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第122話 シュトレイマン派連合軍のリーダー

ポアソン沖海戦からトリステン城包囲までの進軍マップを最後に挿入しました。



7月24日(風)晴れ


 俺たちメルクリウス騎士団はトリステン領を西に進軍を続け、途中の騎士爵家を次々に従えていった。結果的に総勢3500騎にまで勢力を拡大し、領地西端にあるトリステン城を包囲した。


 さらにその後ろには手に農具のくわや鎌、ナイフを手にした領民たちが大挙して臨戦態勢をとっていた。その数およそ8000以上。


 ・・・・・


 なにこれ! 総勢1万2千の大軍勢じゃん!


 俺は結局、反乱の首謀者となる人材を見つけられないまま、トリステン城まで来てしまった。そして今、俺が矢面に立っている・・・。


「フリュ、まずはトリステン男爵と対話をしたいから、使者を送ってくれないか」


「承知しました」


「今回はいきなり大砲を撃ち込むわけにもいかないし、話し合いの姿勢をとる必要があるんだけど、この8000の領民の怒りはたぶんおさまらないし、どうやっても対決姿勢は隠せない。話し合いはまず不可能だろうな」





 ダメもとで使者を送ってしばらく待っていると、城壁の中から煙が上がった。狼煙が上がったのかと思ったがどうやら違うらしく、煙がもうもうと立ち込めて城下町が炎上をはじめた。


「フリュ、城下町が燃え出したけどどうする。使者の安全確保とか理由をつけて突入するか」


「お待ちください。トリステン城からも使者がやってきたようです」




 使者はトリステン男爵家の騎士団長のナタリー・トリステンからものだった。


 どうやら、トリステン男爵を討つために城内で反乱を起こしたらしく、俺たちに従うので加勢してほしいとのことだった。


「騎士団長にあって話がしたい。取り次いで貰えるか」


「はっ! 直ちに」





 それから更にしばらくして城門が開き、10騎ほどの騎士がこちらに向かってきた。


 俺たちの前に現れたのは20代前半の女性だった。


「ナタリー・トリステンと申します。この度は我々にご助力いただきたく、お願いに参上いたしました」



 ナタリーの話によると、彼女はトリステン男爵の非道に我慢の日々を送っていたが、彼の行為が王国法に触れたものではなく、統治自体は問題なく行われていたため、これまで謀反を起こすまでにはいたらなかったらしい。


 だが俺が怒りに満ちた領民を引き連れてトリステン城をいきなり包囲したことで、状況が動いたそうだ。


 俺が差し向けた使者の言葉を降伏勧告と捉えた男爵は、城外に突然現れた大集団を恐れ、ソルレート領への逃亡を図ろうと考え、城内の領民をたてに俺と交渉しようとしたらしい。


 それを阻止しようと、ナタリーは男爵を討伐する決意を固め、騎士団の有志を引き連れて蜂起して市街戦が始まったらしい。


「あの男の非道にはもう我慢なりません。身分は違えど同じ女性として断じて許せないのです。我が配下の女性騎士300と心ある男性騎士300が、残りの堕落した騎士ども700と交戦中です」


 ナタリーの話は、途中の街で聞いたものと大筋は同じであったものの、男爵の近くで見てきたナタリーの話はより生々しく衝撃的なものだった。


「いくら奴隷とは言え、用済みになった少女達の亡骸を城外の穴に無造作に捨てるアイツの所業、反吐が出ます。しかも最近ソルレート領民軍との取引で大金が入り、その行為がますますひどくなってしまったのです」


