一、スタート
それは、昼休みの教室での噂から始まった。
「とらうまゲート?」
購買で手に入れた焼きそばパンに噛り付きながら、開襟シャツに糸村という名札を付けた男子生徒が、訝しげに聞き返した。
「そうそう。なんでも、悩みを抱える人の前に、虎のレリーフがあしらわれたドアが現れてさ。そいつを開けると、その悩みの根源になっている過去のトラウマ現場に直結するんだってさ。それで、制限時間までにトラウマを克服すると、馬のレリーフがあしらわれたドアが現れ、元の時空に戻れるんだ。けど、克服できなかったら、そのまま異次元に取り残されるとか、別の時空に繋がるドアが現れるとかで、とにかく戻って来れないんだって」
網目で千切ってメロンパンを食べ進めつつ、同じ開襟シャツに堂島という名札を付けた男子生徒が、ざっくりと噂を説明する。
糸村は、内心では興味をそそられつつも、子供っぽく思われたくないという思春期特有の性質から、関心のないフリをしてケチをつける。
「ふーん。ガキくせぇ作り話だな」
「そうかな? フィクションだとしても、面白いと思うけどなぁ。トラウマを虎と馬に結び付けるのは安直な発想だけど、ストーリーの構成としては、よく出来てると思わない?」
「だったら、今度の文化祭で出す本のネタにでもしろよ、文芸部長」
「悪くないアイデアだけど、よしとくよ」
「なんでだよ。いつもネタがねぇって泣きついてくるくせに、転がってきたネタはスルーするのか?」
「泣いた覚えは無いよ。すでに流布してる噂は、別の部員が書く可能性が高いからさ。かぶりたくない」
「あっそ」
噂話は、そこでおしまいとなり、そのあとは、午後イチの古典は催眠術だの、数学の問題集で答えを丸写ししたのがバレただのという話をしているうちに予鈴が鳴り、二人はめいめいの教室へ移動して行った。