第123話 セレーネとの二人旅の始まり
帝国アージェント方面軍特殊作戦部隊・連隊長ボルグ中佐は、第一大隊のネスト大尉と第二大隊のゾイル大尉とともに緊急の作戦会議を行っていた。ゾイル大尉からの要請で、トリステン男爵領に突如現れたメルクリウス騎士団への対処を検討するためだ。
「7月22日にメルクリウス騎士団がナルティン子爵を打ち破ったと、デルト中尉から報告があったばかりだが、その2日後の24日にはトリステン城を包囲している。領民含めて12000の軍勢でだ。この侵攻速度は速すぎる。ソルレート侵攻を意図しているのは明らかだ。ネスト大尉、メルクリウス領の動きはつかめなかったのか」
「言い訳になって申し訳ございませんが、本来の配下である特殊作戦部隊の手勢が少なく、諜報活動は主にベルモール、ロレッチオに集中させておりました。メルクリウス領は城塞都市ヴェニアルの向こう側でもあり、侵入が難しく動きがつかみきれませんでした」
「ボルグ中佐、今はネスト大尉を責めるよりも、トリステン領をどうするかが先です。ナタリー騎士団長が反乱を起こしたトリステン領は、騎士団を2分した内戦状態に入っており、メルクリウス男爵がナタリー側につきました。もはやトリステン男爵が討ち取られるのは時間の問題であり、我々のこれまでの懐柔策は無に帰したと判断いたします」
「そうだな。これでパッカール領に領民兵10000を集中させてシュトレイマン派連合軍を先に殲滅させることもできなくなったわけだ。後手に回って癪だが仕方がない。東部方面軍を二つに分け、5000をトリステン領のメルクリウス軍への対処に当たらせろ。また新たに徴兵した領民兵5000も全てそちらへ投入する。10000の兵力を持ってメルクリウス軍に当たれ」
「はっ!」
「あとどうやったかは知らんが、我が帝国輸送艦隊はメルクリウス軍に沈められた可能性が高い。やつらは海路でナルティン領に揚陸したはずだが、タイミング的には、輸送艦隊が当該海域を通過する頃とほぼ一致している。ゾイル大尉、メルクリウス軍がどの程度の海軍力を持っているか調査してくれ」
「はっ!」
「・・・しかし、あと少しでシュトレイマン派連合軍を壊滅できたはずなのに、ここに来てまさかアウレウス派のメルクリウス男爵が参戦してくるとは。しかも先にナルティン領を落として、我々のアキレス腱である補給ルートを的確に狙ってくる狡猾さ。こいつは俺の勘だが、やつの動きからは我々帝国軍と同じ匂いがする。少なくとも、これまでのアージェント王国の連中と同じように考えてはまずい。大昔の騎士物語の人物ではなく、現代に生きる我が帝国軍の将兵と相対しているぐらいの気持ちでかかるべきだ」
「しかしメルクリウス男爵はまだ学生。これまでの戦歴にも大して目立つようなもがありません。ソルレート戦でも主力はボロンブラーク、フェルームの両軍で、当事者のメルクリウス騎士団はあまり目立っておらず、当の男爵は戦場に姿も見せなかったようですし」
「我々が彼を見逃していた原因はそこだ。彼には華々しい戦歴が何もないにも関わらず、未成年なのにいきなり男爵になっている。おかしいとは思わないか」
「それはアウレウス家の姫を救った功績によるものであり、騎士物語が大好きなアージェント王国ならではの論功行賞だと」
「俺もそう思い込んでいた。だが、ここ2日ばかりで考えは変わった。ヤツはおそらく派手な戦果をあげることに全く頓着せず、むしろ陰に隠れて策謀を巡らせ、相手の弱点を容赦なくついてくる戦い方を好むのだ。おそらく男爵位も実力を評価されてのものだろう。ネスト大尉、諜報員を全て使っていいから至急メルクリウス男爵を洗いなおせ」
「はっ!」
「これも俺の勘だが、冬の戦いでソルレート伯爵とロレッチオ男爵を足止めした謎の部隊こそが、メルクリウス男爵だったと考えればつじつまがつく。総大将自らが遊撃部隊を指揮するなんて、王国の常識ではありえないが、アイツはそれを平然とやるのだ。やつには最大限の注意を払え」
