて、ジリジリと俺たちに近づいてくる。
「セレン、属性魔法を使わず、殺さずだ」
「わかったわ。ニトロも気を付けてね」
【無属性魔法・超高速知覚解放】
俺たちは加速をして浮浪者たちを倒していく。殺さずに仕留めていくため魔法も武器も使わず、俺は素手、セレーネは魔法の杖の丸いとこで浮浪者たちを昏倒させていく。
そして浮浪者を30人ほど倒したところで、リーダーとおぼしき人物が俺たちの前に姿を現した。
「二人とも随分とお強いですね。もしよければ何者なのか教えていただけますか」
20代後半ぐらいの中肉中背の男が、屈強な浮浪者達を従えて俺達に近づいてくる。
「俺たちはよその街から来た冒険者だ」
「冒険者? 今の時期にわざわざこの街に来る冒険者なんかいないはず」
「・・・どうしてそんなことが言える」
「それはさっきお前たちが話していたことが理由だよ。・・・この街には仕事がない。だから冒険者なんか寄り付かない」
「いつから俺たちをつけていた?」
「つけてなんかいないさ。周りを見てみなよ、ここには何がいる?」
「浮浪者・・・まさか」
「そうさ。街の浮浪者はただそこにいるのではない。彼ら一人一人が目的を持ってそこにいるのだ。お前たちは浮浪者を特に意識せずに雑談を楽しんでいたようだが、それらは全て我々に筒抜けだったんだよ」
「浮浪者を装った地下組織か」
「改めて聞く。お前たちは何者だ」
「・・・俺たちには、力ずくでお前たちの囲みを突破する力がある。だから何も答える必要がないが、お前たちが何者かを教えてくれれば、その答えによっては教えてやらんこともない」
「取引か・・・。ふん、いいだろう。俺たちはソルレート革命政府を転覆させるレジスタンスだ。あの腐りきった議員どもを血祭りにあげるために、俺たちは浮浪者を装って活動を続けている。それでお前たちは何者だ」
「・・・もし俺たちの正体を他人に漏らしたら命の保障はない。それでも聞きたいか?」
「・・・俺たちは正体を名乗ったのだ。お前たちも名乗るのが筋だろう」
「わかった、教えてやろう。俺はメルクリウス男爵。このソルレート領に侵攻し、ソルレート革命政府を打倒する者だ」
「メルクリウス男爵だと! 貴様のせいでこの領地がこんな地獄になったではないか!」
「何を言っているんだ。この状況を作り出したのは俺ではなく革命政府であり、その元凶はソルレート伯爵だろう。俺のせいにするな」
「だが貴様が伯爵を追い込んだから、この状況を生み出した。違うか!」
「違う。俺の話がどう伝わっているのかわからんが、ソルレート伯爵から様々な妨害を受けて苦しんだのはこの俺の方だ。穀物の価格を吊り上げられたり貿易の邪魔ばかりして、うちの領民の生活が疲弊させられていた」
「だからといって、ソルレート伯爵を破産させるのはやりすぎではないのか」
「あんなことで破産するなんて誰も思わないよ。俺との経済戦争をきっかけに、ソルレート伯爵とロディアン商会との間で行き過ぎた取引が行われた結果だ」
「だがそれでソルレート伯爵は戦争を起こし、新教徒どもが革命を起こす手助けをしてしまった」
「・・・なるほど、今の言葉で大体わかった。お前たちは新教徒の革命が起きた理由を知らないから、俺に責任転嫁をしているわけか」
「どういうことだ?」
「お前たちが革命政府の裏に誰がいるのか知っていたら、俺に責任を押し付けるような考え方になるわけがないからだ」
「革命政府の裏だと」
「革命政府を操って意図的にこの状態を作り出した、本当の敵だよ」
「本当の敵?」
「ああ。お前たちになら教えてやってもいいだろう。革命政府の幹部たちを育成してソルレート伯爵のいない間に領地を乗っ取らせて政府を樹立させた黒幕、それはブロマイン帝国軍特殊作戦部隊だ。しかもソルレート領民を新教徒に教化して従わせ、一部の領民を奴隷にして帝国に拉致している」
「まさか!」
「浮浪者に変装して地下活動をする狡猾さには感心したが、諜報能力はまだまだのようだな」
「・・・お前たちともう少し話がしたい。場所を変えないか」