第11話 モテない同盟
それから数日、放課後にセレーネを見かけることはなく、今日もなんとなく部室に立ち寄っていた。
「あらアゾート。部室になんの用事?」
サーシャが声をかけてきた。
「セレーネが来てるかなと思って」
サーシャが俺の顔を少し見て、それから何かを考えるようにうつむいた。
「セレーネからは何も聞いていないの?」
「ええ特には」
「そう」
そこへ女子生徒が部室に入ってきた。
「シュミット先生が呼んでるわ。研究室まで一緒に来て」
その女子生徒はシュミット先生のゼミに所属する上級生で、俺を呼びにクラスまで行ったらコチラではないかと言われて、部室まで俺を呼びに来てくれたらしい。
俺はその女子生徒と一緒に研究室に行くことにした。
「上級クラスの3年生のハワード・シーリングという生徒を知っているか」
「魔法訓練棟で一度会ったことがあります。一方的に訓練棟の使用禁止を言い渡されました」
「実はその魔法訓練棟使用禁止の件について彼から学園側に正式に要望が出され、学園がそれを受理してしまったんだ」
シュミット先生によると、受理したのはベラ・シャウプという魔法講師で、普段からハワードたち上級クラスの生徒を特に贔屓している人らしい。
要望を受理したことについてはシュミット先生をはじめ反対した講師も何人かいたのだそうだが、シャウプ先生に押し切られた形でその要望を認めてしまったのだ。
「魔法訓練棟作用禁止は、君たちだけではなく騎士クラス1年生全体が対象だ」
「そんな!」
俺たちだけの話なら別にやりようはあるのだが、1年の騎士クラス全体となるとみんなに迷惑がかかってしまう。
申し訳ない気持ちになりながらも、上級貴族だからといってこんな勝手が許されるのはおかしい。
騎士学園は、将来のアージェント王国を支える騎士を育成する王国の機関であり、その目的を損なう行為は例え上級貴族であっても許される訳がない。
ハワードによる理不尽な行為に怒りを感じている俺に、シュミット先生は冷静に話し始めた。
「アゾートは王都にある騎士学園について何か聞いているか」
「いえ、何も」
「私は数年前まで王都の騎士学園で講師をしていたんだ」
先生によると、王都の騎士学園は階級意識がとても強く、伯爵位以上の上級貴族が絶対的な権力を持っており、中級貴族以下は発言権すらない状態なのだそうだ。
学校の施設を使用する際も常に上級貴族が優先され、中級貴族以下は事実上使用することができない。
そのため、ちゃんとした騎士教育を受けたい貴族の子弟は、王都の騎士学園には入学せずにボロンブラーク校かフィッシャー校のどちらかを選ぶ。
王都の騎士学園にいるのは、親の言いつけで主君の子弟の取り巻きを命じられている中級貴族のみであり、下級貴族で在籍している者はいないらしい。
そんな学校なので教育レベルは低下し、ほとんど貴族の社交の場としての機能しか果たしていない。
だから、ハワードの要望を受け入れるということは、この学校も王都のようになってしまう可能性があるということだと先生は説明する。
「私の方からこの要望を撤回するよう働きかけてはいくが、しばらくは私や何人かの同僚の研究室の訓練施設を使えるようにするつもりだ」
「気にしていただいて、ありがとうございます」
俺はシュミット先生にお礼を言って研究室を出た。
ハワードやハーディンたちに怒りを感じつつ、上級クラスと言えばセレーネに付きまとっていたあの5人組も結局ダンジョン部を次々と辞めていったな、と思い返していた。
彼らは新入生歓迎ダンジョンではほとんど活躍できずに散々だったようで、冒険がしたくて入ってきたわけでもなく、目的のセレーネにも全く振り向いてもらえないため、モチベーションが下がったのだろう。
逆に俺達5人はもうすっかりダンジョン部に馴染んでおり、先輩たちと一緒にダンジョンを冒険していたりする。