「ソルレート領民軍との取引とは」


「奴隷密売のための陸路の輸送と、港湾の使用権。引き換えに10万ゴールドと、パッカール子爵領の割譲」


「よし、騎士団長の証言は十分に証拠となりうる。王国としての討伐理由もできそうだ。あとはシュトレイマン派への根回しだが、クロリーネ」


「はい、アゾート先輩」


「ジルバリンク侯爵に至急取り次いで貰いたい。お願いできるか」


「もちろんです。転移陣でお父様の所にジャンプいたしましょう」




 クロリーネがそういって、セレーネと二人で軍用転移陣の設定を始めたところ、ナタリー騎士団長が真っ青になって俺に話しかけた。


「あの少女はジルバリンク侯爵の娘なのですか?!」


「そうだ、クロリーネ・ジルバリンク侯爵令嬢だよ」


「クロリーネ・・・あれがあの噂の姫様か。でもそんな悪役令嬢には見えないな」


「その噂って、2回も婚約破棄された性格のキツい令嬢ってやつだろ。あれはみんなの勘違いで、本当はすごくいい子なんだよ。それにクロリーネも努力して、みんなを勘違いさせてしまった言葉遣いを直してるところだ」


「勘違いだったんですね。でもどうしてシュトレイマン派の姫様が、アウレウス派の男爵の軍に同行しているのですか?」


「どうしてって・・・それは・・・が、学園の友達だから?」


「そんな理由でメルクリウス騎士団の隊列に同行するものなのでしょうか」


「ま、まあいいじゃないか。クロリーネと俺は性格があって仲がいいんだよ。それにシュトレイマン派なら他にもウエストランド子爵令嬢とかフォックス男爵令嬢もいるぞ」


「そ、そんなに!」


 アルゴとの婚約がまだ公表されていないため、俺が苦しい言い訳をしていると、ちょうど転移陣の設定が終わったようで、クロリーネたちが俺の方にやってきた。


「アゾート先輩。転移陣の設定ができました。王都のわたくしの家までいつでもジャンプできます」


「ありがとうクロリーネ。じゃあ行こうか」


「アゾート様、わたくしはいかがいたしましょうか」


「フリュか・・・侯爵への根回しにはクロリーネが同行してくれるから、フリュにはここに残って俺の代わりに軍全体を見ててほしい。俺のいない間はフリュに全権を委任する。状況によってはナタリー騎士団長の要請に応じて、城内に突入してくれて構わない」


「承知いたしました」


「フリュオリーネ様。お父様との話し合いはわたくしにお任せくださいませ」


「わかりました。アゾート様のサポートをよろしくお願いいたします、クロリーネ様」


 転移陣に魔力を送り込む俺とクロリーネ、そしてそれを見送るフリュの姿を見て、ナタリー騎士団長は呆然として呟いた。


「この人があの有名なアウレウス家の才女、フリュオリーネ・アウレウスか。・・・初めて近くで見たけど、とんでもない美人ね。それに反対派閥の2人の姫様を引き連れているメルクリウス男爵って、一体何者なの」





 王都のジルバリンク邸にジャンプした俺たちは、いきなりジルバリンク侯爵と対面した。侯爵が転移陣の前で待ち構えていたのだ。


「うわっ! こ、侯爵」


「久しぶりだなクロリーネ。会いたかったぞ」


「お久しぶりです、お父様」


「アゾート君、キミも元気そうだな。それより突然クロリーネと転移してきて、一体どうしたんだ」


「話が長くなるので、場所を変えませんか」





 ジルバリンク邸の応接室のソファーに座り、俺はトリステン領の話をする前に、ソルレート領に関するこれまでの経緯を順を追って侯爵に話した。


「まさか、ソルレート革命政府の裏にブロマイン帝国が控えていたとは。だがその情報をどこから入手したのだ」


「残念ながら情報元は言えませんが、確かなルートから得たものなので間違いありません。彼らは領民を新教徒に教化して、帝国式の教育を施しています。また徴兵制度を導入して大規模な領民軍を編成し、軍の指揮命令系統を帝国式にして集団戦闘に特化しています」


「どうりで強いはずだ。我がシュトレイマン派連合軍もやつらの集団戦闘には苦戦している。しかも相手が領民なので、魔導騎士が大魔法で殲滅する訳にもいかず、完全に攻め手を欠いていたのだよ」


「そのシュトレイマン派連合軍って、どのような軍なのですか」


「次のソルレート伯爵を目指して、派閥内の有望な子爵家を競わせてるんだ。当初はかなりの軍勢だったのだが領民軍の物量作戦にかなり損耗させられて、今はパッカール子爵の騎士団とあわせても3000程度にまで討ち減らされてしまったのだ」


