第107話 フィッシャー辺境伯家の晩餐会
本エピソードの最後に、ここまでの進軍マップを挿入しています。
修学旅行4日目以降の俺は、馬車の中に縛られてAAA団に取り囲まれて過ごした。夜みんなが宿屋に泊まった時も俺は馬車から出して貰えなかったが、ネオンがずっと付き添って俺の面倒を見てくれることになった。
それはいいのだが、セレーネ愛用の軍用魔術具を使われるのには、さすがに抵抗感があった。
風呂や着替えの代わりとなる魔術具は、身体全体をざっとひと撫でするため、くすぐったいだけなのでまだ我慢ができた。
問題なのはトイレの代わりとなる魔術具だ。
この魔術具を他人に使用されると、介護されてる感がすごいのだ。具体的には口に出したくもないが、使用される度にネオンに与えられる敗北感。
屈辱だった。もういっそ、俺を殺してくれ。
監禁簀巻き旅のスタートはそんな感じの俺だったが、セレーネの軍用魔術具の使い心地に慣れるのも意外と早かった。
実は自尊心さえかなぐり捨ててしまえば想像以上に快適で、修学旅行が終わる頃には、俺は風呂も着替えもトイレも不要な人間に成り果ててしまっていた。
だが、退屈さだけは軍用魔術具では補いきれない。
「ネオン~。退屈だから何か面白い話を聞かせてくれよ~」
「うーん、面白い話ね・・・。だったら雷属性魔法に関する私の研究成果について教えてあげようか」
「おっ! そう言えば聞くのを忘れてたな。面白そうだからぜひ教えてくれ」
「じゃあまずは簡単な問題からね。1molのヘリウム中でサンダーを発動させた時、魔力で加速可能な最大電子数はいくつでしょうか」
「それは2molじゃないのか。ヘリウムは単原子分子で、ヘリウム原子は2つの電子を持ってるからだ。ただし、イオン化させるのに相当な魔力が必要となるため、すべての電子を加速するのは現実的には不可能だ」
「そうだね。実際にはごく一部の分子をイオン化させただけでも十分な電流は作り出せるから、2molも電子を作り出すことはない。でもあくまで理論上の話として聞いて」
「わかった。それで答えは?」
「4mol。全てヘリウム4の場合」
「お、お前、それって!」
「そう。サンダーは人工的にベータ崩壊を引き起こすことが可能。それが私の研究成果よ」
「ネオン・・・まさかやってみたのか?」
「私がシリウス教国の幹部だった人生の時、極少量のヘリウムに強力なサンダーを発動させる実験をしてみたの。その結果、ヘリウムから水素が発生したこと、ヘリウムの総電子数を超える電子の存在が確認できたことから、一定の魔力閾値を超えると中性子がベータ崩壊を起こすと結論付けた」
「お前ってやつは・・・」
「サンダーはただの初級魔法じゃないのよ。使い方によっては、究極の破壊魔法になる」
「核爆弾か。だが同位元素の精製濃縮だけじゃ無理だろう。臨界条件到達はさすがに技術的ハードルが高すぎる」
「ここは魔法世界よ。爆縮技術なら既にあるじゃない」
「爆縮・・魔法・・・風属性固有魔法・インプロージョン! ボロンブラーク伯爵家に継承されてきたやつだ。サルファーとフォスファーが使っていた」
「そう、そして臨界エネルギーはエクスプロージョンで投入する」
「あっ! まさか、作ったのか、ネオン・・・」
「私は風属性魔法が使えなかったし、あくまで思考実験だけ。でも今なら、サルファーを騙して魔法を奪えば作れるけど、どうする」
「・・・やめとこう。そんなものとても使う気にはなれないよ。ベータ崩壊の技術は、核兵器以外にも色々と用途があるから」
「うん、アゾートならそう言うと思ってた。どう、暇潰しにはちょうどいい話だったでしょ」
「・・・そうか、これは暇潰しだったな。衝撃的な話だったので、背中に変な汗が流れたよ。しかし、お前は本当にそういう実験が好きだな。日本に生まれていたら、大した研究者になれてたと思うのに、もったいないよ」
「私は日本がどんなところか知らないし、別に今のままアゾートと二人で研究してるのが幸せなんだよ。むしろ、このままアゾートの介護をしながら一生暮らしてもいいと思ってるの。おトイレの時間よ~アゾートちゃん」
