第101話 春の舞踏会は女の子の戦場
春の舞踏会。
年に2回ある、上級クラスのみが参加するダンスパーティー。
俺は騎士クラスだが、秋に続いて2回目の参加となる。正直、面倒臭い。
だが女子たちは違うようだ。
2年騎士クラスBでは、朝からドレスを着た女子たちが、放課後のダンスパーティーの事を楽しそうに話している。
俺はマールに声をかけた。
「マール、なんでお前もドレス着てるんだ?」
マールは騎士爵家だから、このダンスパーティーには出なくてもいいはず。なんでわざわざドレスを着る必要があるのだ。
「どうアゾート。このドレス、私に似合ってる?」
俺の質問を無視して、マールがくるりと一回転した。
「マールは最近髪をのばしてるからか、そういう大人っぽいドレスがよく似合ってるよ」
「よっし! 私もセレーネさんを目指して頑張ってるんだよ。アゾート、今日は私と踊ってね」
「ああ、もちろん。ていうか、なんでマールがダンスパーティーに出るんだよ?」
「それは生徒会役員だからだよ。パーティーに出たかったから、役員になって本当によかった」
「なるほどそういうことか。マール、よかったな」
「うん」
ネオンのやつは、大人しくタキシードを着ている。去年はドレスを着て騒動を起こしていたから今回も心配してたんだが、セレーネに事前に気づかれてボコボコにされたらしい。
あと気になってたのは、
「ダン、お前もタキシードを着ているが、出るのか」
「ああ、俺も出ることになった」
「・・・パーラか」
「・・・そうだ。もうこれ以上は何も言わなくてもわかるよな」
「ドンマイ」
ダンも大変そうだなと思っていると、例のコスプレ大会のウエディングドレスを着たパーラが、ダンを連れていってしまった。
二人並ぶと完全に新郎新婦だな。
・・・さてと、やっと体が暖まってきたな。
そろそろ大本命にツッコミを入れるか。
いくぞっ!
「それでフリュ、なんだその格好は」
フリュはニコッと俺に微笑んで、
「これはセレーネさんに作っていただいたもので、アゾート様が卒業パーティーの時に一番気に入っていたという、魔法少女というドレスでございます」
黄色系統のヒラヒラしたフリルのついたミニスカートのフリュの、その綺麗な金髪は見事なまでのツインテールになっていた。
手にはいつもの扇子の代わりに、星が回転するタイプのステッキが握られている。
完璧だ。
マールの魔法少女も相当な完成度だったが、フリュの衣装はもはや実物そのものだった。
実物を見たことないから、知らんけど。
ただしマール同様に、実にけしからん姿になっていた。
フリュは3年生であり、もう大人なのだ。
プロポーションも完璧であり、絶対に魔法少女のコスプレをしてはいけない人なのだ。なのに顔は美少女過ぎて、主人公を食ってしまうほどのオーラを放っている。
一言で言えばアンバランス。
クラスの男子も完全にフリーズしてしまっているし、学園の平和のためには、今すぐ着替えてもらいたい。
・・・そういうのは、家で俺だけに見せてほしい。
だが待てよ。青のマール、黄のフリュとくれば赤が欲しくなるところ。このクラスで赤髪はアネットだが、何かが違う。
そうだ! ピンク髪のクロリーネがいたんだった。
この前はセレーネが仕事をしなかったために実現しなかったが、アイツの残念な体型であれば、魔法少女のイメージとピッタリだ。
・・・ごくりっ
いや今はそんなことを考えている場合ではない。早くフリュを止めなければ。
「フリュ、クラスのAAA団どもがフリュに見惚れてしまっているので、そのドレスは却下だ。他にないのか?」
「アゾート様がそうおっしゃるなら、別のものにいたします。セレーネさんに頂いたのはあと2つ」
「2つもあるのか。嫌な予感しかしないが、どんなやつだ」
「このテニスウェアというものと、JKの制服というものです」
「・・・ロクなものがないな、セレーネのやつめ。仕方がない、このJKの制服で頼む。この中では一番ましだ」
放課後、春の舞踏会が始まった。
色とりどりのドレスで着飾った上位貴族の令嬢たちが、男子生徒にエスコートされて、会場に入ってきた。
パーラはもちろんダンと、ユーリはアレンと入場してきた。ダーシュとカインはそれぞれ俺の知らない女性と組んでいて、リーズがカインの方を恨めしそうに見つめながら、12人の男子生徒たちを後ろに引き連れて会場入りした。
こいつ、恐いもの知らずだな。
あぶれた令嬢たちの恨みを一身に浴びることとなるだろう。うししし。
心のなかでリーズを笑っていたものの、俺自身そんな場合ではなかった。
なぜならば、右腕にセレーネ、左腕にフリュ、そして俺のタキシードのしっぽを握ったマールを引き連れて、会場に入場したからだ。
学園3大アイドル揃い踏みだ。
AAA団どもよ、俺をどうにでもしやがれ!
