第114話 戦場に出るのも戦いだが、貴族は貴族らしく用意周到に
昨日の海賊船狩り競争の結果、ワシは海賊船を2隻沈めてわりと満足していた。なぜなら2番艦も3番艦も1隻しか沈められなかったからだ。
ワシの勝ちだ。カイレンはまだまだワシには及ばないな。
しかし、アルゴのヤツもなんと2隻も沈めやがった。アゾートといいアルゴといい、うちの息子たちは優秀過ぎる。このままではワシの立場がなくなってしまう。
なんか大きな獲物が来ないかなあ。
そういえば、フリュちゃんが言ってたな。ポアソン沖で暇になったら、ノートを開いてくださいって。
ワシはフリュちゃんが作ってくれたワシ専用の作戦ノートを開いた。そこには、今後想定される敵の動きが簡単な挿し絵とわかりやすいフレーズで記載されていた。
フリュちゃんは本当にできた嫁だ。よくアゾートなんかの所に嫁に来てくれたもんだ。これもサルファーとフォスファーというバカ兄弟のお陰だな。あいつらには足を向けて眠れん。すでに一人死んでるけどな、ガハハ。
さて、フリュちゃんの作戦ノートにはこう記されてある。
「革命軍の物資の補給に海上路が使用されている可能性があります。帝国軍とおぼしき輸送船団をポアソン沖で見かけましたら、全て撃破してくださいね、お義父さま」
・・・フリュちゃんがワシを頼ってくれている。
もうハリきるしかないではないか!
「おいアルゴ! 帝国の輸送艦隊がこの辺りにいるかもしれない。誰が先に見つけるか競争だとカイレンたちに伝えてくれ。いい暇潰しが見つかったぞ~」
Dブロックの試合が終わったため、残った時間を使って、明日から始まる決勝リーグのブリーフィングをすることになった。
決勝に残ったのは、3年生はセレーネ組、ホルス組ともう一組のフィッシャー校チーム。
2年生は、俺達アゾート組とダン組、カイン組、1年生はリーズ組、クロリーネ組、フィッシャー校のチームだ。
ソルレート攻略のメンバーは全員決勝リーグに残れた。俺たちアゾート組はギリギリだったけどな。
さて決勝リーグのルールだが、俺達は一兵士として戦場に出陣する。戦場はフィッシャー辺境伯領の東部で、帝国との国境付近にあるダゴン平原。
この辺りは南北に険しい山地が延びているため、この平原が帝国と王国を行き来するための決節点になり、戦場になりやすい場所なのだ。
そんな辺境伯領に、ブロマイン帝国・アージェント方面軍主力部隊が攻めてきている。そしてこれを迎え撃つのが、フィッシャー騎士団と、援軍に駆けつけている近隣領地の騎士団、それに一攫千金を狙う冒険者や傭兵達だ。
そして俺達も明日から3日間、この戦線に参加することになる。
今日のブリーフィングには、俺たちの決勝リーグの審判を務めるフィッシャー騎士団の団長がきてくれた。でも、大事な戦場から離れてこんなことに付き合っていて、本当に大丈夫なのだろうか。
「私が審判のドルム・フィッシャーだ。明日からの3日間、君たちと行動を共にし、最も戦功をあげたのは誰なのかをプロの視点で判定する。必ずここにいる9チーム27人で行動し、戦場もみんなで話し合って決めてくれ」
俺は早速ドルムさんに質問をした。
「戦場を自由に設定できるということですが、俺達はアージェント王国軍としての作戦行動に従わなくてもいいのでしょうか」
「いい質問だ。そもそも王国には王国軍などというものは存在しない。帝国と違って各領主から派遣されてきた騎士団の寄せ集めだから、統一した作戦行動などないのだ」
「そういえば、うちの王国はそんな感じだったな。1年生の社会の授業で確か習った。それじゃあ、ドルムさんは俺達に指示は出さないのですか」
「俺は審判だから一切指示は出さない。君たちが自分達の行動を決めてくれ。ただし、無謀な作戦だと判断した場合は、審判権限としてそれを止めることはある」
「わかりました。これは余計なことかも知れませんが、ドルムさんは俺達学生に付き合っているより、ちゃんと騎士団を率いていた方がいいのでは?」
「騎士団は副団長たちが見てくれるから、俺はいなくても別にいいんだよ。それに騎士団のみんなは自由に戦っているだけだし、俺はどっちに居てもやることは同じだ」
「・・・・・」