ダンなんかは、最初のダンジョンで味をしめたのか財宝探索にすっかりはまっており、カインやマール、先輩たちにも声をかけて、週末冒険者としてダンジョン探索に出かけていく。
俺とネオンは魔物の討伐のクエストを積極的に受注して敏捷性強化に取り組んでいた。例の古代魔法を完全に自分のものにすることを優先しているためだ。
鍛錬の成果も徐々に出てきて、今では俊敏なウォーウルフ数匹を相手に、近接戦闘で完全に避けきれるまでになった。
「よし、いろいろと心配の種は尽きないが、今は強くなることだけを考えよう」
俺はネオンと剣術の訓練をするため訓練施設に向かった。今日は例の知覚魔法を体に馴染ませる予定であり、ネオンには先に行ってもらっていた。
ネオンとの模擬戦が始まった。
速攻、ネオンの全力の剣が上段から振り下ろされる。鋭い。
その軌道を俺はギリギリ認識し紙一重でかわす。
その回避行動の流れそのままに、下段から斜め上へ剣を最短で振り上げネオンの胴を狙う。
無駄のない動きだ。きまった。
ネオンを仕留めたと思ったが、うまく右にかわされれて俺の剣が空を切る。
ネオンも腕をあげている。
互いに最適の剣戟を繰り出すも、やはり互いに剣筋をギリギリ見極め、剣が空を切り続ける。
一度のミスが決定打になりそうな打合いが続き、空を切り続ける二人の戦いは持久戦の様相を呈する。
こうなれば体力勝負だ。
疲労が溜まれば、剣筋を目で捕捉できても体が追いつかず回避できなくなるはず。
そこを狙う。
既に30分は打ち合っているが、ネオンの体力が予想以上に高くなかなか動きが鈍らない。
むしろ俺の方がヤバくなってきた。
ネオンの動きが捉えづらくなってきた。ここにきてスピードが速くなって来た気がする。
コイツにだけは負けたくない。くそっ。
そろそろ気力体力ともに限界なので、一か八か勝負に出る。
俺は全力で上段からネオンめがけて渾身の一撃を喰らわせた。
ネオンもそれに合わせて強く踏み込み、剣戟を横一閃に叩き込む。
ガッキーン
互いの剣が真正面からぶつかり、その衝撃で二人の体が逆方向に吹き飛び、俺たちは床に仰向けに倒れこんでしまった。
完全に息が上がった。
もう立ち上がれない。
大の字に寝転がったまま、肩で大きく息をする俺とネオン。
この模擬戦を見ていた生徒たちは、俺たちの高速の打合いにドン引きしていた。
「なんなんだ、あいつらのスピードは。学生のレベルじゃねーぞ」
「中間テストの剣術順位戦、あいつらと当たらないことを祈るわ」
「ねー、今日の放課後はみんなで中間テストの勉強会をしない?」
中間テストが迫ったある日の午後の昼休み、マールが思い立ったように提案した。
「勉強会か。座学苦手だし俺としては助かる」
カインも賛成のようだ。
「じゃあ決定だな。今日は何をする」
「社会かな?」
「俺が教えてやろうか」
「ダンは...ちょっと不安だから、アゾートに教えてもらうかな」
「ああそうかよ」
マールはダンに対しては遠慮がないな。からかうシーンをよく見かける。
「俺でよければいくらでも教えるぞ」
「ありがとアゾート」
マールがにっこり微笑んだ。しかしすかさずネオンが横やりを入れてきた。
「いや、アゾートの説明はすごく細かくて分かりにくいので、マールには僕が教えるよ」
「ネオンも教えてくれるの。両手に花だね」
「俺は花ではないと思うが」
そして放課後、俺たちはBクラスの教室に集まって、勉強会をすることになった。
とりあえず俺の席の近くに机を集めてくっつける。
クラスでの席順どおりに俺の右隣がマール、ダンが自分の机の向きをひっくり返して俺の向かいになる。
「みんなすまないが、この子たちも勉強会に参加したいそうだ」
ネオンが女子生徒たちを引き連れてこちらにやって来た。
「もちろん構わないが、ってクラスの女子全員じゃないか」
入学から1か月以上過ぎ、ネオンのまわりにいた女子生徒たちが徐々に結集し、ネオンのファンクラブを結成するに至った。
