第116話 決勝リーグ、ブロマイン帝国の戦場
大会4日目。今日から決勝リーグだ。
俺達は9チーム27名はフィッシャー騎士団のドルム騎士団長とともに、ブロマイン帝国との戦争の最前線に向けてこれから出発する。
「私がアゾートの分の荷物準備しておいたから、これを持って行ってね」
そういってセレーネが俺にバックパックを手渡してくれたが、随分と軽いな。
「私とお揃いの軍用魔術具を用意しておいたわ。恋人同士だから、ピンクとブルーの色違いよ。どう、気に入ってもらえた?」
軽いはずだ。バックパックの中を見ると、ブルーの軍用魔術具がいくつか転がっているだけだからな。
セレーネに任せるといつもロクなことにはならないな。でも、魔力の消費量さえ気にしなければこの軍用魔術具は快適だから、ありがたく受け取ることにする。
「ありがとうセレーネ。これ大切にするよ」
「喜んでもらえて、よかったわ」
そんな満足そうなセレーネに気づかれないように、マールがこっそりと俺に袋を手渡してくれた。
「アゾートの着替えよ。準備しておいたから持っていってね」
「マールありがとう。助かったよ」
マールは優しくて気がきくいい子だな・・・。思わず感動して、ちょっと涙が出て来たわ。
領都エーデルから遥か東方にある戦場へは、時間の関係もあり軍用転移陣を利用する。俺たちが強力な魔力保有者だからできることだ。
フィッシャー騎士団が前線駐屯地に設置した転移陣にジャンプした俺たちは、そこで馬を借りて戦場まで移動した。
「さあ、ここが戦場だ。存分に力をふるってくれ」
ドルム騎士団長のこの言葉により、決勝リーグがさっくりとスタートした。
俺は辺りを見渡す。
侵略者側の帝国軍は歩兵中心の部隊で、軍服を着用して標準装備の盾と槍を持ち、前線指揮官の指示のもと、統制とれた行動をとっている。
一方、防衛側の王国サイドは、馬に乗った魔導騎士が高々と名乗りを上げて敵に突撃している。その回りを騎士や兵士が群がって行動し、冒険者や傭兵たちがくっついていく。
イメージとしては、帝国がナポレオン以降の世界観だとすると、王国はまさに中世騎士物語の世界観である。
こんなのでよく戦線が均衡しているなと不思議に思っていると、どうも魔力では王国サイドの魔導騎士の方が圧倒的に強いようで、一騎当千のように帝国の軍隊を蹴散らしているのだ。
・・・俺たちはひょっとして、今突撃していった魔導騎士と同じ役割を求められているのか。
「フリュ、目的のポイントに到達するまで、王国の騎士らしく突撃してみようか。やあやあ我こそは~」
「名乗りを上げるのはどうかと思いますが、我々の目標はこの前線ではなく、さらに奥にある補給基地を叩くことですから、形はどうあれ、途中の敵は殲滅する必要がありますね」
「うん、冗談を言ってみただけだよ。俺たちは俺たちのやり方でいこう。まずセレーネ組が先頭でフリュが侵攻ルートを設定。リーズ組とカイン組はその後について適宜行動してくれ。決して無理はするなよ。それからクロリーネ組は俺の組と合流。6人で行動しよう」
「「「了解!」」」
俺たちが作戦を確認していると、ダンがこちらにやってきた。
「おいアゾート、お前たちは固まって行動してるけど、何をやってるのか教えろよ」
「ダンには言ってなかったけど、俺たちは今ソルレート領への侵攻作戦を進めているんだ。このフィッシャー校との最強決定戦も、その作戦の一つなんだよ」
「ソルレートって、冬休みに俺たちが戦ったソルレート伯爵だろ。それがなんで今頃侵攻作戦を進めてるんだよ。それにソルレート領とフィッシャー領ってかなり離れているし、何がどう関係するのか全くわからねえ」
「話すと長くなるから説明は省くが、この3日間でやることは決まっている。俺たちは帝国アージェント方面軍の補給基地を叩く。そのためには前線を突破してその奥の補給基地まで到達する必要がある」
「決勝リーグはどうするんだ」
「俺たちはこの戦場に来ること自体が目的だったから、予選リーグを突破した時点で目的は達している。決勝リーグはオマケだから正直どっちでもいいよ。ホルスが優勝でもいいし、ダンが狙ってみてくれても構わない」
