第111話 パーラの漆黒の瞳
固有魔法「リフレクト」の発動で戦闘不能になっていたハシムだったが、休養が十分とれたようで、順番を後回しにしていたFブロック予選トーナメントの決勝戦がようやく開始された。
俺はこの試合を近くで見たかったため、観客席ではなく予選出場者用の控え席で、カインとともに観戦している。フィッシャー校のハシム組の戦いに興味があり、カインに解説をお願いしたのだ。
さてこの一戦、序盤展開は単純な力のぶつかり合いになっていた。
ダン組はすでにアネットとパーラの2重バリアーの存在を知られており、ハシム組も固有魔法リフレクトやバリアーブレイクの存在が知られている。
お互い手の内がある程度明かされているため、両者ともそれを封じる作戦みたいだ。
ハシム組がバリアーブレイクを仕掛けようとすると、先にアネットがバリアー飛ばしを発動する。一方ダン組には、ダーシュ組のような大魔法がないため、リフレクトのようなカウンター技を使うタイミングがない。
そういった相性の違いからか、俺の予想に反し、試合はダン組優勢で進んでいった。
だが、ダン組にも弱点がある。アネットは純粋な騎士タイプであり魔力はあっても魔法が苦手なのだ。だから無属性魔法のバリアーしかまともに使えない。それはパーラも同様で、もともと戦闘には興味のない生粋の令嬢であったパーラは、ダンと一緒にクエストがしたいため、アネットからバリアー飛ばしを教えてもらっただけなのだ。
結果、魔力の強いチームにも拘わらず、属性魔法はダンの水魔法のみという偏った編成になっている。当然ダンはこのチームの主力剣士なので、魔法なんか使っている暇はない。
結果、3人とも物理攻撃という編成なのだ。
むしろフィッシャー校であるハシム組の方が、属性魔法による攻撃が得意というボロンブラーク校っぽい編成になっている。
しかしハシム組は今のところ、前の試合で見せたエレクトロンバーストなどの属性魔法を使用していない。おそらくアネットたちの2重バリアーを突破できる自信がないからだろう。
そういったことから、戦いは終始物理攻撃の応酬になっていた。
だが、バリアーにも魔力は当然使用する。とくにバリアー専用魔法ならその消耗も大きい。だから先に魔力が枯渇し始めたのはアネットだった。
「くっ、そろそろ魔力がなくなってきたわ。このままだとじり貧よ? 突撃する?」
「ああ、そうだな。まずはあの雷属性野郎を倒すか。バリアーが切れたら、魔法を撃ってくるはずだから」
ダン達の作戦が決まったようで、バリアーはパーラの1枚にして、ダンとアネットが雷属性の生徒に肉弾戦を挑んだ。だがハシムも素早く反応し、結局ダンとハシムの1対1の戦いと、それ以外の4名の戦いという構図に変化した。
ダンとハシムの打合いは壮絶だった。
ハシムのパワーはダンを上回っており、ハシムの剣撃を受けるたびにダンがバランスを崩す。だが、スピードではダンが遥かに上回っており、手数でハシムを圧倒する。
ハシムが辺境伯家分家筋であり、対するダンが無名の騎士爵家であることを考えれば、大健闘といったところだろう。
フィッシャー校の生徒たちもその事実に気付き、驚きを持っての観戦となっていた。
ところが突然、会場に大歓声が起こった。アネットの方で動きがあったのだ。
相討ちだった。
「ダンとハシムに集中してて、アネットの方を見てなかった。カイン、何があったんだ?」
「アネットの放ったバリアーが2人まとめて壁に押し潰して、戦闘不能に追い込んだんだが、アネットも既に発動していたエレクトロンバーストを受けて戦闘不能になったんだ。あんな相討ちの仕方初めて見たよ」
「まじか。魔力切れのアネットが、最後のバリアーを相手にぶつけたってわけか」
「パーラもバリアーを伸ばそうとしたんだが、間に合わなかった」
「壮絶な結果だな・・・」
会場からは惜しみ無い拍手が送られ、スタッフ達が三人の身体を試合場の外に運び出していた。
パーラは急ぎ、ダンのもとへ駆けつける。これで、人数的には2対1と優勢になったが・・・。
さっきまで互角の打ち合いを演じていた両者であったが、やはりパワーの差が大きかったのか、ダンが少しずつ追い込まれていた。
「やはり一発ずつのダメージが大きいから、ダンが先に限界に来たようだな。そのあたりは剣術実技でお前とダンが戦ってるときと全く同じ展開だな」
「俺よりハシムの方が剣術は上なので、ダンはよく頑張った方だと思うぞ。あとでねぎらってやろうぜ」
ジリジリと後退していくダンを見て俺達は、ダンはそろそろギブアップするころだなと感じていた。
優勝はハシム組で決まりだなと思っていたそのとき、その異変は起こった。
ダンを心配そうに見つめていたパーラの瞳が、突然黒く変化したのだ。
え?
