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第125話 セレーネとの夜(後編)

 7月26日(雷)晴れ


 昨日の雨が噓のように晴れ上がり、俺たちは強い日差しに照りつけられながら、領都ソルレートへの道を歩いていた。


 昨日の雨で地面には大量の水分が含まれており、日差しで熱せられた水分が地面からもうもうと沸き立ち、湿気が充満している。


 そんな道を、俺とセレーネは二人歩いていた。




 道中に見える農地では、穀物の成長が思わしくない様子がうかがえた。今年は不作かもしれないな。


 農作業に勤しむ農民たちの表情もどこか暗く、将来への希望を失ったかのように、ただ黙々と作業を繰り返しているだけだった。


「アゾ・・・ニトロ、フェルーム領では今年も豊作が予想されているけど、ソルレート領はどうしてこんなに穀物の成長がダメなんだろうね。気候も同じようなものなのに」


「そうだな。まず働き手が足りてなくて、農作業が十分できていないからじゃないかな。働いている農民も年寄りが多いだろ」


「そうね、若い人はどこに行ったんだろう」


「徴兵されて、俺たちの包囲網と戦っている領民兵になってると思うよ。革命政府は領民を奴隷にしたり兵士にしたりして、領地の経済について何も考えていないようだな。一体どんな領地にしたいと思ってるんだろう」





 2日目はずっと農地を歩いて一日を終えた。ちゃんと領地運営を行えば、ソルレート領は広大な穀倉地帯を抱える豊かな領地になると思う。


 メルクリウス領が山地に挟まれた細長い領地で、酪農や林業、鉱業を生業にしていることを考えれば、全く羨ましい限りである。


 そんな穀倉地帯の農家の納屋にこっそりと忍び込んで、俺たちは2日目の夜を迎えた。


 途中にいくつか町や村はあったのだが、宿屋に泊まっても昨日のようなことが起こりそうだったので、トラブルを避けるために野営することにしたのだ。




 野営するための道具をバックパックから取り出し、俺たちは素早く設営した。


「ねえアゾート、今日一日暑かったし汗もたくさんかいたわよね。私、お風呂に入らなくてもいい軍用魔術具を使うけど、あなたはどうする?」


「俺も使うよ。さすがに身体中が汗まみれで気持ち悪い。服を洗濯しなくていい軍用魔術具も、後で使おうかな」


「それがいいと思うわ。じゃあ、今から背中の洗いっこしようか。最初に私がアゾートの背中を洗ってあげるね」


「ありがとう。じゃあ早速頼むよ」


 俺がセレーネに背中を向けると、セレーネの軍用魔術具が俺の背中に触れた。セレーネの優しい手つきでそっと押し当てられ、上から下までまんべんなく擦り付けられるその感触は、少しくすぐったいがとても気持ちよかった。


「交代しよう。今度は俺がセレーネの背中を洗ってあげるよ」


「うん。じゃあ、お願いね」


 セレーネの華奢な背中に俺の軍用魔術具を軽く押し当てる。なるべく優しく、痛くないように、上から下へと丁寧に擦っていく。


 服の上から擦っても、セレーネの身体にこびりついた汗や汚れが、俺の軍用魔術具の中に取り込まれていく。


「あっ・・・アゾート、そこ・・・気持ちいい」


 俺はセレーネの気持ちいい場所を、優しく何度も擦ってあげた。セレーネは気持ちよさそうに、俺に背中を委ねた。




「背中は洗い終わったけど、他は大丈夫か?」


 俺がそう聞くと、セレーネは恥ずかしそうに、


「・・・全身、洗いっこしようか」


「セレーネ・・・本当にいいのか?」


「・・・うん」


 そう返事をしたセレーネの顔は、夜の納屋でもわかるほど真っ赤になっていた。


 気がつくと俺たちは向かい合っていて、夢中でお互いの体の隅々まで、服の上から軍用魔術具を擦りあっていた。





 体がきれいになった俺たち二人は、納屋の壁に背中をもたれて、肩を寄せあって座った。


 セレーネは俺にもたれ掛かって体を預けてしまっている。長い白銀の髪が俺の首もとに触れて少しくすぐったいが、セレーネの全てが愛おしく感じる俺は、その全てを受け入れていた。


