乙子ルート 第7日目②
②
「一つ訊いていいか?」
「な、なによ?」
「オトコはなんでオレのとこに来たわけ? だって怖いって理由なら別にオレんとこじゃなくてもいいじゃん。同性ってことで末理さんの部屋の方が行き易いと思うし、別に達人んとこでもいいしさ」
「……あたし、迷惑?」
「んにゃ、素朴な疑問。なんでオレのとこだったのかと。大体幼なじみなんだし、迷惑だなんて思うわけねーじゃん」
「それは……」
その後の言葉を紡がない乙子。
外はまだ雨が降り続いてる。
オレと乙子の間に微妙な空気が流れる。
その時、雷が落ちた。
乙子の体がびくん、と震える。
その細い肩から不安が伝わってくるようだ。
そんな乙子を少しでも安心させてあげるべく、優しく髪をなでる。
「大丈夫、オレがそばにいるよ」
「貞君……」
「オトコはオレが守るから……」
自然にそんな言葉が口から出て、乙子をきゅっ、と抱きしめる。
その瞬間、オレの頭に小さい頃の記憶がよみがえってきた。
初めて出会った時のこと。
いっしょにお風呂に入ったこと。
いつも隣にいてくれたこと。
そして、オレをかばって泣かされたこと。
「おとちゃん……」
「……さーくん?」
オレたちは昔のように「おとちゃん」、「さーくん」と呼び合っていた。
「全部思い出した……全部思い出したんだ……」
記憶が鮮明になったオレはうわ言のようにそうつぶやいていた。
オレは十数年前のある日、自分で自分に催眠術をかけたことを思い出した。
幼かった頃のオレはいつものように乙子と遊んでいた。
そこにかわいい乙子をいつも独り占めにしているオレの存在を気に入らない三人組がやってきて突き飛ばされたのだった。
この頃のオレは反骨精神ゼロの、一人では何もできない弱虫だった。
そんなヘタレなオレを「さーくんをいじめないで!」とかばいに入った乙子まで突き飛ばされて泣かされた。
その光景は甘ったれの当時のオレにはとてもショックだった。
好きな女の子一人守れない。
男としてこんなに情けないことはない。
小さかったオレはそんな情けない自分を変えるべく、大きく分けてに二つの自己催眠をかけた。
一つは強い自分になること。
「おとちゃんをぜったい守れるくらい強い男になるんだ」
鏡の前で自分にそう自己催眠をかけ、世界最強の「神のこぶしをもつ男」だと思い込む。
そして、もう一つは乙子に対する気持ちの封印だ。
「今のぼくじゃおとちゃん一人守りきれない。だから、おとちゃんにふさわしい男になれるまではおとちゃんを好きって気持ちは絶対に表には出さずに閉じこめておくんだ」
その自己暗示があったからこそ、乙子に好意を抱こうとする度に「中の人は男」とか「相手が乙子じゃなければ」とか気持ちにロックがかかっていたわけだ。
さっきまでのオレは、女の子としての乙子を好きだと言い切ることはできなかった。
でも、昔の記憶が戻った今ははっきりと乙子のことを好きだと言える。
これがオレの八歳以前の記憶があいまいだった理由だ。
そんなオレの人格すら変えてしまうような事件の翌日。
「おい、おとこ。さだきみみたいな弱虫といっしょにいると弱虫がうつるぞ」
「あんな弱虫ほっといてオレたちのなかまになれよ」
「さーくんは弱虫なんかじゃないよ。さーくんはケンカとかがきらいなだけだよ」
「なんだ? こいつ。弱虫をかばうのか?」
「さーくんは弱虫なんかじゃないもん!」
「なんだ? お前もさだきみみたいにいじめられたいのか?」
そこに颯爽とオレ参上。
「弱いものいじめはやめろよ。だからお前らはモテないんだよ」
昨日までとは違うオレの態度に顔を見合わせるいじめっ子たち。
「おい、こいつホントにさだきみか?」
「昨日はちょっとやりすぎたかな? どっか頭でも打ったんじゃ……」
そんな勝手なことを各々に口にする。
「さーくん……」
心配そうにオレを見つめる乙子。
「お前は下がってろ。女が出るまくじゃない」
そんなオレの態度に途惑いつつも、再びからんでくるいじめっ子。
「弱虫さだきみ~。ヘンな名前しやがって~。今日もいじめてやるぞ~」
「なんだ、お前。おれは『神のこぶしをもつ男』だ。からむんならころすぞ?」
「なんだ、おまえ、さだきみのくせになまいきだぞ」
「リンチだ、リンチ~」
「なんだ? お前ら。たった三人でおれとやんのか? いいぜ、かかってこいよ」
右手でクイクイ、と挑発する。
「さーくんが、さーくんが…こわれちゃった……」
この後、オレは三人がかりでボコボコにされた。