「ダン様を傷つけるアイツいらない。私たちの前から消えてちょうだいませ」
そうパーラが言った瞬間、今までダンを追い詰めていたハシムが、突然倒れて地面深くめり込んだ。
「ぐふっ!」
ガーン ガーン ガーン ガーン ガーン
頭上から機械的に打ち込まれる不可視の何かが、ハシムの身体を地面にめり込ませる。
「こ、これは、パイルバンカーだ・・・」
俺は思わず唸った。
工事現場で地中深くに杭を打ち込むように、何かがハシムを打ち付けている。
「ダン様を傷つけるものは私が全て消してあげる。消えて、消えて、消えて、消えて、消えて・・・」
ガーン ガーン ガーン ガーン ガーン
パーラの漆黒の瞳から、闇の魔力がほとばしる。
「アイツ光属性なのに、なんでだよ!」
そんな俺のツッコミと同時に、地中から魔法詠唱が聞こえた。
ハシムだ。
こいつも黙ってやられるようなやつじゃなかった。
【無属性固有魔法・護国の絶対防衛圏】
ハシムが最強のバリアーを展開させ、地面から這い上がってきた。
身体はボロ雑巾のようになっているが、リタイアギリギリで踏みとどまったようだ。
「なんだコイツの攻撃は・・・バリアーを俺に打ち込んできやがったのか。なんて非常識な」
ハシムがパーラを睨み付ける。だが、
「あらアナタ、なぜまだ消えてないの?」
パーラが不思議なものでも見るかのように、首を大きくかしげている。
そんなパーラの目には、ハシムの姿なんか欠片もうつっていない。
その瞳はただ漆黒の深淵が、ポッカリと空いているだけなのだ。
俺はゾッとした。
これが異世界のヤンデレか。まるで虫を踏みつぶすかのような感覚で、正体不明の攻撃魔法を平然と撃ってくる。
こんなヤツの相手をしていたら、本当に殺される。
だが俺の心配をよそに、絶対のバリアーに守られたハシムは、ここから反撃のチャンスをじっくりと狙っている。
だがパーラが突然叫んだ。
【バリアーブレイク!】
パリーン!
「なにーっ! ご、護国の絶対防衛圏が破られた!」
ハシムが驚愕した表情で叫んだ。
「おいカイン。これはどういうことなのか解説を頼む」
「わ、わかった。ハシムはフィッシャー家の分家で、バートリーの血も少し混じっている。だからバートリーの固有魔法も使えるんだが、血の薄さもあり完璧なバリアーからは程遠いんだよ。それでも最強のバリアーであることにかわりないので、本当は学生ごときに破られるはずがないものなんだ。だから慌ててるんだろう」
「というか、そもそも護衛の絶対防御圏をバリアーブレイクできるんだ」
「普通はできない。バリアーブレイクは、同等レベルのバリアー同士の対消滅を原理としているのであって、護国の絶対防衛圏は通常よりもハイレベルのバリアーだ。だから相当強い魔力差がなければこんなことは起こらない。そもそも最近までバリアーブレイクを知らなかった人間にできるはずがない。パーラってすごいよな」
カインは単純にパーラをほめているが、俺はそんな気分にはなれなかった。
そんなあり得ないことを、彼女はいとも簡単にやってのけた。
そのことだけではない。彼女が作り出したバリアーがおかしい。明らかに攻撃の意図をもった禍々しい魔力のオーラが混ざっている。
ヤンデレは恐い・・・。
ハシムも恐怖に怯えている。そらそうだろう、ただ見ているだけの俺だって恐いのだから。
顔面蒼白のハシムは、完全に戦意を喪失したようで、手から模擬剣がこぼれ落ちていた。
だが、パーラにはそんなハシムの様子が何も見えていない。
というかそもそもハシムのことなんか、路上の虫けらぐらいにしか興味がないのだろう。
パーラはつかつかとハシムに近づくと、右手でハシムの首を締め上げ、身体ごと地面に叩きつけた。
「えーーーっ、どんな馬鹿力だよ!」
そして馬乗りになったパーラが、ハシムにトドメを指そうとしたところでダンが止めた。
