第118話 ポアソン領炎上
敵補給基地を隅々まで焼き払った俺たちは、魔力も体力も使い果たして、居眠り騎乗で危うく馬から転げ落ちそうになりながらもみんなと無事合流を果たした。夜の見張りも免除してもらい、その夜は泥のように眠った。
3日目の朝のブリーフィング後、フィッシャー騎士団の前線駐屯地への帰路につくため再び戦場に赴くが、戦場の様子が昨日とは一変していた。
帝国軍が前線を後退させる動きを見せていたのだ。
そんな帝国兵をバッサリしながら進んでいると、ホルスが馬を並べて俺に話しかけてきた。
「帝国軍がこんな大規模に撤退していくのは初めて見るが、補給基地を破壊したことによるものなのか」
「おそらくそうだと思う。俺たちが前線の補給基地を破壊したため、今の位置でこの規模の戦線を維持することが困難という判断になったんだろう。ただし本国からの補給はあるから、今の輸送能力で対応可能な位置に新たに戦線を構築するはずで、完全に撤退するわけじゃないよ」
「なるほど・・・一昨日の夜お前が言ったのは、こういうことなんだな。確かに前線司令官を一人倒すよりよほど効果のある戦い方だよ。ボロンブラーク校ではこのような戦い方を教えているのか」
「いいや、これはメルクリウス騎士団の戦い方だよ」
そんな敵の後退にも助けられ、俺たちは予定よりも早く駐屯地に帰還することができた。駐屯地のグラウンドに全員が整列すると、審判のドルム騎士団長から、最強決定戦決勝リーグの終了宣言と、優勝者の発表が行われた。
「優勝者はフリュオリーネ・メルクリウス。彼女が両騎士学園中の最強の魔導騎士だ。帝国兵の討伐数もさることながら、敵補給基地を叩くという作戦を立案・指揮して全生徒を戦場に導き、さらには別動隊にも参加して補給基地の破壊に大きく貢献した。結果、帝国軍を一時的に後退させるという近年まれにみる戦功をあげた。プロの目から見て彼女がNo.1だ」
フリュが制服のスカートを軽くつまんで、みんなにお辞儀をすると、決勝リーグ参加者の学生だけでなく、駐屯地にたむろしていた騎士や冒険者たちからも万雷の拍手が沸き起こった。さらにドルムさんの発表が続く。
「チームとしての評価をすれば、敵兵の討伐数はホルス組が1位なのだが、セレーネとサルファーの2人が予選から一貫して全く何も仕事をしなかったことを考えれば、フリュオリーネさんの功績がより輝かしいものになることに、疑いの余地はないであろう」
名指しで批判されたセレーネとサルファーが憮然としているが、確かに決勝リーグのこの2人はダメダメだったと思う。
セレーネはまだ補給基地を破壊した功績があるので、そこは評価してあげてほしいと思うが、サルファーは一体何をしにこの大会に参加したのだ。
コイツはナルティン討伐に強制連行して、最前線にでも放り込んでやらない限り、俺の気がおさまらないな。
俺がサルファーをどうやって働かせるか脳内でシミュレーションしていると、ネオンのもとにガルドルージュの副官ミラージュが駆け付けて、何やら緊急の要件を告げていた。それを聞いたネオンもあわてて俺のところに来た。
「アゾート大変だよ。ナルティン子爵が挙兵してポアソン領を襲撃してるって。街が炎上しているらしい」
それを隣で聞いていたマールが顔面蒼白になり、力なく地面に座り込んでしまった。
私は家族と軍艦の騎士たちに、輸送船の奴隷を連れてフェルーム領に亡命させた後、残った騎士たちにもこの領から脱出するよう指示した。
脱出を決めた騎士には、ポアソン領の領民たちも一緒に連れていってもらうことになり、陸路フェルーム領を目指して出発した。
それでも私と共にポアソン領に残ることを志願した騎士たちは多く、私と共にポアソン領の最後を見届けることを選択した。
そんな彼らと、帝国軍の襲来に備えて空っぽになった領地の守りを固めていたが、予定の期日になっても帝国艦隊はいっこうに姿を見せなかった。
例の奴隷商人が、帝国への奴隷の受け渡しのために領地を訪れたが、ポアソン港には1隻の船もなく、街全体がガランとしているのを見て、慌てて私のところに駆け寄ってきた。
「ポアソンさん。帝国艦隊もいないし街もカラッポなんだが、どうなってるんだ?」
「・・・領民は帝国艦隊の襲撃に備えて避難させた」
「襲撃だと? 帝国のガレー船に奴隷を積み込むだけなのに何を言ってるんだ・・・おいまさか。預けた奴隷はどうした、出せ!」
「ふん。奴隷など、ここにはいない」
「・・・きさま、ナルティン子爵を裏切ったのか」
「裏切ったというのは心外だな。私は最初から奴隷売買に関わるつもりはなかったのだ」
「自分が何を言っているのかわかってるのか?
