第99話 フリュオリーネの機転
銃装騎兵隊の到着まで少し時間があるため、俺は女の奴隷の身の安全を確認すべく、上の階の奴隷用の牢屋を探した。
階段を上がると短い廊下の突き当たりにすぐに扉が見つかり、俺はそっと耳を近づける。中からは奴隷と思われる女たちのすすり泣く声が微かに聞こえた。
ここだな。
俺がそっと扉を開けて中を確認しようとすると、突然、扉を突き破ってきたアイスジャベリンが、俺のバリアーを軽く突破して右肩に突き刺さった。
「ぐっ!」
ガルドルージュの報告にはなかった、かなり強力な魔力保有者による攻撃だ。敵はならず者だけではなかったのか。
油断をしたわけではないが、不意打ちを食らってしまった。
その時、先ほどアイスジャベリンを放ったと思われる男の声が、扉の向こう側から聞こえた。
「よく聞け、そこのネズミ。どこから嗅ぎ付けたかわからんが、この奴隷はお前には渡さん。奴隷を殺されたくなかったら、ここに入ってくるんだ」
奴隷を人質にとったつもりだろうが、のこのこと中に入って行くヤツはいないだろう。
俺はともかく、この世界では見ず知らずの奴隷を助けるために、自分の命をかけるヤツなどいないからだ。
コイツ、俺の目的を知った上で交渉してるのか。
「臆したかそこのネズミ。領民の命を見捨てるなど、騎士道も知らぬ者に、我々の理想国家建設を邪魔させるわけにはいかない」
領民の命? 騎士道? 理想国家? 何言ってんだコイツ。自分のしていることを棚に上げて、自分に酔っているのか。
援軍の到着を待って突撃するのがセオリーだが、コイツに暴走されては困るし、ここは言う通りにしてみるか。
俺は決断し、扉の中に入っていった。
中にいたのは20代前半ぐらいの若い男だった。高価な装備を身につけており、かなりの上位貴族のようだ。少なくとも先ほどのならず者の仲間とは到底思えない。この男、一体何者だ。
「何だ本当にガキだな。貴様が我が崇高な理想国家建設を邪魔するネズミか。さあ武器を捨てて、僕に降伏するがよい」
奴隷の牢屋の中にはさっきのならず者たちが、女の奴隷にナイフを突きつけていた。
このならず者たち、この男に従ってこんなことをしているようだが、俺を見る目が怯えている。ここは交渉の余地がありそうだ。俺は男を無視して、ならず者たちに言った。
「お前たちは、俺が犯罪者に対して容赦のない男だとよく知っているよな。奴隷を一人でも殺せば、お前らは全員皆殺しだ。だがチャンスをやる。俺がこの男を倒した時に奴隷が全員生き残っていたならば、お前たちの命は助けてやってもいい。この条件を飲むか?」
ならず者たちはお互いの顔を見合わせて何かを確認すると、俺の条件に応諾した。やはり仲間という訳ではなく、何らかの利益で繋がっているだけのようだ。
ナイフを下ろしたならず者を見て、男はカンカンに怒って言うことをきかせようとした。だが、埒が明かないとみるやすぐに諦めて、俺に向き直ると呪文の詠唱を始めた。
何だこいつ。
俺は一瞬でその男に走りよると、ゼロ距離からのファイアーを放った。こいつの魔力を測るため、一発ぐらいならファイアーを撃っても大丈夫だろう。
俺の放ったファイアーは、この男のバリアーに完全に弾かれた。
魔力は俺より上のようだが、この感じはセレーネほどではないな。
バリアーで跳ね返された炎が船倉に飛び散る。やはり船内ではあまりファイアーを使用できないな。
「お、お前、いつの間に僕に近づいたんだ?!」
この男は俺が接近したことに全く気がついていなかったのか、ギョッとした表情を見せている。
俺は男からいったん離れると、痛みをこらえて右手の剣を構えた。そしてサンダーの呪文を詠唱する。
男の方も詠唱が終わり、大量のアイスジャベリンが俺に狙いをつけている。
次々に発射されるアイスジャベリンを、俺は紙一重でかわし続ける。この男、やはり魔力が相当強い。氷柱の数もそうだが速度がかなり速い。
俺がよけた氷柱は、船の壁を突き破り外へと飛んでいく。壊れた壁からは双子月の光が入ってくる。
こいつ船を破壊する気かよ。
俺はサンダーを剣にまとわせ、再び男の背後に接近すると、雷撃剣を男のバリアーに突き立てた。
