異世界チート貧乏生活〜スキル『消滅』で最強だけど、金を稼ぐのには死ぬほど向いてない〜
今週は『トリニティロード』が更新できなかったので、元々書いていた異世界系の短編を投稿しました。
どこだここ?
俺、天晴楽は、さっきまで自転車でコンビニに向かってたはずだったんだが、気付けば真っ白な空間にいた。
そして──俺には手も足もなかった。ていうか体の感覚が全くない。
例えるなら魂になった気分だ。
──ん? 俺誰に話してんだ? 誰かが見てる気がする……誰だお前!
『おお勇者よ、死んでしまうとは情けない』
あ? どっか聞いたことあるセリフ言いやがって! お前が視線の正体か!
『ブッブー! それは読者でぇ〜す! 私は偉大なる女神様なのだよ』
読者? 何言ってんだお前。てか偉大なやつは自分で偉大って言わねぇぞ。
『自分が偉大すぎて、もうその事実を受け入れざるを得なかったの』
なんか面倒くせぇやつだな……てかさっきなんて言った? 死んだって誰が?
『無論、君だよ〜』
は?
『ベターにトラックに轢かれて吹っ飛んで、その後向かいから来た軽自動車に跳ねられて人生終了〜! んで今は魂だけの存在になってるってわけ』
俺死んだのか……
『まぁそんなことはどうでもいいんだけど──』
いや俺にとってはそれが全てなんだが?
『トラックに女神ときたらもうお分かりだよね?』
さらっと無視すんな! ──ん? それってまさか──
『そのとおり〜! 異世界転生でぇ〜す! 今日死んだ若者の中から適当に選ばれた君が転生することになったよ〜。運良すぎだね〜死んだけど』
なんか素質があったとかじゃなくて、適当に選ばれたのかよ……
『君に才能もクソもないよ』
……もっとビブラートに包んで──
『悲報、馬鹿は死んでも治らなかった模様──ビブラートってカラオケか! それ言うならオブラートやわ! ビブラートには何も包めへんわ!』
……そ、そんなことは置いといて、もちろんチートとかは貰えるよな?
『もちのろん! スキルってのがある世界観なんだけど〜、好きなスキルを選んでいいよ〜』
じゃあ一番強いやつ!
『消滅スキルが最強だけどどうする〜?』
じゃあそれで!
『りょ! ちなみになんで君が送られるかは、お分かり頂けただろうか』
写真に幽霊写ってそうで草。魔王を倒して的な?
『そう! 的なやつ! 魔王倒してね〜まるって感じ〜。ちなみに消滅スキル使えば魔王瞬殺できるから』
そんなに強いのか! じゃあ簡単に倒せそうだけど、倒したあとはどうすればいい?
『好きに生きればいいんじゃね? あとのことは知らん』
ちなみになんだけど──
『言いたいことは分かっているよ男子高校生──ハーレムオーケー世界でございます』
やったぜ! ──ていうか今更なんだけど、お前さっきから頭に直接声が響いてきて姿見せないけど人見知りか?
『今更感半端ないね〜。私を見ちゃうと〜、私に見惚れて異世界に行きたくないよ〜! っていうのが目に見えちゃってるわけで〜、だから親切心から姿を見せなかったんだけどな〜』
それが本当なら転生前に姿ぐらい見せられるよな?
『冗談じゃないんだけどな〜……まぁいいけど』
その時、俺の前に女神が現れた。
いや──女神と呼ぶに相応しい幻想的な女性が、音もなく、気付いたら目の前に立っていたのだ。
こいつがさっきの声のやつなのか……いやまさかそんなことあるわけが──
『女神には心の声全部聞こえちゃうんだよね〜。だから言ったじゃ〜ん。女神と呼ぶに相応しい幻想的な私に見惚れちゃったんだよね……分かるよその気持ち……私も毎日自分の姿を見ては見惚れてるから』
生粋のナルシじゃねぇかぁぁぁ! なんでこんなやつが女神なんだよ! 魂だけ誰かと入れ替わったほうがいいんじゃねぇか?
『私に見惚れちゃったのは分かるけど〜、残念なことに転生する時が来たよ〜』
けっ。お前とはもう一生会いたくないけどな。
『ツンデレキャラで行くの?』
本心で言ってんだよ! ツンキャラだわ!
『ちなみに転生って言っても一から人生始めるわけじゃないからね〜』
だから無視するなって──え?