「あ、ありがとうパーラ。俺はキミのお陰でこうして無事だよ。戦いは俺たちの勝利だから、キミは俺のためにこれ以上手を汚すことはないよ」
するとパーラの目が元通りに戻って、
「まあ! ダン様はわたくしのことを気遣って下さるのね、素敵! わかりましたわ。このような虫けらの処理は学園のスタッフにお任せして、わたくし達はお茶会にでも参りましょう」
「そうだねパーラ。アハハハハ」
「オホホホホ」
俺はいつものキャラじゃないダンの様子を見て「あいつも苦労してるんだな」と、涙を浮かべずにはいられなかった。
Fブロックはダン組の決勝リーグ進出が決まったが、会場に歓声はなく、水を打ったような静けさだけが残った。
ついに私たちAブロックの予選トーナメント決勝戦が始まる。
私たちのチームは、アウレウス派の魔力トップ3で構成した決勝リーグに残るためのガチのメンバー。アイル、ロックも含めて全員が魔法タイプ。
一方のカレン様のチームは、ザックと2人魔法タイプがいるのはわかるけど、たぶんモナ様はお稲荷姉妹と似た剣士タイプだろう。だってモナ様は、カレン様の護衛騎士だから。
実力伯仲。どちらが勝ってもおかしくない試合だけど、最後に立っているのは、このリーズ様よ。
審判の合図により試合が開始されたが、私の戦法は当然これ。
【火属性上級魔法・エクスプロージョン】
【無属性固有魔法・超高速知覚解放】
私は開幕ブッパをした後高速化し、カレン様への突撃準備を整える。
カレン様たちも私の高速詠唱は折り込み済みで、既にバリアーを展開済みだ。だけど私のエクスプロージョンの白い光点はそのバリアーを侵食し、中に侵入していく。
「私特製のスーパー・キャビティー・ボムを喰らいなさい」
バリアーを突破した光点が炸裂の瞬間消失し、代替のスタン波がカレンたちに降り注ぐ。
「決まった!」
私はこの一発で何人倒れるか期待していたが・・・あれ、誰も倒れない。ザックがちょっと怯んだだけ。
「え、どうして誰も倒れないのよ~!」
スーパー・キャビティー・ボムが発動しなかった理由は後でお兄様に聞くとして、次よ。
私はカレン様目掛けて突撃した。誰も私のスピードに追い付くことはできない。
と思っていたけど、私の前にモナ様が立ちはだかった。
「も、モナ様。どうして私の速さに追い付けるの?」
「それはこちらのセリフよ。なぜ魔法タイプのあなたが、私と同じ速さで移動できるのよ」
マズイ。モナ様がいたら、私のスピードが全く活かせない。
仕方がないからカレン様への突撃はあきらめて、模擬剣でモナ様をぶっ叩く。
だけど、モナ様は私の剣を軽々と受けると、反撃を私に打ち込んできた。
バギャッ!
その長身から振り下ろされる剛剣が、一撃で私の物理防御バリアーを破壊する。
コイツはヤバい。近接戦闘だと勝てないわ。
私は距離をとってファイアーを放つ。ゼロ距離ファイアー程ではないが、お兄様から教えてもらったプラズマ弾というやり方は、魔力効率が高いと聞いている。
なぜなら普通のファイアーの様にメラメラとした炎が存在せず、全て純粋な熱エネルギーに変換されているからだそうだ。
何度聞いても意味がわからないけど、ソイツを食らえ!
「ウグッ!」
モナ様に効いた。でも思った程じゃないな。普通のファイアーと同じ感じだ。後でお兄様にプラズマ弾があまり効かなかった理由も教えてもらおう。聞くことがどんどん増えていくな。
私がモナ様とマンツーマンの近接戦闘を続けている間、残りの人達は体育館全体を使って魔法戦を繰り広げていた。アウレウス派の方が少し魔力が強いが、中立派は基本5属性が全て揃っていて、戦い方のバリエーションが豊富だ。勝負はどちらに転んでも全くおかしくはない。
上級魔法を発射してはバリアーで防ぎつつ、反対属性魔法でカウンターをとる、王道魔法バトルを繰り広げている。
私もあっちに参戦したい!
こんな肉弾戦はイヤだ!
