第115話 ポアソン沖海戦
帝国輸送艦隊探し競争をしていたメルクリウス艦隊は、3番艦が艦艇の発見を知らせる報を伝えた。
「くっそー、3番艦に先を越されるとは不覚」
ロエルがガッカリしながら3番艦に接舷すると、報告のため乗船してきた連絡員から、3番艦が発見したのは帝国艦隊ではなくポアソン領の艦艇だということが伝えられた。
「なんだ、ポアソン領の艦艇か。驚かすなよ」
ホッとしたロエルは、3番艦に随行していたポアソン領の軍艦に接舷し、ポアソン家の騎士を迎え入れた。
「メルクリウス騎士団の方とお見受けするが、私はポアソン家長男で騎士団長のパウエルです」
長男のパウエルの後ろには、ポアソン家の者たちも控えている。
「うむ。ワシがメルクリウス騎士団長のロエルだ。それでパウエル殿はこんな沖まで船を出して、何をされているのか」
「実は、我々はポアソン騎士爵の命により、帝国艦隊の襲撃を逃れてフェルーム領に亡命しようとしているところです」
「なに、フェルーム領に亡命だと? ポアソン領に一体何があったんだ」
「・・・ナルティン子爵から奴隷密売の手伝いをさせれらることになった父が、その奴隷とともに我々を逃がしてくれたのです。帝国の艦隊がすぐにやってくるので、それまでに船でフェルーム領まで行けと」
「ナルティンの野郎か。それでポアソンさんはどうしてるんだ」
「領地に残って領民を避難させ、その後ポアソン領の最後を見届けると」
「そうか。予定より早いな・・・」
「予定?」
「メルクリウス騎士団はこれから、ナルティン子爵領に侵攻してヤツを逆賊として討つ。そのために我々は、このポアソン海域に展開して、出撃の時まで待機しているのだ」
「な、ナルティン子爵領に侵攻!? 逆賊? まさか奴隷売買の件をご存じだったのですか」
「そうだ。息子のアゾートがガレー船を襲撃して奴隷を救出した際、実行犯だった侯爵のバカ息子を締め上げて、ナルティンの野郎が関係していることを吐かせたんだよ。実は本当の敵は別にいるけど、アゾートと嫁のフリュちゃんが考えた大戦略。ナルティン子爵領の侵攻は、その手始めのただの狼煙だ」
「大戦略の手始め・・・。それではナルティン子爵は裁かれるのですか」
「奴の所業についてはすでに証拠は整っている。王都のアウレウス派にも根回し済み。今頃アゾートとフリュちゃんが、シャルタガール侯爵の城に直接乗り込んで行ってる頃だろうよ。ナルティン討伐の許可を出せって」
「なっ!」
「だから、ポアソンさんがナルティンと対決する気なら、我々と馬を並べて戦うがいいさ」
「本当にいいのですか?!」
「マールちゃんの実家だし当たり前だろ。まあ見てなって、ナルティン領ごときワシのエクスプロージョンで丸焼きにしてやるから」
パウエルとポアソン家の皆が呆然としているところに、突然アルゴが飛び込んできた。
「父上! 帝国艦隊を発見しました。見つけたのは2番艦です。大至急、各艦を集結して欲しいとのことです」
「しまった! 帝国輸送艦隊探し競争のことをすっかり忘れてた。というか、2番艦汚いぞ。ワシの集合の連絡を無視しやがって。カイレンのやつに、お前の反則だから飲み会のおごりはノーカウントだと、そう伝えろ!」
2番艦の周辺にメルクリウス艦隊が集結すると、遥か前方に多数の船がこちらに近付いてくるのがわかった。
「ほう、あれが帝国輸送艦隊か」
「カイレンおじさんからの報告によると、見える範囲だけで、護衛艦20、輸送艦5、ガレー船2の合計27隻だそうです」
「よしわかった! 護衛艦は1点、輸送艦は4点、ガレー船は10点だ」
「父上、何ですかその点数は」
「撃破ポイントだ、合計点数の多いヤツが勝ち。ナルティン領を丸焼きにした後の祝勝会は、負けたやつの全額おごりだと各艦に連絡しておけ」
「わかりました。父上」
同刻、帝国輸送艦隊の旗艦では、艦隊司令のネルソン大佐が各艦に攻撃指示を出していた。
「前方の所属不明艦5隻のうち4隻が軍艦、1隻は輸送艦。各艦に通達。護衛艦は4隻1組で連携し、敵艦に接舷して乗り込め。白兵戦の用意をしつつ、全艦突撃せよ」
「はっ! 各艦へ通達後、当艦も突撃開始します」
「よし突撃・・・ん? 今、前方の船で何か光らなかったか?」
「確かに光りました。敵3隻から、チラチラと光が見えますが、なんでしょうか」
「わからんがまあいい。当艦も突撃だ」
ドゴーン! ドゴーン! ドゴーン!