「他に質問がないなら今日はもう解散だ。明日からの戦いの準備を各自しておくように」
明日からの決勝リーグの準備はセレーネたちに任せて、俺はフリュとネオンを伴って、ソルレート侵攻作戦を進める。まず最初は、修学旅行に随行していた商人たちに会うことだ。
俺は彼らを集めて、シャルタガール、ソルレート方面へ輸送される穀物その他の生活物資をできるだけ買い占めるよう発注した。それを騎士団が展開中のマーキュリー領を通って商都メルクリウスまで安全に輸送させる。
買付資金はプロメテウス市場の俺の口座から大量供給すると伝えると、商人たちは喜び勇んでエーデルの商業ギルドに走り去っていった。
よし、次だ。
俺達はカインの案内で、エゾルテにあるバートリー本家に来ていた。
「カイン、わざわざ付き合ってもらって悪かったな」
「いや、俺の母上の実家に行くのに、俺がついていかない方がおかしい。婆様に後でぶん殴られるのは嫌だしな」
屋敷の応接室でしばらく待っていると、バートリー家の当主が入ってきた。これがカインの婆様か。
最初にネオンが今回の婚約解消の件を詫び、当主が残念そうな表情でネオンを軽く抱きしめた。
ネオンって、フィッシャー家やバートリー家では、本当に大事にされていたんだな。フェルーム家での扱いとは大違いだ。
ネオンの挨拶も終わり、俺は早速ネオンとともに今回の時間溯行で起きた様々な出来事や、過去で出会ったメルクリウス公爵、ウェイン・バートリー次期辺境伯との話をし、今回の協力に改めて感謝の意を伝えた。
そして今日の来訪の目的が、過去に盟友だった両家の関係を尊重し、俺がメルクリウス家を再興して伯爵位を目指すことを伝えにきたこと、また、そのために今からソルレート領への侵攻を開始する旨を伝えると、突然当主が膝をつき俺に臣下の礼を取った。
「フィッシャー家には200年の恩義があるためメルクリウスの臣下にはなれませんが、メルクリウス立つところにバートリーあり。今回のソルレートへの進軍には、このバートリー騎士団も参戦いたしたく存じます」
俺達はビックリして当主を見るが、俺を見る当主の目は真剣そのものだった。
「ご助力感謝したい。それでは間もなく、メルクリウス騎士団500騎がこの近辺を通過するので彼らと合流し、そのまま南下してシャルタガール侯爵領に進軍頂きたい」
「シャルタガール侯爵領に進軍!・・・侯爵領への進軍となると下手をすれば反逆を疑われるのでは」
「今回に限ってはそこは気にしなくていいんだ。今からシャルタガール侯爵と交渉する予定だが、俺からの提案を侯爵がどう判断しようと、侯爵領への進軍はもはや決定事項。ここから我々の前に立ちはだかるものは、全て蹂躙する」
「すでに準備はできているというわけですね。では、メルクリウス男爵の仰せのままに」
そしてバートリー当主は立ち上がると、カインに向かってこう告げた。
「ネオンを賭けた勝負、お前が負けたのは仕方ないよ。この男爵は少しモノが違うな・・・。お前はバートリーの騎士として、ちゃんと男爵の力になるんだよ」
「わかったよ、婆様」
そして、本日の最後の目的地である、領都シャルタガールの冒険者ギルドに、俺達4人は転移陣を使ってジャンプしていた。
4人といっても同行しているのはカインではない。そう、シャルタガール侯爵の4男のピエールだ。
実は今回の修学旅行、なんと監禁簀巻き旅は俺だけではなかったのだ。
実はピエールも顔を袋で覆い隠されて身体をグルグル巻きにされた上で、メルクリウス騎士団に連行され、フィッシャー領まで馬で引っ張られて歩かされていたのだ。
俺よりもひどい扱いである。
侯爵領までの転移用の魔力も全てピエールから搾り取ったため、ボロ雑巾のようになったピエールを引きずって、俺たちはシャルタガール城に向かった。
侯爵には、アウレウス伯爵を通じてすでに面会の連絡は入れてある。フリュも面識があるようで、俺達は城の応接室にそのまま通されたのだ。
さすが上級貴族の社交界だ。
しばらくすると、応接室にシャルタガール侯爵がやってきた。50前後の痩せた男だ。最初にフリュと何やら長々と挨拶を始めている。それが終わると俺は簡単に挨拶をすませ、ソファーに腰を下ろすと早速本題に入った。