「ところでセレーネ。フリュの着ている制服って、この前ユーリが着ていたものと同じデザインだよな。これってセレーネの・・・」
「さすがアゾート、よく見てるわね。これは大人気アイドル、権太坂4646のコスチュームなの」
「え、これ坂道シリーズなの?」
「そうよ。2050年では女子箱根駅伝が大人気で、区間記録を出したアスリートのみが参加を許されるアイドルユニットなのよ」
「・・・ビジュアルよりも走力重視か。でもグループ名がなんかヨロヨロしてて、アスリート感が全く感じられないのだが」
「・・・ふっ、さすがはアゾート君。そこまで見抜くとは見事な推理ね。当然そんなグループなど2050年の未来にも存在しないわ。実はあの制服・・・私の高校のなのよ」
「・・・だろうな、最初からわかっていたよ。だってその制服、とてもよく似合ってるよセレーネ」
京都の高校の制服を身にまとった生徒会長セレーネによる開会の挨拶で幕を開けた春の舞踏会は、当初から波乱含みの展開でスタートした。
最初のダンスはこの前の約束通り、俺はフリュと踊る。
セレーネとマールの周りには、それぞれのファンクラブのメンバーがダンスの順番待ちの列を作って、ごったがえしている。セレーネの列の先頭はもちろん学園長のサルファーで、マールの列の先頭はニコラが速攻でゲットしていた。
あいつら、何やってるんだよ。
そして俺はフリュとダンスを踊り始める。
フリュの着ている制服はセレーネとお揃いで、茶系の落ち着いたデザインだ。チェック柄のミニスカートが、ダンスのステップのたびに、ヒラヒラと浮かび上がる。
これはマズイ!
他の男どもには絶対に見せたくないものが見えてしまう。
俺はフリュの腰に左手を添えて、ミニスカートが絶対にめくれないように、しっかりと押さえて踊った。
「あ、あ、アゾート様っ!」
俺たちだけがチークダンスのようになってしまい、フリュの顔が羞恥心で真っ赤になってしまっている。
「すまないけどフリュとはこうして踊りたい。恥ずかしいかもしれないが、少し我慢していてほしい。それから今日は他の男とは踊るな。ずっと俺のそばにいてくれ」
「は、はいっ!」
フリュは嬉しそうに、顔を俺の肩に密着させて踊り続けた。
それを見ていたフリュオリーネ派は、とても悔しそうな顔をしつつも、目の奥底が爛々と輝いていた。
俺はふと心配になってセレーネの方を見た。
セレーネはサルファーと普通にダンスを踊っているが、スカートは特に乱れる様子がない。
・・・・・
さすが本物のJK。このあたりの動きは完璧だった。セレーネは放っておいても大丈夫だろう。
一曲目が終わり、次のパートナーを探しに会場がざわつき始める。
俺のところには、なぜか1年生上級クラスの女子たちが集まって来た。
え! なんで俺のところに?
ネオンでもカインでもなく、この俺?
突然のモテ期到来に思考が追い付かない俺だったが、最初に俺に話しかけたのは、青い髪に大きなリボンを着けた、小柄な双子の女子だった。
また青か。マールと被っていて残念だが、体型的にはこの子たちの方が魔法少女っぽいなと、どうでもいいことを考えていると、その片方が話しかけてきた。
「アゾート。クロリーネ様とも踊ってあげて」
無表情に俺に命令するその子の胸ぐらに強烈な頭突きを決めたもう片方の少女が、慌てふためきながら説明を補足した。
今ゴキッて音がしたけど、大丈夫なのだろうか。
「エリサ! もっと令嬢らしく喋りなさい。アゾート様におかれましては、この子が失礼を言って、大変申し訳ありませんでした。それからエリサが申し上げたかったのは、クロリーネ様が事実上アゾート様の婚約者であるため、フリュオリーネ様に対するのと同様ダンスパートナーを務めていただきたいということでございます。よし、全部言えた! はわわわ」
「え、どういうこと?」
俺とフリュが顔を見合わせた。
「はわっ、フリュオリーネ様の前では申し上げられません。はわ、うぐっ」
先ほど頭突きを受けて床に倒れていた双子の片割れが、床から跳ね上がるようにアッパー頭突きを綺麗に決めた。
「リナは、はわわわうるさい。クロリーネ様はアゾートの寮で一晩過ごして傷物にされた。だからアゾートには責任を取る必要がある」
「はぁ? 何の事だよ」
俺が反論しようとすると、隣でフリュが耳元でささやいた。
「この間の奴隷解放作戦ですよ。男子寮の転移陣を使って行き来したから、そのような誤解を受けたのでしょう」
「あれか、うかつだったな。だが、あの件はシャルタガール侯爵の疑惑に絡んでるから、まだ公にはできないし困ったな」