「あいかわらずお前らしいな・・・まあ、帝国と戦っていることには変わりないから、決勝リーグに参加していると言えなくもないな」
「そうだな」
それから俺たちは補給基地目指して進軍を開始した。ホルスたちフィッシャー校の生徒たちは、戦場設定に何も意見がないようで、フリュの設定したルートにも文句も言わず同行し、敵軍に突撃してはその怪力で兵士をなぎ倒していく。
しかしこのホルス、メチャクチャなパワーだな。さすがフィッシャー本家の次男、一騎当千という名にふさわしい騎士だよ。
一方の俺たちは、いつものように遠隔魔法主体で安全に攻めていこうとしたのだが、帝国軍の魔法防御シールドがかなり強力で、属性魔法では思ったほどの破壊力を出すことができなかった。
あのサリーの固有魔法「マジックジャミング」に似た魔法無効エリアまである。
長年の戦争の中で、帝国軍はアージェント王国の強みである魔法攻撃を徹底的に潰して、物理攻撃主体の戦いに持ち込むことが最適だと判断したのだろう。その結果、魔法王国なのにフィッシャー騎士団のようなパワー系の騎士が活躍しているのだ。
何事にもちゃんと理由があるんだな。
俺たちは物理攻撃主体に切り替えるため、アゾート組、クロリーネ組、カイン組を合流させた9人パーティーを組んだ。
俺とネオンは前衛だ。魔力で強化可能な物理攻撃力を手に入れたので、ホルスのマネをして敵を無双していく。そこにお稲荷姉妹も加わって、4人でバッサバッサのバッサリ感だ。
マールはネオン親衛隊の2人と一緒に、3人仲良く中段で射撃だ。パルスレーザーを使いながら、小銃で敵を掃討している。
修学旅行で俺が簀巻きにされていた間に、マールはネオン親衛隊と仲良くなっていたようだ。予選トーナメントでは親衛隊の武器まで借りていたし、きっと修学旅行の女子トークでクラスの女子同士の結束が固まったのかな。
そしてその後ろは支援担当のクロリーネを守るように、カインが後方の敵をなぎ倒す。
さて俺たち以外のパーティーの様子を見てみる。まずは先頭を進むのはセレーネ組だ。
フリュは・・・おびただしい数のゴーレム兵に囲まれて、悠然と進軍している。俺よりもずっとゴーレム魔法が得意になってるし、さすがゴーレムマスターだ。
その後ろで、セレーネとサルファーがケンカをしている。おそらくAブロックの予選でもあの2人はああやって何もせずにフリュ1人に任せて、このチームは決勝に勝ち上がってきたんだな。
リーズ組は俺たちの後方からついて来ている。
リーズはカインの方をたまにチラチラと気にしていたが、なんだかんだでアイルたちと仲良く戦っている。連携技の指導をしたりしていて、まんざらでもなさそうだ。新入生歓迎ダンジョンを思い出すな。
ダン組は・・・2重バリアに囲まれて悠々と進んでいる。パーラの目も黒くなってることだし、あいつらのことは放っておいても大丈夫だろう。
そんな風に各自の特徴を生かしながら、俺たちは敵陣深くに進攻していったのだった。
1日目が終了し、敵陣から離れた岩場に隠れて今夜の野営を行うことになった。そして予定どおり明日、攻撃目標である敵補給基地を叩く。この基地はアージェント方面軍の前線部隊の補給物資の集積地であると同時に、ソルレート領へ物資を送る拠点としても使われている。
これからソルレート領を兵糧攻めするにあたって、絶対に破壊しなければならない戦略目標なのだ。ここを落とすと落とさないで、後の展開が大きく異なってくる。必ず成功させたい。
「おいアゾート。お前なかなかやるじゃないか。見直したぞ」
夕飯の肉を手にしながらホルスが俺の所にやってきて、隣に腰を下ろした。
「ただのやさ男かと思っていたが、さっきの戦場ではなかなか男らしい戦い方だったじゃないか」
「ここは魔法が使いにくいので、ホルスさんの真似をしてバッサバッサとやってみました。でも今日はホルスさんが圧勝だったんじゃないですか。すごい活躍でしたね」
「いやたぶん、俺は2位だな。1位はフリュオリーネさんだろう。あのゴーレム兵は半端ないな。明日挽回しないと優勝を逃してしまう」