「ネオン! それはさすがに嫌だ。頼むからこのロープを外してくれ」
「冗談よ」
「ネオンは俺の事になると何をするかわからないヤツだから、全く冗談に感じない。お前は恐いんだよ」
そして修学旅行7日目の夕方、俺たちは領都エーデルに到着した。俺はやっとロープをほどかれ、久しぶりに馬車の外に出してもらうことができたのだ。
監禁簀巻き旅が終わった。シャバの空気がうまい。
AAA団の奴らも、俺への報復を気が済むまで行ったせいか、どこかすっきりした表情を見せていた。
さて今日は生徒全員がエーデルの宿屋に宿泊し、明日、フィッシャー騎士学園の臨時の宿泊施設に移動することになる。ただし俺たち生徒会役員はエーデル城に招待されているため、これから晩餐会に参加しなければならない。
生徒会役員が集まっている場所から少し離れた所で、なぜかセレーネ、ネオン、リーズの3人が何やらもめていた。いつも思うが3人集まるとウサギの群れみたいだな。俺が少し近づいて様子をうかがうと、
「え、私は晩餐会に参加できないの。マール先輩から晩餐会のことを聞いて楽しみにしてたのに・・・」
リーズがとてもがっかりした様子でセレーネに言った。
「辺境伯家からは生徒会役員と中立派貴族の一部しか招待されてないみたいなのよ。あきらめなさい」
「セレン姉様。私は領主と次男サイドから特別に招待された」
「え、ネオン姉様ずるい。お兄様も出席するのに、どうして私だけ宿屋で留守番なのよ」
「いや、私は辞退するよ。本妻のエメラダや嫁のミリーからまた反発されるのが面倒臭い。リーズ、二人で宿に残ってようよ」
「じゃあ、私がネオン姉様の代わりに晩餐会に出てもいい? ネオン姉様に変装したらバレないよ」
するとセレーネが目に魔力を込めてリーズを威圧した。
「いいかげんにしなさい、リーズ。あなたネオンと全然似てないでしょ。変装してもすぐバレるからやめなさい。燃やすわよ」
「ひーーーっ! わ、わかりました。ネオン姉様と大人しく宿屋にいます・・・」
・・・何やってんだ、リーズのやつ。
何でそんなに晩餐会に参加したいんだ。あいかわらず変なやつだな。
というか晩餐会に行きたくない。できれば俺も辞退したいよ・・・。
リーズによるドタバタ劇が終わったところで、俺はセレーネに軍用魔術具を返した。
「セレーネ、この軍用魔術具をありがとう。おかげで快適な旅ができたよ」
「よかったわね、アゾート。すっかり私の軍用魔術具を使いこなしているわね。・・・・でも、これでとうとうあなたも、私のお仲間よ。ようこそ、この魅惑の軍用魔術具たちの沼ワールドへ」
「い、嫌な言い方をするなよ、セレーネ」
「冗談よ。いつも私のことをポンコツってバカにするから、その仕返しよ」
そういってセレーネは、俺の右腕に絡みついてきた。
そうだった。セレーネは俺の彼女になったのだ。
気が付くと左腕にはいつの間にかフリュが密着しているし、マールは俺の背中に体を密着させて後ろから腕をまわしている。
まる4日間簀巻きにされてすっかり忘れていたが、そういえば俺ってこんな感じだったな。
晩餐会出席のためエーデル城へ向かう道中、俺たち4人が変なスクラムみたいになって歩いていると、案内役のカインが心配して話しかけてきた。
「おいアゾート。お前本当にその状態で晩餐会に出るつもりかよ」
「3人同時にエスコートすると物理的にこうなってしまうんだが、どうしたらいい? 腕を3本に増やすのは無理だからな」
「いや、普通は1人ずつ交代でエスコートすることを考えるだろ」
「・・・天才だなお前。じゃあ、3人で順番を決めてくれると助かるんだが」
俺がそうお願いすると、エーデル城への道中ずっと、3人は俺を囲みながら順番をどうするか議論を始めたのだった。
そしてエーデル城の晩餐会の会場に到着した。
3人の話し合いの結果、エスコートを受ける順番が決定したのだ。
期間限定で一番弱い立場のマールが最初、次に立場の弱いセレーネが2番目、最後が正妻のフリュだ。だから今日は、マールをエスコートして晩餐会に参加する。
カインはカレンをエスコートしているが、これは正妻のエメラダの手前必要な配慮なのだろう。
