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第121話 ソルレート革命政府の最下層民とその悲劇

 ナルティン領の武装解除をしている時、ふと気になってセレーネに確認した。


「すっかり忘れてたけど最強決定戦の後、学園のみんなってちゃんと解散したの?」


「そんなの私は知らないわよ。だってアゾートたちが1番艦に転移したあと、すぐに後を追いかけたから」


「そうだったな。まあ、向こうには副会長のアネットやパーラが残ってるし大丈夫か」


「アネットたちなら、一緒にここにいるじゃない」


「このメルクリウス軍に? いたっけ?」


「アゾートはずっと別行動ばかりしてたから見てないと思うけど、みんな頑張って戦ってたわよ」


「・・・じゃあ、生徒会で残ってる人って」


「サーシャとニコラの二人ね。きっと二人が上手くまとめて、いい感じに夏休みに入ったんじゃないの?」


「とても生徒会長の発言とは思えないが、セレーネだしこんなもんか。ん? もう夏休みに入ってるの?」


「そうよ。もうとっくに夏休みよ」


「・・・2年生の夏休みも結局戦争をしてるのか俺は。なら、いつもの夏休みの日記風の戦記を、今年も書き記さなければならないようだな」


 ちなみにこの世界の暦は、1年を12月(星の名前)、1月を4週間(神の名前)、1週間を7日(火水風土雷光闇)となっている。





7月22日(火)晴れ


 ナルティン子爵を討ち取った俺たちは、シャルタガール侯爵との密約を記した書状を手に、ナルティン領のメルクリウス領への併合を宣言。ナルティン騎士団の武装解除を行い、軍上層部や親族を城の地下牢に監禁した。それ以外の騎士や土着の騎士爵は俺に恭順の意を示したため、メルクリウス軍に編入されることになった。


 この戦いで、メルクリウス・フェルーム軍は150人を失って1350となったが、ナルティン騎士団の生き残りのうち2000が傘下に入ったため、バートリー騎士団の200を加えた総勢3550の軍勢ができあがった。


 このうち、メルクリウス騎士団の550をポアソン騎士団とともに旧ナルティン領の守備に残し、3000騎の大軍勢でトリステン男爵領へと侵攻を開始する。吸収したばかりの新造騎士団ではあるが、今回の作戦はソルレート領民軍へのプレッシャーであるため、これで大丈夫と判断した。


 なお、サー少佐率いるメルクリウス騎士団500騎は、進軍途中で帝国の補給部隊を見つけ次第潰していったようで、シャルタガール領経由の輸送ルートはある程度弱体化させたようだ。


 進軍開始にあたり、軍幹部を前に俺はトリステン男爵領への侵攻に係る基本的考え方を伝える。


「騎士学園3年生のアントリオ・パッカールの話を聞く限り、トリステン男爵はかなりグレーな存在だと思う。したがって我々は、ソルレート領民軍と現在交戦中のパッカール騎士団への緊急支援という名目でトリステン男爵領を通過する。トリステン騎士団が我々を阻止する動きを見せれば、黙って領内の通過を認めるように迫り、さらにシュトレイマン派として我々との共同作戦を申し入れる。もしそれを断るならその理由を問い、理由によっては王国への反逆罪の証拠として、トリステン騎士団を撃破する」


 そんな俺の言葉にダリウスが好戦的な目で、


「随分と威勢がいいじゃないかアゾート。言いがかりをつけて相手を暴発させる、まるでならず者みたいなやりかただが、嫌いじゃないぜ」


「そういうわけじゃないんだけど、包囲網の完成を急ぎたいんだ。トリステン男爵に割く時間がもったいないだけだよ。俺たちの軍勢はもはや男爵、子爵レベルを超えているし、アントニオを通してパッカール家とも連携が取れる。正当な理由さえつけばトリステン男爵なんていつでも討伐できるよ」


「はいはい。相変わらず理屈っぽいな、お前は」





 そうしてトリステン領に向けて進軍を開始した俺たちだったが、俺はずっとあることが気になっており、そのカギを握るダンたちの姿をメルクリウス騎士団の隊列の中にようやく見つけた。