「競わせているということは、連合軍全体をまとめるリーダーは不在なのですか」


「そうだ。競争なので各家が独立して動いておる」


「なるほど、その連合軍には少し問題がありそうですね。・・・それでは本題に入りますが、俺もソルレート侵攻を進めていて、現在トリステン男爵領に軍を駐留させています。兵力は3500」


「ソルレート侵攻だと! キミは一度は手にいれたソルレート領を、我々に返したではないか。それを今更どうして?」


「あの時はヴェニアル領の併合で手一杯だったのです。でも商都メルクリウスが誕生して、領地の再編成に目処がたったので、ソルレートに手を回す余裕ができたのです」


「だからといって、今さらそれはないだろう。あの領地はアウレウス伯爵との交渉で、監察局長のポスト20年分と引き換えたのだぞ」


「それはそうなのですが、ソルレートの領民が奴隷として帝国に送られている現状は無視できません」


「奴隷? 何のことだ」


「ソルレート革命政府は、領民のうち恐らく貧困層を奴隷にして、帝国に売却して資金を得ています。その奴隷を輸送するビジネスに、シャルタガール侯爵四男のピエールとナルティン子爵が携わっていました」


「それが本当だとすると、大変なことになるぞ」


「お父様、奴隷の件は本当です。だってわたくしと先輩の二人でフレイヤーで飛んでガレー船に突入して、奴隷を救出したのですから、間違いございません」


「クロリーネが! キミはクロリーネと二人で突撃したのか。しかもフレイヤーってあの遺物だろ。クロリーネを危ないことに巻き込むな!」


「お父様! 私はメルクリウス家に嫁に行くのです。その家のために働いて何が悪いのですか! それにアゾート先輩は、わたくしのことを頼りにしてくださっているのですよ」


「そ、そうだな・・・。声を荒げてすまなかった。しかしその奴隷売買にシャルタガール侯爵家が絡んでいるとなると、一筋縄ではいかないな」


「その件はもう全て解決しました。シャルタガール侯爵は奴隷売買には一切関与しておらず、ピエールが勝手にやったことだと判明しました。それで侯爵は息子のピエールを切り捨てて、本件にはタッチしないことを約束してくれました。あと、ナルティン子爵も討伐し、ナルティン領はメルクリウス領に併合済みです」


「な、な、な、な・・・」


「それでソルレート領への侵攻作戦に話を戻しますが、相手は領民。彼らをせん滅せずに降伏させるため、兵糧攻めにより内部から革命政府を打倒させようと思います。そのためにソルレート領の周辺領主である中立派のベルモール子爵とロレッチオ男爵、アウレウス派のマーキュリー伯爵には既に話を通しており、現在共同で封鎖作戦に参加してもらっています」


「いつの間に!」



「パッカール子爵へも、学園の3年生に子息がいるため、彼を通して話を通してあります」


「なんと・・・」


「ただ先ほど侯爵からお話があったように、シュトレイマン派連合軍がバラバラで動いていることに問題があります。封鎖作戦は地味で根気のいる作戦で、リーダーが全体を統制する必要があります。しかし今の連合軍は有望な子爵家のみで構成されていて、トップに立てる家門がいません。あえていうなら戦場になっているパッカール子爵が適任かも知れませんが、俺シュトレイマン派連合軍のリーダーをぜひクロリーネにお願いしたい」


「クロリーネを!」


「せ、せ、せ、先輩!?」


「俺が見ている限り、クロリーネはシュトレイマン派のリーダーとして、十分役割を果たせると思ってます。学園では派閥のリーダーをしっかりやっているし、フィッシャー校ではステラドール伯爵令息もちゃんとコントロールしていました。今回は大人を束ねることになりますが、相手は分別のある子爵家だし、クロリーネなら大丈夫です。俺が保証します」