俺の動きが全く見えていないため、遅れて気づき慌て出す。そして氷柱を飛ばそうとするが、俺が近すぎて次の氷柱を俺に放つことができず、男にはなす術がない。
俺はじっくりと、雷撃剣の魔力が男のバリアーと相殺していく様子を観察する。サンダーの効果が消えるまで継続的にその防御力が弱くなり、サンダーが消えると防御力はもとに戻る。
「何をやっている貴様! この僕から離れるんだ」
腰の入っていない体勢で、俺を杖で攻撃する。だが俺の物理防御力のはるか下、ノーダメージだ。そして男の頭上には発射できない氷柱が、ただむなしく浮かんでいる。戦い慣れしていない、間抜けなやつだ。
俺は再び雷撃剣を男のバリアーに接触させ、魔力相殺効果が持続している間に、今度はゼロ距離ファイアーを撃ってみた。
これは以前、フォスファーと戦った時にネオンと連携した魔法同時攻撃の一人バージョンである。自分のサンダーとファイアーを疑似的に同時に発動した状態を作ってみたが、実験成功だ。
ファイアーによりかなり防御力が減ったバリアーに、もう一度ファイアーを撃ってみる。
よし、バリアーを破壊した。
かなり弱まったものの炎が男に直撃する。さらにバリアーを突き破った雷撃剣も勢い余って男の脇腹にささった。
「ぐわーーーっ!」
サンダーの効果が完全に切れてしまう前に、もう一発ファイアーを放ってダメ押しを加えた。
男が炎に包まれたが、自らが作り出した氷柱が男の頭の上に落ちてきて、うまく消火された。
俺も、床に転がった余った氷柱を拾い集めて、炎をあげ始めた場所に置いていき、消火を行った。
何だったんだ、コイツ。
俺はこの男を縛り上げて、奴隷たちを解放した。
牢屋には女子供など200名以上が捕らえられており、粗末なボロを見にまとった状態で鎖に縛られ、みんな痩せ細っていた。
「よし、約束通りお前たちは生かしておいてやる。奴隷の代わりにその牢屋の中に入っていろ」
俺は女の奴隷を牢屋から出し、代わりにならず者を閉じ込めて鍵を閉めた。
奴隷はひどい状態だったが、これで他国に売られることはなくなった。俺がホッとしていると、男が意識を取り戻したようで、自分が縄で縛られていることに気がついた。
「きさま、この僕を誰だと思っている。さっさと解放しろ」
「そうだ、お前は一体何者だ。その魔力や装備から、かなりの上位貴族だと思うが。帝国貴族か?」
「い、いや・・・僕はその、その通り帝国貴族だ。だから放せ」
「お前はバカか? 帝国貴族なら解放するわけないだろう。拷問して情報を引き出してから殺すに決まってるじゃないか」
「拷問だと? い、いや僕は王国の貴族だ。だから拷問はやめろ」
「どっちなんだよ。それも含めて拷問して聞き出すか」
「ま、待てやめろ。そ、そもそもお前は既に勝った気でいるが、ここにはまだ僕の仲間がいる。その状態で戦えるのか」
「ならず者ならこの後全て始末するが」
「そいつらではない。・・・革命軍だ」
「なんだと! この船には革命軍まで乗っていたのか」
「ふははははっ、残念だったな。そのうち革命軍が僕の様子を見にこちらに来る。その時がお前の最後だ」
ネオンの情報では、革命軍には帝国貴族が含まれており、今の俺の状態ではまともに戦えないだろう。銃装騎兵隊の到着を待つしかない。
俺が焦っているのを感づいたのか、男が余裕の笑みを見せた。
それと同時に、船の上の方で乾いた破裂音が多数聞こえた。
上で誰かが戦っている。複数の男たちの怒鳴り声が響き、ドタドタと走り回る音が聞こえた。
この音は、銃装騎兵隊だ! 間に合った。
しばらく大騒ぎが続いた後、やがて何も聞こえなくなった。
しんと静まり帰った奴隷用の牢屋に、上からぞろぞろと人が降りて来るのがわかった。
念のため俺は男の頭を殴って気絶させたあと、ひとまず物陰に身をかくした。
革命軍ならやり過ごそうと身を潜めていると、中にはいってきたのは、ネオン親衛隊だった。
「親衛隊のみんな、どうしてここへ」
「あ、アゾートさんだ! ネオンさ~ん、アゾートさんを見つけましたよ~」
すると、親衛隊の後ろからネオンとマールが現れた。