「セレーネに聞いたが、お前たちもソルレート侵攻に参加してたのか」


「アゾート、水くさいじゃないか。俺たちにも何か手伝わせてくれよ」


「戦争だぞ、いいのか?」


「冬も参加してるんだし、今更だろ」


「冬はパーラの立場もあったし、あくまでもクエストとしての参加だったと思うが・・・今回パーラのことはどうするんだよ」


「今回の場合はシュトレイマン派連合軍も参加してるし構わないんじゃないか。そもそもクロリーネが参加してる時点で、それこそ今更だよ」


「それもそうだな。・・・そのパーラのことでちょっと聞いていいか」


「さっきからパーラのことばかり気にしてるが・・・お前まさか、パーラまで狙っているのか」


「ち、ち、ち、違うよ! パーラなんか狙うわけないじゃないか。ヤンデレだぞ、まだ死にたくないよ」


「ヤンデレって何だ?」


「いやこっちの話だ。それより最近気になってたんだが、パーラのあの黒い目ってどうやったらなるのか知ってるか?」


「っ! ・・・く、黒い目のことか・・・なぜそんな恐ろしいことを俺に聞く」


「実は俺も、赤い目になるみたいなんだけど、目の色を変える方法が知りたいんだ」


「お前も目の色が変わるのか! まさかお前もパーラの仲間だったとは・・・どうりで強いはずだ」


「いや、ヤンデレの仲間にされても困るけど」


「目の色の話だったな。パーラの様子を見る限り、どうも俺の事を考えると黒い目になるようなんだ。でも本人には自覚がないらしく、自分の目が黒くなっていることに気がついていない」


「パーラに自覚はないのか。恐いな」




「あらアゾート様、ごきげんよう。ダン様になにかご用事ですか」


「ぱ、ぱ、ぱ、パーラさん! お元気そうでなによりです。・・・えーとその、今日はダンに俺の目が赤くなることについて聞いていたんだけど」


「そういえばアゾート様、この前の予選トーナメント決勝でバレンさんに剣を振るわれていた時に、目が赤くなっていましたわね」


「え! パーラさんは俺の目が赤くなったことに気づいていらっしゃったのですか」


「ええ、もちろん気づかないはずがございません。だって、深淵の奥底で地獄の釜が開き紅蓮の炎が押し寄せる、そんな恐ろしい赤い目でしたから」


「深淵の奥底って、俺ってそんな目をしてたのですか」


「まあ、ご自覚もなく目を赤くするなんて、恐いですわね・・・。ダン様にはあのような目は決して向けないでくださいまし。わたくし、ダン✕アゾはぎりぎり許せても、アゾ✕ダンは断じて許しませんから」


 そういったパーラの目は既に、黒く深淵を覗き込むようなものに変化していた。


「し、失礼しました。それではご武運を!」


 俺はあわててパーラから距離をとった。ヤンデレの仲間にされたり、BL扱いされて心が折れた俺は、もう赤い目の事は忘れることにした。





 帝国軍特殊作戦部隊連隊長のボルグ中佐の執務室に、補給部隊長デルト中尉が飛び込んできた。


「ボルグ中佐、大変です。ナルティン子爵が殺されました。昨日、メルクリウス騎士団が突如ナルティン子爵領に侵攻し戦闘が開始されたのですが、夜のうちに城が半壊され、本日、子爵が討ち取られて戦争が終結した模様です」


「なんだそれは。そんな話全く聞いてないぞ。なぜメルクリウス騎士団がナルティン領を襲撃するのだ。意味が分からん。あそこの領地はベルモール軍に200騎ほど付き合いで参加させてるだけではなかったのか」