『姿は変わるけど、年齢と性別は死ぬ前と同じで、記憶はもちろん引き継ぎ、服とかは用意してあげるけど、どこからスタートかは私にも分かんないからね〜』
は? ちょ、ちょっと待て……どこからスタートか分からないって言ったのか?
『じゃあね〜』
おい! お前ふざけ──
俺が言い終える前に、俺の魂はどこかに飛ばされていく感覚になり、気が付くと森の中にいた。
「あのクソ野郎絶対許さねぇからな……」
もういっそ魔王討伐なんか辞めちまうか──とも一瞬考えたが、よくよく考えてみると魔王討伐とかちゃんとやらないと女の子にモテないじゃん。
「よし! 魔王討伐は頑張ろう」
「なんだと!」
「え?」
後ろから声がしたから振り返ると、絶対人間じゃないやつが立っていた。
──こいつ魔族じゃね?
「貴様如きが魔王様を倒すだと? 俺の気配にさえ気付かない愚かな人間が戯言を──お前は今ここで俺に殺されるんだよ!」
はい魔族確定っすね。なぜかスキルの使い方が分かるんだけど、まぁ小さいこと気にしてたら異世界生きていけないよな。
「おい! 聞いているのか!」
『消滅』
俺は魔族らしき目の前のやつに意識を向けて、スキルを発動させるぞ! という気持ちを込めてそう言う。
「あれ? 消えた?」
気付けばそいつは消えていた。音もなく、まるではじめから何もなかったかのように、跡形もなく消えていた。
「倒したのか? なんか手応えが全くないんだが」
せめてエフェクト的な何かがあれば分かりやすいんだが……無音だから倒したかどうかもよく分からない。
とはいえ気配が完全に消えたことだし、多分倒したと思う。だけど倒したかどうかをもっと分かりやすくしてほしかった。
「てかここどこだろう……」
クソ女神がランダムに転生させたわけで、俺は完全な迷子になっている。
「あのクソ野郎……今度あったらご自慢の顔をぶん殴ってやる」
とまぁ女神への愚痴はここまでにして、とりあえず人の気配がする気がする方へ向かうことにしよう。
「ん?」
そこで俺は自分の髪の毛に違和感を持つ。
──姿は変わるけど
クソ女神の言っていたことを思い出した俺は、池もしくは川を探して歩く。
歩き始めてからすでに一時間ぐらいは経っていると思う。
未だに水が見えてこない。
「魔王倒す以前に野垂れ死にとかはやめてくれよ、まじで」
もしそうなればアンデットになってでも、あのクソ女神を呪い殺してやる。
すでに死んだあとの事を考え始めるほど、絶望しかけていたその時──
「ん? この音は!」
俺は音のする方向へと急ぐ。
全速力で走り、木ばかりしかなかった場所を抜けると、そこには──
「川だ……」
ようやく見つけた川に向かって駆ける。
そしてカラカラになっていた喉を潤し、なんとか生き返った。
「水うめぇぇぇ!」
本当に死ぬかと思っていたところに現れた救世主お水様の美味さに、思わず叫ぶ。
喉が潤った事で余裕ができた俺は、改めて川を覗き込む。
「お〜これが俺か……」
そこに映っていたのは、金髪の少年──多分俺だと思う。
試しに変顔をしてみても、鏡と同じように動くから、これが俺で間違いないな。
「日本にいた時よりはイケメンかもな」
といってもクラスにいたリア充イケメン野郎には負ける程度だけど。
異世界に来ても、結局俺は俺ってわけか……
「ま、そんな事考えても仕方ねぇよな!」
今はとにかく今日中に森を抜ける。
てかそうしないと寒さで死ぬから。
あのクソ女神……防寒具とか食料ぐらいアイテムボックス的なやつに入れとけよ。
「とにかく! 今は進むか」
俺は考えるのはとりあえず後にして、とりあえず今は、森を抜ける事だけに集中しよう。
「グォアァァァ!」
と思ったら突然周りが暗くなり、気になって上を向いてみると、そこにはなんかドラゴンっぽいのがいた……言葉通じるかな?
「ドラゴンさ〜ん! 聞こえますか〜!」
「グルルル」
俺が声をかけると、ドラゴン(仮)が唸り声みたいなものを上げる。
なんかブレス的な何かが来そう──と思ったら予想通り口から炎が飛び出してきたので、俺は全速力で避けたらなんとか躱せた。
「今の当たってたら死んでたよな……」
人生で初めて九死に一生を得たという言葉を使う時が来たな。
いや、異世界転生も含めたら二回目か?