「ゴーレム兵なんて、のろまで役立たずだとずっと思っていたのに、意外と役に立つんですね」
「お前はスピード重視の戦い方だからゴーレムとは相性が悪いだけだよ。魔法は使い方次第、役に立たない魔法なんて一つもないんだよ」
「使い方次第か・・・その通りかもしれませんね。ホルスさんはただの脳筋かと思ってましたが見直しました」
「やさ男に脳筋呼ばわりされたくないが、先輩としてのアドバイスだよ。ところで、お前たちは何か目的があってここまで進軍してきたよな。どこに行くのか教えろよ」
「俺たちは敵の補給基地を叩こうと思ってます」
「補給基地? なぜだ」
「なぜ? 敵の兵站を破壊するのは、作戦としては普通なのでは?」
「普通は指揮官や司令官クラスの首を上げるために進軍するので、そんな地味な目標に突撃するヤツはいない」
発想が中世だな。
フィッシャー領では俺やフリュの発想の方が異端なのかもしれないが、少し説明してみよう。
「例えば司令官クラスの首を上げても、代わりの司令官はすぐに着任します。何事もなかったかのように兵を率いて戦いは続くでしょう。敵の軍勢を見る限り、それほど帝国軍は統制が取れており、層が厚く兵数も多いのです。ところが、補給基地を叩けば、兵たちは飯を食うこともできず、武器や防具も消耗し、戦いを継続することができません。司令官クラスを叩くよりも、はるかに敵に与えるダメージは大きいのです」
「なるほど・・・補給基地は地味だが、そう言われれば司令官よりも魅力的に感じるな。よし、明日は補給基地の撃破を目標に進軍していこう」
横で話を聞いていたドルム騎士団長も俺たちの会話にうなずいている。
帝国軍アージェント方面軍司令部は、突如現れた王国の学生の一団に対応を追われていた。
戦場を高速で移動し、突然現れては大量のゴーレムを召喚させて帝国軍に損耗を強要し、適当なタイミングであっさりと転進する。
ヒット・アンド・アウェイ。
帝国軍を撹乱しその目的すら掴ませず、すぐに行方をくらますのだ。
いつもの王国には見られない統制のとれた行動に、参謀本部は情報の収集と分析を急いでいた。そして、報告書を取りまとめたカフス中佐が司令室に入り、方面軍司令官のヘルツ中将に報告する。
「本日現れた敵は、魔将軍ドルムに率いられた王国騎士学園の学生の部隊、総勢28名。中には魔将ホルスなど、何人か名の知れた魔将クラスの騎士がまとまって行動してます」
「やっかいだな。魔将クラスは単独行動を好み、互いに功を競う奴らだ。普段は連携して行動することはないはず。それでやつらの狙いは分かったのか」
「意図的に隠されているようで、複数のターゲットの中からまだ絞り込めていませんが、一番可能性が高いのがこの司令部だと思われます。いよいよ本気で我々を攻め落とす決断をしたのでしょう」
「だとしてもなぜ、学生ばかりを集めたんだ」
「それは分かりません。ただ単独行動を好む大人より、学生の方が集団行動に向いているのが理由では。それにあの学生たち、一人一人が魔将クラスの魔力を持っており、何人かは魔将軍ドルムよりも強い魔力反応を示しています」
「全員が魔将クラスで、魔将軍ドルムを超える魔力を持つ学生もいる集団・・・こんなことは今までなかったことだ。王国の中で一体何が起こっている」
「突然のことで原因は全くわかりません。ただ、フィッシャー騎士学園ではない学生が大半を占めており、彼らが主導して今回の事象を引き起こしているのではと推察されます」
「なんてことだ・・・とにかく魔将クラスに集団で行動されるとやっかいだ。やつらの魔法を無力化する魔法防御シールドとジャミングを。それから念のため、本国に勇者部隊の派遣を要請しておくように」
「勇者部隊ですか・・・。しかしまだ育成段階だと聞いておりますが」
「場合によっては今後魔力戦に発展するかもしれん。あくまで念のための措置だ」
「はっ!」
カフス中佐が退出したあと、ヘルツ中将は椅子に身体をあずけて、大きくため息をついた。