「メルクリウス領は西部戦線のネスト大尉の担当なので、私の方ではマークしてませんでした」


「・・・そうだったな。それより物資の供給が遅れているようだが、どうなっている」


「それが、輸送艦隊がまだバーレートに到着しておらず、奴隷輸送用のガレー船まで行方不明の状況。本国の海軍に問い合わせをしているところです」


「陸路はどうなっている」


「こちらはナルティン子爵が取り仕切っていたため、状況は不明。ただ・・・」


「ただ何だ」


「私の補給部隊員との連絡が取れなくなっており、何者かの襲撃を受けた可能性があります。いずれにせよ、シャルタガール侯爵支配エリアは混乱していて、物流はおろか情報網も機能していない状況です」


「帝国からの物資が我々の生命線だ。最も重要な任務をキミに任せているんだから、しっかりやってくれ」


「はっ!」




 デルト中尉が退室したあと、ネスト大尉を呼ぼうとしたところで別の訪問者が現れた。革命政府議長のバンスだ。20代後半の神経質そうなやせた青年が、ボルグ中佐を訪れたのだ。


「ボルグ中佐、ご無沙汰しております」


「バンスか。今日は何だ、ソルレート議会に関する報告か」


「はい。奴隷法改正案の内容が厳しすぎると野党からの追及があり、法案を通過させる代わりに領民への配給量を増加する予算案の通過を交換条件にしてきました。野党のやつら弱者救済とかきれいごとを言ってますが所詮は人気取り。国家運営に責任を持っていないから言いたい放題なのです」


「それで君は野党の要求を飲んだのか」


「はい。配給は領民一人当たりに発生しますが、奴隷法が改正されると領民から奴隷になる者が増えて、配給対象者の数が減りますので、結果的に配給の量は変わらない試算です。まぁ、野党もそれをわかっていて、自分たちの成果を支持者にアピールしたいだけだと思いますが」


「さすが我が養成所主席の秀才、そこまでわかっているなら結構。その予算案を通過させろ」


「恐れ入ります。ところでソルレート領の穀物の備蓄が減少しておりますが、帝国からの物資の供給が遅れているのですか」


「ああ。大型輸送艦5隻がバーレートに入港するはずだったのが少し到着が遅れているようだ。護衛艦隊も随行しているので問題はないと思うが、それが到着すれば備蓄としては数か月分は持つはずだ」


「安心いたしました。最下層民の中には餓死者が出ており、極右と極左の両方の連中が反政府デモを起こし始めています。奴隷法改正で最下層民を根こそぎ奴隷化するまでは、配給で領民の怒りを緩和させる必要があります」


「わかっている。・・・私は案件が立て込んでいるから、報告が以上なら早く切り上げてくれ」


「わかりました。これで失礼いたします」





 議会への帰り道、バンスは路上に溢れた浮浪者を見て嫌悪感を露にした。


「何の努力もせずに、他人の施しを受けているだけの貧民どもに何の価値があるのか。ソルレート革命政府は有能な市民によって構成される未来溢れる国を目指すのだ。能力のない愚か者は足手まとい。革命政府のために奴隷として換金された方が、こいつらも世の中のために役に立てるはず。そうは思わないか」


 バンスの秘書官は、極端な考え方だなと思いながらも、自身がソルレート伯爵にいいように使われて、はした金しか貰えていなかった過去を思い出し、バンスの意見に賛同した。


「その通りです議長。奴隷一人あたり平均30ゴールドで売却できますが、これが帝国相手だと50ゴールドとなり利益が増える上、輸送が相手持ちでリスクがない。奴隷はなるべく帝国へ売却し、それを政府予算に組み入れてインフラ投資に回す。結果、国家経済が繁栄して貧民が減る。奴隷法改正案はまさに一石二鳥の策でございます」


「わかっているじゃないか。我々は独立国家。王国法は適用されないから、帝国との交易を益々発展させて、国力を増強するための法案をどんどん制定するのだ。そして我々をモデルケースに他の領地にも革命政府を樹立させ、いずれソルレート人民共和国連邦として覇を唱えることとなろう」