……まぁ今はどっちでもいいか。じゃあとりあえず──
『消滅』
すると周りが突然明るくなった。
またしてもエフェクトもなしに音もなく消えたせいで、倒した実感が沸かない。
漫画で効果音をつけるとしたら『パッ』って感じだな。
「てか俺は楽なんだから、名前の通り楽に生きさせてほしいな〜!」
ていうか魔物はいいから盗賊でも現れねぇかな〜。
王族かなんかの馬車を盗賊が襲っている所に、俺が颯爽と現れて助ける──みたいな展開があってもいいんじゃないの!
俺はそんな事を期待しながら森の中を歩き続けたが、幸か不幸か──特に何も起きることなく、町らしき場所に到着してしまった。
「まぁそう簡単にイベントは起きないよな……」
げんじちゅってきびちいね。
町の前には、中に入るための行列ができていたにため、俺もそれに並ぶ。
それから大体五分ぐらいで、俺の番がやってきた。
「身分証明書を見せろ」
門を通ろうとすると、鎧を着て槍を持っている、騎士っぽい人に止められる。
身分証明書なんかないんやけど……
「……身分証明書ってどうすれば発行できますかね?」
「持っていないだと? 怪しいな……」
ま、まずいですよ。
どうしよう……あ、そうだ!
「お、お恥ずかしい話ですが、実は服以外を盗まれてしまいまして……」
この設定で切り抜ける!
異世界転移系の主人公も、こう言って切り抜けてたしなんとかなるはず……
「……確かに何も持っていないな」
「ですからすぐに稼げる仕事も紹介して頂きたいのですが……」
本当にお願いします!
「なるほど……それは災難だったな。なら身分証明書と稼げる仕事を、両立している場所があるからそこに行くといい」
「そんな場所があるんですか?」
「結構主流の仕事なんだが知らないのか? 冒険時ギルドという場所に行くといい」
冒険者ギルド来たぁぁぁ!
「それは何処に?」
「大通りにあるから、注意して歩いていれば分かるはずだ」
「分かりました。ありがとうございます!」
「次からは気をつけるんだぞ」
「ははは……気をつけます……」
門番の人が普通に親切だった事もあり、思ったよりあっさり通過することができた。
というかここ王都だったんかい! どおりで人が多いわけだな。
「さて、ギルドギルドっと」
特に何も持っていないから、もう何も盗まれる心配はいらないため、左右だけを注意してしばらく歩いていると、冒険者ギルドと書かれた看板が目に入る。
「そういえば異世界なのに、言葉も通じるし文字も読めるのな」
そこはちゃんとやったんだな。
あのクソ女神もたまには役に立つ。
「とりあえず入ってみるか」
俺は恐る恐るギルドのドアを開ける。
「失礼しま〜す」
中に入ると、ギルド内に座っている冒険者らしき人達が、一瞬だけこちらに視線を向けるが、すぐに興味をなくし、話に戻っていく。
目の前にカウンターらしき場所があるので、とりあえずそこに向かう。
「ようこそ冒険者ギルドへ! 本日はどのようなご要件でしょうか?」
「実は荷物を盗まれてしまって、そこに身分証明書と全財産が入っていたんですよ」
「……それは災難でしたね」
「というわけで、身分証明書の発行と、今日の宿代だけでも稼げる仕事がいるんです」
宿に泊まれなきゃ凍死しちゃう!
「なるほど、冒険者登録希望ですね? かしこまりました。ではこちらにお名前と、ご出身地を記入して頂いてもよろしいでしょうか」
「……」
出身やてぇぇぇ⁉ んなもんこの世界にゃねぇんだが⁉
「……お客様、もしや──」
やばいやばいやばい! マジでやばい!
このままじゃ最悪、他国のスパイ的な何かと勘違いされてそのまま──BAD_END──待ったなしやんけぇぇぇ!
「字を書けないのでしょうか?」
「違うんです! 他国のスパイなんかじゃ……ん? 今なんて?」
「ですから字を書けないのでしょうか? この王都には、お客様ぐらいの年で字を書けない人はいないと思いますが、見たところお客様は、どこかの村から来たように見えるので、字を書けなくても当然かなと思いまして……」
「……」
そっか! 一瞬バカにされたのかと思ったが、異世界では字を書けなくても当然なのか!