「・・・特殊作戦部隊のボルグ中佐は大した英雄だよ。王国に乗り込んで3年間も工作活動を続けているんだからな。こんな奴らとまともに戦うよりは、王国内部を瓦解させて仲間割れを誘う方がよほど理にかなっている。一体何が狙いだ、魔族の末裔どもめ!」
2日目の朝、俺たちは今日の作戦についての簡単なブリーフィングを行った。フリュの説明に対し、ホルスが確認する形で進めていく。
「本日の夕方ごろ敵補給基地を叩きます。その間、敵主力を司令部方面に集結させるため、陽動作戦も同時に展開します」
「具体的にはどうするんだ?」
「帝国軍は我々との戦争に備え、対魔導騎士用の軍用魔術具を保有しています。それをなるべく補給基地で使わせないために、司令部への総攻撃をかけている風に装い、こちらへ魔術具を投入させます。昨日の私たちの作戦行動はそれを意図したものでした」
「なんだと? 全く気がつかなかった・・・まあいい。それで俺たちは何をすればいいんだ」
「昨日と同じように、集団になって敵司令部に攻め込むだけで結構です。あくまで愚直に」
「それでどうやって補給基地を叩けるんだ」
「別動隊を編成します。昼過ぎまではともに戦っているふりをしますが、時間になったら別動隊が補給基地に転進します」
「別動隊? 全員で行動するのではないのか」
「はい。補給基地の守りを固められる前に別動隊で奇襲をかけます。メンバーはアゾート様、セレーネさん、ネオンさん、リーズさん、マールさん、それにわたくしの6名です」
「フリュオリーネさんも? いやしかしそれでは決勝リーグの優勝が狙えないぞ。もったいない」
「優勝はホルスさんたちで争ってください。わたくしたちはもともと最強騎士には興味がありません。この補給基地を叩くためだけに、わざわざフィッシャー校まで遠征してきただけですので」
「補給基地の重要性は昨日聞いて理解したつもりだったが、その言い方だと、ずいぶん前から計画していたようだな」
「はい。これはホルスさんがこの学園対抗戦を持ちかけたころから慎重に進めてきた作戦ですので」
「そんな前から? なんだってそんなことを」
「全てはソルレート領に進駐している帝国軍を叩き、ソルレート領を平定するための戦略の一環です。今回の最強決定戦もそのための道具」
「ソルレートに帝国軍がいるなんて聞いたことがない。なんの根拠があってそんなことを」
「独自ルートで情報を入手し、わたしたちが秘密に計画していたことなので、話を知らないのも当然です。ですが、すでに戦端は開かれました。修学旅行に同伴したメルクリウス騎士団はバートリー騎士団と共に、シャルタガール侯爵支配エリアを南に進軍中。間もなくナルティン子爵領に総攻撃をかけます」
「バートリー騎士団だと! それにナルティン子爵領を総攻撃?」
「それだけではございません。マーキュリー騎士団、シュトレイマン派閥連合軍、ベルモール・ロレッチオ両騎士団とも連携し、王国の派閥を超えた連合軍をもってソルレート領を包囲殲滅します」
「そんなバカな・・・。フィッシャー家は何も聞いていない。それにシャルタガール侯爵が黙っていないのでは」
「シャルタガール侯爵には一昨日、ご快諾をいただきましたよ」
「いつの間に!」
「3日目の予選トーナメントの後、ドルムさんが戦争準備をしておくように告げられたでしょう? これが私たちの戦争準備なのです」
「これが戦争準備・・・。ではフィッシャー家を外す理由は?」
「別に外してはおりません。フィッシャー家にはこのブリーフィングで申し上げました。もし我々の連合軍に参加する意思がございましたら、わたくしの作戦にお従いください」
「ぐっ・・・そこまで話が進んでいて今更選択肢もなかろう。フィッシャー家もお前たちに賛同する。後で父上に話をしておくよ。それに自由に戦うことは本来のフィッシャー騎士団の方針だから止める気にはならないし、帝国と戦うことにも変わりない。ルールは少し変わったが、決勝リーグの勝敗もその中でつけさせてもらうさ」
「ご理解いただきありがとうございます。他に質問がなければ、これより進軍を開始いたします」