今ではマールを除くクラスの女子全員がファンクラブのメンバーだ。
勉強会の話を聞きつけた彼女たちは、自分たちも勉強会に参加したいとネオンに希望した。
結果、言い出しっぺのマールを含め、クラスの女子全員が勉強会に集まってしまった。
ちなみにそのファンクラブには裏の目的があり、クラスで一番の美少女であるマールがネオンとくっつくのを阻止するための互助会組織であることを、メンバー以外誰も知らない。
そしてここにもう一つ、クラス内に密かに結成されていたある団体が、初めてその姿を見せた。
「やってらんねえな。お前らの勉強会にクラスの女子全員独占かよ。うらやましいよダン」
どこからかクラスの男子たちの恨み節が聞こえてきた。
「女子全員ネオン狙いだから、お前らとそう変わらん」
「そういやそうか。だったらダンとアゾートも俺たちモテない同盟と一緒に勉強会やらねーか」
「そんな同盟いやだよ。お前らと一緒にするな」
モテない同盟。
クラスの女子全員がいつもネオンにくっついているため、あぶれた男子生徒たちがいつしか結集しなんとなくできた組織だ。
ちなみに裏の目的は特にない。
そしてどこからか今日の放課後に勉強会が開催されるという話を聞きつけ、放課後になっても学校を帰らずに教室の中でずっと待っていたのだ。
そして勉強会が始まりそうになると、同盟の男子生徒が俺たちの近くにわらわらと集まってきて勉強を始めたのだ。
結局クラスの大半が集まってるような気がする。
ネオンは最初、俺とマールの間に座ろうと考えていたようだが、ファンクラブの女子たちに阻止され、結局俺たちとは少し離れたところで女子生徒に囲まれて勉強会を始めている。
そこへ遅れてカインがやってきた。
「このクラスは相変わらずだなぁ。ネオンに女子が群がっていて、残り者の男子が集まってるのか」
そういってカインはダンの隣、マールの向かい側にどんと腰かけた。
「見方を変えれば、マールの周りに男子全員集まっているようにも見えるな」
「そう言われれば確かに!私モテモテね」
マールがフフンと軽くガッツポーズ。ダンが呆れ顔で「何がモテモテだよ」とツッコンでる。
結局ネオンがこちらに来られないので、俺がマールに勉強を教えることになった。マールとカイン、ダンからわからない部分の質問を受けて説明していく。
ネオンは俺たちのことが気になるようで、さっきからチラチラこちらを見ている。
「ところでさ、前から聞きたかったんだけど」
マールが俺の耳元で小声で聞いてきた。
「あの毒虫の沼で使った土魔法って一体何だったの?」
「あれは少し難しくて、うまく説明できるかどうか」
「私には言えないことなの?」
マールが不安そうにこちらを見ている。そういう顔をされるとどうも苦手なんだよな。
「わかった。説明してみよう」
それから俺はマールに、土は元素ではなく様々な元素が混ざったものであり、土に含まれる特定の元素だけをイメージして魔法を発動させたことを説明した。
「何を言っているの。7つの元素が世界の根源であり、それが魔法の属性と一致してるのは常識じゃない。じゃあアゾートのいう元素っていくつあるの?」
「100種類以上見つかっている」
「そんなにたくさんあったら元素でもなんでもないよ」
まあ普通はそう思うよね。
「じゃこの前アゾートが生成したのは何?」
「ナトリウムとカリウム」
「それ元素の名前? 聞いたことないんだけど。「俺が考えた超強い元素」とかそういうやつ?」
アゾートはまだまだ子供ね、みたいな目で俺を見るのはやめてほしい。
ちょっと別の方向から攻めてみるか。
「土を良く調べると、いろんな種類の石や砂、枯葉が細かくなったもの、虫のふんとかも混ざってるだろ。だから土自体は元素じゃないんだよ」
「そんなの枯葉やふんは取り除けばいいじゃない。残ったのが土だよ」
「・・・・・」
「それよりあの時の魔法って、本当はエクスプロージョンだったんじゃないの?」