私は再びカレン様に突撃を開始するが、すぐにモナ様に防がれて、あちらに近付くことを阻止される。たぶん私を引き離す作戦のようね。
私が渋々モナ様と戦っていると、彼女が私に話しかけてきた。
「ねえリーズ様。あなたはどうしてカイン様にちょっかいをかけようとしてるの。派閥が違うでしょ」
この子、余裕ね。戦いの最中に話しかけてくるなんて、きっと強キャラ感を演出するつもりね。
それじゃ私も余裕を見せて、強キャラ感を出していくわよ。
「どうして? フッ、愚問ね。カッコいいからに決まってるでしょ」
決まった~! この上から目線の態度で、マウントをとったのはこの私。
「・・・それだけ?」
「フッ・・・他に何があるというのかしら?」
「実はフィッシャー家とアルバハイム家の分裂を狙った、アウレウス派の策謀とか?」
難しい話に持ち込んで、マウントを取り返そうとしているのね。そうはいくか。
「・・・何の話かしら?」
「フィッシャー家のお家騒動に乗じて、アウレウス伯爵が仕掛けたハニートラップでしょ、あなた」
くっ・・・私の知らない単語が出てきた。
「お、お家騒動って何? ハニートラップって?」
「まあ、とぼけるおつもりね。いいでしょう、教えて差し上げます。メルクリウス一族をめぐる、フィッシャー家の正妻と側室の争いのことですが」
「・・・モナ様。そういう難しい事を言えば、強キャラ感が出て私が怖じ気づくと思ってらっしゃるの? 残念ながらそんな作戦など私には通じません」
「強キャラ感とは何ですか?」
「まあ、おとぼけになって。強キャラ感とは、バトル展開で優位に立つために、強そうな雰囲気を出して相手を怯ませる作戦でございます。お兄様から教えていただきましたのよ」
「わたくしは、強キャラ感を出そうとしているわけではございません」
「ふん、どうだか。そもそもフェルーム一族に強キャラ感を出そうとしても無駄です。火力が正義なのですのよ」
「リーズ様が何をおっしゃっているのかさっぱりわかりませんが質問を変えます。カレン様がカイン様と婚約されても、特に文句はないのでしょうか」
「ございます」
「なぜでしょうか」
「わたくしもカイン様を狙っているからです」
「やはりアウレウス派の陰謀・・・」
「フェルーム一族はセレン姉様とお兄様が婚約していたように、火力で結婚相手を決めるのです。カレン様とはまだどちらが強いか勝負してないし、強い方がカイン様と婚約すればいいじゃないですか。それにフィッシャー家の中でメルクリウス一族めぐる争いをしているのなら、私もワンチャン参戦してもいいってことですよね。よっし、がんばらなきゃ」
「・・・ダメだ。この脳筋には話が通じない」
「私が脳筋なんて失礼な方ね。いいですか、モナ様? 脳筋というのはうちのお父様とかセレン姉様みたいな人の事で、フェルーム一族の中で私は、お兄様やアルゴと同じ頭脳派に分類されているのよ」
「そのフェルーム一族全員が脳筋なのでしょう」
そうして私たちがいつ終わるともわからぬ泥沼の論争を繰り広げている間に、王道魔法バトルの方はアイル以外の全員が戦闘不能になっていた。
ボロボロになったアイルが私に助太刀してくれたおかげで、この泥沼の膠着状態から抜け出し、モナ様を打ち破った私たちが決勝リーグに進出した。後でお兄様に自慢しよう。
帝国軍特殊作戦連隊・補給部隊隊長として、このソルレート領民軍の維持や新たな徴兵に必要な物資を確保するのが私の役目だ。
物資は帝国本土から送られてきたり、王国の商人から購入したりして、複数ルートに分散して密かに運びこんでいる。
そしてもう一つの仕事は、新教徒に教化した領民の一部を奴隷として帝国本土に送ることだ。
「デルト中尉、報告があります」
私の執務室に部下が報告に来た。
「わかった。報告は手短に頼む」
「はっ! 帝国本土からの物資が明後日バーレート港に到着予定です。あわせて奴隷運搬用のガレー船が2隻到着し、こちらはポアソン港で奴隷を受け取った後、本国へ引き返す予定です」
「ポアソン港? 予定ではバーレート港ではなかったのか」
「はっ! ナルティン子爵の配慮で、海路での敵の襲撃を避けるため、なるべく帝国本土に近い港を使えるようにしたとのことです」
「ナルティン子爵か、悪くない提案だな。それでは奴隷はポアソン港に運べばいいのか」
「すでに陸路で輸送中であります。まもなくポアソン港に到着し、ガレー船到着までポアソン騎士爵が隠蔽しておく手筈になってます」
「随分と手回しがいいんだな。わかったそれでいい。ところで、行方不明のガレー船の調査は進んでいるのか」
「いえそれが、ガレー船が影も形も見つからず、ナルティン子爵が配下を使って捜索に乗り出したようです」
「影も形も見つからない、か。襲撃したのはただの海賊ではなく、統制のとれた軍事組織かもしれないな。現在交戦中の領地の騎士団の動きにおかしな所がないか、監視を続けるように」
「はっ!」
「それから、新しいガレー船の護衛はどうなっている」
「今回は帝国の正規兵がガレー船に乗船し、帝国輸送船団の護衛艦も護衛の任につきます。また海賊どもも海賊船で帝国まで随航する手筈になってますが、海賊船はすでに予定海域であるポアソン沖に到着している頃です」
「よろしい。それで進めてくれ」