さて生徒会一同がそろって挨拶するため、最初にフィッシャー辺境伯の前に向かったのだが、そこでいきなりひと騒動起きてしまった。というのも、辺境伯夫妻がセレーネとネオンを勘違いしたためだ。
「よくきてくれたネオン。カインからは晩餐会を辞退したと聞いて、ホルスとともにがっかりしていたところだったんだよ」
そう辺境伯が喜ぶと、隣にいた正妻のエメラダがセレーネを睨みつけて言い放った。
「一方的に婚約解消したくせに、よくもこのうちに顔を出すことができたわね、図々しい」
「それはお前たちがネオンをイビリ倒した結果だろう。ネオンは悪くない」
「イビリ倒してなどいません。昼間から1日中眠っているこの娘に、嫁としての常識を教えてあげていたのです。その恩も忘れて、忌々しい」
「カインも同じように寝ていただろう。あれは魔術具の副作用なんだよ」
「だからと言って、嫁の立場であの振る舞いはおかしいでしょう」
「だからといって、イビっていい理由にはならん」
「もし本当にイビってたなら、あの子も泣くかしょげるかしています。でもケロッとしてたじゃないですか」
「気丈で健気な子だったから、我々に心配させないように頑張っていたのだ」
「まぁっ! そんな風にネオンの肩ばかりもつから、ミリーが泣いて実家に帰ってしまったのよ。あなたはアルバハイム家のことを蔑ろにしているのだわ」
「そんなことあるか。アルバハイム伯爵家を巻き込もうとしているのは、お前の方だろうが」
いつまでも続く夫婦喧嘩が終わりそうになく、セレーネはおろおろするばかり。
「あの~お話の途中すみません。私はネオンではなく・・・ボロンブラーク騎士学園の生徒会長のセレーネです」
「「えっ?」」
激しい夫婦喧嘩をしていた二人が絶句した。
「そ、そうなのか。君はネオンではなくセレーネか。・・・初めまして。いや、見分けがつかないほどそっくりだが、・・・本当にネオンではないのか」
「はい。普通の人からはよく二人は見わけがつかないと言われますが、改めましてネオンの姉のセレーネと申します。この度は、私たちボロンブラーク騎士学園をお招きいただきありがとうございました」
「んまっ! それならそうとさっさと言えばいいものを、余計な恥をかいたじゃないの」
「お前がうるさいから、自己紹介するタイミングがなかっただけだろうが」
そして二人はまた喧嘩を始めた。
話が進まないため、カインと次男のホルスが代わりに俺たちの挨拶を受けることになった。
「こちらが、フィッシャー騎士学園の生徒会長で、次男のホルスだ」
「ホルス・フィッシャーだよろしく。セレーネさんは噂どおりのお美しい方だ。ぜひこの交流会で我々の強い所をゆっくりとご見学いただきたい」
「兄上、セレーネはうちの学園の最強の一人。見学ではなく、きっと決勝リーグに出場しますよ」
「嘘だろ。なんでこんな美少女が最強なんだよ。ボロンブラークの男は何をやっているんだ」
「剣術と違い魔法には男女の差は存在しない。セレーネだけではなく今のうちの学園は、ハッキリ言って女子の方が強いんだよ。ここにいる生徒会メンバーはみんな粒揃いだし、他にも強い女子は多い。実際に戦って試してみるんだな、兄上」
「ほう、面白いじゃないか。まさに最強の騎士学園を決めるにふさわしいメンバーが揃っているわけだな。いいだろう手加減無用のガチでいこう」
俺は今の会話が少しひっかかったので、フリュにこっそりと聞いてみた。
「騎士学園って王都にもあるだろ。あそこも入れないと、最強の騎士学園がどこなのか決められないんじゃないのか」
するとフリュが、
「アージェント騎士学園は弱いと思います。あそこは騎士になる訓練は行わず、王族や上級貴族の子弟が社交を行う場です。中級貴族はその取り巻きしかいませんし、下級貴族は一人も在籍していません」
「そ、そんな騎士学園だったのか」
「はい。ただみんな魔力だけは強いので、ちゃんと訓練さえすれば最強になれる可能性はあります。訓練なんて、誰もやりませんが」
「なるほど」
「おい、そこのやさ男! まずはお前から血祭りだ!」
・・・ん? ホルスが突然俺の方を見て、いきなりケンカを売ってきた。なんだ?
