表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/426

第103話 異世界修学旅行のはじまり

 早いもので、夏休みもあと2週間に控えた暑い日差しが照りつけるこの日、ボロンブラーク騎士学園全学年による修学旅行が始まる。


 最終目的地はフィッシャー騎士学園。騎士学園最強決定戦への遠征のためだ。


 全校生徒を校庭に集め、生徒会長のセレーネが心構えを伝える。




「みんな大事な事なので、よく聞いて。これから1週間、馬車で移動したり街の宿屋に宿泊したりします。ボロンブラーク騎士学園の生徒としてバカにされないように、清く正しく上品に振る舞うのよ。もし余計なことをする人がいれば、この私が燃やすから」


 セレーネの火力を熟知している我が学園の生徒の中には、セレーネに逆らうものは最早存在しない。我が生徒会は、そこまでこの学園を支配下に治めたのだ。


 もし逆らうものがいるとすれば、ドMか相当のバカしかいないだろう。


「じゃあみんなのご実家から頂いた魔石で商都メルクリウスまで転移するから、クラスごとに来てちょうだい」


 セレーネの私物の転移陣を通って、全校生徒が商都メルクリウスに続々と転送されていった。





 転移陣でジャンプした生徒や講師陣たちが、次々にシティーホール前の広場に集まってきた。


「まあまあまあ、みんないらっしゃい。アゾートちゃんがいつもお世話になって。あ、私はこの街の代官のリシアよ」


 リシアおばさんがやってくると、魔法実技の講師が挨拶を始めた。


「まあリシア久しぶりね。私よ、マーサ・ゴダード」


「あらマーサ。ボロンブラーク内戦以来ね。お元気そうで何よりだわ。そういえば学園の講師をされてましたわね、相変わらずお綺麗にして」


「リシアの方こそ、男が黙ってないんじゃないの」


「それがそうでもないのよ。聞いてよ、うちの旦那の話! もう家から叩きだしちゃったんだけど、ひどい男なのよ」


「え、なになにその話。詳しく教えて」





 おばさんたちの話は長いので、放っておいた方がいいだろう。


 生徒会役員たちが先導して、生徒たちを10人乗りの馬車に分乗させていく。その約30台の馬車を銃装騎兵隊を含む500騎のメルクリウス騎士団が、少佐に率いられて道中の警護に着く。そこにはガルドルージュの諜報部隊も同行しており、フィッシャー辺境伯領での諜報活動や、父上たちの部隊との連絡役を担う。


 父上たちは既に軍艦3隻を引き連れて港湾都市メディウスの基地を出港しており、海上を東に進軍している。母上はベルモール子爵たちと共同戦線を展開中で、補給線の構築も終えている。


 つまりこの修学旅行は我がメルクリウス軍の進軍の最終段階なのだ。





 そうして騎士学園一行は、フィッシャー騎士学園へ向けて旅を始めた。なお、目ざとい商人たちは俺たち一行にくっついて隊商を率いている。盗賊に襲われるリスクが回避できるからだ。こういう抜け目のないのが我が領の商人たちであり、頼もしい限りである。


 街を出て王都へと繋がる主要街道を北へ進むと、間もなくマーキュリー伯爵支配エリアに入った。さらにそのまま北に進んでいくと、街道が東へ分岐する三差路に差し掛かる。


 まっすぐ北に行くと王都アージェントだが、俺たちはここで東に進路を変えてマーキュリー伯爵支配エリア横断ツアーが始まる。


 道はのどかな田園が続く。穀物が青々としげり農夫たちが農作業をしている。作業の手を休めた農夫が、物々しい騎士団の進軍に呆然としつつも、無邪気な子供たちは物珍しそうに近づいてきて、しばらく一緒になって歩いたりしている。


 平和だ。


 こうやって見ると、ボロンブラーク伯爵支配エリアがいかに戦乱に満ちていたかが分かる。


 別に帝国が攻めてきているわけでもないのに、内戦であの有り様だ。


 これは全てサルファーのせいにしておこう。




 さて俺たちが乗っている馬車だが、セレーネ権限でソルレート侵攻作戦の関係者を集めている。


 生徒会メンバーの中ではセレーネ、フリュ、マールの他に実はニコラを乗せている。そして、生徒会選挙でニコラの腹心として活躍していたあの3年生の男子生徒、アントニオ・パッカール子爵令息も一緒にだ。


 このパッカール子爵領はソルレート領の東に隣接していて、トリステン男爵領の北側に位置している。つまり二コラとアントニオは領地が隣同士の同年の幼馴染であり、アントニオが二コラの腹心を務めていたのも当然なのである。


 さてそんなアントニオがこの馬車に同乗しているのはもちろん、ソルレート侵攻に重要な人物だからである。実は現在、ソルレート領から一時撤退を決めたシュトレイマン派の連合軍が、パッカール子爵領に駐留しているのである。


