第10話 プリティーパワー
マールの新魔法のテストのため、魔法訓練棟に来ていた。
学園には魔法防御シールドが展開されているため、実際の試し打ちは学園の外でないとできないのだが、魔術具が動作しなければ無駄足となってしまうため、ここで最低限の動作確認をするのだ。
なお、カインは魔法が使えないため「クエストでもしてくるわ」といって不参加。今はカインを除くいつもの4人だ。
セレーネの魔術具の調子も見たかったので誘おうとしたのだが、探しても見つからなかった。
そういえばセレーネは、部活のイベントがない日は放課後の学園で見かけたことがないのだ。
いつもどうしているんだろう。
「それでは、いつもと同じようにライトニングを撃ってみてくれ。ただし魔法名は『パルスレーザー』で頼む」
「わかった」
マールが詠唱を始める。
光属性の魔法は、ライトニングにしてもキュアにしても、リズミカルでどこか楽しげな呪文だ。
マールが詠唱しているからそう聞こえるのか、光属性だから明るい感じの呪文なのか。そういえば闇魔法の詠唱はどこか暗い感じだったしな。
どんな呪文か知りたい。
早く聞き取れるようにならないかな。
【・・・◎▼】パルスレーザー
マールの指先に魔方陣が展開され、魔法発動の瞬間に魔方陣が霧散する。
「成功だ!」
魔法防御シールドにより自動的に消失させられた。つまり魔法が実際に発動する瞬間だった証拠であり、魔術具が作動したということだ。
「次は街の外に行って、実際に撃ってみよう」
俺達が訓練棟を出ようとしたとき、別の生徒が中に入ってきた。
ハーディンだ。
ハーディンの後ろには上級クラスの生徒が大勢いる。きっと魔法訓練をするためにやってきたのだ。
「お前たちか。ここで何をしてるんだ」
この前俺たちにやられたことを忘れたのか、相変わらず人を見下すような目で俺たちを見ている。本当のことを教えてやる必要がないので、適当に答える。
「魔法の訓練だが」
「下級の猿の癖にか。魔法もろくに使えないのに時間の無駄だろ。どけ」
あまりの言いように俺たちが無言で睨み付けていると、後ろにいた男子生徒の一人がハーディンにたずねた。制服のラインから上級貴族の上級生のようだ。
「この者たちは?」
「この前お話しした、我々上位の貴族に対する立場をわきまえぬ無礼者たちです」
「ああ、こいつらか」
その上級生は蔑むような表情で俺たちを見た。
「お前らはここを使用禁止だ」
「何だと」
特権階級特有の不遜な態度に、ダンが思わず叫んだ。
「なるほど確かに無礼者だ。学園だからといい気になっているようだな。階級が上のものに対する言葉使いがまるでなってない。こいつらをつまみ出せ」
そう言うと、その男子学生の取り巻きたちが俺たちを取り囲んで力ずくで部屋から追い出し、扉をしめてしまった。部屋の中からハーディンが、
「お前たちには使用許可が下りないように学校に伝えておく。目障りだから二度と来るな」
「上級クラスのやつら、いつも俺たちのことバカにしやがって許せねえな」
ダンだけではなく、俺たちみんな釈然としない思いをしていた。
「どうせ訓練棟を出るところだったし別にいいんだけど、なんか腹が立つよね」
「みんな、どうかしたの?」
学園の門を出ようとするタイミングで、偶然サーシャと出会った。俺たちはさっきのハーディンたちとのトラブルの話をした。
「その上級生はたぶん3年生のハワード・シーリングね。シーリング伯爵家の令息なんだけど、いわゆる貴族主義者で家柄で全てを判断するのよ。まあよくいるタイプね」
「あれがよくいるタイプなんですか」
「上級クラスはあんなのばっかりよ。私と部長は珍しい方よ」
「部長も上級クラスでしたか」
「そう、ああ見えて一応子爵家令息。それよりみんなでどこ行くの?」
「街の外でマールの新魔法を試しに行くところです」
「誕生日会の時に渡していたやつね。私も一緒にいっていい?」
「もちろんです」