 そんな2人の会話を聞いていた路上の浮浪者が、バンスにすがり付く。


「あんたはソルレート伯爵より酷い外道じゃないか。何が国家の発展だ。我々貧民の苦しさを何もわかってない。俺たちは好きで貧民になったわけじゃないんだよ」


「触るな! 服が汚れるだろ。貧民が嫌なら働けばいいじゃないか。仕事を選ばなければ、いくらでもあるだろうが」


「働きたくても働けないものもたくさんいるんだ。無理がたたって体を壊した者や、高利貸しに騙されて借金漬けにされ職を失ったものもいる。私も職人だったが高利貸しにだまされて、借金の形に娘を奴隷にされて・・・うっ」


「そんなの高利貸しに金を借りるやつが悪いんだ。貸した金を返せないのなら娘を売るのも仕方ない。それにお前の後ろにいる女もお前の娘だろ。貧民のくせになかなか美人だし、奴隷にすればきっと高く売れるぞ」


「きさま、それでも人間か!」


「バンスさん、トリステン男爵ならこの娘に100ゴールドぐらい出すかも知れませんね。ちょうど大金を手に入れたらしく、奴隷少女を買い漁っているとか」


「ほう。ならトリステン男爵に金があるうちに早く奴隷法を改正して、そこの娘も奴隷にして換金しないといけないな。そしたらその売却益はこの父親ではなく革命政府が得られる。野党工作を加速しよう」


「なんて奴らだ・・・お前たちのような奴らがソルレート伯爵を追い出してから、俺たちの領地は生き地獄だよ」


「ふん。この領地はお前たち貧民のものではない。俺たち有能な市民のものだ。どうせお前の売られた娘は今頃、トリステン男爵の慰みものにされているかもな。くくくく」


「ぐっ・・・この悪魔め。地獄に落ちろ」






7月23日(水)曇り


 トリステン領の守備隊を撃破してトリステン領を西に進んでいくと、土着の騎士爵が統治する街があった。俺たちが構わず進軍を続けると、騎士爵は戦うことなく降伏して街を俺に明け渡した。そして配下に下りたいと臣下の礼を示してきた。


 何か理由がありそうだったので、その騎士爵から詳しく話を聞くことにしたのだが、彼から聞くトリステン男爵の所業は、聞くに耐えないものばかりだった。よく今まで反乱が起きなかったのか不思議なくらいだ。


 一言で分かりやすくいうと、このトリステン男爵はロリコン領主で、身分を問わず少女にしか興味が持てない性癖の持ち主らしい。


 領主になったころから、気に入った領民の美少女を有無を言わさず召し上がるため、女の子はなるべく男装して、領主の目につかないようにひっそりと暮らしていたようだ。


 ただ、それ以外はまともな統治を行っていたらしく、臣下や領民も仕方なく我慢をしてきたようだ。


 その情勢が変化したのは半年前、革命政府が樹立したころだ。トリステン男爵のもとに出所不明の資金が流入し始め、それを元手に男爵が奴隷の美少女を買い始めたのだ。


 そのうち欲望が抑えきれなくなり、通常より高値で奴隷少女を買い漁ったため、奴隷商人がトリステン領内で男装をしている美少女を誘拐して奴隷にし、男爵に売却する事件が発生。領民の怒りは爆発した。


 さらに最近ソルレートの革命政府から大量の資金が流れ込んできたらしく、成人女性も含めてソルレートから大量の奴隷を購入して、自分の騎士団にもあてがっているらしい。


「とんでもなく酷い話だな。だが俺がトリステン男爵を討伐する理由もないし、フリュはどう思う」


「生理的嫌悪感はありますが、王国法に抵触しているわけではありませんので、これだけでは討伐の理由にはなりません。ナルティンのように明確な証拠が必要ですね」


「そうなんだよな。だがここの騎士爵を始め、領民の怒りは相当なものだ。だから彼らが現領主を打倒するのなら、そのサポートぐらいはしてやりたい」


「そうですね。であれば反乱の首謀者が必要になります。この領地を統治する正当性を持たせるなら、マールさんの時のように騎士爵の誰かが立ち上がる必要があります」


「ここはシュトレイマン派閥の領地なので、ジルバリンク侯爵の所に行って相談してみるか・・・」

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