「まずは、ここにいるピエールをお返しします。ソルレート領の領民を帝国に密売する現場を押さえたため、取り調べをしておりました。詳述調書はすでに完成したため、身柄を一旦侯爵にお返ししようと思って参上しました」
それを聞いた侯爵の表情がみるみる歪んでいった。
「それなら王国裁判所につき出せばいいものを、なぜ男爵はわざわざこの男をここまで来たのだ。そんなことは無用だから、その男を連れて帰ってくれ」
「ご自分の息子さんなのに、よろしいのですか」
「こいつが勝手にやったことだ。私には関係ない」
「本当にそうでしょうか。ピエールの証言では、この領地の貴族も関与しているとのこと。侯爵も無関係ではないはず」
「男爵は私を疑っているのかね」
「さあどうでしょうね。ただ侯爵の臣下が実際の密売に関わっていることは、すでに証拠を掴んでいます。今日ここを訪れた目的は、我々がその貴族を討ちに行くための、侯爵支配エリアの通過許可を頂きにきました」
「臣下だと、それは誰のことだ」
「ナルティン子爵です」
「あの忠臣のナルティンが、まさか?」
「事実です。それにナルティンは帝国軍とも繋がりがあり、討伐対象として十分な大義名分があります」
「ちょっと待て何を言っているのだ。男爵の話が全く理解できない。順をおって話せ」
俺は侯爵の表情の変化を観察しているが、嘘をついているようには見えない。フリュに確認しても同じ印象のようだ。
俺は侯爵に背景を話すことにした。
「・・・現在、ソルレート領が革命政府に占領されていることは侯爵もご存知のことと思います。領民による蜂起と自治政府の誕生の陰に、実は帝国軍特殊作戦部隊の暗躍があったことは知られていません」
「帝国軍特殊作戦部隊・・・確か新教徒の部隊か」
「そうです。彼らが領民を扇動してこの革命を起こさせた首謀者であり、その領民の一部を奴隷として帝国本土へと拉致している。その実働部隊としてナルティン子爵が動いている。つまり売国奴ですよ」
「まさか・・・証拠はあるのか」
「あります。奴隷の輸送に使用したガレー船は我々が確保しており、奴隷も全て保護しソルレート領で行われている実態も把握済み。ナルティン子爵と帝国軍の繋がりを示す証拠も揃っています」
「であれば男爵がわざわざ討伐を行わなくても、ナルティンを裁判所に告発すれば済むこと」
「証拠はありませんが、帝国軍を引き入れた黒幕が王国の上級貴族内にいます。今裁判所にナルティンとそこのピエールを引き渡しても、とかげの尻尾切りをされて、真の病巣を取り除けません」
「だから私を疑っていたのか・・・。だが、私がその黒幕ということもあるが、そんな話を私にしてもいいのか」
「その可能性はもちろんありましたが、侯爵はそこのピエールの共犯として立件できるので話しました。今回の一連の事件の証拠は、すでにアウレウス伯爵に渡しておりますし、必要があればジルバリンク侯爵を通してシュトレイマン派の力も借りるつもりです。いかに侯爵と言えども、あなたは王国法に基づき処分されます」
「上級貴族の大半をすでに味方につけているのか。ずいぶんと根回しがいいが、私を裁判所につき出すことが目的なら、わざわざこんなところまで男爵がくる必要はない。男爵は本当は何がしたいのだ」
「ソルレート領への侵攻。そのためにシャルタガール侯爵支配エリアの通過許可と、ナルティン子爵領への侵攻許可、またナルティン子爵討伐後は、その領地を俺のものにする許可。この3つを頂きたい。そうすれば、今回の件はピエールの独断であったことを俺が裁判所に証言します」
「何だと、ナルティン領への侵略に目をつぶれということか!」
「侯爵のお返事がどうあれ、明日には俺の騎士団が侯爵支配エリアに進入します。逆らうものは容赦なく蹂躙するよう命じていますので、どうぞご理解ください」
「何がご理解だ・・・男爵はそこまでして、いったい何がやりたいのだ」
「俺はソルレート領を手に入れて、伯爵位を取りに行きます。戦乱の世の貴族の行動としては、特におかしくはないと思いますが」
「・・・ふっ。誰の入れ知恵かは知らんが、完敗だよ。男爵の要求は全て飲む。好きにするがよい」
「ありがとうございます」
「男爵のお手並み、じっくりと拝見させてもらうとするよ。戦乱の世の若き英雄のな」