今日はクエストで使っているいつもの東門ではなく、北門から街の外に出る。街道沿いだと人がたくさんいるため、危なくて魔法の練習ができないからだ。
北門から先は荒野のような地形であり、人が少ないので安心して魔法をぶっぱなせる。
城下町の中心街から北に歩いていくと、老朽化して崩れそうな建物が目立ち始める。人々の服装もみすぼらしい。
「この辺りはスラム街ね。治安が悪いからあまり近付かない方がいいエリアよ」
物乞いの子供たちが俺たちの方にすりより、物欲しそうな目で見ている。
その様子を大人たちが見ていて、おこぼれに預かれないか虎視眈々と窺っている。また卑屈そうにけっして目を合わせないようにしているものもいる。
「ボロンブラーク領はまだましな方ね。アージェント王国の他の地域はもっと酷い状態よ。領主や貴族が贅沢三昧する領地ほど、その領民は餓死したり盗賊に殺されたり、奴隷にされたり、とにかく悲惨よ」
実家であるフェルーム騎士領も領民は飢えている。度重なる内戦で領地は荒廃し、戦費負担や徴兵に苦しめられた領民の不満はかなりたまっている。
フェルーム家は決して贅沢三昧をしているわけではないのだが、領民は貴族はどこもそんなものだと考え、反乱が起きる危険性も少なくない。
上級クラスから嫌がらせを受けて腹をたてても、領民らから見ればどちらも同じ貴族どうしのいがみ合い。同じ穴の狢なのである。
前世の記憶のある俺から見れば、例えばフランス革命前夜がこんな感じだったのではないかと思う。
「このままだと民衆の反乱が起きるのでは」
「そうね。それも怖いけどブロマイン帝国の侵略も警戒しなくては。領地の活力が失われれば、どこも戦争どころではないはず。貴族のほとんどは帝国の脅威に気付いてないのよね。あるいは気付かないふりをしているか」
ブロマイン帝国。
もとは辺境の小国だったのだが、周辺の国々を侵略して徐々に領土を拡大し、今や大陸随一の大国にのしあがってきた新興帝国。
今、アージェント王国にも侵略の手が少しずつ延びはしめているのだ。
まさに内憂外患である。
北門から街の外に出た俺たちは、眼前に広がる切り立つ岩場や枯れ木の荒野に向けて、新魔法の試し撃ちを行うことにした。
「マール、さっきと同じように魔法を撃ってみてくれ」
「わかった」
マールが詠唱を始める。
その時、
ZA, ZA ZA ZA....ZA, ZAZA
突然のめまいと耳鳴り、目の前の景色が歪み雑音が頭に響く。
これは例の現象だ。
俺は地面にうずくまり、そして気を失った。
「アゾート!アゾート!」
気がつくと、ネオンが覗き込むように俺の方を見ていた。とても心配そうな顔だ。
「おはようネオン」
「何言ってるんだ。突然倒れたんだぞ。大丈夫か?」
そうだ思い出した。マールの魔法の実験中に倒れたのか。はっとして立ち上がり、ネオンにたずねた。
「どれぐらい倒れていた?」
「5分ぐらいだが、急に立ち上がるな。大丈夫なのか?」
「ネオン。例のあの雑音が聞こえた」
「なんだって!?」
「ついに光魔法で高速詠唱を手に入れられるかもしれない」
俺とネオンは思わずガッツポーズした。
「二人で何話してるの?」
マールが心配そうに話しかけた。
「ごめん、心配をかけた。ところで実験は?」
「ちゃんと発動したよ」
「よし!実験はうまくいったのか。マール、すまないがもう一度魔法を撃ってみてくれないか」
「わかった」
再びマールが詠唱を始める。俺は神経を集中しマールの詠唱を寸分も聞き漏らさないようにした。
マールの発動した魔法は、パンという乾いた音とともに前方の枯れ木にヒットし、木片が飛び散った。
イメージ通り、まさにパルスレーザーだった。
普通はここで実験の成功を噛み締めて喜ぶ場面であるのだが、俺の頭の中では全く別のことを考えていた。
俺はマールが詠唱した呪文の内容に衝撃を受けていたのだ。
まさか、こんな呪文だったとは!