「うわ~、アゾートがやられるわけないと信じてたけど、予想以上にボロボロだった。大丈夫?」
「本当にボロボロだ。早く上に行きましょう」
あの男を奴隷用の牢屋に入れておき、俺はネオンとマールに支えられながら甲板へと登っていった。
甲板へ上がると、なぜかマールの父上であるポアソンさんとその騎士団が来ていた。
「ポアソンさん、王都での表彰式以来ですね。ひょっとしてポアソンさんが騎士団を引き連れて助けに来てくれたんですか」
「まあこれには少し事情があるんだ。後で落ち着いて話さないか」
「わかりました」
ポアソンさんとの挨拶が終わるのを待っていたマールが、
「途中でクロリーネも見つけて回収したんだよ」
「本当か! クロリーネが無事でよかった」
「それがすごいのよ。突然フレイヤーがうちの船に垂直に着艦して、何なのって思ったらクロリーネさんが操縦してたの。なんであんなに上達してるの!?」
「え、マジか・・・垂直着陸って、あいつ本当にエースパイロットかよ」
「まだ、うちの船にフレイヤーと一緒に残ってるから、こっちの船に連れてきてあげようよ」
俺はクロリーネとフレイヤーを回収するために、マールの船に乗り込んだ。
甲板には縦向きに着陸したフレイヤーと、その隣にクロリーネが立っていた。
「クロリーネ、無事でよかった! 怪我はなかったか」
俺が駆け寄ると、クロリーネが抱きついてきた。
「アゾート先輩のバカ! わたくし、心配したんですからね。あんな高さから転がり落ちてしまわれて、お助けすることもできずに、上空をずっと飛んでいたのですよ」
「そうか、心配かけてしまったな。だが、俺はクロリーネが無事で本当によかったよ」
文句を言い続けるクロリーネをなだめながら、みんなの所に合流した。
ガレー船の甲板では俺の怪我を治すため、マールとクロリーネによるダブル・キュアが行われた。
【キュア キュア キュアリン メディ メディ メディシン プリティーパワーで ナイチンゲールになあれ♥️】キュア
ピンク髪とブルー髪の2人の魔法少女による夢の共演だ。
だが、ちょっと待て。お前たちはなぜ学園の制服を着ている。
今こそ魔法少女のコスプレをする時じゃないのか!
そうか、ここにはセレーネもいなければ、コスプレ用の謎の軍用魔術具もない。
セレーネ仕事しろ。
そんなアホな事を考えている間に、俺の手の怪我がみるみる治っていく。さすが高い魔力を持つ光属性コンビは違うな。
さて、ネオンと親衛隊たちが、マールの騎士団と協力してガレー船の残党どもの掃討作戦を続けてくれている間に、俺はポアソンさんと落ち着いて話をするため、マールの実家の軍艦に場所をうつした。
「さて、今回の顛末を話そう」
ポアソンさんが語り始めたのは、今回の救援に関するフリュとの交渉だった。
「突然マールがフリュオリーネさんを連れて、私の所に飛び込んできたんだよ。アゾート君がガレー船に単独で突入したので、救出に協力してほしいと」
「フリュが!」
「それで今回の奴隷密売の件を聞いた。正直耳を疑ったよ。ソルレートの革命軍はうまく領地を治めていると聞いていたので、まさかそんなことをしているとは」
「ポアソンさんには、革命軍はいいイメージで伝わっているのですね」
「そうだな。我々はソルレート伯爵の統治には疑問を持っていたからな。それで、メルクリウス騎士団の部隊をうちの船で輸送してほしいと頼まれた。ガレー船の位置がちょうど我が領の南西の沖だったので、騎士団を投入するには一番都合がよかったのだろう」
「なるほど、だからポアソンさんが来てくれたんだ。でもどうして、銃装騎兵隊ではなく、ネオン親衛隊が来たのですか」
「銃装騎兵隊はメルクリウス騎士団の正規兵。いくら娘の友人だからといって、他領の騎士団を我が領地への転移を許したり、軍艦に同乗させることはさすがに認められないよ。主君家への許可を取る必要もあるしな」
「確かにその通りです」
「フリュオリーネさんとは、その点でかなり議論をさせてもらったが、こちらも最後の一線は守らせていただいた」
「仕方がないですね」
「そこでフリュオリーネさんからの代替案として、銃装騎兵隊の代わりにネオン親衛隊ならどうかとの提案があった。あくまでマールのクラスメイトであり正規兵ではないからと」