俺とクロリーネは、ジルバリンク侯爵家の転移陣を使って今度はパッカール子爵の居城へとジャンプした。そして、子爵に侯爵からの書状を渡し、クロリーネの指揮下につくことを承諾してもらった。
「君がメルクリウス男爵か。息子のアントニオから事情は聞いているし、侯爵からの頼みでもあるので、我々も君達の作戦に参加させてもらうよ」
「ありがとうございます。それで他の子爵家とも連絡が取りたいのですが」
「息子に集めさせるから、少し待っていてくれ。ただ侯爵から聞いていると思うが、本当は彼らの中からソルレート伯爵の後任を選ぶ戦いだったんだが、誰も成果をあげられなかったため、士気は随分下がっている。もう戦力としてはあまり当てにはできないとは思うが」
「わざわざ遠くの地まで遠征してきて、成果が何もないのは確かにやる気がでないですよね。でも今回の作戦は騎士団はあまり強くなくてもいいんですよ。指示に従ってもらえれば、数さえいれば大丈夫です」
他の子爵たちが集まるまで客間を借りてのんびりしていたら、ニコラが現れた。
「ひどいですよアゾート様。フィッシャー領に生徒全員を置き去りにして」
「あれ二コラ、なんでここにいるんだ?」
「アントニオと一緒に、パッカール子爵にソルレート包囲作戦の説明に来たんですよ。そんなことよりも、あの後大変だったんですよ」
「その事は気になってたんだ、みんな無事解散してくれたか」
「みんなは無事ですが、僕が無事じゃないです。決勝リーグに参戦した生徒会役員が全員戻ってこなくて、かなり焦りましたよ。サーシャと僕で必死に頑張ったんですがとても手が足りないので、ボクがシュトレイマン派閥のみんなにも手伝ってもらって、なんとか乗り切った感じですね。サーシャの方も妹のユーリやアウレウス派閥のメンバーをかき集めてました」
「・・・生徒を解散させるだけなのに、なんでそんなに大事になってるの?」
「夏休みの前は毎年サマーパーティーがあるでしょ! 今回は2つの学園合同だし、最強決定戦のためフィッシャー校の方でも準備があまり進んでなかったから、大至急の設営で生徒会役員が大変だったんですよ」
「そんなパーティー、やらなきゃいいじゃん・・・」
「騎士学園は貴族の集まりですよ。アゾート様みたいなバトルジャンキー以外にも、貴族の社交を学びに来ている生徒もたくさんいるんです。むしろそちらの方が数が多いんです。そのたった年2回しかないイベントを軽視することはできません」
「・・・そうか、俺がダンスに興味がないからって、みんなはそうじゃないもんな。貴族だし」
「あと、生徒会のアイドルがサーシャさん一人だけというのも非難の的でした。あわててユーリさんにも前回のコスプレで登場してもらったり、各学年の女子をかき集めて何とか取り繕いましたが、これもすべてアゾート様がセレーネさんやマールさんにまで手を出した結果だとAAA団が吹聴してましたよ」
「・・・夏休み明けに学校に行くのが嫌になったよ。まぁ、二コラやサーシャには苦労をかけたな。セレーネ会長に何か埋め合わせをしてもらうよう、お願いしておくよ」
「お願いしますよ、アゾート様」
パッカール城の応接室に呼ばれたので移動してみると、シュトレイマン連合軍に参加している当主や騎士団長たちが集まっていた。ここでアウレウス派の俺が前に出ると反発を受けそうだったので、クロリーネとその側近についたアントニオから今回の作戦の説明をしてもらった。
その後質疑応答に入る。
「我々は姫様が全体の指揮をとられることには異存ありませんが、この作戦内容ではシュトレイマン派連合軍が活躍できないのではないでしょうか」
「兵糧攻めなどという消極的な作戦ではなく、これほどの大軍勢がそろったわけですから、全領地が一斉に突撃した方が早く戦争が終わるのではないですか。そのように作戦をお考え直しください」