「何の音だ!」
「わかりませんが、前方艦隊の方から聞こえてきます。敵の攻撃でしょうか?」
「攻撃だと? この距離で、どうやって?」
バギャッ!
「司令っ! 右舷7番艦大破! たった今、突然7番艦の艦橋が吹き飛んで、粉々になりました。なんだこれは・・・」
「・・・艦橋が木っ端みじんじゃないか」
「艦長もろとも艦橋の乗組員は全滅したのでは」
「バカな・・・これは敵艦の攻撃なのか? 一体どんな攻撃を受けたというのか」
ドゴーン! ドゴーン! ドゴーン!
バギャッ!
「司令! 今度は3番艦で爆発です。マストがへし折れて船体に大穴が空いてます。どうやら空からものすごいスピードで巨大な鉄の玉が降って来ているようです」
「鉄の玉だと。そんなバカな・・・」
バギャッ! ドゴゴゴーン! バリッ!
「なんだこの揺れは。まさか当艦にもその鉄の玉が・・・」
「司令! 当艦も後部甲板で爆発です。万が一に備えて脱出のご準備を!」
「・・・バカな、バカな、バカな! まだ敵艦とはあんな距離があるのに、我々は何も手が出せず沈没するのか」
「司令! 脱出準備を急いでください、ボートを用意します」
「おいアルゴ。今、戦況はどうなっている?」
「1番艦は、護衛艦1隻。2番艦は、輸送艦2隻。3番艦は、護衛艦3隻です」
「なんだと! ワシがビリではないか。護衛艦なんてどうでもいい、もっと大物を狙っていけ。ガレー船だけを狙うんだ」
「はい!」
「くっそー、このままじゃワシが負ける。何とか挽回しなければ。いっそ突撃してエクスプロージョンで全部焼き払うか」
「騎士団長! 後方から別の艦隊です。帝国艦隊に対して砲撃を開始しましたが、援軍でしょうか?」
「援軍だと? そんなものいないはずだが」
不審に思ったロエルが甲板に出てみると、後方から3隻の軍艦が近づいてきた。その1隻、船体が真っ赤に塗られたド派手な軍艦に乗り込み、船の先端で大砲を撃っていたのはダリウスだった。そのダリウスが大声でロエルに話しかけた。
「ロエル! 面白そうなことをやってるじゃないか。ワシも仲間に入れろ!」
「ダリウス! なんだその趣味の悪い軍艦は」
「灼熱の炎の赤だよ。お前こそなんだよ、その真っ黒な軍艦は。陰気臭い」
「バカ野郎、男なら黒だろうが。アゾートのやつは敵に目立つからもっと地味な色にしろとほざいていたが、男が乗る船は色も強そうじゃないとな」
「お前は弱いから、見せかけぐらいは強く見せとかないとな」
「うるせえ! それよりなんでワシたちがここで戦っているのが分かった」
「お前たちがうちの港から軍艦3隻で出港していくのが見えたから、こっそりつけて来たのだ」
「いやワシたちは隠密行動をとったはずなんだが」
「お前はバカか。前祝いとかいいながら、街の飲み屋で宴会を開いといて、何が隠密行動だ。それに、軍艦に乗り込んでいくお前の楽しそうな顔を見て、ピンときたわ。で、どことやるんだ戦争」
「・・・お前もずいぶんと楽しそうな顔だな。まあいいけど。あいつらはブロマイン帝国輸送艦隊の皆さんだ」
「ほう、ブロマイン帝国か。腕がなるな」
「そうだ・・・お前もやるか? 護衛艦は1点、輸送艦は4点、ガレー船は10点だ。負けたやつが祝勝会のおごりな」
「ほう。で、今それぞれ何点だ」
「・・・ワシが1点、2番艦が2点、3番艦が3点だ」
「ぷっ!」
「くっ・・・」
「いいよ、今から参加してやる。そのぐらいのハンデがないと、お前はワシに勝てないからな」
「よ~し、勝負だダリウス。絶対におごらせてやるからな。アルゴ! ガレー船はどこだ! 二つともワシたちで頂くぞ」
「ガレー船は一番遠いので、ここからでは弾が届きません」