「そんなの撃ったら洞窟が崩れちゃうし、俺の魔力じゃそんなの撃てないよ」
「あ、わかった。土の元素に火の元素を加えて沼に落としたんだ。さすが2属性持ち」
うん。説明するのは無理だ。面倒くさくなってきた。
「まあ、そんなところかな」
「なるほど。じゃあ私の『パルスレーザー』はどうなってるの?」
質問まだ続くのか。
「光には波の性質があって、いろんな色の光の波をいいタイミングでうまく混ぜると、波の頂点がピッタリ合わさって一瞬凄い光になるんだ」
「光が波なわけないじゃない」
まあ、普通そうなるよね。
「ライトニングってしばらくの時間、光っているよね」
「そうだね」
「それを一瞬にまとめて全部光らせるとどうなる」
「凄く眩しくなる。あっ!」
「そういうことだ」
そうするのが(ネオンが怒り出すほど)大変なんだけど、結果論だけいうとこれに尽きる。
そう考えるとネオンが物理化学を理解できたのはすごいことかも。小さいころからつきっきりでいろいろ教えていたからな。
「おい、アゾート」
ダンが小声で俺に話しかけた。
「なんだ?」
「そろそろ、マールと小声でイチャつくのをやめた方がいいぞ」
「勉強を教えているだけだ、別にイチャついているわけでは」
「そうよ、これがイチャついて見えるとは、モテない男子のひがみかな?」
「ぐぬぬぬ。マールてめえ」
ダンをからかうように、わざとマールは俺の腕に抱きついてきた。
バキッ!
ネオンの方から何か物凄い音が聞こえたが、恐いので振り向かないようにした。
「そうじゃない。俺の後を見ろ」
ダンの後を見ると、モテない同盟のみなさんが親の敵を見るような目で俺を睨み付けていた。
「アゾートは俺たちモテない同盟の同志だと思っていたのに」
「こいつら兄弟は、まとめて男の敵だ」
「マールをとったのだから、ネオンよりアゾートの方がはるかに罪は重い」
「ちょっと待てお前ら。何か誤解してないか。俺はマールとは別に何もないのだが」
「何もなくて、それだけイチャイチャするってどういうことなんだ!」
「勉強を教えてただけで、イチャついてなんかいない。マールからも言ってやれ」
「アゾートの言うとおり、イチャついてないよ」
「な。マールの言うとおりだよ」
「アゾートが私を選んでくれるまで、待ってるだけなんだよ」
ガタガタッ
凄い形相でこちらに向かおうとするネオンが、クラスの女子たちに捕まって動けなくなっている。恐い。
ネオンから目をそらすと、モテない同盟のみなさんが悔しいそうにブルブルとうち震えている。
何を誤解を招くことを言ってるんだ、マールさん。
血涙を流しながら、モテない同盟さんは話題を強引に変えた。
「そ、そういえば今度の中間テスト。2年生の魔法実技のトーナメントは燃えるよな」
「それ! 2年生の魔法頂上決戦が学園の2大美少女の対戦という奇跡のカード」
「フリュ様とセレーネ様との対決」
フリュ様とは、生徒会副会長フリュオリーネ・アウレウス、王都名門貴族のご令嬢の略称らしい。
「お主はどちらを応援する?」
「もちろんセレーネ様でゴザる」
「フリュさまは完成されたスタイルに、完璧な美貌。氷の魔女との異名もある最強美少女」
「しかし身分があまりにも高すぎて、到底手が出せない高嶺の花」
「生徒会長の婚約者だしな」
「その点、セレーネ様は同じレベルの美少女なのに、俺らと同じ騎士クラス。」
「騎士クラスなのに、上級貴族のフリュ様と実力は互角」
「したがってセレーネ様を全力で応援するのだ」
セレーネのことで盛り上がるモテない同盟の男子生徒たち。
しかしこの話題は非常にまずい。
ダンの方を見ると「自分で何とかしろ」と視線を避けられた。
カインなんとかしてくれと祈りつつ目を向けると、腹を抱えて爆笑していた。
あかん、誰も助けてくれそうにない。
マールは俺の右腕にしがみついたまま。
ネオン...の方には目を向けたくなかった。恐いから。
俺は勉強会が終わるのをひたすら待ち続けた。