「そうか!」
「それで、アゾート君というクラスメイトを助けるために協力してほしいと言われた。そう言われてしまったら、断ることなんかできないよ。フリュオリーネさんの交渉術はすごいな」
「フリュ・・・」
「だから今回の件は、あくまで娘の友人のお願いを聞いただけということにしてほしい」
「わかりました」
「その結果として、たまたまソルレート領の奴隷を救出し、海賊や革命軍を捕縛してしまった。だから仕方なく、彼らをフェルーム領の港湾都市メディウスまで曳航することになった。あくまでついでだ」
「ありがとうございます!」
ネオンたちによる掃討作戦も終わり、革命軍とならず者たちはすべて捕縛された。
奴隷たちを全て解放したあと、男の奴隷はガレー船の漕ぎ手として、一時的に雇いいれる。
革命軍は全部で12名いたが全員末端の戦闘員であり、奴隷用の牢屋に鎖で繋いで捕縛した。例の魔導騎士の若い男とともに、城塞都市ヴェニアルの地下牢で情報を吐かせる予定だ。
だが、俺たちが魔導騎士と革命軍を確認するために牢屋に向かうと、ポアソンさんが魔導騎士の男を見て、顔色を変えた。
「どうしました? ひょっとして彼の顔を見たことがあるのですか?」
「ああ。彼はシャルタガール侯爵の四男のピエールだ。どうして彼がこんな所にいるんだ・・・」
「シャルタガール侯爵家の令息・・・。戦い慣れしていないくせに、やたら魔力が強かったのはそういうことか」
「アゾート君、彼がこの奴隷を外国へ売りさばくのに関与していたのは本当なのか?」
「その通りです。だとすると、シャルタガール侯爵も帝国軍や革命軍と繋がっている可能性が出てきました。ポアソンさん、何か聞いてませんか」
ポアソンさんはシャルタガール家の臣下であるナルティン子爵の臣下だ。直接の臣下ではないが、この一件に関係があるかも知れない。だとすると、フェルーム領までの曳航はお断りした方がいいのか。だが、
「私は何も知らないし、シャルタガール侯爵が帝国軍と繋がっているとも思えない。家門とは関係なくピエール個人の行動ではないだろうか」
マールが心配そうな表情で、俺とポアソンさんを交互に見つめているが、ポアソンさんが嘘をついているようにも見えない。
「わかりました。彼をポアソンさんとは接触させないように、転移陣を使って直接城塞都市ヴェニアルに運ぶことにします。ポアソンさんにはこの船と革命軍の移送をお願いしてもいいですか」
「私を信じてくれるんだね。ありがとう。この船のことは任せてくれ」
「よろしくお願いします。では、ネオンたちはマールの実家の軍艦でポアソン領に戻り、転移陣でピエールを城塞都市ヴェニアルのカイレンおじさんに引き渡して、学園に戻っていてくれ」
「わかった。アゾートはどうするの?」
「フレイヤーをこのままにしておくわけにはいかないから、俺はフレイヤーで空からプロメテウス城に戻るよ。クロリーネは疲れているだろうし、マールが同乗してくれないか」
「うん、わかった」
そう言ってマールがフレイヤーに乗り込もうとしたら、クロリーネが俺の方を見て、
「わたくしにはまだ魔力が残っているので大丈夫です。それにアゾート先輩を助けられなかったので、せめてお城までパイロットを続けさせてくださいませ」
クロリーネの真剣な眼差しに絆された俺は、クロリーネにパイロットを任せ、マールにはネオンと一緒に帰ってもらうことにした。
垂直発艦した俺たちは、何事もなく順調な飛行を続けた。クロリーネと会話をしながら、プロメテウス城のある北西に向けて空の旅を楽しんだ。
ただ今日の奴隷解放作戦についてはシャルタガール侯爵家への疑惑が浮上してきたこともあり、一切の秘密を厳守してもらうことにした。
なおフリュは、ポアソンさんとの交渉のあと、親衛隊の転移のために大量の魔力を使い、俺たちが帰ってくるのを出迎えるため、セレーネともに作戦指令室で待っていてくれているようだ。
早く戻って、フリュに感謝の言葉を伝えたい。
プロメテウス城の上空につく頃、空は赤くなりはじめ始め、夜明けが近くなっていることを俺たちに教えてくれていた。