「よっしゃわかった! ワシ達は今からガレー船に突撃をかけるぞ!」
艦隊司令のネルソン大佐は脱出ボートの上で戦況を確認していた。
「司令! 敵艦隊が急速に近づいてきます。遠隔からの攻撃を止めたようです。鉄の玉を撃ってきません」
「なぜだ! あのまま攻撃していれば、あいつらは無傷で勝てたのに・・・だが、接近戦なら我々にもチャンスがある。白兵戦だ」
「はっ!」
「父上! 敵艦が近すぎて主砲が撃てません」
「飛びすぎるのか? 水平に撃てばいいじゃないか」
「それでも、敵艦の上を通過するだけで、船体に弾が当たらないんですよ。砲塔をもう少し下に向けないと無理です」
「前の主砲じゃなくて左右の主砲を撃てば、反動で船が左右に揺れて下に向くタイミングがあるぞ」
「さすが父上。では僕が右主砲を撃つので、父上は左主砲をお願いします」
「よっしゃ任せろ!」
「司令! 敵艦隊が再び玉を撃ってきました。船体を左右に揺らしながら交互に水平に発射してるようで、破壊力が桁違いです。一発で船体が貫通して護衛艦が沈没していきます」
「なんなんだ、あいつらの武器は。ふざけているのか・・・。構わん、とにかく体当たりして乗り込め! 数はこちらの方が多いんだ攻め込めば勝てる」
「司令!」
「今度はなんだ!」
「上空に巨大な魔方陣が出現しました」
「魔方陣だと。あの艦隊の魔導騎士だな。さっきの鉄の玉と違って魔法攻撃なら、艦船用の強力な魔法防御シールドがあるから、大丈夫だろう。対アージェント王国仕様の我が護衛艦隊だ。正体不明艦の魔導騎士など、ものの数ではない」
「父上! 敵艦が接近して、こちらに乗り込もうとしています。どうしますか?」
「よっしゃ! やっとワシの出番だ。チマチマ主砲を撃つのも飽きてきた所だ。ワシのメガトン級のエクスプロージョンをぶっぱなす時が来たようだな」
「あの完全詠唱を試すのですか」
「そうだ。ネオンが城で暇そうにしてたから、捕まえて教えてもらっていたのだ」
「ネオン姉様がすごい嫌そうな顔で、父上に教えてましたよね」
「あいつはアゾート以外には基本塩対応だから、いちいち気にしていたら負けだ」
「・・・ネオン姉様のあの対応は、塩対応という言葉では表現しきれないレベルでしたが、父上は図太くて幸せですね。僕ならショックで部屋に引きこもってますよ」
海面が荒れ狂い救命ボートがひっくり返りそうな中、ネルソン大佐はボートに必死にしがみついていた。
「・・・司令。魔法防御シールドがあるから大丈夫とおっしゃられましたが、なんなんですかあれは」
「私こそ聞きたいよ、なんなのだあのエクスプロージョンは・・・」
「帝国が現在確認している魔将クラスの騎士にあのような特徴のものはいません。先祖返りかもしれませんが、王国には我々の知らない魔導騎士が存在しているのですね」
「そうだな。我々は主にフィッシャー辺境伯の軍勢と戦っているのだから、王国の奥地には我々の知らない一騎当千の猛者たちが隠れているのだろう」
「それにしても、このエクスプロージョンは脅威です。バリアーを突き抜けて、中の船が一瞬で大爆発。後になにも残らず燃え尽きてしまいました」
「他の船もポンポンポンポン、エクスプロージョンばかり撃ち込んでくる。ファイアー程度のお手頃さで上級魔法を使うなんて、どんなやつらなんだ」
「ただ、彼らは護衛艦を無視して先に進んでしまいましたが、どこに行くんでしょうか」
「私が知るわけないだろうが。あっちにはカラッポのガレー船しかないし、やつらの戦略目標がわからん」
「アルゴ、ガレー船を射程距離に捉えたぞ! ダリウスやカイレンよりも先に撃て!」
「はい、父上!」
「そうはさせるかロエル! こいつを食らえ!」
ガゴンッ!