「……じ、実は字は書けないんです」
よし! これで乗りきれ──
「かしこまりました。では代筆するので、お名前とご出身地をお教え願いますでしょうか?」
結局積みじゃねぇかぁぁぁ!
「え〜っと……紙に書く以外に登録する方法ってないんですか?」
「え? 一応あるにはありますが……」
あんのか〜い!
「じゃあそれでお願いします!」
「ですかあまりおすすめはしませんよ?」
「大丈夫です! それでお願いします!」
「……かしこまりました……では少々お待ちください」
受付の人は、なぜか俺を心配するような視線を向けたあと、ギルドの奥へと入っていく。
変な視線を感じると思い、周りを見てみると、ギルド内にいる人達全員が、まるで変人を見ているような目で俺を見ていた。
少し不安になってきたな……
「お待たせしました」
受付の人が奥に入っていってから数分後──受付の人は、魔法陣みたいなものが書かれている紙と、針を持って戻ってきた。
あ、察し……これはあれですね?
「これは昔は一般的だった方法なのですが、こちらの針で御自分の指を切ってもらい、その血をこの紙に垂らせば身分証明書ができます」
異世界系でよく見るやつですね。
「ですが、このやり方ですと痛いのは嫌だという声が殺到してしまい、あまりギルドに人が集まらなかったんですよ」
リアルでそれやるのは結構勇気いるよね〜。
「ですから今は記入のみで冒険者登録を可能にしたのですが、本当にされるんですか?」
嫌だ!
「やります……」
「……かしこまりました。ではこちらの針で指を切ってください」
そんな変人を見るような視線向けないで! だって記入できないんだからしょうがないやん!
「分かりました……」
痛そう、怖い、やりたくない……でもやるしかない件。
「……ふ〜」
俺は深呼吸で一旦心の準備をしてから、ゆっくりと針に指を近づける。
「痛てっ」
指から出た血が魔法陣の紙に垂れると、紙が少しだけ輝き、その光はすぐに消えていく。
「これで登録は完了になります。受付にてこちらのギルドカードを見せて頂ければ、冒険者としての活動──依頼が受けられます」
「あの、まだ血が出てくるんですけど、絆創膏とかないんすか?」
「バ、バンソウ……? なんですかそれは?」
あ、そっか……この世界にはないのか……
ん? じゃあどうやって血止めるんだ?
「回復系スキルを持っているのであればすぐにでも治せますが、持っていないということでしたら、包帯を巻くなどして止めてください」
「ポーションとかはないんすか?」
「そんなもの知りません。怪我をしたなら包帯を巻くのは常識ですよ?」
まじっすか……異世界なのにポーションないパテーンすか……
「荷物も金もないので包帯が買えないんですが……」
「……ご愁傷様です」
諦めるな、受付嬢くん!
……え? 本当にこのまま放置プレイなの? 俺にそんな趣味ないんですけど……てか痛い。
「では冒険者について詳しく説明してもよろしいでしょうか」
「……はい」
「まず冒険者は五つのランクに分かれています」
はいはい。SかAランクが一番強いんだろ?
「初級、下級、中級、上級、超級の五つです」
アルファベットですらない!
「お名前は……ラク・テンセイさんですね」
「……え? あ、はい」
ラク・テンセイって名前が、自分っぽくないせいで反応遅れちった。
「ラクさんにはまず、初級から下級を目指してもらいます」
ふむふむ。
「初級の依頼は、主に王都内での雑用のような感じです」
「え、雑用ですか?」
「雑用といっても楽な仕事も多いですよ」
「魔物倒したりはできないんすか?」
「それは下級からですね」
Ohmygod
「え、じゃあ下級に上がるにはどうすればいいんすか?」
「雑用を沢山こなせば簡単に上がれますよ」
まじか……面倒くせぇがしゃーねぇか。
「なら一番ランクが上がりやすい仕事を受けます!」
「それでしたらこちらになります」
「受けます!」
「では承りました。それではお気をつけて」
「行ってきま〜っす!」
とりあえず冒険者ランクが初級から下級までは、異世界で雑用頑張るぞ〜!
自分で言ってて泣けてくる……
その日はなんとかボロ宿に泊まることができ、それから数日後──
「おめでとうございます! 下級に昇格です」
「しゃぁぁぁ!」
俺はようやく下級に昇格した。
これで魔物討伐で金が稼げる!
