20:揺れる心、怯える心
コウヤ達は月曜夜の定例プレイの前に、カナリの件を相談していた。
20:揺れる心、怯える心
「って事で、明日は委員長に色々教えなきゃだから、またウチにノート持参で集合って事にしたいんだけど」
帰宅後、コウヤはマヤに事の経緯を伝えた。
「うーん…… それじゃ、まずはアクト4クリアするトコ見せてあげるってのはどう?」
しばらくの沈黙の後、マヤが返事をする。
五人目が見つかったというのに反応がイマイチ芳しくない事をコウヤは訝しむが、言っている事はもっともだった。
委員長の眼の前でサクッと魔王デアゴーンを倒して、上から目線の優等生様にいいところを見せてやろうじゃないか、という気分にもなってきた。
「じゃ、今日は魔王城に入る所までで止めとく? クリアは明日って事で」
「私はいいけど……」
私はいいけど、ユウイはどう思うかしら、と、マヤは心配していた。
が、当然コウヤはそんな所にまでは気が回らない。やっぱり、まだまだお子様なのだな、とマヤは一人ため息を付く。
男女の別なく、とにかく五人目のメンバーが見つかった事が嬉しくて仕方ないのだ。
この無邪気さ、無頓着さは、いいのか悪いのか、それはマヤにも分からない事だった。
マヤ自身、別にちゃんとした恋愛経験がある訳でもないのだから。
一方、ユウリ宅では、兄が妹に、事の経緯を語って聞かせていた。
「お前は気に入らないだろうけど、断る理由も無くて…… ごめんな、ユウイ」
ユウイはやはりショックが大きいのか、返す言葉が出てこないようだった。
(やっぱり、私みたいなチビより、五年生のお姉さんの方がいいんだ……)
ユウリは事前に、「彼女は僕の友達で、コウヤとは仲が悪い」「コウヤのいつものお節介な親切心だよ」と、コウヤにその気が無い事をユウイに伝えておいたのだが、それでもやっぱり、自分に自信の無いユウイにはかなり堪えているようだった。
だが、ユウリには「コウヤが好きなのはお前じゃないか」、などと妹を励ます事も出来ない。
コウヤのユウイへの気持ちは、「可愛い妹」の域を出てはいないだろうと、分かっていたからだ。
脈が無いわけでも無いが、まだその気があるわけでも無い。
同じ11才の男子小学生でも、色々とネット経由で早熟になりつつあるユウリとは違う。
コウヤはまだ、あまりに健全すぎるのだ。
「ほら、元気を出すんだ。そろそろマジホリ会の時間じゃないか。
何があっても、ユウイが一番親しい女の子って言うのは変わらない。
安心して、一番近くに居続けるのが何よりだよ」
それは、殆ど恋愛漫画の受け売りでしか無かったが、ユウイの胸にはしっかり響いたようで、半泣きだったユウイの顔は、キッとした決意の顔へと切り替わる。
「ありがとうお兄ちゃん! 私頑張る!」
何をどう頑張るのかは本人にも分かっていなかったが、とにかく気合は入ったようだ。
僕も頑張らねばな、と、ユウリは自分にも喝を入れる。
果たして、自分はマヤさんの一番近くにいるのだろうか? 僕は、そんなにマヤさんの事を知っている訳でもない。
本当は、もっと焦らなくてはいけないのは、僕の方なのではないか……?