「うわっ、ダリウスのやつ船をぶつけて来やがった。汚ねえぞダリウス。船が揺れて照準が定まらないじゃないか。くそっ、アルゴ構わんとにかく撃て」
「そんな適当に撃ったって当たるもんか。ワシが先に行ってエクスプロージョンで焼いておいてやるよ」
「うるさい、こいつを食らえ!」
ガゴンッ!
「おい、汚いぞロエル。船をぶつけるな! 進まないだろうが」
「バカか。お前が先にぶつけてきたんだろうが」
「父上も、ダリウス当主も、いい加減にしてください。2番艦と3番艦がガレー船に砲撃を始めましたよ」
「やべえ、こんなことしてられん。アルゴ、砲撃開始!」
帝国輸送艦隊の全艦が海の藻屑と消えた海上では、多数の救命ボートが護衛艦の残骸に囲まれながら、荒波に身を任せていた。
「司令、降伏と救援要請を・・・」
「わかっている。狼煙を上げろ」
「司令・・・結局、彼らは何がしたかったのでしょうかね」
「そうだな・・・我が護衛艦隊を無視して、友軍同士が争いながらカラッポのガレー船に群がって集中砲火を浴びせてたな」
「はい、ガレー船が2隻とも沈むと、その後は補給艦に群がってました。友軍同士が船をぶつけ合って、お互いを妨害しあってましたね」
「海賊よりも醜い争いをしていたな、アイツら。そして補給艦が全滅すると、4隻中なぜか2隻だけが争うように護衛艦に突撃してきて、我々は全艦沈められたというわけだ。普通は我が艦隊の主力に対して全戦力を持って当たるのがセオリーだと思うが、あえて半数を遊ばせておく彼らの戦法には、戦術論的にどういう意味があるんだろうか」
「少なくとも帝国軍の教科書とは正反対のことばかりしてますが、結果だけを見れば我々は全滅し、彼らは全艦健在です」
「我々は彼らの捕虜となるが、機会があれば彼らにアージェント王国流の戦術論について教えを請いたいものだな」
ポアソン家長男のパウエルは、フェルーム艦隊の2隻の船に守られながら、メルクリウス艦隊とフェルーム旗艦の4隻による、対帝国輸送艦隊との海戦の一部始終を見ていた。
「すごい・・なんという強さだ、メルクリウス艦隊」
パウエルのため息交じりの言葉に、隣にいたポアソン夫人が静かに語り出した。
「あれがマールといつも仲良くしていただいているメルクリウス家の方々の力よ。城塞都市ヴェニアルを1日もかけずに陥落させて、ソルレート伯爵との管理戦争にもあっという間に勝利して、その伯爵を破滅に追い込んだ戦闘力」
「うわさには聞いてましたが、尾ひれのついた大げさな話だと思ってました。あれがメルクリウス・・・噂以上の強さだ。しかし・・・元騎士爵家とは思えないほどの強力な魔力ですね」
「そうね。マールが王国で勲章を授与された時に聞いたんけど、彼らは特別な家系だとマールが言っていたわ。詳しくは教えて貰えなかったけど、本来伯爵家をも超える魔力を保有する特別な一族なんだそうよ」
「伯爵家をも超える特別な一族か。なるほど、魔力の有無が貴族の資格になっている理由、彼らを見ていると痛いほどよくわかります。あれは普通の人間ではありませんね。特別な力を持つ貴族という言葉が、あれほどピッタリくる人達もいない」
「そうね。そしてマールは、いつもあんな人達と一緒に行動しているのよ。もうポアソン家はなくなったけど、マールのことも少しは認めてあげてね」