「アゾート君。キミはそこまでクロリーネのことを信頼してくれているのか」


「先輩・・・」


「・・・わかった。連合軍には私が書状を書くから、それをクロリーネに持たせよう」


「ありがとうございます。クロリーネ、頼んだぞ」


 クロリーネがうっすらと涙を浮かべて、嬉しそうに俺を見ていた。




「それからわが騎士団3800が現在トリステン領に駐留中と申し上げましたが、実はトリステン騎士団長のナタリーが反乱を起こして、トリステン城下町で市街戦が発生しています。その鎮圧の許可もいただきたいのです」


「何だと! 次から次へと、ソルレート領の周辺は一体どうなってるんだ。・・・もうわかったから、すぐにナタリーを討伐してくれ」


「いえ、討伐対象はナタリーではなくトリステン男爵の方です。俺は騎士団長のナタリー側につきます」


「・・・理由を聞かせてもらおう」


 それから俺は、ナタリーから聞かされたトリステン男爵の所業をありのまま伝えた。


「もうよい、それ以上は聞きたくない。吐き気がする」


「では、トリステン侵攻の許可は?」


「とっとと行って討伐してくれ。いい噂のないヤツだったが、シュトレイマン派の恥だ。血祭りにあげてよい」


「承知いたしました」




「それで仮に包囲網が完成したとして、本当に兵糧攻めなどができるのか。いくら騎士団の人数が多くても領界線は長い。すべての商人や物資の流れを封鎖することなんか不可能だぞ」


「それもほぼ大丈夫だと思います。うちの商人に言ってソルレート方面の物資は買い占めさせましたので、食料品や生活必需品はソルレートには入りにくくなります。物価がかなり高騰するでしょう。また兵糧等の軍事物資についても、プロマイン帝国の前線補給基地は、俺たちがすべて破壊してきましたし、輸送ルートであるナルティン子爵は討伐済み。きっと効果があると思います」


「ちょっと待て。ブロマイン帝国の前線補給基地って、なんだそれは」


「フィッシャー辺境伯領のダゴン平原のさらに奥、帝国との国境に設けられた帝国軍の前線補給基地ですよ。ここを叩いたので、ソルレートへの軍用の補給物資は届かなくなります。ついでに帝国補給艦隊を全艦沈め、バーレート港を現在軍艦3隻で封鎖しています」


「・・・キミはソルレート領に侵攻するためだけに、わざわざ帝国まで行って戦ってきたのか」


「当然ではないですか。俺は優等生タイプなので、戦争に勝つためには慎重に慎重を重ねるのです」


「キミそれは慎重ではなく大胆と言うんだ! ・・・しかしキミには負けたよ。シュトレイマン派の有望子爵をどれだけ束にしても、とてもキミには勝てそうにないな。どうかね、キミはもうアウレウス派なんかやめて、シュトレイマン派に移籍しないか」


「それは遠慮しておきます」





 話は終わり、侯爵が書状をしたためながら静かに語りだした。


「クロリーネをキミの所にやって正解だったよ。2度の婚約破棄で屋敷にふさぎ込んでいたクロリーネが、こんな明るい表情を見せるなんて」


「お父様、これも全てアゾート先輩のおかげです。実は婚約者のアルゴ様やメルクリウス家の人たちとあまり上手くいってない時も、陰でいつもわたくしを励ましてくれたり、フレイヤーを貸してくれて自由に空を飛ぶ楽しさを教えていただけたのです」


「フレイヤーか。そう言えばマール君だけじゃなく、クロリーネも空を飛んでいるんだったな」


「お父様。マール様よりもわたくしの方が、フレイヤーをうまく動かせるんですのよ。これでもメルクリウス空軍のエースパイロットですから。・・・わたくしメルクリウス家に嫁ぐことになって本当によかったと思います。ありがとうございました、お父様」


「・・・クロリーネ」


 クロリーネを見つめるジルバリンク侯爵の目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一つわからないのですが、王国法に違反してないからトリステン男爵を討伐できないのはそのとおりと思います。 そうすると、前話冒頭の守備隊を蹴散らしたのとメルクリウス騎士団を領地に進軍させ…
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