青髪の双子の後ろのクロリーネに目を向けると、顔を真っ赤にして手をワナワナさせていた。完全に壊れている。
そこへリーズがものすごい形相で俺に食って掛かってきた。
「お兄様! これはいったいどういうことでしょうか。ちゃんと説明してくださいっ」
やばい。リーズには先に説明しておくべきだった。しかし、このパーティー会場でそれも不可能。どうしたものかと考えていると、リーズの後ろに立っていた令嬢たちがリーズをフォローした。
「アゾート様、フリュオリーネ様、ご心配なく。わたくしたちアウレウス派がお二人をお守りいたします。今回のクロリーネ様との件は、アゾート様の一時の気の迷い。健康な男子生徒にはありがちなものだと、お父様たちがおっしゃられてました」
「え? お父様たちって、そんなこと家族に話したのか」
「もちろんでございます。アウレウス派の一大事ですから。お父様からも、よく話してくれたと誉められました」
「まさか、アウレウス伯爵にその話は・・・」
「それはもちろん、報告されると思います。きっと伯爵のお力で、もみ消していただけることでしょう」
ちょっとした誤解が、王都まで伝わって大事になってしまった。
「ふ、フリュ、どうしよう」
「・・・シャルタガール侯爵の件は、いずれお父様にもお話しておく必要がありましたので、その時に誤解を解けばいいと思います。・・・ただ、いえ何でもありません」
「え? 何を言いかけたの。怖いよフリュ最後までちゃんと言ってよ」
「お兄様! どういうことか、私にもちゃんと説明してください!」
「リーズは少し黙っていてくれ!」
「まあっ、よくも言ったわね! お兄様は、フリュオリーネ様やネオン姉様だけでなく、アルゴの婚約者まで! 全員もとは他の人の婚約者ばかりじゃない。この寝とり魔」
「ばっバカ、リーズ! 何を余計な事をしゃべってるんだよ」
「リーズ様。ネオン姉様ってどういうことでしょうか。あとアルゴ様って?」
リーズは「しまった」という表情で口を押さえ、しどろもどろに言い訳を始めた。
「め、メリア様、違うのです。ネオン兄様は女装するとセレン姉様にそっくりになるので、たまにからかって姉様と呼ぶことがあるのです。そしてアルゴというのは・・・そう、クロリーネ様のエア婚約者です。かなり具体的な設定がございますので、クロリーネ様から直接お聞きにった方がよろしいと存じます」
リーズが無理やりな言い訳をして、なんとかその場をやり過ごそうとしたとき、1年生上級クラスのもう一つの女子の集団が俺の前に出てきた。
緑の髪をツインテールにした少し幼い感じの美少女で、一言で表現すればあの有名なボカロだ。
そのボカロがカインを連れて、俺の前に立っている。俺はカインを連れて、少し離れた場所で他人に聞かれないように小さな声で話す。
「おいカイン。そのボカロは誰だ」
「ボカロ? 何のことかはわからないが、彼女はカレン・アルバハイム。1年上級クラスに所属する中立派の伯爵令嬢だよ」
「中立派の伯爵令嬢か。この令嬢をなぜお前がエスコートしている?」
「実は父上の正妻のエメラダの紹介で、カレンと仲良くするように言われてるんだよ」
「それって例のフィッシャー家のお家騒動」
「お家騒動ってひどい言われ方だが、そうなんだよ。エメラダはまだネオンの事を警戒していて、俺を自分達の陣営に取り込もうと必死なんだ」
「そう言えば、正妻も兄嫁も確かアルバハイム伯爵家の出身だったな」
「ああ、そういうことだ。俺とメルクリウス家との繋がりを断ち切れば、バートリー家の暗躍も阻止できるし、次男との間に起きた後継者争いにも有利に働くとの魂胆だ」
「そうか、がんばってくれ」
めんどくさそうな話になってきたので俺が逃げようとすると、カインががっしりと俺の手を掴んだ。
ものすごい剛力だった。
「いたたた、わかったから離してくれ」
「いや、この状況を何とかしてくれるまでは離さん」
「たからなんで俺が、橋田壽賀子ドラマに巻き込まれなきゃならないんだよ。嫌だよ、わたおになんか。さすおにの方がいいよ」
「わたおに? さすおに?」
「いやすまん。俺の独り言だから忘れてくれ。でもそのカレンって女の子、リーズの事を見てないか」
「そうか? 全然気がつかなかったが」
カインの事を心配そうに見つめるリーズを、勝ち誇ったような目で睨み付けるカレン。1年上級クラスは、人間関係がかなり複雑そうだった。
ドンマイ、リーズ。
春の舞踏会といいながら、まともなダンスシーンは皆無でした
次がんばります