「やさ男って、俺のこと?」
「そうだ、お前以外にいないだろう」
俺は辺りを見渡したが、なぜかみんな目を伏せている。するとカインが、
「いや、アゾートすまんな。女子が強いと言う話から、人は見かけで判断できないという話になって、引き合いにお前の事を話してたんだよ。女とイチャついているだけで王家から勲章を授与された男だって」
「いやカイン、それは誤解なんだよ。ジオエルビムの探索は数学やら物理やら難し話をいろいろと説明する必要があって大変なんだよ。結論から言えば、俺たちは全然イチャついてなんかいなかったんだ。なあ、マール」
「私は二人でデートしてるみたいで、いつもドキドキしてたけど」
「おい、マール!」
マールに話を振ったのが間違いだった。火に油を注いだだけだったようで、ホルスがさらにボルテージを上げた。
「お前は全く強そうに見えないが、メンタルが相当強いことは分かった。よく人の実家の晩餐会でそこまで女とイチャイチャできるな」
「え? 俺は別にイチャイチャしてないけど?」
周りを見るとやはり誰も俺と目をあわそうとしない。
あっ!
いつの間にか、左腕にフリュが密着している。そうかさっき、王都のアージェント騎士学園の話をしていた時、フリュが無意識にくっついてしまっていたのか。行動が自然すぎて、全く気が付かなかった。
そしてそれを見たマールが、いつの間にか俺の腰に両腕を巻き付けて、俺の背中に密着している。まるでここが自分のポジションだと主張するかの様に。
「あっ、二人ともズルい。さっきの締結したばかりのアゾート共同保有宣言違反よ」
俺たちに向かってそういうと、セレーネが俺の右腕に飛び付いて来た。
それを見たホルスの顔色が変わり、俺に対する敵意をむき出しにした。
「貴様よくもセレーネさんまでたぶらかしたな。このやさ男だけは俺の手で始末してやる。覚悟しておけよ!」
「いや、学年が違うから、直接対決することはないと思うけど」
「うるさい黙れ。貴様だけは必ず血祭にあげてやる」
するとサルファーが横から口を挟んできた。というか、お前いたのかよ。
「セレーネは学園長である僕の将来の婚約者だ。アゾートもホルスもセレーネに手を出すことはゆるさん」
「お前が学園長だと。なぜ入学式と卒業式しか仕事のないやつがここに来ている」
「それは一般的な学園長であって、僕は違う。こういうイベントには必ず出席するし、必要とあらば生徒として大会にも出場する。そしてセレーネは僕のものだ」
「なんだと貴様。学園長は大人しく家に帰れ!」
サルファーの登場で晩餐会がメチャクチャになってしまったが、フィッシャー騎士学園最強の生徒会長のホルスに、俺は目をつけられてしまった。
明日からの騎士学園最強決定戦の予選リーグは、一体どうなってしまうのか。
次回から騎士学園最強決定戦です
コイツらちゃんと闘うのかな・・・
ご期待ください