 ソルレート侵攻作戦の際には、包囲網の一端を担ってもらう必要があるため、今のうちに彼を取り込んでおいたのだ。


「生徒会選挙の時に思ったが、アホなニコラをあそこまでサポートできるなんて、アントニオは優秀なんだな」


「とんでもございません、アゾートさん。二コラはアホですが、変なところで嗅覚が鋭いんですよ。タイプが異なるから、わりといいコンビだっただけです」


「タイプが異なりすぎだろ」


「いずれにせよ、敵の敵は味方。革命軍への対処をお考えなら、僕が父上に仲介しますのでご遠慮なくお申し付け下さい」


「助かるよ。ついでなんだけど、実はトリステン男爵へのつてがないんだ。もしよければ、アントニオから仲介を頼めないか」


 するとアントニオは少し眉を潜めて俺に耳打ちした。


「トリステン男爵領は港もあり、シャルタガール侯爵支配エリアとの接続点でもある戦略ポイント。シュトレイマン連合軍が撤退するなら、本来なら男爵領を選ぶのが自然。おかしいと思いませんか」


 そういうことか。トリステン男爵領に感じていた違和感が確信に変わった。




 さてこの馬車には他にもネオン、リーズとクロリーネの3人が乗っているのだが、なぜかクロリーネにくっついて青髪の双子も乗り込んできていた。


「クロリーネはいつもその二人と一緒にいるんだな。お前にも親友ができてよかったな」


「先輩。リナとエリサは学園の親友ではありません。お父様がつけてくれた護衛騎士です」


「それ護衛騎士だったのか! でも、こんな小柄な女子生徒が護衛騎士?」


「小柄だけど力が強くて魔法も使える戦闘タイプなのです」


 俺がいまさらながら驚いていると、リーズが憮然とした表情で、


「そうなのよ、お兄様。私が教室でクロリーネ様に近づこうとすると、いつも押し返されてしまうのです。すごい馬鹿力なのよ」


 髪に大きなリボンを着けたかわいい女子生徒なので、どう見ても護衛騎士には見えない。


 だが正面から彼女たちを見ていると、そのリボンがケモミミのように見えてきた。


 ふむふむ。


 常にクロリーネの前に陣取って、二人並んで主人を守護するその姿は、どこか神社の狛犬かお稲荷さんのようだ。




「わかった。お前らのことはお稲荷姉妹と呼ぶことにする」


「はぁ? お稲荷って何よ」


 双子の妹の方が俺に食って掛かった。


「きつねだな。お前らの名前もフォックスなんだから、ちょうどいいじゃないか」


「くっ・・・」


 悔しそうにうめく、双子の妹。


「はわわわ」


 変な名前をつけられて、あわてふためくだけの双子の姉。


 これからの作戦行動で、クロリーネの護衛を任せられる人材が勝手に転がり込んできて、俺としては歓迎すべきことだった。





 1日目は田園をのんびりと移動し、途中の農村で地場の産品を購入したりして、実に普通の修学旅行を楽しんだ。ここの領民たちも臨時収入を得たり、随行している隊商から品物を購入したり、ウィンウィンの関係が構築できているのではないか。


 そして夜はこのあたりを治める領主のいる、比較的大きな田園都市に宿泊する。ただし俺たちの人数が多いため、騎士団は街の外で野営することにし、宿に入れなかった生徒たちも騎士団の野営地に入ることになる。


 俺も今夜は野営組に志願した。


 そしてフリュを連れ出し、夜の田園を馬で散策する。


 学園だとフリュと二人きりになる時間が全くなく、夜もネオンとずっと一緒なので、実は修学旅行の機会を待っていたのだ。これまでフリュにはちゃんと言えなかった感謝の気持ちを、この際どうしても伝えておきたかったのだ。


 フリュを前に乗せて、俺は馬を静かに走らせる。


 あたりには誰もおらず、ただ双子月が満天の星空の中にぽっかりと浮かんでいるだけだ。




 しばらく馬を走らせたあと、俺はフリュに話しかけた。


「フリュにはいつも感謝してるよ。二人きりになるタイミングがやっとできたから、これで伝えられる」


「まさかそのためだけに、今夜の野営を?」


「ああ、フリュにも野営につきあってもらってすまなかったな。・・・この前の奴隷解放作戦では、君の機転のお陰で本当に助けられたよ。そして一か八かの賭けに勝つことができた。本当にありがとう」


「あの程度のことなんでもございませんよ、アゾート様」


「いや、この前だけじゃない。俺はいつもフリュに助けられ続けているのに、ちゃんとお礼を言えてなかった。改めてお礼を言わせてほしい」


「アゾート様、わたくしにお礼など不要です。・・・わたくしは本当なら、フォスファーにあのまま飼い殺されているか、修道院で一生を送る運命だったのです。それを救って頂いたアゾート様への恩返しですので、この程度のこと本当になんでもないのですよ」