「じゃあ早速このゴブリン討伐を受けます!」
「ゴブリン討伐はソロでは危険ですが、パーティーで行かなくても大丈夫ですか?」
「いや……ソロでいいです」
「ですが本当に危険ですよ?」
「ソロで十分勝てるので大丈夫です」
本当に一人で十分だしな。
「ですが……」
「俺は強いから一人で受けます!」
「死んでもギルドでは保証はできませんよ」
「それでいいです」
「……かしこまりました。ではゴブリン討伐の依頼、承ります。どうかお気をつけて」
「ありがとうございます」
そんなに心配しなくてもいいのに……
てか道中でゴブリン(仮)なら倒してるし、そもそもドラゴン(仮)にも勝ってるしな。
この時の俺は、そんな楽観的な事を考えていた……それがまさか、あんな事になるなんて……
◇◆◇◆◇
『消滅』
魔族(仮)やドラゴン(仮)と同じ要領で、ゴブリンも一瞬で消えた。
群れで襲ってきた時は死んだかと思ったけど、全員消えろって念じたらなんとかなったな。
ゴブリンを討伐できたため、俺はギルドに戻る。
ギルドへの帰り道──特に何も起こらず、無事帰ってきた俺はギルドのドアを開く。
「ゴブリン討伐完了しました!」
「……では証拠を出してください」
What's?
「討伐したかどうかの証拠です」
pardon?
「……答えないということは、討伐できずに逃げ帰ってきたということですね」
「いやちゃうわ! ちゃんと倒したわ! だけど俺のスキルだと、完全消滅しちゃうから証拠残らないんよ」
「……言い訳は見苦しいですよ」
じぇんじぇん信じてくれにゃい……
「本当なんだけど……」
「ラクさん、初級に降格したくなければ言い訳はいないほうが良いですよ」
「いや本当なんだって!」
「証拠がなければ対応できかねます」
そんなですん……
「お引き取りください」
「……はい」
この日の夜──俺は枕もないボロ宿のベッドを、涙で濡らしたのだった。
◇◆◇◆◇
「まだ見つからないのですか?」
「申し訳ございません!」
これでも見つからないという事は、おそらく王宮殿付近にはいないという事ですかね。
「では捜索範囲を広げ、冒険者ギルド付近を中心に捜索してください」
「はっ!」
──バタンッ
「……はぁ〜」
突然の自己紹介で恐縮なのですが、私はこの国の第一王女ミセルです。
数日間──私は魔王復活の影響か、大量発生している魔物の偵察という名目の気分転換に、護衛を引き連れ森の中にいたのですが、そこで運悪くドラゴンと遭遇してしまいました。
ドラゴンはこの世界では最強の魔物とされており、一国の騎士団──それも少数などでは、かなうはずもありません。
私は死を覚悟しました。
しかし、なんとそのドラゴンが、突然目の前で消えてしまったのです。
あの時の衝撃は、おそらく一生忘れないでしょう。
ではなぜ消えたのか……私も最初はわけもわからず、お恥ずかしながら人生で初めて、思考が停止するという体験をしましたね。
ですが、その答えはすぐに分かりました。
ドラゴンが消えた直後、少し離れている場所から何者かが叫んでいる声が聞こえたのです。
──俺はラクなんだから、名前の通り楽に生きさせてほしい。
確かこのような事を叫んでいたと思います。
それであのドラゴンは、そのラクさんと言う人物によって倒されたのだと分かりました。
私はその方にお礼がしたかったのですが、残念ながら、私が声のした方に向かった時にはすでに姿がなく……。
とまあそういうわけで、私はラクという名前だけを頼りに、その方を捜索してもらっているのです。
未だに見つかってはいないんですけどね。
それと、もし男性なら婚約するのもありですね。
あれだけの力を持っている人物ということなら、その力が他国に渡ってしまうのは危険ですから。
おそらくお父様も同じお考えだと思います。
貴族である可能性は薄いでしょうが、お父様の権限なら貴族にでもなんでもすることは可能ですし、女性ということなら、宮廷魔法騎士団長に据えるとしましょう。
声質からしておそらく男性でしょうけど。
あとは人格が揃っていればいいのですが……そこは賭けをせざるを得ませんね。
まぁなんにせよ──
「他国に渡る前に回収しておきたいですね」