三、堂島ルート(前)
「またね、堂島くん」
「うん。また来週ね」
三階に進学塾が入っている雑居ビルの前で、堂島は他校の制服を着た女子生徒と分かれ、帰路についた。
時刻は七時を回り、夕暮れの空は茜色に染まり、道行く人々の足元には長い影が出来ている。
「帰ったら、忘れないうちに今日の課題を済ませてしまおう。あと、英語の予習も進めなきゃ……」
小声で帰宅後のタイムスケジュールを組み立てつつ、堂島は、雑居ビルから程近い賑やかな商店街を通り抜けていく。
「あっ、そうだ。ルーズリーフと赤ペンを切らしてるんだった。――おや?」
文具店に立ち寄ろうと、来た道を戻り始めた矢先、堂島は、角の文具屋の隣に、ひっそりと小さな店があるのに気付いた。
「どう見ても、虎だよなぁ……」
そう。堂島が気になったのは、何の店であるかではなく、店のドアに立体的な虎のレリーフがあしらわれていることだった。
堂島は、そのままドアのレリーフに目が釘付けとなり、まるで灯りに誘われる蛾のように、フラフラとドアへと近付き、ノブを回してドアを開けた。
ドアの向こうは、大正から昭和初期の趣を残す、どこかレトロな喫茶店のようだ。
「こんばんは。どなたかいらっしゃいますか?」
誰も居ないカウンターへ向かい、堂島は遠慮がちに声を掛けた。が、外の喧騒とは対照的に、店内は静寂に包まれている。
「開いてるってことは、入っても大丈夫だよね……」
堂島は、不安げな表情をしながらも、創作家としての好奇心を抑えきれず、店内に入り、ドアを引いて閉めた。すると、ガチャリと施錠される音がする。
「えっ、ウソ、取っ手が、いや、ドアが!」
しじまに響く金属音に驚き、堂島はドアを開けようとノブを回した。
しかし、その刹那、ノブは熟した果実のようにグニャリと変形して千切れ、ドアそのものも、まるで最初からそうであったかのように、周囲のモルタル壁と同化してしまった。
「どうしよう。他に出口は、……ギャッ!」
ドアに気を取られていた堂島は気付かなかったが、彼の足元には、三匹のアオダイショウが這い寄っていた。