大人たちに強く意見されるクロリーネに俺は少し心配したが、アントニオと何やら相談したかと思うと、クロリーネが毅然とした態度で答えた。
「これまで半年間戦って来て、シュトレイマン派連合軍は何を学んできたのですか。ソルレート領民軍に対して有効な攻撃ができず、後退してきた結果が今の状態でしょう。同じことを全ての騎士団でまた繰り返したいのですか」
「いや姫様。あれはわが騎士団が領民軍の大半を相手にしていたからで、我が方の兵力が少なかったのが原因です。今なら兵力は十分、勝算はあります」
「それで領民相手に上級魔法を放って虐殺をしたいと。そんな戦い方をした後のソルレート領をうまく治められる自信があるのですか」
「それは・・・」
「仮に一斉に突撃する作戦を実行するとして、ベルモール、ロレッチオ、マーキュリーへは誰がどのように説得工作を行うのですか」
「それは皆で手分けすれば・・・みんな王国貴族であり、我々の言わんとしていることは必ず伝わるはず」
「皆様は彼らを説得できる自信が本当におありなのですか。それをいつまでに終えるつもりですか」
「それはその・・・」
クロリーネに一喝されて、不満そうな貴族たち。そこへアントニオがクロリーネの援護射撃をした。
「姫様はシュトレイマン派全体のことを考えられて、このような発言をされているのです」
「派閥全体のため?」
「そうです。この半年間戦っていたのはシュトレイマン派連合軍だけではなく、ベルモール、ロレッチオ両家も同様。なのに一番の損失を被っているの我々ではないですか。その失地回復を考えておられるのですよ」
「それはどういうことですか」
「この作戦は発案こそ、ここにいるメルクリウス男爵ですが、中核メンバーとして姫様も当初から参加しておられました。特にソルレート東側は敵にとっても重要な戦略ポイントで、そこを任されている我々シュトレイマン派連合軍だけが勝手な行動を取れば、他の派閥の貴族を前にして姫様の顔に泥を塗ることになります」
「・・・確かにそれはまずい」
「もはやシュトレイマン派の中だけで功を競う段階ではなくなったのです。全派閥が共闘する中で、我々はこの作戦に率先して参加し、その成功をもってシュトレイマン派の名誉を挽回する。そのために姫様が直接指揮を取られるのです。あなた方はそれに応えずして、シュトレイマン派として胸を張っていられるのですか!」
アントニオに論破されて、押し黙る当主たち。
クロリーネもアントニオもしっかりしているし、ここは彼らに任せても良さそうだ。
「ニコラ、俺はトリステン領に戻るわ。後でお稲荷姉妹をこちらに送り込むけど、お前もクロリーネ達の手助けをしてやってくれ。こっちは任せた」
「承知しました、アゾート様」
俺はジルバリンク侯爵からもらったトリステン男爵討伐許可の書状を手に、再びトリステン領に展開中の自陣にジャンプした。軍幹部たちは全員揃っており、騎士団長のナタリーも不安そうに俺を見つめていた。
「ジルバリンク侯爵から、トリステン男爵の討伐許可はいただいた」
一同から安堵の声が漏れた。
「それでこれから軍を2分したいと思う。一つはソルレート包囲網を展開するための主力。こちらはフリュに指揮をお願いしたい。父上やダリウスたち騎士団の主力600とバートリー騎士団200、それにナルティン領組の2000の合計2800騎が参加する」
「かしこまりました」
「それからトリステン男爵を討伐するための別動隊。こちらはナタリー率いる騎士団600、トリステン領騎士爵連合500に加えて、サー少佐率いる銃装騎兵隊200が参加する。銃装騎兵隊は攻撃力が強すぎるので、革命政府の領民軍を相手にするよりも、トリステン男爵討伐のための市街戦の方が向いていると思う。少佐よろしく」
「おう、任せておけって」
「それからこの別動隊の指揮は、ナタリー騎士団長に一任する」
「わ、私がですか?」