・・・ちっ、奴隷の代金はナルティン子爵に弁済させる。そしたらお前は、確実に殺される。奴隷なんかのためにバカなやつだ」
そう吐き捨てると、奴隷商は街から出ていった。
これで、私がナルティン子爵を裏切ったことが知られ、間もなく騎士団を連れて、このポアソン領を蹂躙していくだろう。
まあ、帝国艦隊の襲撃が先か、ナルティン子爵の方が先か、我々が滅びるのはどちらでも同じだがな。
私はナルティン子爵の襲撃に備えて、街の城門を閉鎖して籠城戦の準備に取りかかった。
騎士爵領で小さな街なので城門が突破されるのは時間の問題だが、むざむざとやられるつもりはない。どうせ殺されるにしても、一兵でも多く道連れにしてナルティンに一矢報いてやる。
籠城戦準備を終えて騎士団とともに城門で見張っていると、翌朝、ナルティン子爵率いる騎士団が城門にやってきた。
「ポアソン! 貴様、私の奴隷を勝手にどこへやった」
ナルティン子爵が城門の前で私に激怒していた。答えてやる義理などさらさらないが、彼の本音がどこにあるのか聞いてみたくなり、私は彼との対話に応じた。
「ナルティン子爵。あなたはどうして奴隷を帝国に売却しようとしたのですか」
「奴隷をどこにやったと聞いている」
「質問に答えたら、教えます」
「なら教えてやろう。そんなの金に決まっているだろ。ソルレートの奴隷を運ぶだけで金になるんだぞ。こんないい商売はない」
「帝国への奴隷売却は禁止されています」
「ふん。私は王国の上層部の許可を得てやっているんだから、これは合法。それにやっているは私だけではないし、私が裁かれることもないのだよ」
「上層部? いったい誰が」
「私を裏切ったキミに、教えるわけがないだろう」
「・・・ソルレート領民といえども同じ王国民。それを帝国に売り渡すなど、王国貴族として恥ずべき行為。それ以前に良心の呵責を感じないのですか」
「ないな。ソルレートの領民がどうなろうと、この私には一切興味がない。それにソルレート領なんてもともとひどい領地なんだし、貧民なんか奴隷同然だったじゃないか。ましてや新教徒になったやつらがこの国にいても辛いだけだ。それをただで帝国に送り届けてやるのだから、これは私なりのサービスだよ」
「奴隷として送り込んでおいて何がサービスですか。彼らは一生、帝国で最下層民として苦しむのですよ」
「だから、ソルレートの領民のことなど私には興味がないと言っておろう。ソルレートの領民の売却は王国上層部も認めたことだ。キミに教えることは何もない。奴隷は自分で探すから、お前は今すぐここで死ね。騎士団、攻撃を開始せよ」
「ナルティンが攻撃を仕掛けてくる。騎士団、防戦せよ」
駐屯地のテントを借りて、俺たちはガルドルージュ副官のミラージュから報告を聞いた。
「ナルティン子爵は騎士団300を引き連れて、今から3時間ほど前にポアソン領への攻撃を開始しました。ポアソン騎士爵はそれを50の騎士で防戦していますが、状況は厳しく、領地はすでに炎上を始めています」
「フリュ、サー少佐たちがナルティン領に到着するのはいつ頃か」
「早くてもあと2日はかかります。そちらよりはお義父様がポアソン沖で展開している軍艦を向かわせる方が早いと思います。それでもあと6時間ほど」
「・・・それでも間に合いそうにないな。ギルドの転移陣を使うか!」
するとミラージュが、
「冒険者ギルドはすでに焼け落ちて、転移陣は使えないと思います」
「城門はすでに突破されているのか」
「火矢です。街の北部の建物が次々に延焼しており、冒険者ギルドも真っ先に炎上を始めました。騎士団はわたしがここに転移する前まではまだ交戦状態でしたが、城門が破られるのも時間の問題かと」
ギルドの転移陣も使えないとすれば、あとは何が残されているか。ポアソン領の転移陣には俺たちでは繋がれないし、他になにか・・・。
「アゾート先輩、フレイヤーを使うのはどうですか?」
「クロリーネ?」
「一番艦に格納しているフレイヤーで飛べば、船で6時間の距離などすぐに到着可能だと思いますわ」
「なるほど。連絡用の転移陣を使って一番艦にジャンプしよう。ただ、うちの軍用転移陣はサー少佐が持っていったし、この駐屯地の転移陣の設定を変更するのに時間がかかりそうだな」
「アゾート、私の簡易転移陣を使って」
「セレーネの転移陣? どうして?」
「一番艦には私の私物の転移陣がすでに設置してあるのよ」
「え、どうしてそんなことを?」
「私はここが自分の場所だと思ったら転移陣を仕掛けているのよ」
