17:月曜朝、苦闘の後
「虚無」の偵察に出向いた三人は、一体どうなったのか……?
17:月曜朝、苦闘の後
月曜の朝。
コウヤ達がまだ寝ている早朝、コウヤの父は電車内でスマホを取り出し、wikiを開いて昨夜の討伐隊のBBS報告を確認する。
28 ムラマサ ****/**/**(日) 21:22:18.45
今日は三人で偵察だけやってみる事になりました
無策ですが、何か試すべきアイデアあったら書き込みお願いします
29 キツネっち ****/**/**(日) 22:48:55.87
今から出発 カベ待ち
今日はトレハンがてらの観察に留めるつもり
30 カベ ****/**/**(日) 22:58:25.11
本日もよろしくお願いします。
道中の壁役はお任せください。
昨夜の書き込みからほぼ変化は無い。
偵察の結果はどうだったのか、非常に気になる。やはり、復帰をする時なのだろうか。
あの頃、ゲーム作りに没頭するあまり、妻には随分心配を掛けてしまった。
付き合い始めたばかりの恋人の事も脇に置き、バイトと講義とゲームの掛け持ちで、ボロボロだったあの頃……
それでも、前向きに思いっきり人生を楽しんでいた、あの頃……
コウヤの父はそこに戻るのを恐れていた。
あの熱量と今向き合うのは、怖い。
仕事を忘れ、没頭してしまう恐れではなく…… 今、あの時の熱を持ち得ない自分と向き合うのが、怖いのだ。
やはり、今の自分は観戦者に徹した方がいい。
スマホを閉じ、電車に揺られる。
そして、その偵察隊はどうだったのか、と言うと……
いや、どうだったのか、などとも言えない。
なぜなら、彼らは……
『今度はどう!?』
『目視出来るレベルですよ、これ』
まだ、戦っていたのである。
偵察隊三名は、23時にロビーを出発し、日付を越えて01時に195階に到着。
そこで、「虚無」と遭遇。
そう、195階だ。
一度目は200階。二度目は198階。そして、今回は195階。
ここに至りムラマサは、証拠は無いまでも「虚無は階を越えて移動する」との確信に至る。
可能性は様々だが、その極めて鈍重な足取りで、ジワリ、ジワリと、上へ、上へと、前進を続けているのだ、と、彼はそのような仮定でもって虚無と相対する事を決めた。
そして、その想定は、恐怖の輪を拡げる。
(一体、コイツはどこまで「上がって」来るのか)
避けて進める場合はいい。
地形によっては、一本道に陣取って、そこから先に進めない事もあるだろう。
だが、いつかは起こり得る…… 事故が。
階段を降りたその瞬間、目の前に虚無がいたら?
並の中距離キャラより遥かに硬い、厳選素材のアイアンゴーレムが一撃で始末される程の相手と接触状態で、サーバーの応答を待つ間の無防備な短時間を乗り切れるか?
そこで倒された時、虚無がうろつく最下層まで、死体を回収しに向かえるだろうか?
倒された召喚NPCの死体が残らないのも不気味だ。
倒された時、俺達はどうなってしまうのか!?
いつか、どこかで止めなければ、大変な事になるのではないか……
そう思い悩んでいるその時、全く効果が無いと知りつつ、淡々とニンジャの各種スキルを連打していたキツネが、ある事に気付く。
「こいつ、足遅くなってない?」
彼女は、自身の撮ったプレイ動画を何度も繰り返し再生し、何か発見は無いかと、執拗に見つめ続けていた。
だから、なんとなくの体感での変化を感じ取る事が出来た。
そこから先、最初の気付きに至るまでは短かったが、立証には長い時間を擁した。
彼女が変化を感じたのは、手裏剣を撃ち続けながら、召喚した式神を次々と虚無に特攻させていた時だった。
改めてその行動を繰り返しても特に変化は感じられなかったのだが、言われてみると、なんとなく昨夜よりは遅いような気もする。
この微妙な変化を検証するためには、動画での比較が必要だった。
キツネが録画してUPした先日の動画から、カベが得意のデータ分析でそれを割り出していく。
MAPグラフィック上の移動幅からフレームを割り出し、モンスターの移動速度の数値を割り出すと、最低値である1であると確定。
普通なら、「これ以上遅くはならない」のだから、キツネの勘は外れていたという事になるのだが、マサムネもまた彼女の直感に拘った。
確かに、極めて微妙な何かを見て取れる気がしたのだ。
だから、再度の録画検証を提案した。
どのみち、彼ら三人で試せる事は限られている。安全な距離から検証のための攻撃を繰り返すだけならリスクはほぼ無いと考えられたし、ムラマサとカベの二人で時折出現するランダム出現の敵に対処しながら、キツネには録画しながら手裏剣+式神を撃ち込み続けてもらった。
そして、虚無と距離を取ってキツネの安全を確保しつつ、その動画をすぐさまUP。
今度はカベの安全を確保しながら、動画の検証をしてもらう。
この、
試行+録画 → 退避 → UP → 退避 → 検証
を、
手裏剣+式神、手裏剣のみ、式神のみ、の3パターンで繰り返す。
それぞれ単身で200階を戦える猛者ではあったが、無防備棒立ちの時間を作るのは容易ではなく、三人はザコ敵の対応で予想以上の苦戦を強いられた。
安全のため虚無から十分な距離を取らなければならなかったし、動けない仲間を守るためには、「引き撃ち」も出来ない。
位置取りの自由もないまま最下層を戦うのは初めてであり、想定外に困難な作業ではあったが、彼らはやり遂げた。
その結果、
『やっぱり、キツネさんは正しかった。
式神を食ってる間だけ、その処理で動きが止まってるんだ』
カベは、分析の結果から得られた確信を口にする。
『この現象、推論はあるけど、ここから先の検証はちょっと……』
『ああ、今これ以上はヤバイ 撤収!』
『OK』
『了解』
窓の外はもう明るい。
ムラマサの判断に、二人も従う。
プレイヤー自身の疲労もあるが、回復ポーションの残数も危険域だ。
三人はポータルを開いて撤退すると、ゲームを終了。
掲示板に書き込む余力もなく、それぞれの部屋で倒れこむようにして眠った。
「うっす、コウヤ」
「ちーす!」
クラスの男子と挨拶を交わすコウヤ。トレーディングカードゲームの話や、サッカーの試合の話、日曜のヒーロー番組の話などで盛り上がり、ユウリは少し待つ事にした。
とにかく興味の範囲が広いコウヤは、何もゲームばかりしている訳ではない。クラスの人気者……とまではいかなくても、人望がある方なのは確かだった。
と言っても、ユウリは別に嫉妬している訳でも、苛立っている訳でもない。そんな多趣味なコウヤの今一番のお気に入りがマジホリなのは分かっている。
どうせ後でじっくり語り明かす事になるのだから、今はいい。そう思っているだけだった。
何より、今は勉学の時。頭を切り替え、授業に集中する態勢に入ると、ユウリは冷酷さを感じさせる程、周囲に無関心になる。
そういうタイプだとクラスの皆は分かっていたから、そうなっている時のユウリには誰も声を掛けない。
授業が始まる寸前のこの時間帯、彼はもうスイッチが入り掛かっている。
が、しかし……
「ちょっと、よろしいかしら? ユウリさん」
その彼に話しかける人物がいた。
いつまでも「コウヤの父」でいいのだろうか、と思いつつ、今更名前付けるのもなぁ、と悩ましい……