「ねえアゾート、私まだ眠くないから少しお話してもいい?」


「なんだい、セレーネ」


「以前に私、アゾートに一緒に駆け落ちしてってお願いしたことがあったでしょ。もしあの時本当にそうしてたら、今みたいな感じで二人で農家の納屋に忍び込んで、こんな夜を過ごしていたのかなって」


「きっとそうなってただろうな。特に行く当てもなく二人で旅を続けて、やがて気に入った土地を見つけたら、そこで二人の生活をスタートさせる」


「楽しそうね・・・。ねぇ私たち、このまま二人で駆け落ちしちゃう?」


「俺はセレーネが望むことは全て受け入れたい・・・だけど俺はもう領主になってしまったので、駆け落ちだけはできなくなってしまったな・・・」


「・・・そうよね。去年ならできたかも知れないけれど、もう私だけのアゾートではなくなってしまったのよね。それが少し寂しいけど、仕方はないわね」


「セレーネ・・・」


「だから、みんなと一緒でもいいから、ずっと私のことを離さないでね」


「もちろんだよ。セレーネがもういいと言うまでずっと一緒にいよう」


「嬉しい・・・」


 そういうと、セレーネは俺の太ももに頭を乗せて寝そべり、膝枕の姿勢で俺を見上げた。




「アゾートってね、私が憧れていた先輩に似てるんだ」


「それって、クレイドルの森で話してくれた、セレーネが告白してふられたって言うあの高校の先輩?」


「ううん、あの人ではなくて別の人よ。大学に入ってから知り合った別の先輩」


「えっ! セレーネって他にまだ好きな先輩がいたのか。しかも大学生の時って、セレーネまさか!」


「アゾート、心配しなくても大丈夫よ。その先輩とはまだ付き合ったりしてなかったから。でもね、高校の時の先輩は、今から考えれば恋愛感情よりも憧れが強かった気がするけど、大学の時の先輩は私が初めて本気で好きになった人だったの」


「くっ・・・セレーネの恋ばなを聞かされる度に、俺は心が抉られるような喪失感を感じるな。やはり俺にはNTR性癖は皆無らしい」


「ふふっ、じゃあアゾートにはフリュオリーネ派は無理ね。大人しくセレーネ派に入会しなさい」


「いや、セレーネ派のみんなも今は同じ気持ちを感じているはずだよ。だって、セレーネは俺の彼女になったんだから」


「うん・・・そうだよね、私たち今付き合っているんだよね」


「ところで、どうして昔の先輩の話なんか、突然始めたんだ」


「・・・その先輩の話は、クレイドルの森の時にはまだ言えなかった。やっぱり自分に自信がなかったのよね、きっと。・・・でも今は違うの。アゾートが私のことを絶対に離さないことが、私の中でも確信に変わったから。アゾートには、私の全てを知っていて欲しいから」


「セレーネ・・・」


「私が最後に一緒にドライブしていた人が、その先輩だったの。その先輩ともう一人私の後輩と3人で初めてドライブをした時に事故にあったんだ。私が助手席に乗っていて、その先輩が運転してた。みんながどうなったのか分からないけれど、もし生きてたらきっと私が死んでしまった事にすごく責任を感じているだろうなって」


「そうだな。もし俺だったら一生後悔すると思う」


「そうだよね・・・先輩には、悪いことしちゃったな。それなのに私だけこんなに幸せになってしまって」


「それはセレーネが気にすることじゃないよ。事故を起こしたのはその先輩なんだし、それで死んだのはセレーネなんだから。・・・もう、その先輩のことなんか忘れて、俺のことだけを考えてほしい」


「うん。アゾートに聞いて欲しかった話はそれだけよ。おやすみなさいアゾート」


 しばらくしてセレーネの寝息が聞こえ始めた。納屋の外では夏虫の鳴き声が微かに聞こえた。

タイトルでご期待いただいた方には失礼しました


本作は学校の図書館に置いても何の問題ないようにギリギリを狙って書いております


セレーネとの旅行はまだ続きますので、本作を見捨てず、引き続き応援いただければ幸いです。

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