『……という事だから、デアゴーン倒すのは明日にして、今日は城の中のポータル取る所までにしようかって』
『おっけー』
定例会が始まると、動揺もせず、即座にユウイは元気な返事で返していた。
とは言っても、所詮はロビーチャットのやりとりでしか無いので、実際の顔色までは分からないのだが。
『新人さん、どんな人か楽しみだね』
『すげー真面目なヤツだから、変な事はしないと思うぜ
多分大丈夫』
ユウイが努めて冷静を装っているのが、ユウリには内心空恐ろしかった。
妹の気も知らないでのんきなものだ、とコウヤの態度に呆れもするが、叱ったり忠告したりはしない。
妙に相手を恋愛対象であると意識してしまうと、友達関係がおかしな事になったりもするものだ。
ユウリ自身、本当は好意を持っていたのに、つい裏腹な態度で相手を傷つるような言動をとってしまった事があった。
妹の愛読する少女漫画の登場人物のように、余裕のあるクールな男になど、中々なれないものだ。
コウヤとユウイには、このままゆっくりと時間を掛けて距離を縮めていってもらいたい。
『会話ログ、サーバーに残るから
気を付けて』
マヤが釘を刺す。
このままだと、明日の相談がてらに個人情報の絡む事まで書き込みかねない。
『そうですね
後はメールで打ち合わせということで、出発しますか』
ユウリが出発を促し、四人はゲームプレイを開始する。
そして、ユウリもマヤに妹の件で相談を持ちかけたいと思っていたのだが、ここではまだ話し掛けられなかった。
このロビーチャットでも「ウィスパー機能」を使ってヒソヒソ話は出来るのだが、よりにもよって妹の恋愛相談をサーバー内に残して行く訳にはいかない。
それを忘れて、うっかり相談をしてしまいそうになっていた。
明日、直接あった時に聞くのが一番だ。その方が、自分とマヤさんの間の距離も縮まるだろう。きっと……
そんなそれぞれの心の揺れ動きとは裏腹に、今日もマジホリは徹頭徹尾ストイックだった。
真っ黒な岩場だらけの荒野に、紫がかったライティング。周囲には人骨を積み上げて作った小さな塔が無数に設置され、その天辺には妖しくゆらめく緑色の炎。
その人骨の上の灯火が、薄暗い世界の中、行く先を示す篝火となっていた。
所々に設置された魔王軍の兵舎では、皮の腰巻き一丁の巨漢の悪魔が、鞭を奮ってゴブリンを調教し、厳しい教練を行っている。
点在する石作りの台の上や木箱の中には、何かよく分からない物の肉が詰まっていて、走り回る敵兵が思い思いに食い散らかしている。
グラフィックは絶妙なさじ加減でごまかしているが、おそらくは、あの肉は……
ユウイの思いとは裏腹に、このゲームと来たら、まったくもって完全にロマンチックさとはかけ離れすぎている。
やはり、直接会って抱きつくのが一番効果的なのだろうな、と、ユウイは既に理解し始めていた。
ウザがられない程度に、自然に、上手くやるんだぞ、と、ユウイは企みを胸に秘め、燃える棍棒片手にドルイドで魔物を撲殺していく。
『油断すんなよ』
『そろそろかもな』
虚無調査に出た五人は、190階に到達し、今まで以上に慎重な動きでダンジョンを進んでいた。
虚無自身の動きは極めて緩慢なため、うっかり接触の可能性はまずあり得なかったが、他の敵との戦いに集中するあまり、回避のテレポートをした先にヤツがいました、などという悲劇を発生させないために、画面端に意識を向けながらのプレイを余儀なくされていた。
五人それぞれ、凶悪な難易度のこの最深部をソロで戦える歴戦のプレイヤーだ。
だが、こうして意識を制限され、自由に動きづらい中で戦うのは初めての事であり、精神をすり減らすような労苦を伴うプレイとなっていた。
『これを何時間もやってたのか、三人で マゾすぎねーか』
ブッチーは、これでも褒めているつもりだ。
『楽させてもらってスマンね』
後ろから飛び道具を撃つだけの山田マンも、心からそう思っていた。
普段は囮役としてドライアドをチマチマ召喚しながら亀の歩みで攻略しなければならないこのエリアも、優秀な前衛がいるため、全く苦にならない。
最も、それは前衛の方も同じで、アーチャーの凶悪な火力が加わっているお陰で、いつもより楽に戦えている。
連携は完璧で、パーティープレイの強みを最大限に発揮し、190階のボスをも危なげなく倒してしまう。
戦利品を素早く整理し、階段の前に集まるのだが……
そこから先は、勇気が必要だった。
この階段を降りた時、目の前に、接触距離に、ヤツがいたら……?
広大な迷路のようなMAPと比べ、あの移動速度だ。その可能性は極めて低い。
だが、その可能性はゼロではない。
その恐怖が、彼らに二の足を踏ませていた。
『ビビってるなら、先に行くぜ』
山田マンは、装備セットを予め入れて置いた近接モードに切り替え、一番乗りで階段を降りる。
万が一、目の前に虚無がいた場合、槍で一突きでもしておかなければ「未確認」判定が取れない。
万事怠り無く、蛮勇を奮い起こし、アーチャーが先陣を切って191階へと降りる。
・・・・・・
気まずい一瞬の沈黙の後、残る四人がこれに続く。
『ほらな、そうそう事故らんて』
山田マンは短縮キー機能で素早く装備セットを元に戻し、遠距離攻撃に切り替える。
召喚したドライアドもその辺りをウロウロしていて、敵を見つけた様子はない。
ホッと胸をなでおろした一行は、気合を入れ直し、ダンジョン攻略を再開。
慎重かつ的確に歩を進め、順調に階下へと降りていった。
そして……
194階。
最初の犠牲者が出たのは、ここだった。
犠牲者候補リスト。
マサムネ(侍) カベ(重装兵) キツネ(忍者) ブッチー(戦士) 山田マン(射手)