「アゾート、呪文聞こえた?」
ネオンが俺に聞いてくる。
「あ、ああ、聞こえた。おそらく全て聞き取れたと思う」
「全部!? 火属性魔法でも一部しかわからなかったのに、光魔法は全部わかったの?」
ネオンは信じられないようすで、俺に何度も念を押した、
「ねえ、呪文が聞き取れたってどういうこと?」
サーシャがネオンに聞いている。
「火属性魔法みたいに高速詠唱ができる呪文がわかったんだ」
「「えーーっ!」」
みんなが驚きの声をあげる。
「アゾート。私もあの高速詠唱が出きるようになるの?」
マールの期待に満ちたキラキラした目をみて、俺は思わず目を伏せてしまった。
この呪文はできれば詠唱したくない。なかったことにできないか。
俺は葛藤するが、マールの期待に満ちた目が俺の逃げ道を塞いでいく。
おれは腹をくくった。
「わかった。じゃあ俺の言うとおりに詠唱してくれ」
【ぱぷりか ぽぷりか ぴかるんるん ミラクルライトで きらめき ときめき チャームアップ】パルスレーザー
「はいどうぞ」
【ぱぷりか ぽぷりか ぴかるんるん ミラクルライトで きらめき ときめき チャームアップ】パルスレーザー
マールの詠唱は完璧な日本語(なのか?)にはほど遠いものの、詠唱を進めるにつれマールの指先には「ズズズ」という低周波のうなりをあげながら、魔方陣が巨大化していく。従来の詠唱とはパワーがまるで違う。
そして魔法発動と同時にひときわ大きな破裂音を伴って、枯れ木の上半分が吹き飛ばされて炎上し、残った下半分もメラメラと炎上を始めた。
「なんなんだこの破壊力は!」
「これがライトニングと同じ魔法なのか?」
まわりは驚愕で、言葉を失っていた。
その隣で俺は、尊厳を失っていた。
威力は凄まじい。
実験は大成功だ。
だがこの呪文はさすがに酷い。
確かに魔法の呪文としては、ある意味王道中の王道であることには違いないのだが。
大喜びしているマールを見て、俺はとても気の毒な気持ちになった。
考えても見ろよ。
マールはもう16歳だ。
16歳なのに魔法少女の変身シーンのような詠唱を唱えなければ魔法が使えないのだ。
しかも、しかもだ。
この先魔法を使用する度に、一生この呪文を詠唱を続けなくてはいけない。
例え母親になっても。老婆になってもだ。
まさに知らぬが仏。
気の毒でとても顔向けができない。
「アゾート、もう一回練習させて!」
キラキラした目で無邪気にお願いするマール。
だが、何かをごっそり持っていかれた俺には、マールの願いに応える胆力はもう残されていない。
「そ、そうだ。キュアもひょっとしたら呪文がわかるかも。今度はこっちを試してみようか」
「あ、それもそうだね!やってみよう」
俺はこの苦し紛れの提案に、この後すぐに後悔することになる。
だめだ。キュアも酷い。
なんなんだ、この光属性魔法というやつは。
「どうだった? はやく呪文教えて」
マールがおねだりする幼女のように「ねえねえ」と俺の肩を揺さぶる。
もう逃れることはできない。
くそ! 俺は覚悟を決めた。
「今日はもう一度きりだから、聞き逃さないようにな。行くぞ」
「応!」
【キュア キュア キュアリン メディ メディ メディシン プリティーパワーで ナイチンゲールになあれ♥️】キュア
「はいどうぞ」
【キュア キュア キュアリン メディ メディ メディシン プリティーパワーで ナイチンゲールになあれ♥️】キュア
帰り道、トボトボと歩く俺の前を、楽しそうにワイワイはしゃぐみんな。
「私の水魔法と風魔法もお願い」
「そうだマールだけずるいぞ。水だ水。水をよこせ!」
サーシャとダンが鬱陶しい。
「アゾートは私にだけ特別なんだよ。ふふっ」
マールが得意気に鼻唄をうたって、ダンとサーシャをうらやましがらせている。だが、そんなマールの行動に一番ダメージを受けているのはネオンだ。
実に不機嫌そうな顔で、ネオンは俺の横に近付きながら、力一杯俺の足を踏み抜いた。
「じゃあ、また明日ね」
マールとサーシャを見送り帰ろうとしたとき、女子寮へむかう一組の男女が目に入った。
セレーネと生徒会長のサルファー・ボロンブラークだ。
ダンも二人に気付き、小声で俺に話しかけた。
「おいアゾート。あれって」
どうしてこの二人が一緒にいるのだろうか。
俺は不安な気持ちにかられた。
次回も日常回です