「犬のマーキングかよ!」
「1番艦も私のお気に入りの一つなの。他にも何ヵ所かあるから、気になるなら探してみてね。でも急ぐんだったら、早く私の転移陣を使いなさい」
「セレーネが他のどこに転移陣を仕掛けてるか気になるけど、今はとにかく助かったよ。じゃあクロリーネ、行くぞ!」
「待って、アゾート! クロリーネの代わりに私が行く。だって私の領地だから」
「マール・・・お前さっきまでずっと泣いていたけど、もう大丈夫なのか」
「うん、もう平気。早く行こうアゾート。私の家族や騎士団のみんなを助けないと」
そういったマールの目は、さっきまで泣いていたときと違い、自領の危機に立ち上がる次期当主の、覚悟を決めた目をしていた。
「よし! じゃあセレーネ。早速簡易転移陣を設置してくれ」
俺とマールが転移したのは、一番艦の格納庫だった。騎士団の武装や主砲の弾薬などと一緒にフレイヤーもしっかり積み込まれている。
「セレーネはこんなところに転移陣を設置していたのか。まあいいや、フレイヤーを準備しよう」
俺は格納庫から出て、急ぎ艦橋に飛び込んだ。
「父上、フレイヤーの発進準備を大至急お願い」
「うわっ、アゾート! お前どうしてこの船に乗ってるんだ。フィッシャー騎士学園に行ってたんじゃないのか?」
「それより大変なんだ。ポアソン領が3時間前からナルティン子爵の攻撃を受けてる。大至急、揚陸の準備をお願い」
「揚陸は予定では明日のはずだったが・・・わかった! やっとワシたちの出番か。船の生活はもう飽きた。やっぱりワシは陸地で暴れている方が合ってるな、ガハハ」
騎士団のみんながフレイヤーを甲板に運び出し、垂直に設置する。
マールもあれから猛特訓し、垂直離陸ができるようになっていた。マールの訓練につきあわされていたネオンはウンザリしていたが。
そんなことを考えながら作業をみていると、突然船が横付けされて、聞きなれた声が聞こえた。
「おいアゾート。ワシに内緒でなに面白そうなことやってるんだ」
「うわっ、ダリウス! 何でこんな所にいるんだよ」
「ワシも軍艦を率いて、ロエルの後をつけてここまで来たんだよ。それよりどうだ、ワシの船は」
「真っ赤だな。これメチャクチャ目立つじゃないか。もっと地味な色にしないと、敵に見つかりやすいだろ」
「構わん。見つかれば沈めてやるだけだ。あの帝国艦隊のようにな」
「帝国艦隊? え、帝国艦隊と戦ったの?」
「ああ、輸送艦隊だったが、30隻ほどいたやつは全て沈めておいたわ」
「輸送艦隊を30隻も・・・すごいじゃないか!」
「だろ。捕虜も一応ワシの船に閉じ込めているが、会ってみるか」
「いや、その話は後だ。それよりポアソン領が襲撃を受けている。大至急上陸の準備だ」
「よっしゃー! やっとワシたちの出番か。船の生活はもう飽きた。やっぱりワシは陸地で暴れている方が合ってるな、ガハハ」
「父上と同じこと言ってるよ」
俺とマールはフレイヤーに乗り込み、マールの操縦で船から離陸した。目指すはポアソン領。
「マール、低空飛行で急ぐぞ」
「うん! 無事で待っててね、お父様」
マールの家族はすでにメルクリウス艦隊が保護していることを確認しており、あとはポアソン騎士爵とその騎士団への救援を行うのみ。
フレイヤーは全速力で、陸地に向かって飛行する。しばらくすると、水平線の向こうに陸地が見えてきて何本もの煙が空に向かって立ち上っている。
ポアソン領が炎上しているのだ。
赤く燃え上がる街並みは、恐らく火矢を放たれて発生した火事なのだろう。騎士団はまだ持ちこたえてるのか。マールの父上は無事なのか。
「アゾートっ、あの砂浜に着陸するよ」
「あそこは、夏休みに俺達が遊んだビーチか。しかし砂浜に着陸させるのは危険では」
「街は狭いし炎上もしていて、フレイヤーを着陸させるのはもっと危険だから。衝撃に注意してね」
「マール、うわっ!」
砂浜に水平に突入したフレイヤーは、腹の部分を何度もぶつけてバウンドしながら、急速に速度を落としていった。
俺は後部座席の操作パネルのレバーを必死で握りしめながら、舌をかまないように衝撃に耐えた。
マールはフレイヤーを巧みにコントロールして機体を安定させると、砂浜を駆け抜けるように機体を走らせ、ポアソン邸の裏口に乗り付けて機体をピッタリと停止させた。
操縦うまっ!
「アゾート、フレイヤーから早く降りて! ここから城門まで走るよ。知覚解放後、走りながら戦闘準備!」
「はひーーーっ!」
【無属性魔法・超高速知覚解放】
俺たちは、城門めがけて走り出した。