「それは違うよフリュ。確かにあの時の俺は、フリュの能力がもったいないと思って君を引き取った。だけど君の知謀は俺が思ってた以上に、とても大きな価値があったんだ。釣り合いがとれてないんだよ」


「アゾート様・・・」


「俺が知る限り君は、常勝無敗の知将。俺なんかにはもったいないほどの名参謀だ。今回のソルレート侵攻作戦も君なしではおそらく勝てないだろう」


「そんなことありません。軍に一番大切なのは、作戦を実行するための意志と実力です。その2つを持っているのは、わたくしではなくアゾート様。だからわたくしは、アゾート様のお側にお仕えして初めて力が発揮できるのです」


「そうか・・・そうだな。俺はこの先もまだまだ戦い続けることになると思う。その時はフリュ、俺の隣には必ず君にいて欲しい」


「それはもちろんでございます」


「それは軍師としてだけでなく・・・その、生涯のパートナーとして、これから一生俺と共に生きていってほしいという意味だ。フリュオリーネ、俺はもう君なしではダメなようだ」


「アゾート様! わたくしもです! わたくしの方こそ、アゾート様なしでは生きていけません」


「フリュ・・・ありがとう。そういってもらえて、俺はとてもうれしいよ」


「わたくしの方こそ、これほど幸せな気持ち、生まれて初めてでございます。・・・どうかこれからも、わたくしを存分にお使いくださいませ」


「ありがとうフリュオリーネ。俺たちはこれからもずっと一緒だよ」


 俺にしっかりと抱き着いて、俺の胸に顔を埋めたフリュ。


 俺はそんなフリュとともに、静かに馬を走らせ続けた。もう少しこのままでいたかったから。





 お兄様がフリュ様を連れて外に行っている間、私とマール先輩はテントで作戦会議をしていた。


「ねえリーズ。フリュオリーネを連れて行ったアゾートの顔がやけに真剣だったけど、絶対に何かあるよね」


「それ私も思いました。修学旅行だからってフリュ様に変なことでもする気なんじゃないでしょうか。そもそもネオン姉様に内緒で、勝手に野営に志願してる時点で怪しすぎます」


「まぁ、フリュオリーネはアゾートの婚約者だから、今更どうこう言う気はないんだけど、私のことも少しは見てほしいなって。だいたい、アゾートの周りは女の子が多すぎなのよ」


「そうなんですよね。今日も昼間はフリュ様、セレン姉様、ネオン姉様の三人が常にマークしていて、そこにクロリーネ様とあの二人、お稲荷姉妹が絡んでくる展開。私もマール先輩を強引に押し込むのに疲れました」


「そう、何なのあのお稲荷姉妹って!」


「二人ともすごい馬鹿力で、私なんかいつも教室で吹っ飛ばされてばかりなの。だからクロリーネ様に全く近づけないし。でもお兄様に変な名前をつけてもらって、いい気味ね」


「まあ、あの二人は別にアゾートを取ろうとしてないからいいけど、クロリーネの事をやたらアゾートとくっ付けようとするのは困るのよね。どうしたらいいかな、リーズ」




「そうですね。パワーでは私たちの完敗ですが、女性としての魅力ならこちらが上です」


「ま、まあ? あの3人はちょっと子供っぽいし? アゾートはどちらかと言えば大人の女性が好みだから、まだ私の方がチャンスはあるよね?」


「大ありです。あ、そうだ! お兄様も浮かれるこの修学旅行。マール先輩にとってもチャンスだと思います。思い切って告白しましょう」


「えーーっ! ついに告白するの・・・」


「そうです。思い切って、やっちゃいましょう」


「でも、もし断られたらどうするのよ。私、アゾートの隣の席なのよ。卒業までずっと気まずいじゃない!」


「そこは、そうならないように作戦を考えるのです。あのちょいキモ兄様の大好きな「萌え」で攻めてみてはいかがかと」


「萌えってなんなのか、まだよくわかってないんだけど大丈夫なのかな」


「萌えなんて私にもわかりません。でもこれまでのお兄様の反応を見ていると、萌えを感じているのはどうやらマール先輩とクロリーネ様の二人に対してなんですよ。最近はフリュ様にも萌えを感じているみたいですが、セレン姉様とネオン姉様にはそれが全くないみたいです。ここにヒントがあるはず」


「えっ、そうなの? 私のどこが萌えなのかさっぱり分からないけど、そっか、ちょっと頑張ってみようかな。でもクロリーネにも萌えがあるとすればマズいよね」


「そうなんですが、クロリーネ様の萌えの正体だけはなんとなくつかめているので対策は打てます。今はマール先輩の攻め方を考えましょう。それで私の考えた作戦ですが、ごにょごにょ・・・」


初日から修学旅行を満喫するアゾートだが、リーズの謎の作戦がこの後アゾートに襲いかかる


次回もご期待ください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