「もちろんだよ。このトリステン領の当事者として、責任をもって対応に当たられたい」
「了解しました」
そこまで言ったところで、ネオンが俺に聞いた。
「それじゃあ、アゾートはどうするの?」
「・・・この包囲網が完成して戦略的優位は確立したし、後は膠着状態を維持して時間の経過を味方につけるだけで俺たちは勝てるはずだ。俺の仕事は実質終わったようなもんだし、だからと言って、その間何もしないというのも面白くない。そこで、俺は変装してソルレート領に潜入し、内部で工作活動をしてみようかな、なんてことを考えているんだよ」
「それはメルクリウス家当主の仕事じゃないと思うけど。工作活動は私のガルドルージュにやらせればいいじゃないか」
「それじゃあ面白くないだろ、せっかくの夏休みだし。ネオンもガルドルージュを連れて一緒に来いよ。ソルレートの内部をひっかきまわしてやろうぜ」
「お~っ、なんか面白そうだね。是非やろう。よーし、どうやって革命政府に嫌がらせしようかな」
ネオンと二人で盛り上がっていると、一緒についてきたそうにこちらを見ている人がいた。
セレーネだ。
「ネオンが行くなら、私も行きたい」
「セレーネはダメだよ。目立ちすぎて潜入には向いていない」
「それならネオンだって同じでしょ。見た目は私と同じなんだから」
「ネオンは見ての通り男装ができるからいいんだけど、セレーネは美人だから男たちの目を引きすぎるんだよ」
「そ、そうかしら?」
「そういう意味ではマールもダメだし、フリュなんか論外中の論外だよな」
「どうしてわたくしは論外なのですか」
「フリュはどんなに変装しても貴族にしか見えないからだ。ソルレート潜入には一番向いていないよ」
「・・・・・」
「じゃあ、アゾートと私は恋人同士ってことにすればいいじゃない。周りの男たちも「なーんだもう相手がいるのか」ってあきらめるんじゃない」
「そして俺がヘイトを集めることになるけどな。目立つことには変わりないよ」
「それでもいいの。私フィッシャー校ではサルファーのせいで全く活躍できなかったし、ナルティン戦のマールみたいに私も大活躍がしたいのよ」
「父上やダリウスとまるで発想が同じだな」
「それにアゾートは、私がメインヒロインだって言ってくれたじゃない。今のままじゃ私はメインヒロインどころか負けヒロインよ。マールにまで先を越され、ヒロインレースはまさかの最下位転落。そうして、やがてヒロインですらなくなった私は、ただのポンコツになっていくのね」
「セレーネ、発言がオタクっぽいよ。そしてポンコツヒロインの自覚はあったんだ」
「とにかく、私を連れていくの、いかないの? どっちなのっ!」
「もうわかったから、セレーネを連れて行くから、頼むから目に赤いオーラをみなぎらせないでくれ。恐いんだよ」
「わかればよろしい。じゃあネオン、あなたは独自に潜入しなさいね。私がアゾートと二人で行くから。それから私とあなたが二人並ぶと悪目立ちするから、こっちに近付かないでね」
「ちぇっ、セレン姉様の爆裂バカ・・・」
7月25日(土)雨
俺とセレーネはそれぞれ「ニトロ」と「セレン」と名前を変えて、ソルレート領に足を踏み入れた。平民だからもちろん家名はない。
職業は冒険者。パッカール領の冒険者ギルドで偽の名前で登録し、装備も買いそろえた。俺のジョブは剣士で皮の鎧に皮の靴。鉄の剣を装備している。
セレンは黒魔術師で、頭からすっぽりかぶるタイプの魔術師のローブの下には、普通の町娘が着るような服を着ている。手には量産品の魔法の杖を持っている。
服はこれ一組なので、バックパックにはこの前セレーネが用意してくれたカップル用の軍用魔術具を入れてある。まさかこんなに早くこれが役に立つ日がくるとは。
「領都ソルレートに向けて出発するわよ、ニトロ!」
セレーネが俺の手をつないで走り出した。
「そんなに急がなくてもいいよ。ゆっくり行こう、セレン」
こうして俺たちの二人旅が始まったのだ。